第41話 各々の水面下
「貴様たちの報告は確認している。確かに先の事件、海賊の動きには奇妙なものはある。だが、俺から言わせてもらえば過去にこういったしゃらくさい浅知恵を働かせる海賊は大勢いた」
作戦司令部の一室で、ギュローン中佐は若き二人の少佐と向かい合っていた。
若干の肥満体系であるが、比較的マシな部署である作戦司令部の軍人らしく、ギュローン中佐は背筋を伸ばし、デスクも綺麗に片付けられている。
彼の周囲には無数の空中投影ディスプレイが表示されており、肉厚の顔の中に埋め込まれた小さな両目はぎょろぎょろとせわしなく動き、報告書を確認していた。
「中佐。それは、今回の事件もまた、大勢の中の一つであると仰るのですか?」
向かい合う若き少佐の一人、ヴェルトールは毅然な態度を崩さず、しっかりと中佐を見据えていた。
「社会不適合者どもをかき集めて適当なオンボロ船に詰め込み、適当な輸送船を襲わせる。この数年ではよく見かける事件だ。連中の足取りは掴み辛い。なんせ、実行犯どもはその時初めて顔を合わせたような連中だ。こいつらをかき集めた指示役はこいつらが失敗すればさっさと姿をくらます。足取りが掴み辛いのは事実だ。宇宙は広いからな」
ギュローンは目の前の相手が期待の新人であろうと奇跡の帰還者であろうと大貴族の息子であろうと態度を変えなかった。
「ここ数年の海賊被害を見たいと言っていたな。貴様らの端末にデータを送っておいた。後で詳細は確認しろ。だが、俺から言えるのはこの三年間はそういう海賊もどきによる犯行が殆どだ。実際、突発的に起きる事件だ、対処が難しいし、こいつら自身は自分たちで計画を立案するわけでもない、その時たまたま集められ、切り捨てられる事前提だ」
「なぜそのような者たちが増えたのですか?」
そう尋ねるのはリヒャルトだ。
「ギャンブル、酒、クラブ通い、麻薬……とにかく中毒者だな。こればかりは簡単に抜け出せるものではない。特効薬があるわけでもないからな。快楽というものを規制する事は難しい。そして快楽というものは大体金がかかる。金を積めば積むほどその快楽の度合いは大きくなる。そして、ある地点にたどり着くと、ドボンだ」
つまりギュローンは身の破滅と言いたいのである。
「増えたというよりは元からいる。現在の帝国の人口は増え続けている。歴代皇帝陛下の見事な政策もあり、我々は少なくとも食うには困らん。仮に俺が腕や足を失って軍を辞めても生活は保障されている。軍人でなくとも真っ当な生活は送れるだろうさ。安定しているからな。だが、全体の数が多くなれば、馬鹿なことをする連中も増える。百人のうち一割と一千万人のうち一割では数が違うようにな」
「中佐。では、いわゆる船団を有する海賊たちの行動が減少傾向にあるのはなぜなのですか?」
ヴェルトールはギュローンを訪ねる前に自分で調べたデータを提示した。
船団とは大まかなくくりであり、軍艦を一隻でも保有していれば、とりあえずそういう扱いとなる。例えそれが駆逐艦であろうと巡洋艦であろうとだ。
「それも簡単だ。貴様らがまだ幼年学校でよちよちしている頃。今の第六艦隊司令である大西少将、当時は中佐か。彼が発案した大海賊狩りで主要な船団規模は壊滅している。これによって旧式軍艦を所有する船団規模の海賊の動きは大幅に低下した。仮に取り逃がした連中がいても、まともな修理など出来ん」
「鯨狩り、ですね?」
ヴェルトールたちもその事は知識としては知っている。
「そうだ。当時の海賊には自助システムのようなものがあってな。独自のネットワークによってやり取りをしていた。そのネットワークを逆手に取り、一挙に集めたり、逆探知をして潜伏先を割り出し襲撃する。その手腕と功績を評価され、当時中佐だった大西は大佐に昇進し、破竹の勢いで少将となった」
その作戦が実行されたのは八年前だった。当時から既に海賊の活動は低下傾向にあったとされる。理由は様々あるが、最大のものは海賊の高齢化であったとされる。
主要な海賊の多くは長く社会に戻る事が出来ずに、海賊を続けるしかなかった老人たち。その無頼な生き方にあこがれを抱いたり、逃げ込む先として選んだ犯罪者やアウトローが入団する事はあれど、加速度的に進む高齢化を補う程ではなかった。
そこに大打撃を当たられたというわけである。
「その頃には植民惑星の駐留艦隊の機種更新も完了していた。中にはうまい事やって修理を完了させた連中もいるだろうが、今となっては艦の性能差がありすぎる。ちょうど一年前に巡洋艦を保有していた船団が最後のあがきのように攻撃してきたらしいが、追い返されているな」
「それは確か、大西少将の第六艦隊に対してでしたね?」
これもヴェルトールの記憶に新しい。三隻の旧式巡洋艦が第六艦隊へ接近。特攻を行うかのように加速し、制止命令を受けつけなかったとされて、撃沈された。彼らは最後の海賊と呼ばれた。
大西少将の艦隊を狙ったのは彼が海賊の息の根を止めた事が理由だろうと多くの者たちが感じたことだ。
海賊側の生存者はゼロであるとされている。
「ラスト・パイレーツ事件などとメディアは囃し立てているがな。まぁこの事件以降、船団はなりを潜めた。結果、台頭してきたのが世間を知らぬクソガキどもというわけだ」
ギュローンは吐き捨てるように言った。
「まぁ大半は更生施設や社会復帰プログラム、執行猶予や保護観察処分を受けて社会生活に戻っている。監視を続けている奴だけでも千人は越えるが、しょぼい犯罪しか繰り返してない」
「そうですか……」
「フン。まるで期待していた通りの答えが返ってこなかったと言いたげだな」
「いえ、そのような」
ヴェルトールはこのギュローンという男は有能であると再認識した。
「ついでに貴様らが欲しがっているもう一つの情報をやろう。海賊連中のスポンサーを探しているようだが、くれてやる」
ギュローンはコンソールを操作すると、膨大な数のデータを二人の周囲に浮かび上がらせた。その殆どが中小企業や下請け、中には有名な企業の名前もあるが、それらの企業に付け加えるように多くの個人名が記載されていた。
目を通すだけでも頭が痛くなる量だった。
「これは?」
「横領、詐欺、脅迫、企業妨害などの疑いがある連中だ。一人ひとりしらみつぶしに調べてみるか? 我々を舐めちゃいかん。この手の連中の動向などとっくに探っている。確固たる証拠があれば即座に逮捕だ。だが、必ずしもこいつらが海賊との繋がりを持っているわけではない。もしも大きな金の動きがあれば憲兵隊や警察が察知する。連中とて無能ではない。だが、少なくともしばらくの間はそう言った動きは見られん」
だがギュローンは「しかし」と付け加えた。
「クソガキどもが海賊ごっこをするにしても、そこには金が関わる。報酬として出すだけではない。旧式とはいえパトロール艇だ。自家用車や自家用宇宙艇を買うのとはわけが違う。誰かがスポンサーをしなければ動かんという事だ。だがどの企業を調べても、そういった動きにつながるものは発見されておらん」
それ以降、もう話すことはないと言った空気を出すギュローン。
彼自身もどこか釈然としないものを抱えてはいるようだが、その事をヴェルトールたちと議論するつもりはないらしい。
同時に資料を寄越してきたということは調べるなら勝手に調べろという意味でもあった。
ヴェルトールとリヒャルトは敬礼をして、部屋を後にするのである。
「中佐殿の言葉じゃないけど、ちょっと期待外れだったかな?」
リヒャルトがそう言うと、ヴェルトールは小さく笑った。
「いいや、そうでもない。ギュローン中佐はとても有益な情報をくれた。ここで話すのは流石にまずい。部屋にいこう」
ヴェルトールはリヒャルトを連れて士官に与えられる執務室へと向かう。
「それで、有益な情報ってのは何だい?」
リヒャルトはコーヒーを淹れながら訪ねた。
「海賊は独自のネットワークを持っていた。大西少将はそれを利用して海賊を狩った。では、同じ事を別の誰かも出来るんじゃないか?」
「デランやリリアンが言っていた、海賊が海賊を狩るという話かい?」
「あぁ。これを見てくれ」
ヴェルトールはギュローンから提供された資料を空中投影させた。
「大西少将の作戦で大打撃を与え、その後も海賊狩りを行い、海賊活動が低下したのは事実だ。この手腕は素直に尊敬する。だが、全ての海賊を根絶やしにしたわけじゃない。身を隠した連中だって多いだろう。ラスト・パイレーツ事件はその内の三隻が出現しただけの話だ」
「それはわかるよ。でもそれと、デランたちの話がどう結びつくんだい?」
「帝国は犯罪歴が個人データに残る。社会復帰と簡単に言うが、実際は犯罪を犯した事実を公表しながら生活しなければならない。多くの海賊たちはその身元が割れている。今更戻れない連中も多いのさ。社会に戻れない連中が、その活動基盤を縮小させるにしても、生き残りをかければ同士討ちで略奪ぐらいはするだろう」
しかし、ヴェルトールは自分の出した言葉に納得がいっていない様子だった。
リヒャルトから手渡されたコーヒーを受け取るものの、口にはつけない。
「だが、どうにも先の事件との繋がりが証明できない。死にたくないから同士討ちをして、お互いに物資を奪い合う。結果、海賊の数が減る。それは一つの答えだとは思うが……」
「そもそも生き残った海賊が素人を利用する程の資金があるとも思えない……そんなところかな?」
「あぁまさしくその通りだ。何か、俺たちは見落としているんじゃないか? これらの要素を繋ぐ何かが見えていない。もしくは……」
ヴェルトールは一旦、話を区切ってコーヒーを飲む。
「そもそも俺たちが見ている視点が全て間違っているかだ」
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