第40話 星を見に行きませんか?

『他の連中がどうなのかなんて、しらねーって言ってんだろがクソが!』


 手錠と足枷を掛けられた粗野な男は身体を大きく揺さぶりながら、抵抗の意思を見せ、目の前の尋問官へと唾を吐きかける。

 しかし、彼と尋問官の間には薄い特殊ガラスがあり、尋問官に唾がかかる事はない。

 対する尋問官も冷静な様子で、淡々と問い詰めていくが、男は聞く耳を一切持たないし、答えるつもりもない様子だった。

 そんなやり取りを監視室と呼ばれる部屋で、モニター越しに見ていたリリアンとアレスは、尋問を受けている男からは大した情報は出ないかもしれないと思い始めていた。


「自分たちは金で雇われたから詳しい事は知らない……か」


 尋問を受けているのはリリアンたちを襲撃した海賊船のクルーの一人だった。あの事件で捕らえられた海賊は二十一人。

 彼らは全員、金で雇われ、ただいう通りの場所で待機していただけであると口を揃えて答えるのである。

 待機した宙域に商船などが通りかかれば襲い掛かれ。ただそれだけの指示を受けていたというのだ。


『だーかーら。言われた通りにやってりゃ金は入ってくるし、酒ももらえる。何度説明させるつもりだ? おつむが低能ですかー?』


 自暴自棄からくる挑発である事は尋問の素人であるリリアンとて理解できる。

 自分であればあんなこと言われたら顔に拳をぶち込んでいる事だろう。


『ボス? 知らねぇよ見た事ねぇ。船団? あるんじゃねーの? あのな、俺らは金とか酒とか食いもんとか、女とか、そういうのが貰えたらじゅーぶんなわけ。他の宙域? だから知らねーっていってんだろが』


 その返答も全員が同じような内容だった。


「立往生していた所に、救いの手を差し伸べる奴が現れて、前金をもらって言う事を聞いていた……筋が通るかと言われれば通る話ではある」


 これ以上は見るに堪えないとでも思ったのか、アレスは尋問の様子を見るのを止めてソファーに座り込むと、用意されていたコーヒーを飲む。


「利用される連中はだいたい決まっている。とにかく金に困ってる連中だ。海賊になりたてか、そもそも海賊なんてやってるつもりもない、小遣い欲しさだけで手を出す連中」

「満ち足りた帝国の生活では飽き足らないってわけ?」


 少なくとも帝国は働けば食っていけるぐらいの保証は与えている。

 もちろん経済的な格差は存在する。能力や家柄によって得られる収益には違いが生じるものだ。

 それでも、就職の斡旋は行われるし、保証も充実といった制度は整っている。


「満ち足りようと、身の丈にあわん金使いの荒い奴はいる。ギャンブルや浪費を繰り返せば貴族とて借金は抱えるさ」


 この辺りの感覚はリリアンたちにはあまり理解できない範疇でもある。良くも悪くも自分たちは大貴族に位置する。

 湯水のように使おうとそれを補うだけの資産が手元にある。それを頂くだけの地位もある。


 だが世の中はそう言う者ばかりではない。帝国が如何に社会制度を整えようと、セーフティーネットを敷こうと、零れ落ちる者はいるもので、それを頼ろうとしない者もいる。


『帝国が俺たちを救ってくれるわけじゃねぇだろ。俺たちは見捨てられてんだよ』


 尋問の終わりに、男はそんな言葉を吐き捨てた。


「あんな風に何が悪いのかも理解できん馬鹿だから利用されるのさ。だがあの手の連中は金の為なら従順にもなる。恐らく一回か二回は成功してるのだろうな。唯一の成功体験という奴だ」


 アレスもそんな男の態度に唾棄するかのように呟いた。

 だが、リリアンは男の言葉に妙なものを感じていた。

 じっと男を見つめるリリアンに、アレスは怪訝そうな視線を向けている。


「どうした」

「いえ……変なことを言うものだなと思って」


 リリアンはそれだけ言うと、男を見るのをやめた。


「とにかく、今はヴェルトールたちの調査待ちと言ったところね。それと、できる限り海賊の動きを把握したいし、各宙域や植民惑星との情報連携強化をゼノン少将に頼み込まないと」


 今後の対策を練りながら、リリアンたちが監視室を後をするのと同時に、真正面の部屋の扉も開いた。

 そこから出てきたのは二人の男女。一人は修道服の少女で、すっぽりと全身を覆っており、素肌が見えるのは顔面と掌ぐらいなのだが、フードですらも隠しきれないほどの豊満な肉体がそこには存在していた。色合いのせいなのか、肌は若干青白く見えるが不健康という風には見えず、どこか妖しげな色気のようなものすら感じさせた。年齢はリリアンたちとそう変わらないだろうと思われるが、何か少し次元が違うというべきだろうか、不思議な魅力があった。


 一方、彼女に付き添うカソックを着た大柄な男。十字架のネックレスをぶら下げ、右手には聖書と思しき分厚い本が抱えられ、いかにもう神父といった姿をしている。特徴と言えばそれだけで、大柄な以外はなんとも地味というか、ともにいる修道女の存在感が凄まじいのだ。


「ごきげんよう」


 対面する形となった両者であったが、挨拶は修道女の方が早かった。彼女は小さく会釈をすると雰囲気とは違い、年相応な笑顔を向けてくれた。


「こちらこそ、ごきげんよう。教会の方? なんでまた月面基地に?」

「教誨師の方だろう。恐らく逮捕された海賊連中への対応の一つだ」


 アレスがそう耳打ちする。

 教誨師とは犯罪を犯したものに罪の償いと更生を促す為に教えを説く者たちの事である。特に宗派の区切りはないらしい。


 地球帝国では宗教の自由が保障されている。基本的にはどの教え、どの神を信じても問題がない。それによる諍いが起きた場合は皇帝の名の下で処分が下る事はあるが、悪辣なカルト教団でもなければ基本的には許される。

 宗教は旧世紀から続くものが大半だが地球歴が4000年も続けば多少なりとも新たな宗教は生まれては消えていった。


 だが宇宙時代、神の存在が証明されなくなったかと思えば、神は宇宙の果てのどこかにいる、高次元の存在故に通常の時空間に位置する我らの世界には普通見えないものであると解釈を変えつつ、【神】の概念自体は長く人類社会に根付いていた。

 特に理由などなくとも、神に祈る行為は多く見られるものであり、それは不思議なことはない。


「あぁ……あまりなじみがないから。大変なお仕事ではなくて?」


 あの粗野な連中を相手に、こんな女の子が話を聞かねばならないと考えると、少々不安にもなる。あの手の連中には拘束具があるし、仮に外せたとしても強化ガラスで遮られているので身の安全は保障されてはいるだろうけど。


「えぇ、まぁ。心無いお言葉も受けますが、それは相手が不安だからこそ。私たちはその不安を受け止め、傾聴して、救いの道を差し伸べることしかできません。共に歩めるようになってくれればよいのですが……あ、申し訳ございません。少佐様でいらっしゃるのに、名前も告げずに」


 修道女はちらりとリリアンたちの制服の肩を見ていた。

 軍事基地へ出入りする宗教家だからなのか、階級章の見方はわかるらしい。


「私はラナ。ラナ・ウェルミルスと申します。こちらは神父のロバートです」


 ラナは恭しく自己紹介をすると、再び頭を垂れる。

 その一々の仕草に、色気があるのはもはや魔法か何かじゃないかとすら思える程だ。


(綺麗ーなんか負けた気分)


 ラナの自己主張の激しい双丘に視線が持っていかれるのは仕方がない事だ。

 リリアンはちらりとアレスの方を見た。仏頂面のアレスは明らかに視線を横に向けて直視しないように努めている。

 あの堅物で真面目なアレスがそういう風になるのだから、これは並大抵の男たちはイチコロだろう。


「あの、失礼じゃなければお尋ねしたいのですが……リリアン様、そしてアレス様、でいらっしゃいますよね?」


 ラナはいじらしいような仕草を取っていた。それが無意識なのか意識してなのかはさておき、手を胸にあてがってもじもじとする姿である。


「えぇ、そうよ。あのティベリウスのね」


 リリアンがそう答えると、ラナはパァッと少女のような笑みを浮かべてリリアンの手を取った。


「あぁ、やはり。ソラの向こう、果てしない深淵、馬頭星雲の彼方を見てきた……あぁ、なんて、なんて……羨ましい……!」

「は、はぁ……」

「あ、こ、これは失礼を……申し訳ありません」


 テンションが上がってしまったことを理解したのか、ラナは一呼吸入れて自分を落ち着かせる。


「私、星流派のものでして……」

「せーりゅー?」


 リリアンは宗教には馴染みがないので、カトリックとプロテスタントの違いもいまいちよくわかっていない。この両者も地球歴に入ってからは混同されるようになってしまい、古い歴史書を紐解かねば誰もが【単なる地域での呼び名の違い】程度の認識だったりもする。


「星流派は宇宙にこそ神が存在する、宇宙の果てに神は住まうとする教えだ。ようは、天国は空の上になく、もっと遠い宇宙のどこかにあるのだろう。高次元の世界に存在するのだろうという教えだ」


 ぼそりと、アレスが教えてくれる。


「へぇ……知らなかったわ」

「お前、一応は授業でも習っただろ」

「ごめん。本当に興味がなくてすっぽり頭から抜けてるの」


 リリアンは、前世界の自分であれば神様がいようがいまいが、そんなことはどうでも良いとするタイプだった。その癖、縁結びのおまじないなどは調べた記憶もあるのだが、それは信心深いとはまた違う。

 とはいえ、今こうして過去の自分に戻っている以上、神の存在は信じなければいけないような気もしていた。


「ごめんなさいね、気を悪くさせたかもしれないけど」

「うふふ、仕方ありませんよ。宗教も興味がない人は全部同じに見えると言いますし、胡散臭く思われるのも慣れていますから。リリアン様は、神のお言葉などがなくても強く生きて行けるお方なのだと思います。それは、否定するべきものではありませんから」

「ま、まぁ全く信じていないわけじゃないんですけどね……一応、ほら、お祈りぐらいはしますし。神頼みとかもそれなりには」


 だからと言って何から何まで神様にお願いしようとも思っていない。願って叶うのなら喜んで土下座でもして未来を変えてもらうだろうが、今の所、自分の目の前に神様が降りてきて願いを叶えてしんぜようなどと言う事は起きていない。

 どうやら神様はアフターケアまではやってくれないようだし。


「うふふ、面白いお方なのですね。もう少し、宇宙の果てを見てきたお二人とお話がしたいのですが、私たちはそろそろ……」

「基地にいる時と、時間に余裕があるときであれば構いませんわ」

「ありがとうございます。その時はぜひ。出来れば、星が見える場所で……ご一緒に星を眺めながら」


 ラナはそう言うと三度の会釈をして、神父を連れて去っていった。

 リリアンとアレスは二人の姿が見えなくなるまで見送った。


「おっぱい大きかったけど。あぁいう子が好みなの?」

「違う! あと破廉恥なことをいうな!」

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