第39話 暗中模索の海賊対策

 輸送任務から二日後の事である。

 ゼノン少将の執務室では簡易的な会議が開かれていた。部屋の中央に用意された円形のデスク、そこに座るのはゼノンとリリアン。他は立体映像でヴェルトールとリヒャルト、そして未だ宇宙軍への合流が遅れているが一応は所属予定のデランが映し出されていた。

 アレスは現在、リリアンのセネカ隊と交替する形で宇宙に出ており、会議の場にはいなかった。

 彼は現在、客船の護衛任務を請け負っていた。


「まずは我らが月光艦隊の初陣、その華々しい成果に賞賛を送りたい」


 ゼノンは普段通り落ち着いたような佇まいを見せているが、ワインを開けている時点で上機嫌なのが見て取れる。


「しかし、報告を聞いたときは流石に驚いたがね。リリアン、君はなんというか使えるものはなんでも使うたちなのだな?」


 輸送船一隻を丸ごと買い取って囮にするなどという大胆な部分に目を瞑れば、セネカ隊の功績は上々だ。輸送物資を完璧に守り通しただけではなく、海賊たちも捕らえる事が出来た。

 これを功績と呼ばずしてなんと言う。若干の力技はあれど、少佐になりたてで、駆逐艦一隻、しかもクルーの大半が新人であるという点を見れば世間がニュースとして騒がないわけがない。

 なおかつリリアンたちは奇跡のティベリウス帰還者。なおかつ新たに設立された新艦隊の所属。

 話題性はもう言うまでもなかった。


「ステラ中尉の洞察力、そして作戦に乗っただけ。成功率を高める為に何が必要なのかを考えた結果、父の権力を利用した方が手っ取り早いと判断したの。それでうまくいくのであれば、私は何度でも頭をさげてやるわ。本音を言うと、出来ればやりたくはないけど」


 最後の言葉だけは小声だった。


『しかし、輸送船一隻を使って海賊狩りなんて、俺だってやりてぇよ』


 そういうのはデランである。

 派手もの好きなデランにしてみれば、セネカ隊の活躍は羨ましく映るのである。

 この時ばかりは、地球勤務である事を後悔する程に。

 

『にしても、ステラは相変わらずわけわかんねぇ作戦を思いつくもんだな。それにのっかるアンタも中々だと思うが。普通、即答はしないぜ? というか協力するって判断が早すぎるだろ。俺ですら躊躇するぜ』


 同時にデランは艦載機を指揮する立場故か、意外と冷静な視点を持っている。無茶をさせる時とそうでない時の判断はシビアであり、若き提督候補の中ではある意味で一番冷静かつ視野の広い感性を持っていると言ってもいいだろう。


「その事についても全員で共有したい事があるのよ。一応、私の報告書には目を通してもらったと思うけど、改めて説明させてもらうわ。今回の海賊の動き、ステラはこれを作戦行動のような指揮の下で行われたと判断している。実際、私も不審なものを感じてはいた」


 リリアンはそう言いながらヴェルトールたちへと視線を向けた。


「そこで聞きたいのだけど、作戦司令部では海賊の被害情報も扱うはず。対処を迫られる事だってあるだろうし、何か海賊に関する情報はないものかなと思ったのだけど」

『海賊ねぇ』


 すると、立体映像のリヒャルトが端末を操作する姿が映し出される。


『被害件数だけで言えば、今月は君たちの事件を含めて四件。先月はなんと六件だがこれは各宙域で演習があった事も関係しているだろうから例外と見るべきだね。念の為、去年の事件数を調べた結果、百七件。多いか少ないかといえば、少ない方だ』


 海賊問題が活発だったころはそれこそ千件以上の被害があったという。

 それが減って行ったのは帝国軍の艦船の性能向上によるものが主な理由だと言われている。事実、単純な性能差だけを見れば海賊の保有する艦船は旧式が殆どであり、どうあがいても帝国の戦力を大きく上回る事は出来ない。

 奇襲をかけるなどの立ち回り次第では撃破することは可能でも、彼らにしても軍艦クラスの船は貴重であり、おいそれと前には出さない。


『今月の被害詳細に関してはまだ精査中のもある。一概にこうだという返答は俺も出来ん。だが、先月の事件も含め一度細かく見直す必要はあるかもしれないが……』


 続くヴェルトールは顎に手をあてがい、思案する様子を見せていた。


『基本的に、海賊というものは資金面で難がある。略奪行為で物資を賄い、それを闇ルートで流したところで宇宙船や軍艦の整備には到底足りるものではない。情勢が不安定であった頃なら、叛徒同士で手を組み、整備などはできただろうが、今現在は安定していると言ってもいい』

『節約上手がいるのかもしれないね。もしくはスポンサーが現れたか……』


 ヴェルトールの意見に付け加えるようにリヒャルトが続ける。


「いわゆる反帝国主義に傾いた一部の思想家たちが海賊を支援している事例はある」


 彼らの意見を受けて、ゼノンはワインを一口つける。


「だが君たちの言う通り、軍艦を整備する費用は莫大だ。人材もそうだ。整備士も必要となるし、なんなら専用のドックもいる。まぁ後者に関しては資源衛星をくりぬけばできなくはないが」


 だとしても結局は金がかかる事だろう。

 

「だが時として用意周到な者はいる。我々の予想を遥かに超えるような事態が進んでいるとも限らん。それに、考えたくはないが賄賂などを受け取り、見逃している可能性もある。もちろん、宇宙船の整備だ。莫大な費用が掛かるし、不自然な金の流れはどうしても目につく。そのあたりは私が調べてみよう」

『あの……ちょっといいっすか?』


 ゼノンの話を遮る形になるからなのか、デランがおずおずと手を上げて発言した。

 ゼノンはグラスを傾け、デランの発言を許可すると、彼は小さく咳ばらいをして続けた。


『海賊の被害、いくらなんでも少なすぎやしねぇか? というか先月と今月の活動も、宇宙全体に散らばってるはずの海賊の予測される数にしちゃ少なすぎる。植民惑星コロニーとの交易ってもっと盛んだろ? いくら帝国軍が護衛に付いているとはいえ、手が回らない部分があるのも事実だし』

『デラン、何が言いたい』


 どこか歯切れの悪いデランの発言に対して、ヴェルトールは今出せるだけの答えを出してみろと言わんばかりに催促していた。

 それを感じ取ったのかデランは腕を組んで、渋い顔を浮かべる。


『いや、俺も喉につっかえてる感じだからこれと明言できないんだが……別にさ、海賊って必ずしも商船を襲う必要はねぇよな? 少ないとはいえ、連中にも独自の資源があるわけだし』

「待って、つまりあなたはこう言いたいわけ? 海賊が、海賊を襲っている?」


 リリアンの追求にデランはさらに難しい顔を浮かべた。

 未だ、自分の考えに絶対の自信はないようだった。


『俺だって言い切れねぇよ。でもよ、海賊の被害がどう考えても少なすぎるって言うのに、戦術……いや俺から見ればこれは戦略的な動きだ。こんな指揮系統に沿った動きが出来る程度には連携がある。もしかしてここ数か月の動きって、訓練なんじゃねぇか?』


***


 その一室は何とも奇妙だった。複数の宗教を混ぜたような作りの聖堂のようでありながら、その片隅には旧世代の中でもかなり古い時代の形を模したテレビがあった。確かブラウン管式と言ったか。だがそれは見た目だけで、中身は地球帝国に普及する機器類と同じ性能であり、画質も遥かに上だ。

 時折、見た目だけを再現した趣味グッズのようなものが流行るの事がある。特に西暦であった頃の地球文化は今、再熱の時を迎えている。

 その中でも日本の昭和という文化は、多少の勘違いを交えながらも宇宙歴4000年代のリバイバルブームに一躍話題を搔っ攫った。

 

 そんなテレビでは民間の番組が流れている。メディアの有名人を全面に押し出した情報バラエティ番組だ。ニュース番組ほど固くもなく、かといって最新の情報が流れないわけでもない。

 その番組のコーナーでは今話題の美少女艦長が取り上げられていた。

 地球帝国のニューヒロインと称された、リリアン。そして彼女が指揮したセネカ隊の一部の面々が取り上げられていた。

 華々しくも海賊を撃退したという格好の話題をテレビが放っておくわけがなかったのだ。


「それでは、彼らは逮捕されたのですね」


 その一室で、一人の修道女がテレビに映る少女たちを見ていた。

 西洋式の修道女の衣装を身にまとい、フードで頭を覆いかぶせているが、その内側には漆黒と言っても良い長く黒い髪が隠されていた。


「はっ……なんでも輸送船の囮に騙されたとか」


 女の真横に仕え、カソックを身に着けた大男が答える。

 二人の組み合わせはどこかあべこべだった。


「そう……頭の良い人がいらっしゃるのですね」

「左様で」

「それで、スターヴァンパイアの状態は? ところで、これのお名前はどうにかなりませんか?」

「名前に関しては先代の意向ですので……変えさせますか? 宗主様の命令とあれば」

「まぁいいですけど。それよりも状況の方を優先的に」

「八割と言ったところです。それでも、十分すぎる性能は戻ったでしょう」

「わかりました。では、我々の救いはもうじき達成されるというわけですね。長く、辛い日々でしたが」

「おっしゃる通りです。先代の言う通り、エイリアンの存在は確認されました。我々は、自由を手に入れるでしょう」

「ではみなを集めてください……宇宙の神に祈りを捧げる時間です」

「はっ……」


 男は頭を下げると、部屋を後にする。

 女はその場で跪き、祈りを捧げるような仕草を取った。


「あぁ。ソラへ……」


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