第38話 電話一本で全てを解決する女
惑星クレッセンへ到着したからと言って、それでは即座に輸送船と合流して地球に向かいますというわけじゃない。ワープがあるとはいえ、護衛隊が到着するまでには時間がある。その間に輸送船や積み荷の準備は済ませるものだが、それではい終わりというわけではない。
軌道衛星ステーションなどに待機し、護衛隊が到着すると同時に再びの商品の品質や破損や積み荷の間違いや漏れがないかなど入念に確認する。
特に宇宙輸送ではこの初歩的なミスが大きな損失となる。間違えました、取りに戻りますなどは口が裂けても言えない。
光年単位の距離だけでなく、時間も莫大にかかるのだから
特に高級な嗜好品は大口の契約者との間での商売なので、信用問題にもかかわる。
許されるのは海賊に襲われました、積み荷が奪われました、ないしは到着が遅れますなどの例外ぐらいだ。
「艦長、クレッセンの駐留艦隊からです。我々が通った航路の調査を実施中。現在、不審艦などの反応なしとの事です。場合によっては元の航路で戻る事も検討できますが」
積み荷のチェックを待つ間、セネカにもやることがある。クレッセンへの報告や自分たちの艦の状況チェックなど。
ヴァン副長はクレッセン駐留艦隊からの報告をリリアンへと伝えていた。
「他の宙域情報は?」
「今の所はなにも」
「ふーむ。とはいえ、ミレイ航海長の仕事を無駄にするわけにもいかないし。新しい航路で帰還しましょう」
「レッドアラートの不審艦が気がかりですが……」
「十中八九、海賊船でしょう。まぁ確かに奇妙ではあるわね。偶然、私たちの航路に重なってしまったという可能性もあるけど」
一瞬だけ反応を検知して、どこかへと消えていった。
慌てて逃げたと考えるのが妥当ではあるが、どちらにせよこの反応のせいで警戒は強めないといけないし、航路も考え直さないといけない。
同時に海賊だとすれば規模はどの程度なのかも考える必要がある。大体の海賊は保有していても旧式のパトロール艇が数隻程度だとしても面倒であることに変わりはない。
それに連中は自由すぎるせいかどこから現れるのかもわかったものじゃない。仮に航路を変更してもそこで鉢合わせてしまうことはある。
だから外部の護衛隊が必要となるわけだが。
「クレッセン隊も本星の防衛に戻らなければいけないでしょうし」
長距離ワープ一回分の距離であれば駆け付けてくれるだろうが、二回分ともなるとさすがに追いつくには時間がかかりすぎる。
真に警戒するべきは二回目の長距離ワープに入ってからである。それ以降はセネカ隊だけで処理しなければいけない。
つまり、責任問題になるというわけである。
「帝国の艦艇数に対して防衛するべき植民地が広すぎるのも問題よね。今の所は大きな問題がないとはいえ」
最新と頭につく艦艇はパトロール艇を除いた全艦種合わせて、およそ一五〇〇隻。旧式と呼ばれるものは約六〇〇隻だが、それに対して帝国支配領域は広大だ。軍事拠点であればまだしも、どの植民惑星も多くて十隻程度の艦艇しかいない。
戦力の穴埋めとして武装したパトロール艇だけは数多いが、はっきりと言えば浮かぶ砲台程度の役割しかないのが正直な感想だ。
だがそれでも大きな問題にならないのは帝国の艦艇性能が高いからである。また海賊の大半が旧式のパトロール艇ぐらいしか持っていないもの大きい。
時折、例外のような連中がいることだけは確かだが、帝国の屋台骨を揺らがす程ではない。
そう、【帝国と同等の性能】を有する艦隊がやってこない限りは。
(思ったより薄い氷の上って奴よね)
その薄い氷すら壊せないのが大半の海賊である。
「艦長、輸送船の準備が完了したとのことです」
クレッセンの衛星ステーションの連絡を取っていたデボネアからの報告が届く。
一隻の三〇〇メートル級の輸送船がゆっくりと、セネカ隊へとやってくる。巨大なコンテナをそのまま宇宙船にしたような簡素な見た目だ。
その中には何万本もの高級ワインやスイーツ用の葡萄、加工食品が詰め込まれている。
その総額は少佐程度の給料を遥かに超えるものだろう。
「それじゃお仕事に取り掛かりましょうか」
「あのぅ、ちょっと提案いいですか?」
いざ出発というタイミングで、クレッセンに到着してからずっと黙っていたステラがここにきて初めて声をあげた。
彼女はクレッセンに到着後、すぐさま反応をキャッチしたパトロール艇のコボルト号をくまなく調べるように進言していた。
というのも発信機の類が仕掛けられていないかを確認していたのだ。過去の話であるが、今はもう軍でも一般でも使われていない旧式の発信機、その周波数帯を使って巧妙に後をつける海賊もいた。
種がわかれば対処も簡単ではあるが、そういったシンプルな手段は意外と見落とされやすい。
しかし、今回はそう言った心配はなさそうだった。
それでも、ステラは声をあげたのである。
「出発ってちょっと遅らせる事ってできないでしょうか?」
そんな突然の発言に反応を示したのはミレイだった。
「あのね、理由がなきゃ一日の遅れって大変なのよ。特に宇宙輸送では」
ステラの隣の席にいる関係か、ミレイは気が付けば彼女のツッコミ役のような立場になっていた。
「えぇわかっています。でもほら、海賊っぽい反応があったじゃないですか」
「そりゃそうだけど、だからルートを変えたじゃない」
「はい。でも、やっぱり気になるんです。あの反応が海賊船だったとします。でも一隻だけの反応でした。規模はパトロール艇クラス……確かに海賊って貧乏です。でもいくら貧乏でもパトロール艇一隻で海賊活動するのは無謀すぎます」
「ありえない話ではないでしょ。一念発起して海賊稼業、手に入ったのはパトロール艇一隻、そしてあえなく逮捕なんてよく見るニュースよ」
「でも駆逐艦の前に出ますか?」
「だから逃げたんでしょう?」
「わざわざ捕まる為にですか?」
会話が延々と繰り返されそうだったので、リリアンは一旦二人の会話を中断させるべく割って入る。
「話の筋が見え辛いけど、ステラ。つまりあなたはこう言いたいのね? あの船は、わざと出てきたと。わざと発見されて、こっちを警戒させるように仕向けた」
「ですが艦長、だからこそ私は航路を再設定したんですよ?」
ミレイからの抗議。
「わかっている。あなたの航路をまた変更するつもりはないわ。けど、用心をさらに強めるのは大切ね。確かに海賊の動きに不審な点があるのも事実。では聞くわ、ステラ。あなたは何を考えた?」
もしかすれば、ステラが海賊退治で名を馳せた実力の一端が見られるかもしれない。
リリアンの期待はそこにあった。
「日数を遅らせることができないのであれば、クレッセンにもちょっとだけ協力してもらいたいことがあります。もしもそれが不可能であれば……海賊が来ない事を祈るしかないかなと思います」
「じゃあ聞かせてもらおうかしら。あなたの考えを。内容次第では許可を出すわ」
「はい! それでは──」
そして、ステラから語られた作戦は大胆、というよりは非常にシンプルなものだった。それこそちょっと考えれば誰でも思いつくような簡単なもの。
だが、この場面でそれをあえてやろうとは誰も思わない。条件がかみ合わなければ実行すらできないものだ。
運の要素も大きく絡む作戦でもあり、通常であれば却下されるような内容である。
その為、リリアンは実行可能かどうかを確認する為にクレッセンへと通信を繋げた。
結果だけを言えば、彼女たちが望む答えは返ってこなかった。
「……五分、待ってて」
しかし、リリアンは青い顔を浮かべながら、そう伝えると、一人艦長室へと戻る。絶対に中に入るなと厳命もした。
そして約束通り五分後。げっそりとした状態で戻ってきたリリアンは俯き加減で、艦長席に座る。
そして。
「お、お父様から……承諾を頂いたわ。クレッセンに一隻、新型の輸送船を手配するから、さっさと空の輸送船を寄越せと伝えて……ルゾール参謀総長直々の言葉だと……」
ステラが提案した作戦。
それは囮となる輸送船を連れ、セネカで先にワープ。周囲を警戒し、安全が確認できれば、本体は遅れてワープを行うという至極単純なものだった。
当然通常航行中の襲撃の可能性もあるが、武装を展開して待ち構える護衛隊を襲うことは中々ない。
そもそも、海賊たちは命のやり取りを嫌う。儲けにならないからだ。そして船は貴重である。おいそれと破壊されるような無理はできない。
何にせよ、警戒するべきはワープアウト直後の隙である。
それを実行する為には適当な囮となる輸送船、出来るのなら破棄予定のものがあればよかったのだが、あいにくとそんなものはないとの返答。
だから、リリアンは、一本の電話をしたのである。父に、融通を聞いてもらう為に。
***
駆逐艦セネカが輸送船を連れて出発を開始したのは、それから六時間後の事であった。既に一回目の長距離ワープは終了している。その後の通常航行でも異常は見られなかった。
当然だ。一回の長距離ワープではクレッセンの艦隊が増援にくる。どんな馬鹿な海賊でもその宙域で手を出すことはしない。
そして二度目のワープ。これも問題なく航行が終わる。その間にもセネカは周辺の警戒を怠ることはなかった。それこそ、一旦足を止めて観測ドローンを飛ばす程には入念である。
そして、三回目。
「ワープアウト、周囲警戒」
三度目ともなればみな慣れるものだ。
素早く行動が実施される。
が、それと同時にレッドアラートが鳴り響く。
「熱源感知! 輸送船の後方! 魚雷反応!」
デボネアの報告が艦橋に響く。
「あら、本当に来たのね。デボネア、パトロール艇の方は?」
「現在攻撃を受けていないとの事です」
「そう。それじゃ総員、第二種から第一種戦闘へ移行。全武装オールフリー」
艦尾への直撃を受け、航行が不可能になった輸送船を放置して、セネカは武装を海賊船へと向ける。
「ほう、海賊たちにも動揺が見れますね」
穏やかに言うヴァンはついでこちらを取り囲む海賊船を映し出す。数は合わせて六隻、全てパトロール艇である。
撃ち込まれた魚雷は輸送船の艦尾を破壊し、航行不能にする為のものだった。これによって人質とすることも可能なのだ。
しかし、それに反して護衛の船は輸送船の救援を行おうとしない。
同時に彼らも気が付くことだろう。あの輸送船は偽物だと。
よもや輸送船一隻を丸ごと囮に使う事など、誰も想像は付かない。
貧乏人であればなおさらだ。
「あいにくとこっちは金持ち、権力者。しかも二度とやるものかと思ったアレをやったんだから、悪いけど八つ当たりさせてもらうわよ」
思い出すだけで鳥肌が立つ。
しかし、こうやって海賊撃退の功績を上げられるのならそれは逆に儲けなのだ。
「敵艦へのロックオンは完了しているわね?」
「はい。艦長。敵艦の艦尾に」
「よろしい。では、撃て」
数秒後。セネカから発射された地球帝国標準装備の宇宙魚雷は、旧式のパトロール艇では振り払うことも撃ち落とす事も出来ず、見事艦尾へと命中し、航行不能の状態へと至らしめる。
その後、セネカは再び周囲を調査。安全が確保されたことを確認すると、輸送船本隊と待機させたパトロール艇たちにワープを行うように指示。同時に急行できる帝国軍巡視隊へと海賊の後処理を任せるとの通信。
「さて……恥ずかしい思いをした成果はあるわね」
運よく海賊を撃退することはできた。
だが、リリアンとしてはそれはむしろオマケである。
今回の事で、一つ分かった事がある。
「海賊が随分と組織的な行動を行っている。注意が必要だと言う事よ」
それは、作戦を語った時にステラが放った疑念だった。
『私は、あの海賊船の動きに何か作戦めいたものを感じます。わざと私たちの前に現れて、航路を変更させる。でも輸送は商業的に遅れることを避けたい。そうなるとおのずと通るルートは限られます。もしもそこに網を張られていたら、すぐさま海賊たちが押し寄せてくると思います。もちろん通常航行中に襲われる可能性もありますが、その時はもうその時に対応をするしかありません』
その通りの結果となった。
しかし、疑問はまだ残る。
(こんな組織的な動きを海賊が行う。それなりに頭の切れる奴が船団を率いた?)
だが今回の海賊の動きには無駄も多い。まるで、テストをしているかのようだった。同時に無能を切り捨てるような足切りも感じる。
それだけの事が出来る海賊が新たに出現したという事は、早急に片付けなければいけない問題が発見された事にもつながる。
悩ましい問題? いいや、ちょっと面白くなってきた。
それがリリアンの本音でもあった。
「海賊退治……エイリアンとの戦争の前段階としては、まぁまぁと言った所かしらね」
とはいえ、今回みたいなことはもう出来ないだろう。
もうやりたくないから。
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