第37話 航路の影
帝国が保有する駆逐艦には通常、二機までの戦闘機を格納することが出来る。
だが多くの駆逐艦は戦闘機ではなく偵察ドローンを代わりに詰め込む事が多く、戦闘機を積むのはそれなりの規模の艦隊に所属する場合、もしくは特殊任務に従事する場合のみである。
なによりセネカには戦闘機のパイロットが存在しない。その代わり、対空迎撃装備は充実しており、機銃は当然として艦体上下には小型の迎撃魚雷が装備されていた。
主砲となる重粒子砲は単装砲が上下に一門、艦尾に一門。主砲性能はそこまで高くないが雷撃能力には優れているといった形となる。
この集中砲火は例え戦艦クラスであっても手痛いダメージを与える事が出来るのだが、基本的には真正面から挑まない事がセオリーとなっている。
一方でパトロール艇は外付けの重粒子砲が一門、同じく外付けの魚雷発射管が二門ある程度で、火力支援には全く期待できない。
彼らの仕事はレーダー監視と場合によっては駆逐艦を置いて護衛対象をワープさせることにある。
足だけは速いので、最悪は輸送船を破棄して、乗員を回収して逃げるという事にも使われる。
というよりは基本的にはそれぐらいしかやることがない。
もしもこれが重要物資などの護衛であれば巡洋艦が二隻、駆逐艦も最低で三隻は参加する機動艦隊が差し向けられるのだが、いくら名産品とはいえワインの輸送にそこまでの艦を向かわせるわけにはいかない。
むしろ駆逐艦が一隻付いてくるだけでも護衛としては贅沢と言っていいだろう。
これが旧世紀におけるボジョレーヌーボーや何年も熟成させた高級品などのような特殊なものであれば、その限りでもなかっただろうが、今回の場合はそうではない。
高いワインではあるが、一般市民に手が出せない程でもない。通常で出回る類のものだ。
「さすがに、初任務でドンパチ賑やかにやりあうなんてことはないでしょう」
植民惑星クレッセンまでの航海は特に大きな支障はなかった。ワープのクールダウン中に業務の一環として訓練などを行い、練度の確認や定期報告をまとめる作業などはあったが宙域に怪しい動きはなく、スペースデブリの塊が飛来してくるなどの事故もない。
リリアンは現場をヴァン副長に任せ、艦長室で報告書の処理を行いつつ、今後の自分の動きを考えていた。
「雑用みたいな仕事もこなすという建前もあるから、逆手にとってどんどん介入していくのもありだけど、こればかりは月光艦隊が正式に稼働しないと無理な話か」
前世界の自分はとにかく邪魔だったステラを海賊の出没が多数報告される宙域などに飛ばしていた。結果的にそこで功績を上げる事になったステラが順調に巡洋艦の艦長にまで上り詰めたというわけだが。
「改めて考えると酷い事してるわね」
しかもやった理由がたんなる嫉妬なのだから恐ろしい話である。
我がことながら、一体どういう精神構造をしていたのかと問い詰めたくなるぐらいだ。
だが今回は形はどうあれ正式な艦隊に所属している。組織に従う必要性はあるが、許可さえ出ればそれこそ自発的に宇宙海賊の根城を捜索、襲撃だって出来るし、単純な話として打撃力も得ることが出来る。
とは言え、艦隊はまだ正式に稼働しているわけではない。とにかく今は半年という期間を待たねばならない。ヴェルトールが正式に中佐となり、巡洋艦を受理してくれれば、話しは進むのだ。
「辺境に追いやったステラが実際にどういう状況だったのかはさすがにわからないけど、少なくとも前世界よりは良い空気だと思いたいわね。それに、初恋の人と離れ離れになりすぎるっていうのもかわいそうだし。とか言いつつ、私の艦にいるのだけど」
こればかりは仕方がない。いかに二人が通じ合っていようと階級や立場の差というものはどうしたって道を阻むものだ。
彼女が対等に接することができるようになる為には、せめて巡洋艦を任せられる程度には昇進して貰わないといけないし、最終目標に到達させる為にも今しばらくは駆逐艦業務をこなしてもらうしかないのだ。
「いっそ、月光艦隊で辺境宙域をしらみつぶしに回ってみるのもありか? どこか手ごろな海賊船団のアジトがあれば良いのだけど。ふむ……後方でふんぞり返ってたせいでそこらへんの知識はごっそりないわね。現状の宙域治安の情報も仕入れなきゃ駄目ね」
六十余年の経験がある?
バカバカしい。その半分以上は無意味な人生を過ごしていただけじゃないか。
やることの多さ、詰めの甘さ、自分の本来の立場、周りからの評価。どれもこれも今になってツケが回ってきているのだから笑えないジョークだ。
しかし、一度どん底を知ったのだからもう落ち込むことはない。あとは這い上がるだけなのだから、そう考えれば気楽だ。
そもそも二回目の人生をもらっているだけありがたい話だ。
実はこれが長い長い走馬灯の一ページだった……なんて事になると嫌だけど。
「まぁいいわ。少なくとも、この二回目の人生が楽しくなってきたのは事実だし。ぶりっ子だけはもう二度とやりたくないけど」
そろそろ副長と交代で艦橋に入る頃合いだ。
こうしてまた艦を指揮できる事は正直言えば嬉しい。やる気も漲るというものだ。
「それじゃ、張り切ってワイン輸送のお仕事に……」
レッドアラート。
それが鳴り響いた瞬間、リリアンは駆け出した。
セネカの艦長室と艦橋はすぐ近くに位置する。リリアンが艦橋に入ると、既にヴァン副長は艦長席の真横に立ち、指揮を飛ばしていた。
「レッドアラートという事は未登録艦の発見という事かしら」
リリアンは流れるように艦長席に座るとコンソールを操作した。
「リリアンさ……艦長。パトロール艇コボルト号より、レーダーに感ありとの報告です。ですけど、既に反応が途絶えたとも」
普段は大人しいか、ぽやぽやとしている癖に、こういう状況では妙に淡々としているのがステラだった。
「反応が消えた? レーダー範囲外に逃げていった可能性は?」
「可能性だけなら。どうしましょう?」
「あなたはどうしたい?」
「え?」
質問に質問で返されたせいか、ステラは少し意表を突かれた様子だった。
しかし、彼女はそれでも答えを返した。
「えっと……警戒態勢を維持、第二種戦闘配置で通常航行を続けて、ワープ。クレッセン駐留艦隊に報告、調査を依頼するのが良いかなと」
「その通りよ。デボネア通信長、全艦艇に回線開け。第二種戦闘配置。ヴァン副長、CICに移動して戦闘指揮の補佐をお願いします」
「ハッ」
ヴァン副長は敬礼すると、第一艦橋を後にする。
「それと、デボネア。クレッセン駐留艦隊に電文。レッドアラート感知、警戒、調査の依頼よ。また本艦隊はあと一日で惑星クレッセンに到着すると」
「了解しました」
「ミレイ航海長。クレッセンまでの航路はそのままを維持。ただし、地球への帰還航路は変更。ルートは破棄して頂戴」
「わ、わかりました」
ミレイはまだレッドアラートには慣れていなかったようだ。
それでも動きにぎこちなさがないのは流石はティベリウス事件の経験者と言ったところだろう。
(早速問題が発生というわけ? 嬉しいと考えるべきか、それとも厄介と思うべきか)
リリアンはそんなことを考えながらも艦橋の動きを観察した。
落ち着きすぎているステラはさておいてもデボネアにしろ、ミレイにしろ他のクルーもみな落ち着いて行動できている。
それはまだ戦闘になっていないという点もあるだろうが、今の状況ではまずまずと言ったところだ。パトロール艇のレッドアラートの判断も良い。用心するに越したことはないのだから。
ある意味では嬉しい経験ともいえる。
「逃げたと仮定すれば旧式装備の海賊かはたまた密輸船か……月光艦隊の実働艦がもっと多ければ二手に分かれて調査出来るのだけど、贅沢は言ってられないか」
観測ドローンを撃ちあげたいが、戦闘などの緊急事態でもなければドローンには回収義務がある。一応は備品であるし、デブリになって漂流、事故の元になる危険性もあるので、今回は射出の許可を出せないでいる。
その後も、セネカ艦隊は警戒を続けながら、長距離ワープのクールタイムを待つ。
しかし、惑星クレッセンへ到着する間、新しいレッドアラートは発生しなかった。
いくらかの緊張感を残したまま、リリアンたちはエメラルドのように輝く緑色の星へとたどり着く。
その星こそが、クレッセンであった。
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