第36話 発令、初めてのお使い

 豪勢を極めた皇帝陛下の誕生日は一日中行われた。

 軍関係者はもちろん、各々の大臣やメディアの有名人などとにかく参列できる者は皇帝を祝福した。

 意外な事に皇帝やその親族への誕生日プレゼントには厳密な決まりがある。単純なところを説明すると、地球帝国の皇帝ともなればその配下の数も尋常ではない。彼は確かに酒は好きだが毎年、数十万本の酒を送られるのは普通に困るというものだ。

 故に軍は大体、その時の総司令官が代表して祝辞を述べたり、艦隊行動でのパレードを披露する。政務官たちも、メディアも、各々で数人代表を決めてそれぞれがプレゼントを贈るという形で数を制限する。


「おめでとうございます陛下」


 一方で、ゼノンは軍関係者ではなく、久世家の代表として皇帝へと挨拶をしていた。

 皇帝一族と久世家の関係は深く、クライフトの父である前帝の妹が久世の家に嫁いだという間柄であり、ゼノンはその孫にあたる。久世家は皇帝一族を初代から支えてきたともされ、そのような分家は多い。

 特に初代久世家当主は建国の友とも言われている。

 それでも明確に身分が違う為、ゼノンは傅く。

 この辺りは儀礼的な意味合いもあるので、例え皇帝の実の子供であっても公の場では行う必要があった。


「おぉ、ゼノンか。堅苦しい事はよせ、我らは親戚同士。お前とも知らぬ仲ではあるまい」


 このように許可をもらって初めて面を上げ、立ち上がることを許される。


「あれが、お前の艦隊か?」


 ゼノンが立ち上がると同時にクライフトは遥か遠くで着陸している艦隊へと視線を向けた。

 総旗艦神月を中心とする本隊とは少し離れた位置にいる四隻の艦隊。

 

「ハッ、陛下のご威光をさらに知らしめる為、そして地球帝国の平穏を守るべく、久世家の当主としての我儘をお許しを頂いきました事、大変ありがたく。つきましては、かの艦隊で武功を上げることで、陛下への御恩に報いる所存であります」

「ウム。聞けば、そちの艦隊はあの奇跡の船の乗員を集めたそうだな?」

「ハッ、彼らは若く、まだ経験も浅いですが、同時に宇宙の果てを旅し、恐るべき外敵を打ち倒し、帰還してきた者。陛下のご期待に応えるものかと」

「はっはっは! 余よりも、倅の方が熱心でな。その者たちには余が退位し、倅が跡を継いだ時にも支えて欲しいものだな。それに、エイリアンか。余の代で、そのようなものと遭遇するとはな。しかと、対応してみせよ」

「御意に……」


 たったそれだけの会話であるが、このやり取りで【月光に煌めく若獅子の群れ】艦隊は皇帝も認める一部隊となる。

 こうなってしまえばおいそれと文句は言えない。大きな失態でもない限りは詰問されることも憚れる。

 だからこそ、ゼノンはこの場を選んだのである。

 何より次期皇帝である皇太子に気に入られているという点も状況としては良いものだ。

 その為にも長ったらしい名前の艦隊にはぜひとも活躍をしてもらわねばならない。

 だが、軍というものはこれで案外縄張り意識が高い。最初のうちは、大した仕事はできないだろうとも踏んでいる。

 この辺りはいかに参謀総長の後ろ盾があろうとも無理が効かない領域だった。


(まぁ、やりようはあるさ)


 若き少将もまた、戦略を練っているのである。


***


 皇帝陛下の誕生日の翌日から軍は通常業務に戻る。市民たちであればあと二日の休日となるが、さすがに軍がそれではまずいのである。

 上級士官などであれば、その限りでもないが下士官たちはそもそも誕生日に出席することも出来ないし、仮に出来たとしても終われば即座に仕事が待っている。

 それはリリアンたちも同じなのだ。いくら彼女たちが貴族の子供でも、今は軍人。そして彼女たちは比較的真面目であるので、それに従う。

 が、しかし。親の七光りによって発足した【月光に煌めく若獅子の群れ】艦隊で今現在、実働できるのはセネカだけなのである。


『というわけだ。駆逐艦セネカは三艇のパトロール艇を率いて植民惑星クレッセンの輸送船団の護衛に向かってほしい』


 その指令を伝えるヴェルトールはそもそもまだ中佐にもなっておらず、正式な辞令が出るまでは作戦指令室から離れる事が出来ない。

 またアレスが指揮する駆逐艦澄清はゼノンの護衛という形で待機しなければいけない。

 そしてこの艦隊にはもう一隻の駆逐艦パイロンが所属しているのだが、実はその艦長となる男もまだ到着していないのである。


 その男こそ、デランであった。彼は事件後、宇宙軍ではなく空軍へと配属され、航空防衛隊にて運用などの理論を学んでいた。

 空軍から宇宙軍への移動ともなれば、これもまた通さねばならない書類や決議に時間がかかるのである。


「了解しましたわ」


 無理を通せばこんな穴だらけな事が起きる。

 形だけは整えても中身がないのはもはや笑うしかない。


『はじめのうちは、こういう任務ばかりだろうが。粛々とこなすしかあるまい。実績は、実績だ』

「えぇ、何事もなければよいのですが」


 そのようなやり取りを終えると、駆逐艦セネカは月面基地から三艇のパトロール艦を率いてワープの準備に入る。


「クレッセンの輸送護衛ねぇ。大方、ワインかしら。あそこは葡萄が有名だから」


 植民惑星クレッセンは地球より40光年離れた場所にある。元々は人が住めるような惑星ではないが六百年以上前に惑星改造が行われ、環境が安定したのが四百年程前、それ以来は農地開拓のようなものが行われ、五つの人工太陽による日照調整の結果、食料プラントコロニーとなった。


(前世界では、戦況の悪化に伴って破棄されて、四百年のブランドも途絶えたわけだ。やけ酒でしか飲んだことはないけど)


 四十代の頃に自暴自棄になってこの惑星のワインをひたすら空にしていた記憶がある。もはや大して味など覚えていないし、そのせいでワインがちょっと苦手になったという色んな意味で苦い経験もある。


(まぁ、前世界で飲んだくれる程に開けたワインだ。そのお礼も兼ねてと思えば悪い気もしないか)


 クレッセンにも当然、駐留する艦隊は存在しているが、彼らが持ち場を離れるわけにもいかない。その為、こうやって動かせる艦隊で輸送船の護衛を行うのだ。


「ミレイ航海長。航路算出はどう?」

「既に完了しています。10光年の長距離ワープを四回。クールダウンを含めて、往復十日を予定。現時点で地球とクレッセンの間に異常予報はありません」


 ワープ機関の真実。本来であれば100光年単位で跳び越えられる事を知っているのはこの艦ではリリアンだけである。なおかつその超長距離ワープもシステムに異常をきたすわけで、実行するのは危険だ。

 だからこそ安全を考え、帝国が推奨する10光年刻みのワープを行う必要がある。また長距離ワープは連続稼働が出来ない。おおよそ一日間のクールタイムを必要とする。

 ティベリウスはその帰還に際して20光年のワープを行った。単純に距離を計算すれば300光年など、十五回のワープを行えばよいだけだが、実際はそうもいかず四週間という日数を必要とした。

 これはかなり無茶をさせたのである。


「よろしい。では、これより駆逐艦セネカは輸送船団の護衛任務へと向かう。惑星クレッセンに到着する間も周辺警戒は怠らないように。宇宙海賊はどこから湧いてくるかわかったものじゃない」


 この時代の宇宙海賊は中々に勤勉で、用意周到である。ワープのクールタイム時間を予測して、どうしても通常航行を行うタイミングを執念深く待っている。

 幸いなのは、大半の宇宙海賊が保有する艦はそれこそパトロール艇の亜種のようなもので、駆逐艦や巡洋艦クラスを保有する大海賊は少ない。

 とはいえ、用心するに越したことはない。運悪く戦艦を保有する海賊に出会ったせいで、壊滅した輸送船団もあるぐらいだ。

 

(いずれは宇宙海賊も根絶やしにしないといけないわね。旧式の艦船とはいえ、うろちょろされるのは迷惑だし)


 なお、前世界において海賊の討伐で名を挙げたのはステラである。


「さぁ、我らが……あー……月光艦隊の初任務よ。しっかりこなしていきましょう」


 以降、【月光に煌めく若獅子の群れ】艦隊は、彼らの中では月光艦隊と呼称されることになった。

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