第35話 加速する歴史の流れの中で
第百三代、地球帝国皇帝クライフト・アルマドロスは御年四十五歳となる。若々しく厚い胸板と端正な顔立ち、そして威厳を出す為と二十代の頃から伸ばし始めた髭は均整に整え、その妻たる皇后も夫より十歳若いが三十路には見えない。
彼の下には三人の娘と末の一人息子がいた。
地球帝国は支配者の座に女性が君臨することも認めており、歴代の皇帝でも数えれば二十五人の女帝がおり、付け加えるならば第二代は女帝である。
だが、クライフトは十二歳の息子を溺愛しており、後継者は息子であると公言している。
しかしクライフトはまだ生気漲る程にエネルギッシュであり、統治に関してもまずまずと言ったところか。権力者として逸脱する部分はなく、社会福祉を重視し、辺境の植民地コロニーにも駐留艦隊を派遣、治安維持を徹底させ、重税を課すこともなかった。
良くも悪くも平凡。後世の歴史書にも名前だけが残る程度の存在である。
そんな現皇帝の居城は旧世紀ではフィンランドと呼ばれた土地にあった。皇帝一族がフィンランド人であるかどうかは不明である。顔つきからしてヨーロッパ系であることは間違いないとされているが、そもそもなぜ皇帝の居城がフィンランドにあるのかも実際は謎なのである。たまたまそこが拠点だったからそのまま使っている。
ただそれだけの事であった。
一説には白夜の存在するフィンランドこそ日の沈まぬ大帝国の居城を構えるのにふさわしいからなどとも言われているが、定かではない。
ただこの白夜の存在がある種の熱狂的な空気を生み出すのは事実である。
時刻は十八時を回るというのに太陽は明るい。そんなフィンランドの上空に無数の艦隊が陣列を成していた。
中央には総旗艦神月が浮遊し、その周囲を駆け付けられるだけの艦隊がそれぞれの指揮官の下に並ぶ。
その一角で、少し陣形から離れた位置に三隻の駆逐艦と一隻の巡洋艦のみで構成される極小艦隊が存在した。
それこそがゼノン・久世少将が保有する唯一の独立艦隊【月光に煌めく若獅子の群れ】である。
「全くもって、急な辞令が降りたものだ。俺の昇進は半年後のはずだったのだがな」
艦隊の旗艦として機能するのは巡洋艦マクロ・クラテス。
その艦長席で、ヴェルトール・ガンデマン少佐は呆れたような、それとも苦笑するような、どっちつかずの表情を浮かべて、式典に参加していた。
「それに間に合わせの巡洋艦か。新造艦が出来るまではこれに乗っていろという事だろうが、前任の艦長には悪い事をしたな。とりあえず形だけでも艦隊を組みましたというわけだが」
本来、ヴェルトールが受理するはずの巡洋艦は新規に建造されるものだし、中佐になってからという話だった。
だが皇帝陛下の誕生日に合わせて、艦隊を結成するという突貫工事のような流れのせいで、こんなことになったのだ。
その為、マクロ・クラテスに乗艦しているのも一時的なもので、実際にヴェルトールが艦隊に加わるのは半年後なのである。
作戦司令部との引継ぎもあるし、先に決まっていた中佐への昇進と新型艦の受理を覆したり、早める事はさすがに不可能だったわけである。
「まぁ良いじゃないか。予定が早まった事は驚きだけど、君にとっても嬉しい話だろう?」
同じく辞令を受け、予定調和のようにヴェルトールの副官としての地位を手に入れたリヒャルトは昇進はしていない。
「しかし驚きなのは本当だ。まさか、あのルゾールお嬢様が実家の権力をこうやって使うとはね。流石に君もこの流れは想像していなかったんじゃないかい?」
「悔しいがその通りだ。リリアン・ルゾール、不思議な子だよ。ある意味ではステラ以上に行動が読めん。まるで別人のようだ」
「本当に入れ替わっているんじゃない?」
リヒャルトは冗談めいた口調であった。
ヴェルトールもそれに応じるように苦笑しながら答えた。
「なら良い意味で入れ替わってくれたというわけだ。なんにせよ、転がりこんできたチャンスだ。手放すわけにはいかん。誰が用意しようと、独立機動艦隊としての立場を得たのだ。あとは、俺たちの働きにかかっているのさ。とはいえ、半年は長いな」
そう答えながら、ヴェルトールは総旗艦神月と一部の艦隊が祝砲を撃ちあげているのを眺める。
艦隊による行進、祝砲が終われば今度は着陸して、皇帝陛下への謁見と祝辞が始まる。
直接、皇帝と顔を合わせて色々とやるのはゼノン少将であり、自分たちはその後ろでただやり取りを見ることしかできない。
少佐程度の立場とはそのようなものだ。特別な武功を上げたなどでもない限りは不可能に近い。
(リリアンか。彼女の行動はたんなる我儘なのか気まぐれなのか。それに、ステラの才能にも気が付いていた。一体いつからだ? そして、こんなにも俺に都合の良い待遇。ピニャール参謀総長が突然ゼノン少将に接近したのも、あの子の入れ知恵か?)
あまりにも自分にとって望ましい結果が降って湧いたように現れた。
正直を言えば嬉しい、同時にどこか得体の知れない恐ろしさも感じる。
まるで二手、三手先を読まれている……いや筋書き通りに動かされている感じすらある。
(警戒するべきか? それとも、頼るべきか? 見極める必要があるのかもしれん)
ヴェルトールは艦長席のコンソールパネルを操作し、サブモニターに一隻の駆逐艦を表示させる。マクロ・クラテスの後方、五時の方向に位置するセネカである。
(ステラをオペレーターに据えるか。才能を理解していないものからすれば、バカげた配属だと思うだろうな)
***
一方、駆逐艦セネカの第一艦橋は随分と姦しくなっていた。
元より若いクルーが多かったセネカであるが新たに航海士としてティベリウス事件の関係者である望月ミレイが加わっていた。
事件後は航路観測隊として従事しており、本人としてもそれで充分であったのだが、気が付けばいつの間にか、乗るまいと思っていた軍艦にまた乗っていた。
だがリリアンは彼女の航海士としての技量を高く評価している。ティベリウスが宇宙で迷子にならず、地球へのルートを見つけ出せたのは他ならぬ彼女の力があったからだ。
であれば当然確保するに決まっている。その他にもリリアンは呼びかけに応じたティベリウスの元乗員を集めた。
その結果、過半数が女性クルーであったのは本人も驚きである。
だが、それ以上に周囲を驚かせるのはメインオペレーターとして抜擢された少女だろう。
元は整備士志望。それが事件後はパトロール艇を指揮し、今は駆逐艦のオペレーターとして従事することになったステラ・ドリアード。
事情を知らぬ者からすればド素人同然のよくわからない少女をなぜそんな重要なポジションにあてがうのかと思う事だろう。
それに、当のステラも自分が場違いな場所にいることを理解しているのか、傍から見てもわかるぐらいに緊張している。
「はぁ……私なんで軍艦に乗ってるんだろう……というか、なんであなたいつの間にか士官になってるの……」
「は、はは。なんででしょう……いえ、私がそう望んだのもあるんですけど……えへへ、昨日までパトロール艇だったんですけどね」
辞令であり命令だからほぼ拒否権がないままやってきたミレイと、望んではいたがなぜか大がかりな事に巻き込まれたらしいと感じるステラ。
「で、でも。リリアンさん……少佐に期待をされたのです。頑張らないと! ヴェルトール少佐も見ているし。ゼノン少将っていうとても偉い人も期待してるみたいですし、うん。頑張ろう」
「あなたって……なんか上の人から可愛がられてるよね。羨ましいとみるべきか、むしろ巻き込まれて可哀そうと見るべきか……」
ミレイはそうぼやきながら艦長席へと振り向く。
「良いじゃないの。変な人たちについて行くよりはマシでしょ?」
そう言うのはデボネアである。
「あなたも、あの一件以来、艦長にべったりよね。付き合ってるの?」
「そ、そんなんじゃないわよ。私はあの人の才能? ってのに期待しているの。だからついて行こうって思ったのよ」
「まぁ凄いのは認めるけどさ。うん、なんか別人みたいに凄いし。でも、軍艦かぁ……戦争もしなくちゃいけないのかぁ……」
ミレイは小さく溜息をつきながら、己の運命を受け入れるしかなかった。
「それにしても。女の子ばっか。まさか、艦長ってそういう趣味?」
「ミレイ航海長。おじさんもいますよ」
頭上の艦長席から黒一点でもあるヴァン副長の穏やかな声が聞こえると、ミレイは背筋を伸ばして、真正面のモニターを凝視する作業に戻った。
そんな彼女を見て、小さくほほ笑むヴァン副長は、艦長席のリリアンに、「私の方が場違いですね」と呟いた。
「そんなことはないわ。経験豊富なクルーがいるだけで気が引き締まる。私が集めた子たちは才能はあると思っているけど、それでも圧倒的に経験が足りてない。そういう時、あなたのようなベテランの声というのは安心感を与えるわ」
今の自分は十八の小娘だから威厳も何もない。
だからこそ、ヴァン副長の事は頼っている。
「そう。これからは経験を積むことが仕事よ。箱は用意したのだもの。あとの成果は自分たち次第」
こんな艦隊は前世界ではなかった。
自分が作り出したようなものだが、こうでもしなければステラも、そして若き未来の提督たちも中々実戦を経験することができない。
そうやって実績を作ることで、少なくとも前世界以上には幅を利かせられるようになるはず。
その事を期待して、リリアンはあんな恥ずかしい猿芝居もしたのだ。
(ステラだけが経験を積んでも意味がない。全体の底上げを行う為に必要なことはまだまだある。その為なら私は……)
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