第31話 少将閣下の戯れ

「ほう、中々よく写ってるじゃないか。それなりの売り上げが見込めるのではないか?」


 月面基地の司令執務室はかなり簡素であり、申し訳程度の観葉植物が二つ設置され、応接用のテーブルと椅子以外はゼノン少将のデスクぐらいだった。

 強化ガラスの向こう側はドーム状の月面都市が広がっており、多くの艦船が行き来している。その大半が輸送船や観光船、ないしはスポーツ用の高速小型艇などであり、一部の区画では宇宙遊泳を行う事も出来るとか。

 そんな都市の光源を背に受けながら、ゼノンは数枚の写真を眺めていた。

 そこに移っているのはびしっと制服を着こなし、いかにも艦長然としたポーズを取っているリリアンの姿があった。


「お戯れを」


 あからさまに不機嫌を隠さないリリアンであるが、姿勢を崩すことなく、起立の態勢でいた。

 現在、部屋にはリリアンとゼノンしかいない。秘書官すらも退室していた。


「アレスも良い横顔で写っている。これはCMの完成版が届くのが楽しみだな」


 ゼノンはひとしきり笑った後、写真をデスクに置くと、笑みを浮かべたまま両肘をデスクに着けて手を組み、顎を乗せた。


「さて、さっそく本題に移らせてもらうが。ティベリウスだがね、私の方でも色々と調べてみたよ」


 刹那、室内の空気が数度下がったように感じられた。

 ゼノンは不敵な笑みを浮かべたままだし、口調も変わっていない。どこから見ても軟派な優男で、軍人らしくない貴族のお坊ちゃまと言った空気を纏っているが、こうして相対してみると分かる。

 この男は中々の策士なのではないかと。

 お飾りの月面基地司令と思えば、それなりに自由に動かせる配下もいるらしい。

 分家とはいえ、皇帝の血筋に連なるからなのか、それとも本人の力なのか、それはリリアンにもわからない事だ。

 彼の事も、よくは知らないのだから。


「建造課程においてはなんら不審点はない。ワープ機関も君たちが修理を施した点を除いても特別手が加えられているという痕跡はないとのことだ」


 前世界ではゼノンとの接点はなかったが、この時代においてはむしろ彼からの接触があった。

 ティベリウス帰還後、配属の際にゼノンがピニャールに話を付けて、月面基地なら前線に出ることはないと説得をすると、彼は大喜びで娘をゼノンに預けた。

 ピニャールとしては皇帝の関係者との縁を持てるという打算もあるのだろう。

 それに月面都市は経済都市でもあり、アイドル扱いをするにはうってつけの場所でもある。

 当然、ゼノンはリリアンにアイドルをさせたが、彼はその見返りもキチンと用意していたのだ。

 それは、ティベリウス事件についての調査を受け持つという内容だった。

 しかもそれを持ち出してきたのは当のゼノン本人である。


「もちろん、修理にかこつけて痕跡を消した……という可能性は捨てきれないがね。まぁ私としてはそれはないと思うよ。明らかに他の者にバレるからね」


 まるでもったいぶったかのような言い方だった。

 彼の言いたい本題はそこではないのだろう。


「ところで、君は我ら栄光の帝国宇宙艦隊の艦艇。その基礎がいつ始まったのかを知っているかな?」


 唐突な質問だが、これは簡単だ。授業で習う内容である。


「テンプレートな返答をすれば……地球歴元年でしょうか」

「その通りだ。しかし、その間に文明の衰退やらがあった。それでも地球歴は四千年も続いている。失われた技術の一つや二つぐらいあると思わないかい?」

「それは、そうですね?」


 実の所、リリアンとしてもそのあたりはさっぱりだった。

 別に必要になるような知識はなかったし前世界でもそのあたりを調べようとは思わなかったのだ。

 だが改めて考えてみれば、そうかもしれない。西暦から換算すれば六千年以上の途方もない年月が経過している人類社会。

 帝国制が始まったのがおよそ千年も前だ。太陽系統一戦争が勃発し、今の皇帝一族が主導し、勝利した。


「千年王国……今の地球はまさしく平和そのものだ。宇宙海賊などという叛徒はいるがね?」

「その点に関してだけは首を縦に振ることができますわ」


 実際、平和かどうかと言われればその通りなのだ。

 堕落であろうが何であろうが、帝国の治世は安定している。時折、権力を勘違いした輩が横柄な態度を取る事も多いが、やりすぎれば当然貴族であろうと罰せられる。

 それをさらなる権力でもみ消す事も可能ではあるが……。


「では改めて問おう。我らの宇宙船の性能が元年よりそのままだと思うかね?」

「……いいえ閣下」


 考えたこともなかった。

 しかし言わんとすることはわかる。リリアンとてそこまで愚かではない。

 だからそのように答えられる。


「地球歴が千年になった頃と言われているかな。その頃の宇宙開発技術は凄まじかったらしい。まさに宇宙の黄金時代というべきかな。確かに我々が扱う宇宙戦艦の基礎は地球歴元年にある。だがそれは、今我々が理解できる範囲内の技術だ」

「閣下、結論を仰ってください」

「私たちが扱っている技術は復元され、そのうちで理解できるものしかないという事だ。そのおかげでこうして宇宙時代をもう一度迎えられたが、全盛期には及ばない。この事実は少将になったとしてもただの軍人には明かされない事実だ」


 帝国軍内でまことしやかに囁かれる噂。

 少将になれば真実が教えられる。だがそれにはさらなる段階があるようだ。


「閣下。つまり、皇帝一族の知る歴史という事ですか?」

「あぁ。そうなる。まぁ別に大したことじゃない。技術者ならそれぐらいは見当が付くだろうし歴史家たちもそのことぐらいはわかっている。でも誰も一々指摘しない。なぜか。別に困っていないからだ。今の技術でも人類は謳歌している。千年の平和は保たれている。それ以上何を望むのだろうか……とね」


 それは確かに一つの答えだ。

 多少の小競り合いや海賊の襲撃はあれど、文明が衰退するほどの争いは皇帝一族が支配を進めたこの千年の間では一度も起こっていない。それが偶然なのかはたまた皇帝一族の政治手腕がなせた業なのかは別として、事実として平和であった。


「君に一つだけ真実を教えよう。我らが扱うワープ技術。【安全性】を考え10光年から20光年を限度とするこの技術。本来なら100光年以上は跳べる」


 驚きはしなかった。

 失われた技術の話があれば、その程度のことぐらい可能だなと推測できる。


「閣下、では過去の技術であれば、本来ならもっと遠い距離をワープ出来るという事ですか?」

「あぁ。それこそ300光年なんて簡単だろうね。今我々が使うワープ機関は再現されたものだ。それでも十分な機能があるし、実際10光年も途方もない距離だ。だができないのはエネルギー出力の問題だ。これが安定すればワープの距離はもっと飛躍的に伸びる。つまりだ。ティベリウスは、無理をすれば300光年程度は余裕でワープ出来るという事実だけは知ってもらいたい」


 事故であれ、故意であれ、ティベリウスの馬頭星雲方面へのワープそのものは可能であるという事実。

 それは確かに真実への第一歩かもしれない。

 だがそれだけでは全く謎は解けない。むしろあやふやままだ。


「閣下、ワープ機関の真実はわかりました。過去の技術の偉大さも。ですが、それだけですか? お言葉ですが、その程度ならいつか私もたどり着く程度の答えです。都市伝説が好きな者や技術者であればたどり着く答えだと閣下は仰いました」

「その通りだ。リリアン。私も君から、あの事故は意図的に起こされた可能性があると、スパイの可能性があると教えられた時は何を面白い冗談をと思ったが、調べてみると愉快な事がわかったのだよ」


 ゼノンはもったいぶるのが癖のようだった。

 にやりとまたも不敵な笑みを浮かべている。

 リリアンとしては早く答えを教えて欲しい所だった。


「ティベリウスのロックを解除し、超々長距離ワープを手動で実施させた痕跡がある。しかし誰がやったのかまでは不明だ。調査は進めるが、あまり期待はできないだろうね。私が動かせる手駒もそんなにはないという事だ。どうにも、ガードが堅いようでね」

「そのような言い方をなされるということは、帝国は、いえ皇室は何かを御存じなのですか?」

「当たり前じゃないか。僕は分家だからあまり詳しい事は知らないが、彼らは何かを隠してるよ。軍もね。で、それを知りたがる僕は鬱陶しいというわけさ。無理をすると月面基地も司令も解任させられるだろうけど」


 ゼノンはその時ばかりは本気な表情で、困った顔を浮かべていた。


「誰がやったのかまではわからない。もしかすると帝国上層部も本当によくわかっていないのかもしれない。だが、僕には一つの推測がある。敵はもしかしたら……何千年も前に地球圏を脱出し、新天地を目指した人類の末裔じゃないかなってね。それが復讐をしにきた……というのは飛躍しすぎだな」


 ゼノンとしては可能性の一つとして考えているだけに過ぎないようだ。彼自身も自分が口にした持論には納得がいっていないようだった。


「そもそも、どうやってスパイを送り込む。いや、事実いるのだから可能なのだろう。それはつまり、敵の技術がこちらよりも数段上という事になる。300光年は余裕で飛べるぐらいにはね」

「はい。ですが、我々が遭遇した敵の艦は……」

「戦闘データは見ることができたが、単純な性能差だけを見れば我々と大差がない……これも結論とするのは早いが、仮に彼らの航行機能が我々よりも上ならば、君たちは地球に帰還することも叶わなかっただろう。色々と疑問が深まるばかりだ。一つ答えが出たかと思えば新しい疑問が出てくる」


 ゼノンの言う通りだ。リリアンも同じ状態に陥っていた。

 だが、リリアンの疑問はもっと深い。


(かつての地球を去った人類の末裔……待って。それはおかしいわ。だって、私たちは未来で知ることになる。馬頭星雲人の肌の色は紫、血の色は緑……人類とは異なる生態を持つ完全なエイリアンだったのだから)


 過去に一度だけ見た敵の捕虜の姿。ヒューマノイドだが、人類とは決定的に違う。

 では数千年の間に地球を脱出して、馬頭星雲へと逃げた人類が独自を進化を遂げて紫色になった? 

 なら地球にいる自分たちだって何かしらで進化していないとおかしいではないか。地球とは異なる環境に適応するのなら、植民惑星の人々たちだって何かしらで生態に変化が訪れていなければおかしい。

 だが、確かに身長や胸囲、日焼けをしているかしてないか程度の差異はあれど、人類としての生態に著しい変化はない。

 仮に馬頭星雲人が人類の末裔だったとしても、紫色になるのだとすればそれは遺伝子でも操作しなければいけないし、そこまで変化したものは果たして人類と呼べるか。そして地球に復讐するような感情があるのだろうか。

 それならまだ侵略者としてやってくる方が理解できる。


(一体どういうこと? 私たちの敵は、何なの?)


 過去の人類が生み出したミュータントが反乱を起こした?

 それともやはり独自の進化を遂げた人類が襲ってきた?


(わからない事ばかり……でも、あの子は知っていたのかしら)


 リリアンの脳裏に浮かんだのは未来のステラの姿。


(あの子は元帥になった。なら、全てを知ることができたのかしら。何を思って戦っていたのかしら)


 私への憎悪? 恋人を失った絶望? それとも。

 少なくとも、良い感情ではなかったと思う。

 なんにせよ、それこそ敵が誰であれ何であれ、襲ってくるのであれば応戦するしかない。

 何より生き残る為、あんな面白くもない未来を回避する事が一番重要なのだから。

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