第30話 彼らの現実、彼らの虚像
地球帝国軍総本部・光輝なる守護者の塔。
悪い意味で全身に鳥肌が立つと囁かれる仰々しい名前を付けられたその施設こそが地球帝国軍の要であり、帝国支配領域の武力の象徴でもある。
その城のような軍本部は旧世紀においては北太平洋と呼ばれた海域に浮かぶ移動拠点でもあり、全長12000メートル、各砲座を調べようとすれば年を跨ぐとも言われる程に巨大な要塞であった。
建設されたのは、およそ七百年前とされているが、実の所、よくわかっていないというのが多くの者たちの共通認識である。
実は超巨大戦艦ではないかという噂がまことしやかに囁かれているが、軍事拠点の真実を知るには、それこそ最低でも少将にならねばいけない。
守護者の塔には総司令官であり、大将であるアルフレッド・ケイリーナッハの乗艦であり、帝国総旗艦である神月と呼ばれる700メートル級の大型戦艦が内部に格納されており、それこそが真なる総司令部とも言われていた。
神月の大会議室はどこか古式ゆかしい和風なスタイルであり、畳や障子はもちろん内部には小池や木々も人工的に作られ、鯉も泳いでいた。
会議室全体がまるで快晴の空のように見えるは、そのように演出されたものであり、光も風も作り物。時折香る、土の匂いも人工的に作り出しわざわざ部屋に微少流しているという、無駄なこだわりを見せていた。
お座敷……否、集まった老人たちの姿を見るとこれは旧世紀の日本でいう【宴会場】だなとヴェルトールは口には出さずに思った。
ティベリウス事件の後、ヴェルトールは帝国本部の作戦司令部へと配属された。艦隊勤務ではないが、これはある種の準備期間であった。
この配属もあと半年もすれば変更が入り、ヴェルトールは大佐となり、新型の巡洋艦を受理し、小規模ながら艦隊を持つにことになる。
それもセンセーショナルに実行されることだろう。
ティベリウスを無事、地球に帰還させた英雄であり、将来を期待されるエリート。
そんな少年に新型を与えるのだから、相応のものを用意しているのだとか。
だが、今はまだ宴会場で開かれる会議での発言権はないに等しい。列席しているのも上司であるオロスタン作戦局長の秘書官の一人としているだけだった。
(揃いもそろって、無能ばかり)
それが帝国軍のトップたる彼らを見たヴェルトールの本音だった。
こんな場所にいるぐらいなら、それこそ駆逐艦を受理して巡視している方がよっぽど有意義である。アレスは良い思いをしているだろうなと考えながら、ヴェルトールはあと半年の我慢であるとも己に言い聞かせた。
「さて。皇帝陛下も気になさっておられるエイリアンについてだが」
議長でもあるアルフレッド大将は趣味である羽織袴姿で出席していた。帝国軍人は基本的に赤と黒を基調とした軍服を着用するのものだが、目の前の老人はそうではないらしい。
彼の背後には掛け軸があり【一意専心】などと書かれているが、恐らく意味は分かっていないだろう。その近くには日本刀が数本飾られているが当然、模擬刀である。
彼以外にも己の趣味で乗艦の艦橋や会議室などを改装するものは多い。技術の進歩もあり、大体どのような形でも万全に機能するので、好きにすればいいと思う反面、このような好き勝手を許されている時点でおしまいだなともヴェルトールは思う。
最初から西洋なら西洋、東洋なら東洋、統一した形で徹底するのであれば、思う事はあれどそれに従ってやっても良いが、そういうわけでもない。
ある意味では無秩序なのだ。
「支配領域外への監視、防衛のさらなる強化に関しては皇帝陛下よりお許しを頂けた。今年度より新規の巡洋艦と戦艦を建造することに相成った。技研局にはさらなる計画として新型空母及び艦載機の開発許可も下りたが、予算の関係上、少し後回しになって貰う」
アルフレッドは老眼鏡をかけて、用意された書類を自分の解釈で不要だと判断した部分を飛ばして淡々と概要だけを読み進める。
「それで、敵の本拠地であるとされる馬頭星雲への遠征であるが」
その議題が出た瞬間、何人かの視線を感じたヴェルトール。
(1500光年だぞ。今の技術でおいそれと進めるわけがないだろう)
一部の好戦派閥が不敬なる存在として馬頭星雲への長距離遠征を提案していた。
「皇帝陛下は却下との事だ」
「何故ですか! 不敬なる輩を撃滅し、我らが帝国の版図をさらなる先へと伸ばす! これこそはまさに大偉業! 実行するべきではないのですか!」
誰かが叫んだ。
好戦派の一人、第四方面艦隊司令の大西少将だった。いかにもというべきか、わざとらしい歴戦の猛者を演出するような浅黒い肌に無精ひげ。右の頬には傷跡が残るが、整形で作ったのではないか揶揄される。
「まぁまぁ落ち着きなされ大西少将」
そんな彼を宥めるのがピニャール参謀総長であった。
そう、リリアンの父である。
「皇帝陛下は確かにエイリアンの存在を気にしておられるし、我らとしてもこの愚かなる存在に鉄槌を喰らわせてやりたいものさ。そこにいるヴェルトール少佐もきっと同じ考えであろうし、私としても可愛い一人娘を怖い目に合わせた連中が許せん」
俺に話題を振るな。
ヴェルトールは発言が許されるならそう叫びたかった。
そんな感情を向けられているとは思うわけもなく、ピニャールは饒舌だった。
「しかし、残念な事に我らの艦船は長距離ワープが安全を考え10光年。無理をしても30から40光年。それに彼らがいたのは300光年先という話だろう? そのような場所に、海の中で一粒の砂を見つけ出すような行為は多くの将兵が賛同するまい。まずは座して待つ。それに所詮は学生に撃退される程度の連中だ。仮に、いかなる方法でか、我らの支配領域にたどり着いても勇壮なる帝国艦隊ならば瞬く間に撃滅してくれる。そうではないか?」
「もちろんだ。だが、植民惑星コロニーが襲われるような事があれば、それは皇帝陛下の威光に傷をつけるが如き所業。せめては宇宙海賊なる蛮族を一掃する為の一大軍事行動の許可を頂きたい」
また唐突に話が変わる。議題も何もあったものじゃない。
ヴェルトールは早くこの会議が終わってくれないかと願っていた。
もちろん、いつかのタイミングでは遠征も必要となるだろう。防衛力の強化もそれに関しては賛成であるし、宇宙海賊の討伐もまた必須であるとは思う。
しかし、このだらけ切った会議では、ろくな戦術も戦略も練られない事だろう。
当の議長はのんきにお茶を飲んでいるし、腰ぎんちゃくであるピニャールは雄弁に色々と語っている。
戦いたいだけの子供がそのまま大人になったような軍人たちは早く戦艦の主砲を撃ちたいが為にあれこれ理由をつけて討伐討伐と口にする。
それ以外の参加者は話を聞く気もないようだ。それでも作戦司令部側としては、結局可決された軍事行動に対する作戦を考えなければいけない。
ある意味、ここぐらいしかまともに機能していないとすら思える。
(年功序列と家柄だけでのし上がってきた連中だ。無能が揃っているのは仕方ないが、無能に付き合わされて死ぬのはごめんだ。その為には、俺自身が権力を手に入れ、実績を示し、出世しなくちゃならない)
だから早く宇宙に上がりたい。艦隊を率いて、結果を出すしかない。
そういう点では大西少将の言う宇宙海賊討伐はある意味ではチャンスなのだが、今のまま無謀に行動を起こしても身軽な宇宙海賊たちは方々に散って逃げ出すだけだ。
(機動性に富んだ独立艦隊を準備したいが……今の俺ではそれを提案することすらできない。それに権力も乏しい。ガンデマン家の力を使うのも限度がある)
ヴェルトールは眠たくなるような会議を、それでも必死にメモを取り、自身の心の中で問答することで何とか眠気を抑えていた。
(これなら、連中に嫌われて辺境に追いやられる方がよっぽど活躍できるものだ……)
会議は、皇帝陛下の誕生日にどの艦隊が祝砲を上げるかという話に移り変わっていた。
「うむ。皇帝陛下のご威光を知らしめ、宇宙の平和は保たてれいると臣民に示すのも必要である。観艦式には我が総旗艦神月も参列させる」
ヴェルトールは頭が痛くなった。
(あぁ……アレス、そしてリリアンか……駆逐艦の艦長。羨ましいなぁ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます