第二章 臥薪嘗胆編

第29話 帝国のアイドル

「少佐、月面方面の定時巡回任務のあとのスケジュールですが」


 駆逐艦セネカ副長のヴァン・ヴァルヴァロッサは四十七歳だが、従軍してからずっと宇宙勤務が続きその殆どが植民宙域の恒星付近でのパトロール艇勤務だった為か、実年齢よりも若干老けて見えた。

 蓄えられた真っ白な髭は頭皮と繋がっているようにも見えて、目元を強調するような皺のせいで雪男などとあだ名されている。


「はぁ……憂鬱ね。本当に嫌だわ」


 駆逐艦セネカ艦長、リリアン・ルゾール少佐は艦長席に座りながら、肩ひじをついて、頬杖の状態で悪態を吐き出した。

 リリアンはほぼ特例ながら少佐という位を頂いていた。

 その結果、自分の艦である駆逐艦セネカを受理したのだが、やることは決まったルートのパトロール。

 そしてくだらない愛想を振りまく仕事だ。


「心中お察しします。ですが、これも仕事ですので」

「バカみたいに愛想を振りまくのが? 冗談じゃないわ」


 そのやり取りはセネカの艦橋ではいつもの光景であり、クルーもほぼ聞き流し、若き艦長に同情を向けることしかできなかった。


「まず月面都市でのテレビ撮影。いつものアレです。その次が写真撮影、おやCM撮影も入っていますね。えぇ、あとは」

「もういい。もういいわ。聞きたくない。聞かせないで。病気になりそう」


 リリアンはわざとらしく両耳を両手で塞いで頭を振った。

 ティベリウスが地球に帰還してかれこれ半年が経つ。事件の影響は凄まじく、まず始めに奇跡の帰還、そして奇跡の子供たちだのと持ち上げられた。こと生きて帰ってこれたのは暁の焔学園の教育のおかげ、戦艦技術のおかげ、帝国軍人としての誇りのおかげ等と言ったものから、主要クルーの才能をこれでもかと持ち上げ、しばらくの間は艦長を務めたヴェルトールはもちろん、彼を含めた四人の若き獅子たちは当然メディアの格好の餌食となった。


 同時にリリアンもまた中心メンバーであったことが生徒たちのインタビューやその後の調査で判明し、【ジャンヌ・ダルク】だの、【戦場の女神】だの、とにかくキャッチコピーを作ってはこれを盛りあげた。

 目立ったクルーたちも大体似たような扱いを受け、特に女子のグループはもはやアイドルのような扱いだった。

 それはつまり、リリアンもまたその渦中にいるという事である。

 

(前はこんなことなかったのだけどね)


 前世界では確かにティベリウスに乗っていた生徒たちは奇跡と称されて一時的に持て囃されはしたが、最終的に話題になったのはヴェルトールたちのみで、自分も含めその他のクルーが大々的に取り上げられる事はなかった。

 一応、それなりの地位が与えられ、軍勤務を続けていたのだが、写真撮影だとかテレビ出演だとか、そんなものは一切お呼びがかかる事はなかった。


(あぁ、出しゃばりすぎたんだわ……やりすぎたのよ、私。あぁもう、馬鹿じゃないの)


 リリアンは少佐になってから、頭を抱える事が多くなった。

 とにかく愛想を振りまく仕事が嫌だった。こっちは中身は七十超えた婆さんなんだぞ。

 水着での撮影をお願いされた時は使うまいと思っていた父親の権力を頼り、白紙に戻させたというのに、一体父親は何を吹き込まれたのか、それじゃあ軍の宣伝に使うので、軍服姿での写真撮影だけでもという話が、なぜか軍の仕事として依頼された。

 考えただけでもぞっとする。これに付け加えて、歌手になれだ、ドラマに出てみないかだとか、それ以外にもまさしくアイドルといった扱いを求められたが、徹底的に拒否を貫いた。

 それでも、舞い込んでくる仕事は後を絶たない。テレビでインタビューを受けるとか、事件の詳細を語るぐらいならまぁいいかと妥協でOKを出したのが運の尽き。

 各局が自分の所にもと殺到して、結局流れでそういう話になってしまう。

 その裏に父親の影のようなものを感じなくもない。

 可愛い可愛い娘を、しかも今や時の人となったリリアンをむざむざ戦場に送って命を落とすような真似はさせたくないというつもりなのだろう。

 父親の説得は急務と言ったところか。


「どこかで異星人が襲ってこないものかしらね。即座に急行して午後の予定をなくしたいのだけど」


 ティベリウスの帰還が及ぼした影響はクルーの扱いだけではない。

 遠い宇宙の向こう側に、人類とは異なる知的生命体の存在を確認し、なおかつ宇宙戦艦という戦力を保有し、戦闘を行ったという事実は隠し通せるものではない。

 人類はある意味どこかで望んでいた地球外生命体との接触を果たした事になるが、その出会いは最悪なものであり、戦闘に発展した事実は恐怖を与えるどころか、余計に宇宙への関心を煽る事となった。

 しかも学生が操る戦艦がそれらを見事撃破した事、無事に戻ってこれた事が余計にややこしい事を起こした。

 異星人何するものぞ。このような空気が流れているのは気のせいではない。

 とはいえ、一応は帝国軍も巡視を強化し、各地の植民惑星には巡洋艦のさらなる配備を進めさせていた。

 比較的、プラスではあるのだが、帝国全体に蔓延する根拠のない自信が不安を掻き立てる。

 流石に現場を知る者たちはその限りではないようだが。


「あー……艦長」


 セネカの通信士にはデボネアがいた。リリアンが駆逐艦の艦長になるという話をどこからか聞きつけて、自宅にまで押しかけてきた。曰く、デボネアも似たようなアイドル紛いの仕事が嫌だったので何とかしてもらおうと思ってやってきたというわけだ。

 そんなデボネアはなんとも言い辛そうな表情をしていた。


「聞きたくないけど、聞かせて」


 リリアンも、彼女がそういう顔をするということはろくな通信ではない事を理解している。


「えぇと、月面都市への観光船が我が艦のルート上に重なりまして、それで……月面基地のゼノン少将からファンサービスをしておいてくれとの事でした……」

「……駆逐艦で曲芸でもしろってこと? 馬鹿じゃないの」

「観光船と言いますと、艦長の仕事相手ではありませんか?」


 そう言いながら、ヴァン副長は既にルート変更の指示を出していた。

 相変わらず手早い仕事だと感心する。

 副長の言っている内容に関してはリリアンも予想していたので、億劫気味に頷くしかない。


「大方、大貴族やメディアの有名人とかが乗っているのでしょう。ゼノン閣下の事だし、この人たちの護衛につけという意味もあるんでしょうけど」

「覚えを良くしてもらう為の地道なロビー活動という奴でしょうか?」

「でしょうね。必要な事なのはわかるけど、やってるこっちとしては面倒くさいのよ。なんで私がアイドルの真似事なんてしなくちゃいけないんだ」


 もうそれは口癖のようになっていた。

 こうなれば多少強引な手を使ってでも出世して、せめて巡洋艦の艦長にならなければいけない。

 腐っても参謀総長の娘だ。大人しく仕事をしていれば、難しくはないだろう。

 問題なのは過剰なまでのアイドル扱いだ。これのせいで危険宙域への任務から意図的に外されている気がする。

 

「進路を観光船に向けて。並走する形で航行。曲芸はなし。観光船の船長にもそう伝えて」


 しばらくは、この退屈な任務が続きそうな事にリリアンはまた、ため息をつきそうになる。

 仕方ないので、艦長席のコンソールを操作し、航海日誌を記入する。

 巡回航路の詳細、クルーや艦の状況、必要な部分はほぼテンプレートな形で記入してゆき、最後はいつもの文章。


「宇宙は日々平穏。以上」


 どうせ、長くは続かない平穏なのだけどと心の中で付け加える。


「艦長、月面基地所属の駆逐艦澄清より入電。メインモニターにつなぎます」


 デボネアの報告を受けて、リリアンは航海日誌に名前を記入すると、コンソールを閉じた。

 同時にモニターには顔見知りが映し出される。


『駆逐艦澄清艦長、アレス少佐であります。リリアン少佐、こちらも観光船の護衛に同行せよとの通達があり、同行します』


 画面向こう、見事な敬礼を軍人口調が板についていたのはアレスだった。

 現在は月面基地の防衛艦隊に所属して、リリアンと同じく駆逐艦の艦長を行っている。


「お互い大変ね」

『任務ですから。リリアン少佐も、そのつもりで』


 真面目なのよねぇ。

 リリアンはそんなアレスの実直さは評価するべきだなと思う。

 その後、二隻の駆逐艦に挟まれ、観光船は何事もなく月面都市の宇宙港へと入っていく。

 面倒なのは、しばらくは宇宙港で駆逐艦を見せつけるように待機、ファンサービスをせよとのお達しが追加された事ぐらいだ。

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