第26話 挟撃戦を制するもの
「敵の短距離ワープに備えろ。艦首魚雷用意。偵察隊を回収した後に本艦は一時後退する」
ヴェルトールは極めて端的な指示を送る。
本来ならこのような前後を行き来する動きを宇宙戦艦は行う事はない。それは単純に混乱を招くだけであるし、そもそも巡視を行う駆逐艦やパトロール艇でもない限り、単艦での行動はあり得ないのだ。
だが、現状のティベリウスはたった一隻で、援軍のあてもない。敵と互角に渡り合おうとするのなら足を止めての砲撃戦など出来るわけもない。
単純に砲火が足りないし、足を止めてしまえば包囲され、シールドが即座に消失するだけという結果がまつ。
戦艦であろうと機動性を持って戦うしかないのだ。
何より、ティベリウスのワープ機関はまだ修理が完了していない。
危機を脱する為には、結局どこかで敵を倒さなければいけないのだから。
「こちらも艦隊を組んでいれば、相手は好きにワープ戦法なんて取れないのだけどね」
リヒャルトがそうつぶやくと、ヴェルトールも小さく頷いた。
普通の考えであれば、敵艦隊の陣形のど真ん中にワープして現れるなどと言う行為はしない。それは半ば特攻であり、リスクとリターンがかみ合わないからだ。
先の駆逐艦は無人機であると想定される。だからこそあのような無茶な行動が出来たのだろう。
だが、それをやる恐ろしい子もいるのだけど、とリヒャルトは脳裏に一人の少女を思い浮かべた。
「まったくだ。単独の弱みだな。偵察隊の魚雷攻撃で多少の時間は稼げるだろうが……」
「偵察隊を回収すれば、邪魔をする存在もいなくなって悠々とワープしてくるだろうね。爆発の壁も既に突破されているだろうし」
偵察隊の魚雷の一斉発射は撃破を目的としたものではない。そもそもたった四機の戦闘機の攻撃では三隻の艦隊相手には大した打撃を与える事は出来ない。機銃などで対空防御、シールドによる物理防御。
敵が戦闘機の存在に気がつかないのであれば、まだやりようもあっただろうが、それでも危険性の方が上回る事だろう。
「しかし、やはり奇妙だな。敵の攻撃は妙に緩い。こちらを撃沈出来ない理由でもあるのか? それゆえに助かっているのも事実だが」
「さてね。あっちの乗員に直接聞いてみるしかないんじゃない? 案外、返事があるかもしれないよ」
「どうかな。俺たちは既に攻撃を受けている。理由はどうあれ、先に手を出してきたのはあちらだ。そして俺たちは地球に帰りたい。邪魔をするのであれば、突破するだけだ」
「そうだね……」
リヒャルトは改めてメインモニターへと視線を向ける。
ティベリウスの望遠カメラが偵察隊の姿を捉える。リヒャルトは副長として、彼らの回収指示を出す。
「回収中に敵が接近する恐れがあるわ。アレス、聞こえていて?」
同じくモニターで確認をしていたリリアンも指示を追加する。
『敵のワープアウト予測地点への攻撃は準備完了している。偵察隊に伝えろ。直進すればフレンドリーファイアはないと』
「分かったわ。デボネア通信長!」
「既に回線、繋げています!」
「ありがとう。デラン? そのまま直進して。緊急回収の準備は出来ているわ」
それぞれの指示が飛び交う中、ティベリウスの艦首から十数発の魚雷が撃ちだされる。それと入れ替わるように偵察隊各機がティベリウスのカタパルトへと、緊急回収されていく。戦闘機側の減速、そして母艦側は巨大なワイヤーネットとクッションによって受け止める物理的な方法であった。
「全機回収確認!」
それと同時にティベリウスの遥か前方で爆発光が見えた。
だがそれはすぐさま消え去り、警報がティベリウス艦内に響き渡る。
「歪曲波感知! 敵、ワープアウト! 距離80万! CIC!」
リリアンの号令が出るかどうかのタイミングでアレスも動いていた。
有効射程には遠いが主砲が重粒子を、艦首からは追加の魚雷が吐き出される。魚雷は弧を描き、回り込むようにして飛来していった。
その先にはワープアウトを完了した二隻の駆逐艦、そして巡洋艦タイプの姿があった。巡洋艦タイプもまた駆逐艦と同じ形状であり、楕円形であり、丸い艦首部分には並列で装備された主砲らしきものが見えた。
距離が空いている為か、駆逐艦はらくらくと重粒子を避け、巡洋艦はシールドではじく。魚雷は機銃で撃ち落されていた。
「艦長」
リリアンは状況が整ったと言わんばかりにヴェルトールへと振り向いた。
「急速後退しながら主砲、魚雷斉射」
相手にしてみれば、こちらの動きはまるで理解できないもののように映ったであろう。前に出て勇ましく攻撃を仕掛けたかと思いきや、真っ向勝負を避けるように後退を行う。
もちろん単独の艦で複数の敵を相手にするのだから逃げを打つのは正しい。
それならば、わざわざ偵察隊を出撃させたり、攻撃などをして存在を知らせる意味が一切ない。それではわざわざ危険に身をさらすような行為ではないか。
それが当然の考えだ。
(けど、連中が一番驚いているのは、自分たちの下にピンポイントで偵察がやってきたこと。悪いわね。私は既に経験しているから。まさか本当に同じところにいるとは運が良かったわ)
そして先制攻撃とも取れる行動。
彼らは今まさに獲物に飛びかかろうとした猟犬ではない。出鼻をくじかれ、獲物に逃げられる駄犬である。
だが数を頼りに追い込まれれば、それは窮地である。
ならばその不利を払いのけるしかないのだ。
「CICより通達。デラン、アルベロ両名が戻ったとのことです。あとついでにドリアードもいるみたいです!」
デボネアの報告を受けて、リリアンはヴェルトールの代わりに返答をする。
ヴェルトールは現在、戦闘機動の指示で手一杯だった。
「今更格納庫に戻ってもやることはないわ。デランに伝えて。そのまま待機している戦闘機隊の指示を出すように」
ティベリウスはさらに後退を続ける。蛇行するように艦尾を振りながら。
砲撃も殆どが的外れな方向へと飛んで行き、時折直撃コースを取るものの、距離がありすぎて敵艦のシールドに容易く弾かれていく。唯一の脅威は魚雷であるが、敵艦隊は機銃だけではなく、砲撃によって容易く撃ち落としていた。
爆発の影響と一応はばらまかれる多少の残骸のおかげで敵はそう簡単には短距離ワープの実施はできないようにも見えた。
しかし、着実に距離は縮まっている。短距離ワープの再開も時間の問題だろう。
そして、ついには敵からの攻撃も開始される。
「駆逐艦、巡洋艦ともに距離70万を維持」
駆逐艦が突出する形となっているが、三隻とも艦隊という形を崩そうとはしていない。
三隻からの砲撃は、こちらと同じく距離がある為シールドで十分防げるものであるが、数の上ではティベリウスが圧倒的に不利であることに変わりはない。
先の戦闘以上のシールドの反響音が艦内に響く。まるで雷雲の中を突き進むかの如く閃光と衝撃、甲高い音が生徒たちの体を震わせ、原始的な恐怖を呼び起こす。
それでも一度は体験したものだ。彼らの多くは歯を食いしばり、耐えた。
その中で、つぶさに観測データを確認する余裕があるのはリリアンだ。
「艦長。敵の歪曲波を感知しました」
短距離ワープだ。恐らく相手も衝突を避けるべくギリギリの距離に出現するはずだ。
あのような、デラン、アレスとのシミュレーションで見せた艦隊のど真ん中、敵至近距離にワープアウトすることなど【有人機】ではありえない。あれはゲームだから、人が乗っていないからこそできる戦法である。
そして前回の敵駆逐艦も無人であるからこそ、あのような無茶な機動と短時間による単距離ワープを行えた。
しかし、もしも敵が命知らずであったなら。そんな悪い考えが一瞬リリアンの脳裏をよぎった。
けれど敵はこの艦を落とさない。いや、落とせない。
スパイの存在が、リリアンの中では半ば確信に変わっている今。仲間ごと撃沈しようという薄情な事が果たして出来るか。
妙に緩い攻撃は油断でも、侮りでもなく、そうせざるを得ないから。
だからこそつけ入る隙がある。
「来るか……シールド出力最大! 後退停止。機関室へ通達、メインスラスターの点火準備。以降、合図あるまで待機!」
ヴェルトールはティベリウスによる攻撃を中止させ、エネルギーを防御へと回した。
同時にCICより主砲コントロールをコーウェンに返却するとの報告もなされる。
敵艦隊の姿が蜃気楼のように揺らめき、消失する。かと思った矢先にティベリウスの前方、距離30万の地点に姿を見せた。
眩い閃光と凄まじい衝撃が再びティベリウスを襲う。
それでも、戦艦のシールドは堅牢である。まだ耐えられる。
「シールド出力43%に低下! 表面装甲にダメージ確認! 左舷展望デッキブロック消失!」
リリアンはシールドの耐久エネルギーを報告。完全に破られるのも時間の問題。
致命的なダメージはまだない。それでも巡洋艦の砲撃が僅かながらシールドを貫通し、残ったエネルギーの奔流がティベリウスの左舷の一部装甲を抉った。
幸い、その部分に生徒はいない。
敵もダメージを確認したのか、明らかに加速して距離を詰めてくる。
『このタイミングだ! 巡洋艦のケツに噛みつけ!』
それを待っていたと言わんばかりにデランの叫び声が、音割れを起こしながら通信の波に乗った。
刹那。ティベリウスへと殺到しようとする敵艦隊の後方から二手に分かれた戦闘機隊が三秒間のハイブーストを行い次々と到着、それと同時に持てる魚雷の全てを叩きこみ、そのまま離脱していく。
敵艦隊もハイブーストで接近する機影には気が付いていただろう。だが、その判断は一瞬遅れたようだった。
戦闘機隊は息を殺し、最低限の機能だけを維持したまま待機していた。もしも敵が観測ドローンのようなものを射出していれば話はかわっただろう。
もっと言えば、敵はこちらが既に艦載機を展開していたなどとは考えていなかったのかもしれない。まして、母艦を守る為に展開するべき存在が。
別動隊が、援軍として差し向ける。空母がその圧倒的な艦載数をもってして行う起動戦術とも違う。
たった一隻による疑似的な空母運用かつ疑似的な艦隊運動とも言えた。
「着弾。今!」
無数の魚雷は敵艦隊の艦尾周辺へと食らいつく。いくつかは迎撃されたようだが、至近距離の爆発は十分に敵のシールドに負荷をかける。そこに直撃弾も与えられる。
今更進路の変更も出来なかった。艦隊を散開させるタイミングを失っているのだ。
その中で重大な負荷を被ったのは巡洋艦である。陣形としては旗艦として後方に位置していた為か、最も多くの攻撃を受ける事となる。
瞬間的な負荷は瞬く間に巡洋艦のシールドを消失させた。
「コーウェン!」
リリアンが叫ぶ。
コーウェンからの返答はない。既に彼は主砲を放っていた。散発的な、牽制でも相手の進路を制限するでたらめな砲撃でなく、直撃を狙うまっすぐなコース。
重粒子の鈍い色の輝きが圧倒的な熱量をもって巡洋艦の装甲を抉っていく。
一隻の駆逐艦がまるで盾になるかのように前に出るが、それは単なる自殺行為であった。巡洋艦は既に臨界点へと到達し、各部から爆炎を上げていた。それに巻き込まれる駆逐艦にティベリウスの主砲が直撃する。わずかに残ったシールドで耐えようとも、背後で爆発する巡洋艦の負荷も合わさり、二隻の艦はあっけなく消失した。
敵は混乱の中にいる。残った一隻の駆逐艦は、逃げるか攻めるか、どっち付かずの前進をするしかなかった。
だがそれはもはや的でしかない。
「放て!」
主砲斉射。
駆逐艦は何とか回避行動を取るが、艦尾への直撃を受け、まるで風に煽られる木の葉のように不規則な機動を行いながら離れてゆく。
数秒後、破裂する風船のように僅かに艦体が膨張を見せて、反応は消失した。
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