第25話 それぞれの役割を果たす者たち
偵察隊は既に宙域からの撤退を開始していた。
観測ドローンに異常が発生した段階で、十中八九、そこに敵がいる事は明白だからだ。
ならばそんな場所に長居する必要はどこにもない。元より、五機の編成、内一機は非武装だ。いかに戦闘機に機動性があっても、火力自体が乏しいのでは意味がない。それに、敵の内訳もよく分からないままなのだから。
「デランさん。アルベロさんに伝えて下さい。今装備している宇宙魚雷をもうとにかく三番ドローンのいる宙域に撃ちまくって下さい。ただなるべく広範囲に衝撃を与えたいので、時限爆破をセットして欲しいです。距離は三番ドローンをちょっと通り過ぎる程度で、当たればラッキー程度って感じで」
「あぁ、わかった」
ステラは撤退の前に先制攻撃を提案していた。
それをデランを経由して伝えられたアルベロは攻撃には了承したが、今ここで撃ってしまうのは敵に打撃を与えられないのではないかと反論もした。
『魚雷を撃つ。それは良いのだが、それなら敵を確認してから撃ち込んだ方が良いのではないか?』
「いや、アルベロ。この魚雷にダメージは期待しない。そうだな、ステラ?」
一方で、デランは既にステラの作戦を理解していた。
『どういう事だデラン。まさか魚雷の爆炎で敵の数をあぶりだそうって話か』
「その考えもなくはないが、そうじゃない。ジャミングが出た時点で、相手はドローンを恐れている。じっとしていても、観測されてしまえば意味がない。だからジャミングと言う行動を取るしかなかった」
観測ドローンは足が遅い。脆い。そしてドローンの割には大きく、各種センサーを起動させたまま観測を続ける関係で、それこそ隕石よりも遥かに捕捉されやすい。
「良いかアルベロ。つまりだ、敵は焦ったんだ。もしこれが無人機なら、前の時みたいにがむしゃらに突っ込んできたらいいだけの話だ。実際、それをやられたら俺たちもヤバかった。だけど今回は違う。敵さんは焦っている。戦闘機乗りのお前たちならわかるだろう。焦った動きは、無秩序に見えて、染みついた癖が出る。連中は、有人機だ」
『俺たちは、図らずしも敵を奇襲した形になるというわけか』
「そういう事」
そのようなやり取りをしながらも、アルベロたちは魚雷の発射準備を既に整えていた。
それだけではない。偵察隊のもとに、ティベリウスからの通信及び戦術データが送信されていた。
『こちらティベリウスのリリアンよ。ミレイ航海長より、敵の予測位置情報を割り出したとの事。活用して頂戴』
『それはありがたい。よぉし聞いたな。全員、航海長殿の予測情報を確認しろ。同時に三番ドローンとの位置関係もだ。俺たちの魚雷を撃ち込むのはドローンを少し超えたこの位置!』
アルベロが指示したのは、ミレイが割り出した予測位置よりも手前、観測ドローンよりも奥。それは魚雷の爆発による壁を作り出す事になる。当然、宇宙空間での爆炎はすぐさま消失するが、もとよりダメージを期待した攻撃ではないと指揮官たちは言っている。
理由はわからないが、やれと言われたのだからやるしかない。少なくとも自分よりは頭の良い連中が考えた作戦なのだし、自分がそれ以上の策を提供できるわけではない。
四機の戦闘機は全てのミサイルを吐き出し、レドーム機と共に旋回。進路を母艦であるティベリウスへと取る。
「全機、ハイブースト点火」
デランの号令で、各機はトップスピードの加速をたたき出すハイブーストを展開する。ワープ程ではないが、長距離を詰める為の装備であり、欠点としては方向転換ができない、デブリなどが密集した宙域での使用が不可能、そして点火できるのはわずか五秒間のみ。
超加速によりマッハ51の速度を誇るが、機体の安全性を考慮し、例え宇宙空間でもそれ以上の加速はできないように安全装置も施されている。
「さて、あとは敵がどう食いついてくるかだ」
敵の数が十数隻以上の艦隊であればもはや戦う術などない。
そうでないことを祈りながら、デランは超加速によって生じる光景を見ながらつぶやいた。
「いえ、大丈夫だと思います」
たった五秒間の超加速によるランデブー。
その短い時間の中で、ステラは答えた。
「敵は、少ないと思います」
「やけに具体的に言うじゃないか」
もうじき加速が終わる。
「だって、私は……」
徐々に速度が低下していく。
ステラは三番観測ドローンが破壊されたという信号を目にしながら、そしてドローンが今わの際に残した観測情報に目を通しながら言った。
「あの敵を見たことがある。ずっと昔、小さい頃に……」
敵の数は三隻。うち二隻は先日襲ってきた駆逐艦タイプ。
そして残る一隻。反応からして大型、しかしティベリウス程ではないと思われる。
確定できる情報はないが、推測するに残る一隻は巡洋艦と言ったところだろう。
機動性の高い、恐るべき相手であった。
***
ティベリウスに響き渡る警報音。出来れば二度と聞きたくないと思っている生徒の方が大多数を占めるだろうが、もうこの音が鳴ったという事は戦闘が始まる事を止められない。
恐怖をこらえ、嘔吐をこらえ、失禁をこらえ、あらゆる負の感情をこらえながら、それでも生徒たちは戦わなければいけなかった。
そうしなければ、自分たちに明日が無い事ぐらいわかっているからだ。
それは艦橋でも同じ事である。二度目の実戦に、多くの者は再び震えとの戦いが始まっていた。
それはヴェルトールも同じで、艦長席のアームレストを無意識のうちに握りしめていた。
ただ唯一、冷静でいるのはリリアンだけだ。
恐怖というものが全くないわけではないが、どこか自分の死生観は狂ってしまったのではないかと思う。戦闘という状況に対して、心が躍り、生を実感できる。だからと言って、常日頃戦いたいと思う程、自分は戦争狂いではないはずだ。
(うまく行ってるから、調子に乗っている。そういう事にしておきましょう)
自分の悪い癖だと自嘲を込めながら、リリアンは内心笑う。
同時に偵察隊の観測データをティベリウスが受信していた。表示されたのは、敵のおおよその数と艦種。相対距離。未だ稼働をしている残りの観測ドローンによる超望遠観測の続行。そして偵察隊が全機無事であり、ハイブーストを終えて合流地点へと向かっているという事だ。
それらの情報を第二、第三艦橋とも共有をしながら、リリアンは艦長席へと振り向く。
「艦長、偵察隊の情報です。こちらもティベリウスを加速させ、合流を図るべきと判断します。また、CICと連携した作戦を提案します。よろしいですか」
報告を受け、ヴェルトールは頷いた。
「言ってみろ。デボネア通信長、CICとの通信を開いてくれ」
「はい」
メインモニターの端にCICを預かるアレスの姿が映し出された。
『こちらアレス。どうした』
「アレス、提案があるの聞いて」
相手が返事をするよりも前にリリアンは言葉を続けた。
「一時的に主砲コントロールをあなたに預けたいの」
「おぉい!」
コーウェンが反応するが、リリアンは無視して続けた。
「敵の情報は確認できた?」
『三隻。足の速い編成だ』
「でも彼らは艦隊を組んだ。防御と機動を得意と謳われるアレス。あなたなら、相手の嫌がる攻撃を、どのよな防御行動を取るのか、わかるのではなくて?」
それを軽い挑発であると受け取ったのか、画面向こうのアレスはほんの僅かに、数ミリ程度ではあるが、ムッとした表情を見せた。
『実戦とシミュレーションは違う……が、やってみせよう』
「お願いするわね。デランとの通信を常に開いておいて。あなたたちのコンビなら、お互いにどうすればいいか、わかるでしょう?」
『それは俺たちに勝った上での嫌味か?』
「期待しているという事。無理なら私か艦長が指揮を執るけど」
『無用だ。お前たちの考えは何となくわかった。コーウェン、聞こえているか?』
次いで、アレスはコーウェンの方を見た。
『仕留め時はお前に任せる』
アレスはそう言って、オンライン状態をそのままに、主砲コントロールの指揮を始めた。
「偵察隊、デランからの要請です。雷撃隊発艦されたしとの事」
デボネアがデランの報告を受け取った事を確認すると、ヴェルトールは即座に指示を飛ばす。
「艦載機を全て発進させろ。だが厳命あるまで待機。攻撃もするな。この作戦はタイミングが重要だ」
その指示が下された瞬間、ティベリウス内の緊張は最高潮にまで上昇する。
ティベリウスから残る十一機の艦載機が一斉に飛び立つ。それぞれは五機、六機編成と別れ左右へと展開、それぞれの所定位置へと向かい、待機するのであった。
ティベリウスはそのまま前進。形としては艦載機隊をその場に置き去りにする形となる。
(けど、これでいい。艦載機隊はハイブーストを二秒間使い、遠方へと待機。私たちは偵察隊を回収した後、多少の撃ち合いを始めた後に後退……さて、どう動くのかしら、馬頭星雲艦隊)
敵からすれば、ティベリウスが行おうとしている動きは不可解に見えるはずだ。
まるで一貫性のない、行き当たりばったりのような行動。
「長距離レーダーに感あり。偵察隊を発見!」
「収容準備に取り掛かれ。完了次第、攻撃を開始するとアレスに伝えろ」
「了解。CICへ通達、偵察隊の帰還と同時に攻撃を開始せよ」
「敵の予測進路割り出しました。四パターン、サブ画面に映します」
艦橋の慌ただしさは、決して悪い動きではない。
それは一度実戦を経験したからだろうか。しかし、数回の実戦を経ても全く成長しないものもいる。前世界の帝国軍の敗因の一つ。
だが、今この艦橋にはそのような敗因に繋がるものは見当たらない。
(みんな、優秀ね。それを全て無駄にした過去の私。とんだ疫病神ね。今度は、そうならないように願いたいものだわ)
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