第24話 未来より現在に向けての布告
この【奇襲】がうまく行くかどうかは正直な所、運任せである。
偵察を兼ねているのはもちろんだが、リリアンはこの作戦に対して過去の愚かな記憶をあえて利用した。
デランたちが向かった先はリリアンが若かりし頃に脱出艇で逃げた先である。
当然、その事は伏せつつ、航海長であるミレイに【ティベリウスの進路上の危機を察知する為】という最もらしい嘘をつき、コースを設定してもらった。
果たして同じ場所に敵が存在しているのかどうかはわからない。歴史が変わるように配置が変化する事だってある。
なら、それはそれで良いのだ。偵察行動自体は無駄ではない。彼らが向かった先に敵がいないのであれば、それは逃げ道にもなる。
(ティベリウスにスパイがいようが、いまいが、それは構わない。いたとして、それを仲間に伝えたとして、敵は動かざるを得ない行動を打った。観測ドローンによって捕捉されるのが先か、それともドローンを撃墜するのが先か。どっちにせよ、彼らは存在を露見させる事になる)
もう一つ、リリアンは布石を打っていた。
今回の偵察編成はあえて少ない機体数を提案した。小規模偵察、および母艦の護衛の為などと、最もらしい理屈を付け加えたりもしたが、同時にステラやデランを囮に使う事でもある。
もしも、敵がこちらを捕獲しようとしていたと仮定した場合である。数の少ない、学生だけが操る戦闘機を捕らえる事など容易だと相手は考えるかもしれない。
撃墜される可能性も当然視野には入っているが、もし仮に相手がものを考える知性体であれば、用心が深ければ深い程、こちらの行動の意図を図りかねるだろう。
(こちらは気楽なものよ。観測ドローンに何かがあればそれで作戦の第一段階は完了。少数であれば、戦艦の長距離主砲と魚雷を撃ち込めば打撃を与えられる。大艦隊であれば、即座に逃げる)
リリアンは第一艦橋の面々をぐるりと見渡す。
もしも、彼らの中にスパイがいたら。そう考えるとゾッとしないでもない。
だが、今はそれを追求することもできない。何より、今回の作戦に関しては若干、自分が出しゃばっている部分がある。
逆に疑われる可能性だってあるだろう。
「しかし、わっかんねぇよなぁ」
偵察隊が出撃して一時間が経った頃である。
コーウェンが座席にもたれかかり、艦橋の天井を見上げながら、そんな事を呟き始めた。
「ちょっと、私語はやめなさいよ」
ミレイがすかさず注意を挟むが、「だってよ」とコーウェンはやめなかった。
「俺たちって襲われたわけじゃん? なんで敵は大艦隊を差し向けないんだ?」
「そりゃあ……そうね?」
この数日の間。
恐らく生徒の誰もが疑問に思ったことだろう。
謎の敵艦からの襲撃。それを潜り抜け、逃避行を始める。その間、襲撃がほぼゼロであるという事実。
それ自体が、不安を加速させる要因の一つである。
「艦長代理。こういう時って、なにか理由でもあるんですか?」
「む、私か? いや、その前に私語は慎め……と言いたいが、確かにその事に関しては私も疑問だ」
突然、話題を振られた事にちょっとは驚いたのか、ヴェルトールにしては珍しい反応だった。
「敵の動きが不自然である。だが、なぜそのような行動を取ったのかはまるでわからない。威力偵察を行ったと仮定しても、艦一隻を犠牲にする必要が果たしてあるのかどうか。そして、我々は図らずも敵艦を撃破した。なら、この時点で我々は脅威と認定されなければいけない。ならば、数隻規模の艦隊を組んで討伐……というのが一般的な考え方だろうな」
「ですが、そのような兆候は見られません」
これを簡易的な会議であると認識したのか、ミレイも参加する。
「あぁ。だから不気味だと思う。敵は、何を考えているのかが読めない。だが、こうも考えられないか? この宙域に来ること自体、敵にしても相当の準備を要するものではないか。もしくは、ワープ航行や宇宙航行に関しては我々よりも遅れを取っているか……だが、これは所詮推測でしかない」
地球から馬頭星雲までの距離は1500光年。実際の所、ティベリウスは300から600光年の間にいると考えられている。
ならば、馬頭星雲側から見て今現在、ティベリウスのいる地点もまた、それほどまでに離れていると言っても過言ではない。
それらの疑問は、ついぞ未来でも明かされる事はなかった。
もしくは、リリアンには情報が降りてこなかったかである。
(そうか……馬頭星雲人としても、1500光年の旅はおいそれと出来るものではない。だから、向かわせられる艦も限りがある。もしくは超長距離ワープそのものは可能でも準備が必要で、連続での行動が出来ないか)
リリアンは、ヴェルトールの推測から、六十余年もの疑問の一つに答えが導き出せた気がした。
実際、ティベリウスが帰還してからの襲撃はかなり散発的であった。大艦隊による決戦には四年を費やした。
1500光年の壁というものは、お互いにまだ未知数なのかもしれない。
(だとすれば、スパイはどうやって地球の、それもティベリウスに乗り込めたのかしら)
疑問の一つが解消できたかと思えば新しい疑問だ。
リリアンは思考の渦に陥りそうになるので、頭を振って、今は目の前の任務に集中するべきだと意識を入れなおした。
それらの疑問を解決する為にも今は生き残り、地球へ帰還を果たす。
その為にもこの作戦にはぜひとも成功して貰わなければいけない。
「偵察隊より入電。三番観測ドローンに異常発生との事」
デボネアの報告に、艦橋内の空気ががらりと変わる。
たった一度の実戦ではあっても、その経験は無駄ではなかった。
敵は網にかかった。ならば、作戦は次の段階へと移行する。
「あ、え? ドリアード、それどういうこと?」
「どうしたデボネア通信長」
通信にはまだ続きがあった。
デボネアは通信内容に首を傾げながら、ヴェルトールへと視線を向ける。
「ドリアードからです。その、艦載機を雷撃装備で待機させて欲しいとの事です」
「待機だと? どこにだ」
「それに関してはまだ……敵艦も捕捉できていないようです」
ヴェルトールはしばしの思案を行う。時間は二秒程度であった。
「戦闘機科、整備科に通達。艦載機を雷撃装備に換装の後、待機。いつでも出撃できるようにせよと」
「了解しました」
何か、ステラの意図を察したのかヴェルトールの判断は早い。
「コーウェン砲術長、主砲制御をまた頼むぞ。CICとの連動を確認。第三艦橋、本艦のレーダーから目を離すな。機関室、エンジンいつでも最大点火可能に。場合によっては離脱を行う」
次々と繰り出される指示。それぞれの部署へデボネアによる通信で的確に送られた。
「ヴェル、攻撃を仕掛けるのかい?」
リヒャルトは攻撃に反対するわけではないようだが、確認をするようにヴェルトールへと耳打ちをした。
ヴェルトールは小さく笑うと、親友へと答える。
「敵が待ち構えているのであればな。俺たちは、常に狙われている。それに、俺の仮説が正しければ、今回の敵を叩けば、しばらくは安全を確保できるはずだ。予想が外れた場合は、笑うしかないがな」
「当たると良いね……本当に」
「あぁ。出なければ俺たちは今度こそ終わる。敵の技術が俺たちのものより数段上であれば、もう諦めるしかないからな。それこそ、投降でもなんでもして、命を繋ぐさ。可能であればな」
とは言ってみるが、ヴェルトールの瞳には諦めるという意思は感じられない。
勝算があると踏んだ時の顔であると親友のリヒャルトは気が付いていた。
それはリリアンも同じだった。一応は、かつての初恋の人だ。その程度はわかるというものだ。
同時に、それは非常にわかりやすい、まだ若い子供の仕草であることも。
「艦長代理。偵察隊には魚雷を全て射出させ、その後に帰投させましょう。ドローンに異常が出たのであれば、敵です。ティベリウスは一旦、偵察隊を回収するべく、前進。回収し、しかる後に後退をかけます」
「あぁ、私も同じことを考えていた。デボネア通信長、偵察隊にそのように伝えてくれ。またデランとの通信をCICに連動。あいつならば、次に何をするべきかわかるはずだ」
魚雷攻撃の許可。しかもそれは防衛の為の迎撃ではない。
先制攻撃の命令。もっと言えば、宣戦布告ともいえる行為。
(かつては、私たちは奇襲を受け続けた。でも今回は違う。こちらから打って出る。歴史は変わる。それが良いものかどうかはわからないけど)
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