第23話 虎の尾を踏むもの
早期警戒任務が実施されたのは六時間後の事であった。
ヴェルトールは即座に許可を出した。だが条件として、戦闘機科及び戦術家、CIC勤務の生徒たち全員での徹底的な会議とシミュレートを厳命。同時に整備科にも三機の早期警戒用レドームの完璧な点検も付け加えた。
それを考えれば、六時間というのは準備としては非常に短い時間でもある。
またティベリウスに搭載されている十六機の艦載機の全てを出撃させる事は許可されなかった。
母艦の護衛の為に残す必要もある。その為、出撃できるのはレドーム装備の一機、護衛四機が限界というのだ。
護衛を率いるのは当然、戦闘機科班長であるアルベロ。そして彼が選出した三名のパイロット。
残りのレドーム装備にはデラン。そして万が一の為という事で整備士のステラが同行していた。
***
レドーム機を中心に、四機の護衛機が宇宙を行く。
戦闘機とは言うものの、宇宙空間で戦うそれは航宙戦闘機と区別されるものであり、従来の航空機とはまた違う種類である。
具体的に言えば、超々小型の戦闘艇と呼べる代物なのである。
またレドーム装備は戦闘機としての役割ではなく、半ばレーダーに特化した宇宙船に近いもので、簡易的な指揮システムを搭載していた。
で、あるならば空母を得意とするデランが同行するのは当然とも言えた。
『艦長代理殿の考えはよくわからんな。いや、この場合はメインオペレーター殿というべきか』
部隊の先頭を行くアルベロは、自身の後方を飛ぶ足の遅いレドーム機の乗員についてぼやいていた。
デランが付いてくるのはわかる。空母の指揮を執ると息巻く奴だ。それなりに仲も良い。
だが、オマケの少女については正直、よくわからない。
今回の偵察において、確かにレドームという装備は精密機械である。それに、ワープ事故から今まで、整備科の面々があらゆる電装部位の確認をおこなっている事も知っている。
だとしても、アルベロからすれば理解し難いものだった。
『それで、指定のポイントに到達した。本当にここで待機するのか?』
「あぁ。ここからレドームと同期させたドローンも使ってさらにレーダー範囲を広げるんだとさ。ルゾールが一体何を考えているかは俺もよくわからんが、ドローンも贅沢に使っているんだ。何かあるんじゃねーの?」
ティベリウスのレーダー範囲ギリギリの宙域に留まる戦闘機隊。ここでレドーム機とティベリウスのレーダーを同期させることで、レドーム機の捉えた情報を逐一ティベリウスへと送信できる。
それと同じことを観測ドローンを使ってさらに範囲を広げる。
ドローンにも一応の推進機関が存在するので、多少の時間はかかるが、確かに安全な方法と言えた。
「しっかしわかんねぇなぁ。ドローンもたくさんあるわけじゃないぜ? なんで使い潰す前提なんだ?」
ティベリウスに搭載された観測ドローンはあたり前だが有限である。その数、三十六機。
帝国の支配領域であれば補給も出来るだろうが、未だにいつ帰還できるか定かではない状況に置いて、仮に四十機あろうが百機あろうが、貴重な代物である。
今回はそれを五つも使い、しかも回収は考えなくていいときた。
「簡単ですよ。人命最優先です。ヴェルトール艦長も、リリアンさんも人が死ぬよりは機械が壊れる方がいいと判断したんだと思います」
コクピットの後部座席でレドームやドローンの状況をチェックしながら、ステラはデランの疑問に答えていた。
「それに……」
「ん? なんだよ」
「いえ、これは私の考えすぎならいいんですけど。多分、仮説を検証したいのだと思います」
「仮説? なんのだよ」
ステラの言う事をデランはいまいち理解が出来なかった。
人命優先なのは良い。冷静に考えれば恐らく自分もドローンを活用したかもしれない。反論して見せたのは、デランの内側にまだリリアンへの対抗心というか、抵抗心がくすぶっているからというのもある。
だが、それを理由に何もかもを拒否するという事はありえない。
「あの、例えばなんですけど。どうして、敵はティベリウスにまっすぐ向かってきたのでしょう?」
『所属不明の戦艦が自分たちのテリトリーに入ってきたら警戒、調査を実施するのは当然ではないか?』
通信回線は開いたままであり、ステラの疑問に対してアルベロが答えた。
「はい。普通に考えればそうです。ですけど、私たちが今やっている事ってなんですか?」
『偵察だが』
「そうですよね。仮に地球帝国軍が自分たちの支配領域であっても、宙域の全てを網羅出来ていると思いますか? レーダーだって無限に伸びるわけじゃありませんし、どうしても穴は生じます」
「あの艦が、たまたまティベリウスを見つけた……俺たちはレーダーにかかった……いや違うな……」
デランとて指揮官候補、提督候補である。提示された情報を組み合わせれば、見えてくるものがある。
「言われてみればおかしい事だよな?」
『どういう事だデラン。俺たちには話が見えてこない』
「なぁアルベロ。俺たちは、事故でこの宙域にいるんだよな」
『そうだと聞いている。ワープ機関も実際、故障している』
「あぁ、事故だ。そのはずだ。その割にはあの敵艦、妙に早く俺たちを見つけたよな」
『それはだからレーダーが』
「敵のレーダー捕捉距離がどの程度なのかは知らねぇけどよ。ピンポイントで俺たちがそこにやってくる事を理解してなきゃ、あんな短時間で見つけて迷いなく攻撃してくるか?」
そこまで説明されれば、アルベロとて理解はできる。
同時に顔を青くしていた。
『待ち伏せ……? いやでも、なんでだ。どうやってだ』
「それを調べたいんじゃねーの? なるほど、だからドローンを使うのか」
デランはある程度は納得できた。
こちらの位置情報はもしかすると筒抜けなのかもしれない。
だがそれはまだ仮説、疑問の領域にいる。
それにまだわからない事がある。敵がこちらの位置を知っているのなら、なぜ連続で攻撃を仕掛けてこないのだ。
もちろん相手にも何か理由があるのかもしれない。ならばそれも探りたいというわけか?
どちらにせよ、デランはこんな先々の事を考えている連中に脱帽するしかなかった。
(一体あいつらの頭ン中はどういう思考で渦巻いてんだ? それに、ステラもだ。何が見えているのやら)
末恐ろしいとは思わない。
むしろ頼りになる。
それは本心なのだが、理解が出来ない部分があるのも本当だ。
「もちろん、このまま何もなければそれが一番なんですけどね」
「それはそうなんだが……」
今現在、レドームには何の反応もない。
ドローンは先ほど飛ばしたばかりなので、効果を発揮するのも時間がかかるだろう。方々に展開した観測システムが何を捉えるのか、興味はあるが、何かを捉えればそれは面倒な事になるのと同じだ。
「ドローンは意外と目立つからな」
ドローンとは言うがその大きさは戦闘機並みだ。そんなものが動いていれば敵のレーダーに捕捉される事だろう。
そして恐らく、それすらも織り込み済みだという事だ。
(偵察? 俺にはこれが奇襲を仕掛けているようにしか見ねぇんだよな)
敵をあぶり出したい。そんな意図が見えてくる。
そう言えば幼い頃に見た教育系アニメで、猫は自分の尻尾で釣りをするなんてシーンがあった。今自分たちがやっているのはまさしくそれではないだろうか。
(いや、まさかな)
それはいささか考え過ぎだろうか。
(けど、確かに気になる。一度意識してしまったら覆せない。敵が、俺たちの存在を最初から認識したうえで襲ってきたのだとすれば……)
刹那。
ピピーと甲高い警戒音が聞こえた。
「三番観測ドローンに異常発生。画像も映像も受信できないみたい……」
ステラの報告にデランは小さな溜息を吐いた。
「ステルスか、それともジャミングか……なんにせよあたりを引いたってわけか」
無意識に操縦桿を握る手に力が入っていた。
なぜなら、戦闘機という小さな機械の狭いコクピットで、敵を認識してしまったからだ。
なおかつ自分の機体は非戦闘用。そして非戦闘員も乗っている。
「アルベロ」
『魚雷の発射許可は出ている。俺としては帰還を提案するが』
「俺もそうしたい。だが、まだしばらくは待ちだ。」
連中は、まだ尻尾を踏んじゃいないのだから。
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