第22話 ズレていく未来
駆逐艦との戦闘から五日後の事である。
未来は少しではあるが、変わっている。
リリアンは交代時間の中、自室で現状をまとめていた。
まず一つは自分という存在。これが一番大きい変化なのは間違いない。【なぜ】は最早考えない事にした。
次に起きた変化はティベリウスの損傷。前世界では奇襲を受け、サブのスラスターが損傷、これによって今のような超高速巡航は不可能であった。
そして脱走という愚かな行為が今の所は起きていない。
元は前世界で自分が招いた出来事であった。今回は他の誰かが行うかもしれないという不安もあり、事前に格納庫の面々には厳重な管理を指示を出しておいた。
幸い、脱走を扇動する者がいない為か、今の所は大きな問題は起きていない。だが、ストレス自体はどうあがいてもつもり積もっていくものである為、油断は禁物だ。
「しかし、悪い方向ではない。かといって劇的に良い方向でもない。ちょっとマシになった程度、か」
艦内における暫定的な罰則規定も一応は抑止力として動いているのか、今の所は生徒たちも禁欲的な行動を心掛けているようだ。
このあたりはお調子者のコーウェンが意識が飛ぶ寸前までマラソンをしていたという事実が、罰則の本気度を見せたという事だろう。
「宇宙遊泳は冗談ではないんだけどね。まぁ、それは本当に危ない事をやらかした馬鹿を見せしめにするとして……」
一時間の酸素と命綱一本の宇宙遊泳という罰則を行わせない為にも、良い方向での変化というものが必要となる。
それらに関する不安は班長会議でも議題に上がった。提案をしたのはリヒャルトで、思い切ってパーティーなどを開催して一時的にでも英気を養うのはどうかというものだ。
食料等の備蓄に関しては大きな問題はないと生活班長のバネッサという赤毛の丸っこい少女が付け加えていた。元来、宇宙船には必ず常備させなければいけない物資がある。その内の一つが食料や水だ。
食料の備蓄は三年。全て冷凍保存。水も同様であるが、超高性能ろ過・浄化システムという人類の歴史の中でも天才の発明と呼ばれたこの装置のお陰で、かなりの使いまわしが可能となっていた。
そう言った関係で、別にパーティーそのものを実行するのは全く影響は出ないという判断だったのだ。
しかし、やはり現状では安全を確保できたとは言い難いという意見によっていったん保留という形で収まった。
本当は誰もが息抜きをしたいのに。
「こういう時、カップルはやっぱり燃えるのかしら」
ふと自分でも下世話な考えが脳裏をよぎった。
まぁそれに関しては自由にしてくれといった所だ。あまりにも度が過ぎればコーウェンのようになるだけだし。
「あーあ。やっぱり敵が来てくれた方が適度な緊張になるわね。絶対にみんなの前では言えないけど。というか私は、そんなに戦争ジャンキーだったかしら」
もしかすると、普段は考えないような事ばかり考えているせいで、自分にも知らず知らずのうちにストレスがかかっていたのかもしれない。
当たり前だがまともな艦隊運用すら本来ならしてこなかった人間だ。らしくない事を考えているのは自分でもわかる。必要だから色々と頭をひねっているわけだが、どうやらそれは思っていた以上のようだ。
「お気楽だった頃が懐かしい。あれも一つ重要な才能だったのかしら」
とりあえず、若い頃のように何もしたくない時はベッドに倒れる。
前世界の時も、左遷を受けた時はこうやって何度もベッドに寝転がり、時間を潰していた。歳を重ねるにつれて、それすらも出来なくなり、最終的には車いすで生活していたのも何故だか遠い思い出のように感じる。
それは若くエネルギッシュな肉体を手に入れたからだろうか。だとしても欲におぼれるような生き方が出来ないのは染みついた感性だろうか。
今はそれに感謝はしている。愚かな行為を行わずに済むし、何よりあの未来を知っているという自覚もある。
だから自分は──思考を遮断するように、ドアベルが鳴った。まるでアンチークのベルのような音。帝国の懐古趣味はたまにおかしなところで盛り込まれている。
これもその一つだ。
無視しても良かったのだが、ベルの次に聞こえてきたのはデボネアの声だった。
「あのさ、ランチいかない?」
あの初戦を越えてからだ。どうやらデボネアに懐かれたらしい。
これも変わった未来の一つだろう。
「あ、いや、無理だったらいいよ。ごめ──」
「いいわよ。行きましょう。お腹も減ったし」
思えば、友達付き合いってどうやるのだろうか。
あの頃も、友人はいたと思う。多分。取り巻きの女の子たちも決して悪い子たちではなかった。ただ軍人としては生きていけないし、緊急事態でまともでいられる程強い子たちじゃなかったというだけだ。
一応、今でも多少の付き合いは続いているが、前程べったりではなくなった。自分が距離をあけているというのもあるが、少し冷たかっただろうか。
「もしかして、寝てた?」
「ううん。色々とまとめる事があったの。でも面倒になったから放り出してただけ。良い気分転換よ、ありがとう」
「そ、そう? それならよかった」
その後は、食堂で適当に料理を選んで、調理されるのを待つ。
なぜかデボネアは向かい合ってではなく、リリアンの右隣に座っていた。
「艦内食って美味しいけど、レパートリーはあんまり多くないですよね。なんていうか行きつけの定食屋の全メニュー制覇出来ちゃう感じというか」
「どういう例え?」
デボネアの例えがいまいちピンとこないリリアンであるが、味に関しては頷く。
帝国軍の良い所はもう一つある。艦内食がうまい事だ。そして料理人たちも本格的である。軍人、というよりは戦艦勤務をせずとも店を構えられるぐらいには腕がたつ。
「それにしても……なんか、活気が弱いよね」
食事を待つ間のおしゃべり。
だが、明るい話題をしようにも周囲の空気はちょっと元気がない。
「仕方ないわ。まだ警戒しなきゃいけないわけだし。ただ、いつまでもそういうわけにもいかないのだけど。何か大きな変化があれば、良くも悪くも変わるのだけど」
「そう、だね。この先も、もしかしたらまた、ううん絶対に戦いになるんだよね」
「間違いなくね。これは避けられない事実として」
「正直さ、嫌だなぁって。この学校入った時さは、まさか本当に戦う事になるなんて思ってなかったし。卒業して、資格だけ取って、あとは一般就職とかさ」
「良いんじゃないそれも。軍人になれと強制してるわけじゃないし。まぁ一応、うちは軍学校なんだけどね」
とはいってもだらけ切っている帝国軍だ。
辺境宙域では宇宙海賊が暴れていたりもするし、少なくない被害も出ているが、本土である地球ではそんなことは対岸の火事といった所だ。デボネアのような考えは少なくはない。
だがここに至り、その考えを改めなければいけないことはクルーは全員認める所だろう。それに適応できるかどうかはまた別だが。
「私さ、正直怖いんだよね。艦橋にあがるのも。もしビームが直撃したらって思うと。言葉が詰まる。揺れるのだって、今は怖い。リリアンは、怖くないの? なんか凄く堂々としてる」
「うーん。答えに困るわね。恐怖がないわけじゃないわ。本当よ」
だが、慣れてしまっているのも事実だ。
それにある程度の未来を知っているという部分も余裕に繋がる。その未来も少し変わり始めているので、油断はできないのではあるが、やはり彼女たちよりはいくらかは楽だろう。
それでも一番大きいのは、実戦経験の有無なのだろうけど。
「私さ、怖いけど、リリアンになら付いて……」
「あら、珍しい組み合わせ?」
デボネアが何かを言おうとしたその途中、割り込む形となったのはフリムだった。
彼女は五つのハンバーガーを皿の上に山積みにして運んでいた。
「あら、フリム。あなたも休憩?」
「はい。なんだか初日振り? 休憩時間、中々かみ合いませんものね。あ、同席、いいですか?」
フリムはそう言いながら、ちらりとデボネアを見る。
「む……」
対するデボネアは睨むわけではないが、ちょっと困ったような仕草をしていた。
「お邪魔だった?」
「そんなんじゃない。良いわよ、ほら」
くすりとフリムが小さく笑うと、デボネアはちょっとだけムキになったのか、自分の前の席を指さして、着席を促す。
フリムは微笑を続けながら、それに従うのであった。
「……医務の子よね? なんでハンバーガー。しかも五つ」
デボネアは山積みのハンバーガーを見て、驚いていた。
「好きなんです」
「うん、それは良い。私も嫌いじゃない。よく食べられるわね。って、全部チーズ盛だし」
「チーズも好きなの」
「胸やけしない? というか太る……」
「うふふ」
太らないのとでも言いたげな笑みを浮かべるフリム。
「そう言えば聞きました。リリアンさん。大活躍だったそうで?」
「私だけの仕事じゃないわ。艦というのはクルー全員で動かすものだから。そっちは? 怪我とかは少ないけど、今は精神的に参ってる子も多いだろうし、他にもいろいろとあるだろうから、医務は大変じゃない?」
「そうですね。医務班長のジェイムソンも精神科医を雇えってぼやいてます」
「一応、そっちのコース取っている子もいるでしょう?」
「ダウンしてます」
「あらら」
それはお手上げだ。
とすれば今、一番激務なのは医務なのかもしれない。そう考えれば、ハンバーガーの五つぐらい、食べる権利はあるだろう。
そうこうしている内にリリアンとデボネアの料理も届く。
「あぁ、それと。ステラがまたなんだか迷惑をかけたみたいで」
お互いの料理が揃ったところで、食事が始まり、会話も再開する。
「あぁ、あの子……なんか不思議な子だったけど、あの子、どういう子なの? 若獅子君たちにも何度か勝ってるって話だし」
「ゲーム好きなのよ」
「そう? 才能だと思うけど」
「甘やかしちゃ駄目なの。調子に乗ると、色んなことに首を突っ込むんだもの……」
「あ、いたいた! すみませーん、ルゾールさーん」
「そうこんな感じで……はぁ」
食堂に響く大声。
ぺろりとハンバーガーを二つ完食していたフリムは聞こえてきた声に悩ましい顔を浮かべていた。
そんな彼女の感情など露知らず、のんきな顔のステラがまるで子犬のように駆け寄ってくる。
「うぇ、フリム……」
そして今もっとも会いたくない存在にも気が付く。
「なによ、その、うぇって。失礼ね」
「ご、ごめん……」
「また悪だくみ?」
「ち、違うよぅ。整備科のみんなでちょっと話し合った事があって、その相談に……」
ステラはちらちらと助けを求めるような視線を向けていた。
「良いわよ。聞くわ。でも大声は駄目よ」
「ごめんなさい……で、話しなんですが」
ステラはぺこりと周囲に頭を下げると、それはそれとしてと言った具合にリリアンに向き直り、話を進める。
「マイペースすぎない?」
そんな行動を見て、デボネアも困惑気味だった。
「いつもよ……」
そしてフリムは頭を抱えた。
そんな二人の視線など気にせず、ステラは話を続けた。
「実は戦闘機科の人とも共同で会議をしてて。早期警戒を実施した方がいいって話があるんです。ティベリウスには三機分の早期警戒用装備があります。これで周辺の警戒を定期的に行うことで奇襲を防げるかもという判断でして。それと、戦闘機科の人たちも今は、その、お仕事が」
「そうねぇ。シミュレーション訓練しかできないものね……それに早期警戒か……」
ステラの提案に対して、リリアンはあることを思い出していた。
自分が行った脱走劇。実はあれには迷惑なだけではない一つの利点があった。怪我の功名というべきか単なる偶然というべきか、敵の存在を察知したという事だ。
実際は追いかけられて死ぬ寸前だったのだが。
(もしかして、これがあの脱走劇の代わりに起きる出来事?)
それはいささか飛躍した思考だが、作戦そのものとしては実行する意味があると判断した。
「艦長に相談してみるわ。食事の後でね」
未来は、どうやらズレているようだ。
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