第21話 盛んな青春は致し方なし
敵駆逐艦を撃沈し、丸三日が経った。時間の感覚を忘れない為に宇宙船は地球時間に合わせて照明が変わる。夜の時刻になれば暗くなるし、朝になれば音楽と共に明るくなる。
たった三日。それだけでも緊張感は解れ、余裕が生じる。それは決して悪い事ではない。適度な緊張感は必要かもしれないが、人間は基本的にリラックスを求める。それに効率の事を考えれば、そちらの方が良いのだ。
またヴェルトールはレクリエーションルームなどの全面開放を行った。休憩時間であればシミュレーションであろうが、スポーツであろうが、トレーニングであろうが、それこそ優雅に紅茶を楽しんでも良い。
これによってストレスの大幅な軽減には成功している。
同時に危機的状況という事実は変わらない為、多くの生徒は必至になって自分の仕事を行う。それに関しては前世界のリリアンとてそうだった。若干の空回りと成果が出ない事への不満、ステラに対する嫉妬、貴族階級という重圧に押しつぶされて脱出艇を奪い、脱走などという暴挙に出たという恥はあるけれど。
「リリアン様! どうにかしてください! このままではワタクシたちの身が危険です!」
が、しかし、どれほど工夫しても問題は起きる。大抵、それらは些細な問題なのだが、それを放置していては大きな事件へと繋がっていく。
なので、指揮官候補生たちはそんな悩みを聞いてあげる必要もあった。
そして、女子生徒の悩みを一手に引き受ける形となったのがリリアンだ。それは前世界でも同じような事をしていたが、違う事があるとすれば前よりも頼られる回数が多くなったという事だろうか。
模擬戦の勝利はさておき、先の駆逐艦との戦いでの評価が一体どこからどう伝わったのか。驚きや羨望、疑い、とにかく様々な視線がリリアンに向けられ、ならばと試しのようにリリアンには女子生徒のお悩みないし苦情相談が殺到していたのだ。
で、今はいわゆる取り巻きと呼ばれる子たちがやってきていた。
「落ち着きなさい。鼻息を荒くしても、こっちには何のことだかさっぱりよ。具体的に言いなさい」
食堂で、少し遅目の朝食を取っていたリリアンの下にやってきた少女は六名。みな、それなりの位を持つ貴族の令嬢である。そして一応、リリアンの取り巻きだった子たちだ。
だったというのは、なにも彼女たちはリリアンの人柄に惹かれて取り巻きをしていたのではなく、ルゾール家という参謀総長を務める家柄、そしてその娘という立場だから取り入っておけば色々と得をするという判断と彼女たちの実家からゴマをすっておきたい、関係性を近くにしておきたいという政治的な判断で友好的に接していたというのが正しい。
だが、今はそうではないようで、本気で苦情の相談を持ち掛けているようだった。
「どうしたの、顔を赤くして」
息巻いてやってきた少女たちであったが、リリアンが冷静に対処していると、途端に顔を赤らめて言葉を詰まらせる。
(なんだか、最近こういう子ばかり見かけるけど)
若い子というのはそんなに顔を赤くして大丈夫なのかなと思うリリアン。
それはさておき、少女のうちの一人がきょろきょろと周りを確認して、ぐいっとリリアンに顔を近づけた。
「とても破廉恥な事が起きたのです!」
「だからなに。大体想像はつくけど」
「レクリエーションルームで、野獣のような目をした男どもが……ぽ、ぽ……」
「ポルノムービーでも観てたのでしょ」
「そうです! 隠れて! しかも大勢が! あぁ汚らわしい、あんな獣たちがこの船の中にいると考えると虫唾が走ります! 一刻も早く連中を処罰するべきです! そう思いますよね!」
朝食セットの紅茶を飲みながら、それを聞いていたリリアンは前世界の記憶をたどった。
そういえばそんな事件もあったなと。
そして訴えていたのは自分だ。
とはいえ、自分は男子生徒がポルノを見ていた場面を直接見たわけではない。今回のように彼女たちからの訴えがあり、騒いだというのが実際の所だった。
「おい! 人聞きの悪いこと言うなよ! 俺たちはちゃんと隠れてたぞ! 見せびらかしてねぇ!」
そうそうこんな感じで当事者の男子生徒が割り込んできたのだ。
主犯格……と言っていいのかはわからないが、声を上げたのは何とコーウェンだった。こういう場面で、臆面もなく名乗り出れるのは一つの才能である。
そんなコーウェンが現れると、少女たちは若干わざとらしく悲鳴を上げて、リリアンの右側へと避難する。
「こ、この男です! 見てくださいまし、ワタクシたちを物色するかのような目!」
「おぅおぅ、良くもまぁ言ってくれるな。俺は悩める青少年たちを元気付ける為にだな」
などとコーウェンが左側に立って、リリアンを挟んで口論が始まる。
「場所を考えて欲しいんだけど。というか迷惑」
「誰が手ぇ出すかバーカ」
「ほんと低俗」
「頭ん中、まっピンクなのはお前らだろ」
さらにややこしいのは、当事者だけではなく、半ば部外者のはずの生徒も男女に分かれて、口論が加速していくという事だろうか。
(お盛んね)
とはいえ、こういう大規模な口論もまたストレスを解消させるには良い余興になる。ヒートアップのし過ぎには注意が必要なのだろうが、感情のぶつけ合いも大切なコミュニケーションとなる。
だが、そろそろ自分を挟んでことが大きくなるのは煩わしいものだ。
リリアンは紅茶を飲み干すと、無言のまま立ち上がる。
すると、討論をしていた両陣営が徐々にだが静かになっていく。
「そんなに元気が有り余っているのなら、艦内マラソンでもなさったらよろしいのではなくて? 私から艦長に掛け合ってあげてもよろしいのよ。艦内の風紀と秩序を守る為ですもの」
そう言いながら、食器を下げるべく人の群れを分けてゆくリリアン。
「あぁでも。公共の場で観るのは良くないわね。自分のお部屋で見なさい」
とだけ伝え、リリアンはその場を去った。
***
が、捨て置くわけにもいかない問題であることには違いなかった。
リリアンは冗談めいた形で場を収めたが、それはどちらかに加熱させない為だ。一般常識として公共の場では観るなと釘は指したものの、それで全てが解決するわけではない。
六十余年も生きてきたのだ。恋愛はさておき、男の悩みというのも多少は理解できる。もちろん女に関しても。
「なんとも低俗な議題だな」
腕を組んで、吐き捨てるように言ったのはアレスだった。
会議室には各々の指揮官候補及び班長が集まっていた。
先日から始まった運営会議である。今後の方針や状況確認の為には必須になるとヴェルトールが設けたものだ。
そして会議二回目の議題が、まさしくリリアンが遭遇した問題なのである。
「禁止だ。禁止。ふしだらな」
アレスは真っ向から切り捨てた。同時に事の発端となったコーウェンをじろりと睨みつける。
そんな彼の双眸に睨まれたコーウェンはばつが悪そうにしていたが、一応問題の責任者という自覚はあるのか、反論はしなかった。
「いえね、それはそれで危険じゃない?」
が、ここでコーウェンをフォローしたのは巨躯の男だった。巨体ではあるが、手足はすらりと伸び、表情もまるで彫刻のように整ったその男はサオウ整備班長である。一見すると痩せた長身の男に見えなくもないが、それは見る者の遠近バランスの錯覚で、実際は肉体の頑健さが目立ち、胸板も厚く、両の手足はぎっちりと筋肉が詰まっているのがわかる。
「抑圧することがかえって毒になる。風船に水を詰め込むようなものよ。ある程度は耐えられても、オーバーすれば、ボンッ」
「同感だ。俺たち戦闘部署はまぁ、ある程度はシミュレーションや訓練での発散はできるが……コーウェンのような多感な奴がいるのも事実だ」
アルベロもサオウの意見に納得して見せた。
アルベロはどちらかと言えばアレス寄りの少年ではあるが頑なすぎるという事はない。
「隠れてみる分にはいいんじゃねーの? つーかさ、大体どういう状況でバレたんだよ」
そもそもの議題に興味がないのがデランである。
「そ、それはだなぁ……お、俺たちの名誉の為に言うが真昼間には見ねぇぞ! 真夜中、そう真夜中だ。仲間集めて、それで……そうだよ、なんであいつら真夜中にレクリエーションルームにいるんだよ!」
「恋人と待ち合わせでもしてたんじゃない? やることはみんな同じってわけ」
茶化すようにデボネアが言うと、彼女の隣に座っていたミレイが反応を示した。
「ま、待ち合わせ! 真夜中に!」
「そりゃお互いパートナーぐらいはいるでしょ。だから、考えることは同じってわけ。状況的には、ほら、燃えるわけじゃない?」
「り、理解できないんだけど……死ぬか生きるかの問題に直面しているのに」
「だからよ。まぁ、だから危ないってのはわかるけどね。暴走されちゃ面倒だし」
そんな会議内容を聞きながら、リリアンは過去の思い出を探る。
確か、コーウェンの秘密の上映会を発見したのはとりまきの一人。そしてその子が生活班の少年と良い感じになって夜中に逢引をしようとしたら、偶然それを見かけたというのが発端だったはず。
なのでデボネアの予想は当たっているのだ。
「私としては、別にポルノを観るのは構わないわよ。公共の場でなければね」
リリアンはそういう事も踏まえて発言した。
「え、意外。そういうのうるさい方かと思った」
デボネアはちょっとだけ目を見開いていた。
「そりゃまぁ、思う事はあるけど、生理現象でしょ。仕方ないわ。下手に他人に手を出して空気が悪化するよりはいいし。公共の場でなければね」
「二回も言わんでいい! 反省してるよ!」
「ポルノを見ていようが、カップルが夜中にお盛んなのもまぁ構わないのだけど」
「おい無視するなよ」
「節度は守らせるべき。幸い、私たちの制服って位置情報がわかるようになってるじゃない? あと携帯端末とかタブレットとか」
それらは遭難した場合などに位置を特定させるものだ。
プライバシー保護の観点で少々問題ともされているが。
「仮に酷くなるようであれば、監視員を設ける。プライバシーの観点から推奨はしたくないけど、これはまぁ最終手段。ただ今回の件を収める為にもわかりやすい罰則規定ぐらいは考えるべき。そうねぇ……一時間分の酸素だけ与えて命綱一本で宇宙遊泳とか」
その瞬間、コーウェンはぎょっとしていた。
「妥当だな。俺は賛成するぞ」
きっぱりと言い切るアレス。
「いやアブねぇだろ」
さすがにそれはという反応を示すデラン。
そのほかにも反応は半々といった所か。
「もう少し、緩い方法はないのかいリリアン?」
さすがに過剰だと判断したのかリヒャルトが訴えると、リリアンは微笑を浮かべた。
「えぇ冗談ですわ。実際は宇宙服で艦外活動とのことです。清掃や浮遊物監視を目視で行わせるのだとか。宇宙空間で宇宙服一枚と命綱一本での作業、しかも今は危機的状況。妥当な処罰かと。まぁ今回程度なら艦内をフルマラソンさせる程度でしょうか」
妥協点も提示しておく。
「……わかった! 責任を取る! やるよ!」
意を決したように、コーウェンは頷き立ち上がった。
「う、宇宙で掃除、それをする。それぐらいの事は、責任を取る。だから、他の参加者たちは見逃してくれ」
「ほう?」
そんな男らしい発言にヴェルトールは少し関心を示した。
「良い心掛けだ。コーウェン。君も責任感が強いようだ。だが、君が行うべきはマラソンだ。現時点では、まだティベリウスの完全な安全は確保できていない。もちろん……度し難い問題が起きた場合はその限りではないが、今回はまだ笑える程度だ。罰則規定の細かな内容はこれから話し合うとして、コーウェン砲術長。君には今をもって艦内のフルマラソンを始めてもらう。いいな?」
「ハーァッ!」
コーウェンは見事な敬礼を見せて、きびきびと動き始めた。
そんな光景を見てリリアンもほほ笑む。今はまだ、その緩さが許されるのだ。
もうじき、新たな敵襲が訪れるのだから。
新しい問題も。
それらをどう対処するべきか、リリアンは笑顔の内側で、そんなことを考えていた。
(敵と戦っている方が気楽。そんなことは口が裂けても言えないわね)
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