第20話 余韻と余波
敵艦との戦闘を終えたティベリウスにはゆっくりとしている時間などなかった。
「あれが駆逐艦であるとすれば、本隊へこちらの存在は筒抜けとみるべきだ。残骸を調べたいという欲もあるが、今はこの場を離脱することを優先する」
ヴェルトールの判断は正しかった。
例え相手が無人機であろうと、なかろうとこちらを襲ってきた相手が情報を仲間に送らない等ということは絶対にありえないからだ。
さらに現在のティベリウスはワープが不可能であり、距離を稼ぐことが出来ない。
だからこそ、一秒でも早く離れる必要がある。最大推力で加速すれば光速……ほどは出ないせよ、かなりの速度が出せる。
「艦長、離脱する際に念の為、デコイを射出することを提案します。大しためくらましにはならないでしょうが……」
「いや、必要な事だ。使えるものは全て使う」
戦闘終了後。緊張による疲弊は思ったよりもあったようでリリアンやヴェルトールたちを除けば、第一艦橋に面々は目に見えて顔色が悪い。それは同時に戦闘から解放された安堵でもあるのだが、精神の摩耗の方が肉体に与える影響というものは計り知れない。
デボネアは座席で体育座りをしてすすり泣き、通信業務は出来そうにもなく、コーウェンは脱力した状態で、ぐったりとしていた。
本来であれば修正の一つでも入る所だろうが、今はまだ自分たちは軍属ではないし、状況としては遭難者であり被害者だ。
それを咎める者はいなかった。
そんな中で、多少元気を取り戻し、冷静さも戻ってきたのはミレイである。
「あ、あの……意見具申よろしいでしょうか?」
ミレイは恐る恐る手を挙げた。
ヴェルトールはそれを認め、促す。
「聞こう」
「えと、ただ直進するだけでは、その……敵にばれてしまうと思います。なので、コースを一部変更して、あえて遠回りを選択するべきかと」
「ふむ……」
「それで、デコイ一つ直進。もう一つ用意してそれを大きく遠回りさせます。そして本艦はその中間を進むというのはどうでしょう」
「それしかあるまいな。許可する。ミレイ航海長、それぞれのコース計算は可能か。無理ならば、交代させるが」
「いえ、やります。ただ、第三艦橋へ……」
「許可する。では、第三艦橋の航海科を一人、交代させ……いや私以外、全員交代だ」
ヴェルトールは疲弊が思ったよりも大きい事を理解していた。
この疲労の中で、無理をさせれば余計なミスが増えるだけだ。それに、今は最高速度を出した状態での巡行航行。逃げの一手を打つだけなら十分な状態であろう。
「ヴェル、君も休息を」
副長という立場にいるリヒャルトは自分が代わりを務めようとするが、ヴェルトールは苦笑しながら首を横に振った。
「いや、俺はここで座ってただ許可を出していただけにすぎん。実際に行動をしていたのはみんなだ。交代要員を決め、適時休息を取れ。食事も必要だし、仮眠もいる。それと……ステラ、君も早く格納庫へ戻れ。あとで色々と聞かせてもらうぞ。リヒャルト、すまないが、付いて行ってやってくれ。彼女は、なんだ、功労者の一人だからな。フォローを頼む」
「了解、それじゃ行こうかステラちゃん」
「す、すみません……あ、でもその前に少し時間いいですか?」
まるで王子様か何かの様にステラに手を伸ばすリヒャルトであったが、ステラはぺこりと頭を下げ、速足でリリアンの下へと駆け寄った。
「ふられちゃった」
肩をすくめながら、リヒャルトはヴェルトールと向かい合い、お互いに苦笑いをするしかなかった。
一方、ステラの方と言えば、駆け寄ったリリアンを前にして、言葉を詰まらせていた。
「えっと……そのぅ……」
「良い作戦だったわ。生きて帰ってこれたら、お父様に良い部署を推薦してもらおうかしら」
「え! えぇとそれは……」
ちょっと冗談を言ってみたら、ステラは思いのほか本気にしたらしい。
「あはは! いいのよ、他にもあなたを欲しがってる人がいるみたいだし。それよりも、持ち場を勝手に離れる事だけはダメ。なんと言ったかしら、そう、フリム。あの子にまた怒られるわよ?」
「す、すみません」
「まぁでも、覚えておくわ。あなた、きっと良い指揮官になれるわよ」
その言葉だけは本音である。
むしろなって貰わないと困る。指揮官ではなく、元帥にであるが。
「それじゃ。私ちょっと、あの子連れて行かないといけないから」
「どうかしたんですか?」
リリアンはちらりと通信席で蹲るデボネアを見やる。
ステラもそれとなく何かに気が付いたのか、さっと視線を背けていた。それは彼女なりの優しさの表れなのだと思う。
その後、ステラは小さくお辞儀をすると、リヒャルトに連れられ、艦橋を後にする。
見送ったリリアンも、自分の仕事に取り掛かる事にした。
「ほら、行くわよ。交代要員が来るまでなんて、あなたも嫌でしょ」
デボネアは返事こそなかったが、小さく頷いて、リリアンに手を引かれてようやく座席から体を降ろした。
***
その後は、リリアンは何も言わず、廊下を進む。途中、体調不良者の応対で駆けずり回っている医務科の生徒を捕まえて薄い毛布を手に入れると、それをデボネアにかぶせてやった。
艦内の様子は良いとも悪いとも言えない。戦闘が終わったとはいえ、若干の緊張状態は残っている。それでも比較的精力的に動ける者が多いのは、一応は軍学校だからだろうか。
それでも状況に適応することが難しく、身動きが取れない者もいる。そう言った中で、泣いて歩けるだけデボネアはマシと言ったところだ。
「ま、早くシャワーを浴びることね。班長に選ばれるってことは、個室でしょ?」
デボネアはこくりと頷く。泣き顔で、少々腫れぼったくなった瞼はあるものの、今はどうやら恥ずかしさの方が強いらしく、若干顔を背けていた。
居住区画まで移動する間、デボネアは少し怯えていたが、周りもさほど余裕がないのか、いちいちこちらに構う者はいない。
「あと、帝国軍の服は大体どれもそういう処理がされてるから、気にしないで良いのよ」
処理と言葉を濁したのはデボネアを刺激しない為だ。
戦闘ともなれば長時間、持ち場を離れる事が出来ない場面が殆どである。食事に関しては携帯食料などを齧ればいいが、排せつに関してはそうもいかない。
そういう意味では帝国軍の衣類はどの種類のものでもそちらのケアは万全であり、その点だけは間違いなく褒めても良いし、最大最高の発明と言ってもいいだろう。
とはいえ、それは慣れた兵士だからこその言葉であり、ついさっきまではただの生徒だった少女だ。ショックの方が大きいだろう。
「シャワーを浴びたらきっちり寝ること。目をつむるだけでもいいわ。食事は自分で取りに行きなさい。それぐらいはできるでしょ」
リリアンにしてみれば大した時間ではないが、デボネアにしてみれば気が遠くなるような道のりを越えて、個室にたどり着いたデボネアは逃げ込むように入っていった。
シュンッと自動ドアが閉じられる。
が、すぐさま、手動に切り替わったのか、ほんのわずかにドアが開くと、内側から覗き込むようにデボネアが顔を見せた。
「ありがと……」
小さい声で、礼を述べたデボネア。
リリアンも小さく会釈をするだけだ。そのまま背を向けて離れようとすると、再び背後からデボネアに呼び止められる。
「ねぇ! その……あの事は、ごめん。謝る」
「あの事?」
「だから、戦う前の、あれ」
あぁとリリアンは思い出す。
ミレイの追求に乗っかった事だろうか。
「まぁ本当の事だからいいんじゃなくて? 一々そんな事を気にしないわ。自分の評価は理解してるつもりだから」
「でも……雰囲気が違う。あんたってもっと……」
「そりゃあそうよ。学生のうちは遊んでおきたいじゃない?」
ついさっき考えた言い訳だった。
我ながら苦しい言い訳だと思うがこれ以上に使える言い訳も存在しない。
「それじゃ。私も休みたいから」
そう言って、リリアンは今度こそその場を離れた。デボネアはまだ何かを言いたそうにしていたが、ついぞ声がかかることはなかった。
廊下を歩き、自室を目指す。
(危なげなく初戦は乗り越えた)
行き交う生徒たちを見ながら、リリアンは状況はさほど悪くはないと思っていた。
(問題はここから。戦闘勝利と時間経過による心境の落ち着きで、少し余裕を持ち始めてからが怖い。私がそうだったから)
状況に慣れれば余裕も出る。
その余裕は余計なことを起こさせる原因にもなる。
過去の自分の愚行を他の誰かがやらないとも限らない。
(まぁでも……今は何を言っても身に入らないだろうし、休むとするか)
自室にたどり着くと、リリアンは身に着けた衣類の全てを脱ぎ捨ててシャワールームへと直行する。今、この瞬間だけはだらけた若い頃のように体を休めても良い。
休むこともまた仕事だ。少し温めのシャワーを浴びて、汗を流した後、下着姿に着替え、薄いシャツを羽織ってから、リリアンはベッドに大の字になった。
(さて……次の襲撃はいつだったかしら。すぐ、ではなかった。しばらくは間を空いた。でもなぜだろうか。連続で攻撃を仕掛ければいいものを。何か理由でもあったのだろうか。それとも……敵も今は余裕がなかった?)
その部分は、考えても答えは出ない。
出ないものを考えても仕方がない。
リリアンは目を閉じて、休む事に集中した。
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