第19話 それぞれの初陣
あれは敵だ。誰もがドローンの画像、そして映像を見てそう思った。
理解されているかどうかは定かではないが通信は送った。返事はない。古いモールス信号なども使った。それでも反応はない。
相手は主砲のようなものを向けている。撃って来ないのは距離が離れているからだろう。
お互いの距離は70万キロ。ティベリウスの主砲の最大射程は40万キロ、ただし打撃としての有効射程は長く見積もって20万キロ、最大効果を発揮するのは10万キロから。
相手が、恐らくは駆逐艦だとすれば、その最大射程は恐らく10万キロ。有効射程距離はおおよそ4万キロ程度。これは帝国駆逐艦の平均的な性能である。
(幸いなことに相手の駆逐艦の有効射程は帝国軍のものとそう変わらない。火力も高い方ではない。とはいえ、機動性は圧倒的にあちらが上。ただし耐久性は脆弱。出来るなら先制攻撃を仕掛けたい所だけど……)
この中で唯一、敵の性能を把握しているのはリリアンだけだが、それは未来の知識であり、今現在の地球人類が知る由もない情報だ。
残念だがこれを、このタイミングで彼らに伝える事は出来ない。
もどかしさが無いわけではないが、これは同時に彼らが【戦争】というものを知る良い機会でもあった。
自分が酷く冷酷なことを言っている自覚はある。
それでも、今後起きる戦争に、慣れてもらうにはこれが一番なのだ。
「お、追いつかれちまう!」
主砲制御の為の観測データを食い入るに見ていたコーウェン砲術長は額に汗をにじませて叫んだ。戦艦と駆逐艦である。純粋な速力もそうであるが、何よりこちらはワープ機関を損傷している。
緊急離脱を行うことは不可能だった。
「黙ってなよ!」
席が近い為か、コーウェンの悲鳴を耳障りに感じているミレイはヒステリー気味に言い返した。
「艦長代理! あっちはティベリウスの真上を狙っていると思います! 艦橋を狙っている!」
しかし自分も悲鳴のような声を上げ、さらには報告の為の言葉がらしくないものとなっている事に気がついていない。
あっち、こっちなどと言う不明瞭な報告は本来の彼女ならあり得ないのだ。
「ずいぶんと混乱しているね、みんな。ヴェル、どうするの」
リヒャルトはそんな彼女たちを咎める事もなく、ヴェルトールに耳打ちをする。
「明らかな敵対行為だ。デボネア通信長、相手への警告は続けろ。コーウェン砲術長!」
「は、はい!」
「CICと連動を開始せよ。デラン、アレス、聞こえているな? 主砲コントロールはコーウェンに任せる。そちらは測量に集中してくれるか。第三艦橋との通信を繋げ。実戦だ」
各種へと発令。
再びのレッドアラート。
ヴェルトールは全艦へと、その事実を伝えるべくマイクを取る。
一旦の深呼吸ののち、彼は言い放った。
「これよりティベリウスは実戦行動に移行する! 繰り返す、これよりティベリウスは実戦行動に移行する! これは訓練ではない! だが訓練通りにやればいい!」
ヴェルトールは余計な情報をあえて与えなかった。
適度は不安は、かえって気を引き締める。気楽な、安堵させすぎるような言葉はこの場においては不要であると認識したのである。
その手並みを見て、リリアンは再び感心していた。
(やはり、ステラだけではない。未来の帝国軍には彼の存在も重要となる。本当、優秀な子だったのね。それを無駄にした私と言う存在が、本気で恐ろしいわね)
そんな過去を自嘲しつつも、リリアンは己の職務に集中した。
さて、やる気になったのは良いが、恐るべきはここからだ。
なにせ、相手は無人機。それはつまり、人が乗っている事を考慮しないで良いという事だ。
「艦長。観測ドローンが歪曲波を感知しています」
ドローンから送られてくる情報をそのまま、正確に読み上げたリリアン。
それは何度目かになる驚きを艦橋に与えていた。
「ワープよ! やっぱり相手は短距離ワープをしていた……!」
ミレイの言う通りである。
「あっ……き、消え……!」
次いでコーウェンが気の抜けた声を出した。
自動照準で追いかけていたはずの目標が消失。当然、主砲は撃っていない。
目標の消失によって自動照準は次なる目標を探知するべくマーカーを点滅させていた。
だが、目標を感知するよりも先に、彼らが感じたのは内蔵が飛び出る程の衝撃と網膜が焼き切れるのではないかと錯覚する閃光であった。
宇宙に音はない。しかし、ティベリウス内部では甲高い、軋むような音が響いていた。それはシールドに衝撃が与えられ、発生したわずかなプラズマが艦体を叩いた事による反響音である。
生徒たちの中にはティベリウスに亀裂が入ったのではないかと錯覚する者もいた。
「あぁぁぁぁ! 艦が割れちゃうよぉ!」
デボネアはデスクにしがみつき、半狂乱に陥っていた。
そんな彼女に対してリヒャルトが若干の苛立ちを含んだ声をぶつけた。
「シールドの反響音だ! この程度で艦は沈まない!」
衝撃に耐えるべく、リヒャルトは艦長席にしがみつく。
「状況、知らせろ!」
ヴェルトールも僅かにデスクにしがみつき、衝撃をこらえていたが、視線はまっすぐメインモニターを向いていた。
「シールド出力97%。艦体に被害はありません。ですが、反射したプラズマで表面装甲が若干焦げたと思われます。近距離レーダーが敵艦を捕捉。本艦の頭上を跳び越えて、離れていきます。距離308キロ。真後ろ、至近距離につかれています」
淡々と報告を続けるリリアンであるが、その内心は、まるで童心に帰ったかのように心が弾んでいた。
あぁ、この感覚だ。久しく味わう事が出来なかったこの衝撃、閃光。例えお飾りであろうと、例えうち漏らされた敵の残党狩りであろうと、例え捨て駒にされようと、この感覚だけは、やはり格別だ。
やはり、どうなろうとも、自分は艦が好きなのだ。
「敵艦より再度エネルギー反応」
そう伝えた瞬間には、今度はまるで豪雨が窓を叩くような弾ける音が艦内に響く。同時に振動も小刻みであった。
「速射砲か! シールドを削り取るつもりか!?」
エネルギー反応という事は、光学兵器。粒子砲もしくはパルス砲か。ともかく、無数の弾丸がシールドに撃ち込まれている事だけは確かだった。
「シールド出力88%にダウン」
シールドは無敵ではない。シミュレーションのそれよりは保つが、延々と攻撃を受け続けれるわけではない。
もしもティベリウスに僚艦が、せめてあと二隻いればシールドを同調させ、強度と出力を上昇させる事も出来ただろうが、あいにくと現在は単独なのである。
なにより駆逐艦に懐に入られた時点で戦艦の機動性では敵うはずもない。せめて一撃でも命中させる事が出来れば、それで勝負はつくというのに。
「帝国の駆逐艦よりも機動性が上じゃないか! このままじゃなぶり殺しにされちまう!」
「落ち着けコーウェン砲術長。敵は恐らく、無人だ。だからあのような無茶な行動が出来る」
「ですがね艦長代理! 無人だからって、あんなにひゅんひゅん動き回られちゃ、主砲旋回が間に合わないんですよ! ミサイルだって至近距離すぎてろくな追尾が出来ませんよ……!」
反撃のタイミングが掴めないのは仕方のない事なのだ。
彼らがどう優秀でも、状況は半ば奇襲を受け、そしてこちらは素人。心構えなどあろうはずもないのだから。
そして今は恐怖に縛られた生徒の方が多い。
「ヴェル、機銃による応戦は?」
「敵にもシールドがあるとみるべきだろう。パルスレーザー、実弾機銃、どちらで撃ち合いをしても、機動性に勝る向こう側に分がある。主砲同士の撃ち合いであれば負けないが、艦船の格闘戦ではな」
ヴェルトールは表情を変えないが、その実、奥歯を噛みしめていた。
警戒はしていたつもりだった。生徒たちの準備、対応も問題はなかった。それでも、この状況はいささかまずい。
敵の動きからして、無人機であることは予想が付く。それがまずい。相手は人が乗っていることを考慮しなくても良い動きをしている。それが200メートル級の駆逐艦とはいえ、恐るべき機動性を発揮している。火力がない事だけが幸いだとしても、こうも連続で攻撃を受け続けてはティベリウス本体よりも先に生徒の心が死ぬ。
さりとて下手なタイミングで反撃をしても、その隙間から攻撃を受ければおしまいだ。
「戦闘機を発艦させられれば良いのだろうが、戦闘機科の連中も、こんな状況では飛びたがらないだろう。狙い撃ちにされる。何より、プロがいないからな」
母艦の周囲を守る為に艦載機を出撃させるとしても、そのタイミングも失っている。
ここにいるのは生徒、学生。戦闘機動など期待できない。
ヴェルトールは被害を抑えるという部分に思考が寄っていた。その考えは間違いなく正しい事ではあるのだが。
未だ新兵ですらない彼らを見て、リリアンは頃合いだと感じた。
(少し、手荒だったのは事実。でも、これで彼らは実戦の空気を感じ取ったはず。それに……)
リリアンはちらりとデボネア通信長へと視線を向けた。半狂乱だった少女は、今は体を丸めて小さくすすり泣いている。何か小声で呟いて、体を震えさせてもいた。
(なんだか可哀そうな事をした気もするけど)
大体の察しは付いた。あとは男どもがどうこう気が付く前に彼女の尊厳を守ってやるのが自分の務めの一つだろうとも思う。
ふと思う。前世界ではどうだったのだろうか。
だがそれは余計な思考だ。
「艦長。提案があります。敵の動きを鑑みるに、相手はどうにもこちらを撃沈しようとしていないと思われます」
リリアンは立ち上がった。細かな振動は続いているが、リリアンの体はブレることなく床に足を付けていた。
「バカ言わないでよ! 攻撃を受け続けているのよ! 適当な事言ってんじゃないの!?」
敵の動きを何とか解析したいミレイであったが、もはや余裕はなくなっていた。
「ならばなぜこの至近距離で魚雷でも主砲でもなんでも撃ち込まないの。もしかすると、敵はこちらを拿捕しようとしているのではありませんか。そうでなくても、この散発的な攻撃は、むしろチャンスでもあるでしょう。敵は不用意に【戦艦】に近づきすぎています」
「だが敵を足止めしない限りは主砲、ないし副砲での狙撃は難しいぞ。やたらめったらに撃って当たるものではない。旧世代の海上艦船であれば、そのやり方も可能であっただろうが」
「もしも、この実績のない私の言葉を信じてくださるのであれば、一つ提案があります」
出しゃばらない。
何度その言葉を口にしただろうか。
しかし、すぐそばで乙女の尊厳が失われかけている子がいるのだ。流石にそれを見捨てる程、自分は残酷ではない。
「艦を急制動。しかるのちに宇宙魚雷を散布してください」
「艦を止めて、魚雷をありったけ放出してください!」
リリアンの提案にかぶさるように同じような作戦が、異なる少女の口から発せられた。
それに驚いたのはリリアン除けば艦橋にいた全員。なにより艦橋に割り込んできた少女、ステラもであった。
(やはり、来たわね。あの窮地を脱したのはやっぱりステラの作戦だった。ただ一つ、意外なのは)
まさか自分が彼女と同じ作戦を思いついた事だろう。
だが今はそんなことはどうでもいい。この作戦は危険ではあるが、ではこれ以外に方法があるかと言えば、ない。
第一艦橋の面々も同じだ。こいつらは一体何を言い出しているのだという疑問はあれど、自分たちには具体的な打開策を提示する方法はない。
「ステラ、リリアン……いいだろう。デボ……」
「艦長、CICとの回線繋ぎます」
ヴェルトールがデボネアに意識を向ける前に、リリアンは咄嗟に行動を起こしていた。一方で、自分の名前を呼ばれかけたデボネアは小さな悲鳴を上げていた。
「こちら第一艦橋、第二艦橋」
『魚雷をばらまくんだろう? 聞いてるぜ』
返答したのはデランだった。
聞いているという発言はつまり、既にその作戦を誰かから聞いていたというわけだ。
そんな事が出来るのは一人。
ヴェルトールは艦橋出入口に立つステラを見た。
「越権行為だぞ。本来なら懲罰ものだ」
「ご、ごめんなさい。でも、急いでください!」
ステラは謝りながらも、我の強さ見せた。
彼女は個人端末で事前にデランたちに作戦の詳細を伝えていたのだろう。
しかし、今はそれをしつこく咎める時間はない。結果的に迅速な連携が取れるというわけだ。
「コーウェン、主砲制御。撃てるでしょ」
あとの指揮はもうヴェルトールに任せればいいと判断したリリアンは、若干の過呼吸を起こしているコーウェンへと声をかける。
「あぁ、任せろ。俺は砲術科のトップ様だぜ。動きが止まれば小隕石だってぶち抜ける!」
彼は即座に主砲コントロールに取り掛かる。
ティベリウスは直進を続ける。その間にも敵駆逐艦の執拗な攻撃は続く。
艦内に緊張が走る。
「減速! 同時に魚雷単距離発射、固定!」
メインエンジン停止。艦首による逆噴射。同時に魚雷発射管より無数の宇宙魚雷がばらまかれる。目標を定めないそれはまるでその場に漂うかのようであった。
だが、その網に無人であるが故に、動作が硬直していた駆逐艦は一瞬だけ放出された魚雷の質量を捉え、わずかに動きにブレを生じさせた。同時に魚雷の近接信管が作動する。連鎖爆発、至近距離の衝撃は比較的軽い駆逐艦のバランスを崩す事に成功した。
「俺の視力6.0!」
意味がわからない自慢を口にしながら、コーウェンは主砲を発射する。
刹那。音のない宇宙空間で、重粒子に貫かれた駆逐艦が粉々に粉砕していく様が、見えた。
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