第18話 ファーストコンタクト
艦橋は。否、ティベリウスの艦内全てが慌ただしくなった。
同時に安堵も存在した。警報は隕石の接近だった。距離は遠い、訓練通りに艦を動かせば余裕で避けられるし、何なら戦艦主砲の試し打ちをするというのだからむしろこの状況においては、生徒たちの不安、ストレスを解消する刺激的なショーとなっているだろう。
全員ではないにせよ、やる気という名の空気は艦内を伝播し、生徒たちを奮起させる。
そんな中で、本来の持ち場から呼び出されたステラは、第一艦橋から急いで第三艦橋の格納庫まで戻らなければいけなかった。顔が少し赤いのは恥ずかしさがあるからだ。
「うぅ……サオウさんに何て謝ろうかな……というか居場所バレてる……きっとフリムが教えたんだわ」
しかも、二回もリリアンという人にヴェルトールとの密会を目撃されたし、さらには第一艦橋に集まった人たちにもばっちりと目撃されている。
「う、噂になってないかな」
などとつぶやくのはちょっと期待しているからだ。
ステラとて、乙女心を搭載している。学園の憧れの人と接点が出来て、しかも親しくなれて、そして……
「え、えへへ……」
自分の事を欲しいと言ってくれた。
もちろん、これは恋人や結婚のような意味ではない事をステラも理解している。
自分の才能を認めてくれて、部下としてほしい。その為に月面基地の司令とも合わせてくれた。
正直、今でも信じられない。
「で、でもお父ちゃんは嫌がるかな……」
地球で整備士をしている父。
元は軍艦の整備士をしていたあの人は、自分が学園に入学したいと言った時は良い顔をしなかった。
整備とはいえ、軍艦に乗ることを良しとしていない。
実際、危険ではある。それでも、帝国軍人になれば生活は保障される。給料も良い。資格だって取れる。そうすれば、男手一つで自分を育ててくれたお父ちゃんに恩返しも出来るし、工場のみんなにもお返しが出来る。
その為にはまず地球に帰らなきゃいけないのではあるが。
「うん……その為にもワープ機関を直さないとね。私、整備士だし」
よしと、やる気を注入するように両頬を叩く。
まずは隕石相手に主砲を撃って盛大に地球への帰路につこう。
「でも隕石か。天文学的な確率だよね。こんなに広い宇宙で。しかも突然だし」
格納庫はティベリウスの下部層にあるので、上部から移動するにはエレベーターが存在する。ステラはその前まで移動して、エレベーターがやってくるのを待つ間、思案をしていた。
「……あれ?」
そしてふと気になる事がった。
「なんで、ティベリウスに【直進】してくるのかしら? いえ、そもそも……100万キロからはっきりと確認できる隕石って、どんな質量? 熱源でもあるのかしら。太陽フレアの残滓……それはないか。じゃあ電磁波やプラズマで熱せられた? いやそれでもおかしいか……あれ?」
刹那。ステラの脳内では様々な情報が駆け巡っていた。
宇宙時代において地球と月の距離約40万キロメートルは遠いようで近い。なぜなら技術の発達によって戦艦クラスの主砲の最大射程は40万キロメートルだからだ。ただしこれは【届く距離】でしかなく実際は威力も何も減衰が酷く、小隕石を砕く程度ならまだしも仮に戦艦であれば装甲で耐えられる。
そもそも簡単に避けられてしまうので、実際の交戦距離はもっと短く、20万キロメートルでようやく長距離射程の砲撃艦の重粒子砲の威力が発揮され、10万キロメートルでようやく撃ち合いが始まる。
その後は、艦砲射撃で決着がつかなければ超接近戦ともいえる数万キロ単位での高速格闘戦に入る。
なお実際はそうなる前に撃破されるものだ。
「……もしかして、隕石じゃない?」
それはまだ推測の域を出ない。
しかしステラは個人用端末を起動させて、格納庫のサオウ整備長へと連絡を取り、自身は再び、第一艦橋へと走っていた。
怒られても良い。でもこの胸騒ぎを解消したい。
『ステラちゃん? どこにいるの? 怒らないから早く戻ってきてほしいんだけど』
「ごめんなさいサオウさん! あの、観測用ドローンって射出できます? 艦長代理に要請してほしいんです」
『ドローン? なんでまた。あぁ、確か主砲で隕石を撃ち落とすって話。その手助け?』
「それもあるんですけど、隕石が100万キロの彼方から観測できるっておかしくないですか?」
『うーん……出来なくはないんじゃない? ほら、宇宙って広いから、戦艦のレーダーも最大で200万キロを搭載してることもあるって話だし。ワープで宇宙海賊とかの奇襲を防ぐ為に距離と感度はそりゃもう完璧よ。ティベリウスは100万キロだけど』
「サオウさん、それって【戦艦規模】の質量の話ですよね。つまり、レーダー数百メートル級の質量を捉えているって事になりませんか?」
『……整備完了してる観測ドローンの準備! 鎌田ぁ! 艦長代理に至急連絡ぅ! それ本当に隕石なのかって! ドローンの射出準備も続け!』
インカムに向こうでサオウの怒号が響き渡る。
彼もまた違和感に気が付いたのだ。
仮にそれが巨大質量の隕石ならそれでいい。危険度は高いが、やはり距離もある。余裕でコースからの逃げられるだろう。
しかし、ステラはこれで大丈夫だろうなどという曖昧なものに従う程、お気楽ではない。
(多分違うから大丈夫。そんな落ち度で危ない目にあうのは嫌だ。お父ちゃんも言っていた。数ミリの傷がいずれ数百メートルの傷を作るって)
杞憂なら杞憂で、全然良いじゃないか。
それで済むのなら、笑い話で終わるのだから。
でも、世の中には笑い話では済まされない事もある。
それだけは嫌だから。
***
同じ頃。
第一艦橋でも異変というものを感じていた。
それを先に感じたのはリリアンを除けばミレイだった。
「あ、あれ……ちょっと待っておかしいわ」
「どうしたの航海長」
ミレイの変化にリリアンはいち早く気が付いた。
「隕石……なのよね? コースが……」
「具体的に教えて」
「もう! コースが変わってるのよ! 微速前進中のティベリウスに沿って移動してる!」
ミレイがそう叫ぶと同時に格納庫からの緊急通信。
野太い声のサオウ整備長のものだった。
『艦長代理! 観測ドローンの射出許可を!』
「どういう事か、サオウ整備長」
その突然の申し出の意味をヴェルトールは測りかねた。
彼の焦りにも似た声から、ただならぬものを感じてはいたが、あまりにも突然すぎたのだ。
『うちのステラちゃんが気が付いたの! そもそも100万キロの彼方からレーダーで捕捉できる隕石ってデカすぎるって!』
サオウの発言を聞いて、リリアンは感心をしていた。
それはサオウではなく、恐らく彼にその事実を伝えたステラにだ。
(やっぱり。前世界でも一人だけ隕石ではないと見抜いていた。でも当初はその言葉が信じられずに、奇襲を受けた。なら私のやることは)
リリアンは立ち上がり、ヴェルトールへと振り向き、言った。
「艦長、私も支持します。航海長より隕石の軌道に不審な点が見られるとの事です」
「え、ちょっと、待ってよ。確かに奇妙だけどまだ確証が」
いつの間にか自分の観測データをあてにした発言がなされており、ミレイはリリアンの制服の裾を掴んで、座らせようとしていた。
「コースがズレ始めているのでしょう? 充分な脅威よ」
「みんな落ち着いて。まずは観測情報を」
半ばあちこちから伝わる情報に艦橋内が騒がしくなる。
それを落ち着ける為にリヒャルトが場を制するのだが、今度は砲術長のコーウェンが驚愕の声を上げていた。主砲にて照準を定めていたコーウェンもまた観測データを見ていたのだ。
だから気が付く。何かがおかしいと。
「お、おい……なんか、目標が加速してないか?」
「どういうこと? 見せて。第三艦橋にデータを回す……いえ、これ……ありえないわよ」
ミレイは再び自分の席に戻ると、データを齧りつくように見て、自分の知識を総動員させていた。
「距離92万……88……短距離ワープでもしてるわけ……!?」
「このままじゃあと二時間から三時間でちょっとでやってくるぞ! 駆逐艦かよ!」
「騒がないで! 宇宙空間でデブリが加速することはなくはない……あぁでもこんな急加速する理由って何よ。重力場変動でもあるの。それとも恒星の影響、近くにブラックホール!? あぁんそれも違う、あったら今頃私たちも」
「落ち着きなさい」
叫んだわけではない。しかしリリアンのその一言には重さがあった。
「コーウェン砲術長。目標は追いかけられるのですね?」
「あ、あぁ。それは問題ない」
「なら有効射程距離に到達するまで観測を続けて。艦長、どうしますか」
最終決定権はヴェルトールにある。
リリアンは指示を仰ぐように、再びヴェルトールへを振り向く。
「航海長、速度加速も考慮して再びコースの再計算だ。機関室に伝達、機関を最大船速にまで移行する! 第一艦橋、戦闘格納を開始せよ」
「こ、これじゃまるで戦争じゃない……!」
デボネア通信長が悲鳴のような声を上げていた。
「艦長、観測ドローンの射出準備完了との事です」
デボネアが聞き逃している通信回線を受け取ったリリアンが伝えると、ヴェルトールは即座に指示を出す。
「許可する。観測データを共有。最大望遠。メインモニターに静止画でもいい、回せ」
「了解。ドローンの射出を確認。データリンク開始。三秒後、メインモニターに画像。映像、三分遅れ」
射出された観測ドローンはそれ単体で40メートルもある。ドローンというよりは小型艇に近い。内蔵されているのは各種センサーと高高度望遠装置。そして最低限のスラスターのみだ。
それがまずは一基だけ宇宙空間へと飛び出す。これが捉えたデータは多少の誤差はあれど、それでも素早い。
本来は事前に設置するべきものであるのだが、それでも十分な成果をあげてくれたと言えるだろう。
「画像、きます」
表示された画像は酷くぼやけており、まるで旧世代の古いカメラの画質のようであった。しかし輪郭、色彩はそれでも形を認識できるものであり、それが第一艦橋の面々に衝撃を与えるには十分なものであった。
「なんだ、これは……」
秀才、天才、期待のルーキーであるヴェルトールですら思わず息をのんだ。
メインモニターに表示されたのは、一隻の円盤である。円盤と言ってもそれにはまるで前後があるような形であり、正確には半楕円形ともいえる。ほんのわずかだが艦尾と捉えられる場所に推進機関が存在する。
今の画像ではそれぐらいしか判別できず、砲塔は存在するのか、艦橋はあるのかすらもわからない。
ただ明らかに地球帝国軍のどの艦船にも照合できない【アンノウン】であることだけはわかる。
「AIの解析では全長200クラス。駆逐艦……とでもいうのでしょうか」
驚きを見せる生徒たちに対してリリアンだけはわざとらしく、声を震わせていた。
リリアンだけはあれがなんであるのかを知っているから。
敵の駆逐艦の一種だ。数年後にはカレイだのヒラメだのと揶揄されるが、その機動性は帝国の駆逐艦を凌駕する。艦というよりは大型の戦闘艇とも言うべきか。
そして現在接近しているのは無人機タイプであり、偵察目的の大型ドローンであるとも言える。
「帝国データベースに一致する艦種はありません。宇宙海賊の改造艦の可能性も低いと思われますが」
リリアンの報告に悲鳴のように答えたのはコーウェン砲術長だ。
「当たり前だ! こんな場所に人類がいるかよ!」
「じゃ、じゃあエイリアン……ってこと?」
デボネア通信長は口元を覆い、ただ驚くことしかできなかった。
「ヴェル、通信をしてみるかい」
比較的冷静でいるリヒャルトはヴェルトールにそう進言する。
「……全周波数帯で呼びかけてみる。長距離通信を」
「艦長代理本気かよ!」
コーウェン砲術長は自分を落ち着かせる為か、自分の両腕で両肩を掴んでいた。
恐怖で発砲しない為だ。有効射程距離にはまだ遠い。
「我々はまだ攻撃を受けていない。エイリアンであるか、それとも我々と同じく遭難した艦なのか。だが注意はしろ。攻撃はされないなどとは考えるな。ティベリウスは戦闘機動のままだ。シールド出力を上げろ。実戦仕様。主砲はいつでも撃てるように。デボネア、通信はどうか」
「反応ありませんよ!」
「白旗でも出してみるかい?」
リヒャルトの提案をヴェルトールは小さく笑って返した。
「それで止まってくれるならな」
「艦長。ドローンからの更新情報です」
淡々と、リリアンは情報を提示する。
画像の艦はその平べったい艦体から砲塔を展開していた。同時に明らかにコースを変更している。それはまるで主砲の射線軸から逃れようとしている動きであった。
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