第17話 ファーストウェイブ

 航海長の言葉は何一つ反論できない程に正しく、またリリアンも言い訳をするつもりはなかった。過去の愚かな自分の評価を考えれば、そういう感情を抱く者がいてもなんらおかしくはない。むしろいて当然だし、こういった素直に指摘できる存在というのは優秀なのだとすら思う。


(ステラやヴェルトールだけじゃない。この子たちもまた、地球帝国軍の未来には不可欠な存在だわ)


 こちらに疑念を抱く少女たちに対して、リリアンはむしろ感心していた。

 ますますティベリウスを無事に地球へと帰還させなければいけないと決心させる程だ。

 それはそれとして、今の状況はあまり芳しくはない。

 彼女たちの疑念を払しょくさせなければ、恐らく今後に響くことは明白だ。だからと言って、下手な言い訳は彼女たちを余計に刺激する。

 デランとアレスの模擬戦に勝った、などというのはあまり通用しないだろう。

 何よりリリアン自身がそれを理由に使う事を拒んでいる。所詮ゲームで勝ったからと言ってなんだというのだ。

 むしろミレイという少女の性格では、余計に反感を買うだろう。


(ヴェルトールも、天才が故に自分の考えの理解が及ばない者たちへの配慮が足りてないわね)


 前世界においてメインオペレーターを務めていたのはリヒャルトだ。

 しかし、彼は副艦長のような立ち位置にいる。またリリアンはかつて参謀を気取って、ヴェルトールのそばにいた。何一つ聞き入れられなかったので、実質は無職と言った所だが、当時の自分はそれでも愛しい初恋の人のそばにいるだけで満足だったようで、道化以外の何者でもない状態だった。

 さすがに何一つこちらの意見が聞き入れられない事実に憤慨もして、脱出艇を奪って賛同者と一緒に逃げだし、敵に発見され、ティベリウスを危機に晒したというバカげたことをやらかした。


(だけど、やらかした事実はさておいてもあの編成の方が当たり障りがなかったのも事実)


 つまるところ、前世界の自分はいてもいなくても良い立場に押し込まれていたのだ。

 だが今はその真逆だ。メインオペレーターなどという重要すぎる役職にいる。

 ヴェルトールがそう定めた理由は簡単だ。先ほどの、リリアンが見せた所作の関係だろう。

 しかしそれを知るのは、少ない。ミレイたちはそんな場面を見てもいない。


「それで、ルゾールさん。あなたの意見は何ですか。私が一方的に追及しているだけというのはフェアじゃありません」

(しかし参ったわね。恨むわよ、過去の自分)


 今現在、リリアンの手札には彼女たちを納得させるものはない。

 もしも彼女たちに自分の存在を認めてもらう為には実力を示すしかないのだ。

 だがそれは、別の危険も待ち構えている。言葉は慎重に選ばなければいけないのだ。

 これから行うことは、未来を知るからこそ指摘できる部分でもある。

 下手な言葉選びは、疑念を加速させることになるからだ。

 それに、少し急がねばならない事情もある。何せ、これから敵襲が来るのだから、仲良く喧嘩などしている暇はない。


「……質問を質問で返すことになるのだけど、よろしいかしら」

「どうぞ?」


 ミレイは腕を組んで、かかってこいと言わんばかりだ。どうやらかなり勝気な性格というか、負けず嫌いなようだ。若い子特有の良い意味でぎらついた活気は少々眩しいものがある。


「馬頭星雲は地球からどれだけ離れているの?」

「はい?」

「必要な事ではなくて? 私たちの目の前には馬頭星雲がある。それは重要な情報のはずよ」

「……大体1500光年。でもこの地点は1500年もないわ。もっと短い……300から600光年といった所じゃない? もしも1500光年も飛んでいたらティベリウスは今頃暗黒星雲の中……あれ?」


 ミレイは何かに気が付いたようだ。いや、むしろ自分たちが全く冷静でいなかった事実に直面したと言ってもいいだろう。

 それを視認したリリアンは小さく頷いた。


「おかしい……そもそもなんで、この艦はここまでワープできたの」

「航路があったから」


 リリアンの言葉にミレイは大きく頭を振って否定した。


「ありえないわよ。地球帝国軍の公式の航路にオリオン宙域のデータは存在しないわ。存在しない航路でワープをした場合、どうなるかわかったものじゃない。恒星の中にワープアウトしたり、重力異常に影響を受けてブラックホールに飲み込まれてしまいよ……いえ、それより……!」


 ミレイは顔を青くして、デボネア通信班長の両肩を掴んだ。


「今すぐ機関室に連絡を取って!」

「ちょ、ちょっとなに?」


 突然の豹変ぶりにデボネアはウェーブのかかった金髪を大きく揺らしながら動揺していた。香水でもつけているのか、ふわりと香りが艦橋に振りまかれる。


「最低でもウン百光年のワープよ!? エンジンに不調が出ているに決まってるじゃない! 10光年程度のワープとはわけが違うのよ! 早くやりなさい!」

「わかった、わかったわよ! もう痛いわね」


 半ば振り払うように、デボネアはミレイから離れると口をとがらせながらも、通信席へと移動した。班長に任命されるだけあってか、デボネアは手早く通信を整えるのだが、インカムのヘッドセットから聞こえる喧噪に思わず顔をしかめる。


「うるさっ! あの! ちょっと聞こえてます!? こちら第一艦橋の、えぇと……通信班長のデボネアなんだけど! 機関室!」

『第一艦橋!? こっち機関士班長のシドーだけど! ごめん今手が離せないんだわ! ワープ機関が……ぶっ壊れた!』

「はぁ?」

「デボネア通信班長。私に回線を」


 状況の危機性を理解したのか、ヴェルトールのまとう空気が変わる。

 デボネアもそれを察知して、即座に回線を移譲したのである。


「艦長代理のヴェルトールだ。シドー機関長。どういうことか、具体的に説明せよ」

『艦長代理!? それが、ワープ機関がオーバーロードを起こしてる。この艦、なにをやらかしたわけ! ワープ距離は最長30光年が限度だ! どんだけ長い距離をワープしたわけよ!』

「それは現在調査中だ。機関長、ワープ機関の損傷だが、酷いのか? 修理は可能か?」

『わからない! 爆発したわけじゃないから、ひとまず装置を停止させた後に解体して、焼き切れてる回路やら電装品やらを調べて、資材と照らし合わせて、あぁ……』

「大体で良い。修理が可能と仮定した場合はどうだ」

『二週間……いや三週間だ』


 ワープ機関とはそれほどまでにデリケートなものだ。

 これは前世界でも同じだった。会えないはずの超長距離ワープを実施したことで、ティベリウスのワープは短距離も含めて、実行不可能となっていた。

 その修理に費やした時間は三週間だったと記憶している。それは奇跡としか言いようがないのだが、今はその奇跡であり記憶の事実に感謝するしかない。

 ワープするタイミングが変わっていて、なおかつ自分が重要な役職にいる時点で歴史は変わっている。もしかしたらワープ機関も何か起こっているかもしれないと思ったが、その心配はなかったようだ。


「わかった。ではワープ機関の緊急停止。機関長、通常エンジンは無事か」

『そっちは問題ない。現在は念のため、チェックしているが、通常航行に支障はないと判断できる』

「ではそのまま、続けてくれ」


 通信を終えると、ヴェルトールは小さく溜息をついて、深く席に埋もれた。


「理論上、100光年単位のワープは可能だ。だが、それを実行しない、否、できないのは航路がなく、安全を確保できない。そしてワープ機関への負荷の問題もあった。幸いなのはティベリウスがこうして現存している事実、ワープ機関が完全な破損を免れている事実だけか……」

「いいえ、そうでもないでしょう」


 ヴェルトールすらも今の状態に対して若干、弱気を見せていた。

 リリアンはそう言いながら、ミレイへと視線を投げかける。


「航海長。ここは馬頭星雲の近く。オリオン座の近くでもある。つまり、オリオンを構成する恒星を発見できるはず。地球からの観測データを参考にすれば、完全とは言えなくてもおおよその位置は掴めるはず。そうよね?」

「そ、そうよ。光年単位の誤差は生じるけど、それはワープが出来れば解決はできる。でも、そのワープは」

「機関室は三週間で修理すると言っていた」

「確約はしてないわ!」

「じゃ諦める? ここで、何もかもせず、ずーっと待つ? 私はごめんよ」

「私だってそうよ! いいわよ、やってやるわよ。オリオン座でしょう! そして馬頭星雲ならアルタニクが観測できるはず! オリオンベルトの一つ、それが観測出来ればおおよその距離は観測できる」

「アルタニクは地球からどれだけ離れている?」

「おおよそ800光年……でも恐らく、ここはそんなに離れていない。暗黒星雲が見えている以上、その近くじゃない」

「でも随分と近くなった。仮にワープ機関が修理されて適正な長距離ワープを実行すれば、私たちは地球に帰れる。でもその為には正しい航路が欲しい。位置関係を知らなければいけない」

「そ、そんな事、言われなくてもわかってるわよ! ちょっと待って、しかも話がすり替わってるじゃない。私が言いたいことはね!」


 さらに噛みつこうとするミレイであったが、それは中断しなければいけなかった。

 警報である。しかもそれは授業でも習い、そして最も聞きたくない種類の警報。

 レッドアラート。不明存在の感知。

 宇宙の果て……とも言い難いが、地球から遠く離れたらしいこの地点で、そんなものを感知するなどと、誰が予想できただろうか。


(えぇ、そうね。本当にフェアじゃない。私には今この場で自分の必要性を証明する方法はない。本来なら配置はスムーズに完了していたのだから。無用な混乱を招いているのは私自身。そして、これから起きることを知っているのも私)


 他の生徒が混乱するリリアンはただ何も言わず艦橋中央に位置する。レーダー観測装置の前に座る。


「ワープアウト直後、デブリの接近とか小惑星帯への漂流の危険も考えて、レーダーを起動しておいたの。ついでにシールドも展開。これは帝国軍のマニュアルにある危機管理の手順でしょう?」


 艦の安全を守る最低限の方法である。

 これ自体は、なにも不審な行動ではない。必ず行わなければいけない事だからだ。


「隕石がティベリウスのいるコースに飛んできたのかも。距離算出、自動計算を始めますが、よろしいですか艦長」


 などと言ってみるが、そんなわけがない。

 リリアンは確信していた。これは、敵の接近だ。敵はワープをして、まっすぐにティベリウスを狙いに来たのだ。

 なぜティベリウスの居場所がわかるのか。そんなことは今はわからない。

 ただ純然たる事実、敵が迫っているという事だけだ。

 しかし、この場にいる者たちは、未だ敵性エイリアンの存在を信じてすらいないのだから。

 それでも、リリアンだけは知っている。敵が来るという事を。


「距離算出、約100万キロメートル。回避可能ですが、どうします?」

「……コーウェン砲術長。まずは我々の練度を確認したい。ティベリウスは回避行動をとりつつ、主砲で隕石と思しき物体を攻撃。可能か?」


 こんな宇宙の果てに人類文明の艦は存在しない。

 そしてエイリアンの存在は確認されていない。ならば飛来しているのは隕石だろう。

 誰もがそう思う。


「可能です。ティベリウスが地球帝国艦艇の基準を満たしていれば有効射程距離には遠いので、40万キロ圏内に入れば長距離狙撃可能です。それでも打撃有効射程じゃないので、破壊できるかどうかは断言しかねます」


 コーウェン砲術長は黒い肌を持つ長身の少年だ。

 そんな彼はにやりと笑みを浮かべていた。


「ですが、当てます。砲術科はいつも隕石を撃ってましたからね」


 訓練で小隕石を撃つのは砲術科のみに与えられた実戦形式訓練でもある。


「ではコーウェン砲術長。第一艦橋にて指示を。デラン、アレスは第二艦橋へ。デボネア通信長。個人端末の使用を許可する。動ける通信員に近くのセクションでの通信任務を開始させてくれ。アルベロ戦闘機長は格納庫にて待機。ミレイ航海長」

「は、はい」

「第三艦橋に戻っている時間はない。第一艦橋にて、隕石との距離の再計算をお願いする。AIは大体の距離しか出してくれんからな」

「了解しました」


 緊急事態だからこそ、問題を先送りにする。

 卑怯かもしれないが、それがリリアンの作戦だ。

 そしてここからが難しい。

 あれは……敵なのだから。


「む? どこの通信だ?」


 だが、そんな緊張をわずかにほぐす事も起きた。

 艦内通信の音、それは【格納庫】からである。

 それを確認した全員が一斉に、一人の少女に目を向けた。


「……こちら第一艦橋、暫定艦長のヴェルトールだが」

『あー……こちら整備科、暫定班長のサオウです。えーと……一応まだウチの所属のステラちゃんなんですが』

「……すぐにそちらに戻させる」


 そういって通信を切ると、ヴェルトールは小さくため息をついた。

 どちからと言えば責任は自分にあるので、自嘲の意味もあったのかもしれない。


「あー……というわけだ、ステラ。まずは整備科としての業務に戻ってくれ」

「は、はい」


 さすがに、これにはステラも従うしかない。


「では、諸君。生きて地球に帰ろう」


 始まりの任務。

 そしてファースト・コンタクト。

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