第14話 馬頭星雲への誘い

「ルゾール! 君はなぜここにいる!?」


 展望デッキの時とは違いヴェルトールから感じるのは若者特有の恥ずかしさからくる焦りの声だというのはすぐにわかる。


「いえ、なんと言えばいいのか。少将閣下の言う通りというか」


 事実、リリアンが二人の後を付けたのは妙な会話をしていたのを見つけてしまい、その野次馬としてついてきたというのがある。

 なので先程のゼノン・久世少将の言葉は正しい。

 密会を疑った。全く持ってその通りなのだ。


「い、言う通りだと……破廉恥な!」


 何を想像したのやら、ヴェルトールも顔を赤くしていた。


「若い男女が二人きりでこっそり人の寄り付かない場所に行けばそりゃあ疑うでしょう!」

『ウム。それは道理だな』


 と、ここでゼノン少将からのまさかのフォロー。


「ゼノン殿、いえ、少将閣下もおやめください」

 

 一応は目上の人物の前だったことを思い出したのか、ヴェルトールは多少は冷静さを取り戻し、咳ばらいをしながら、リリアンへと顔を向ける。但し視線は若干泳いでいた。


「何やら行き違いがあったようだが、君の思っているような事はない。私はただゼノン少将閣下にご挨拶をと思っただけだ。演習の監督もなさるお方だからな」

「あぁ、なるほど……? でも、艦橋のシステムって今オフラインじゃ」


 その疑問に答えたのは、なし崩し的に艦橋に入る事になったリヒャルトだった。


「通信機能は使えるよ? さすがにそれまでオフにしたら緊急の連絡が出来ないじゃないか」

「それもそうか……いやそれはよいとして、なんでまた、ステラが」


 別に、挨拶をするというだけなら彼女がいる必要はない。


「むっ、それは……」

「売り込み。だよね、ヴェル」

「おい、リヒャルト」


 二人のやり取りを聞けば大体の事は察せられる。


(なるほどね。ステラがいつの間にか艦隊勤務していて、巡洋艦の指揮を執るルートはここで出来上がっていたのか。さしずめ、彼女の才能を知ったヴェルトールが売り込んだというわけか)


 これで色々と合点は行くというものだ。

 ゼノンは少将であり、月面基地の司令。

 例え、それがお飾りであろうとも、人事を通すぐらいの権力はあるという事か。


(顔の良いお飾り司令……)


 ゼノン・久世。若干二十歳で帝国軍少将にまで上り詰めた秀才。家柄も良く、血筋としては皇帝陛下とゆかりがあり、実は皇位継承権も持つ。流石に順位は下から数えた方が早いものだと言われているが、皇帝の分家とも考えれば十分すぎる程の権力と地盤を持つ事になる。

 と、ここまではポジティブな内容だが、実態はその立場から特に大きな功績を上げることなく、さりとて適当な扱いをするわけにもいかず、それならばとあてがわれたのが月面基地の司令という立場である。


 しかも月面基地の司令と言えば聞こえはいいが、月面基地に所属する戦力の殆どは帝国本土の司令部所属なのである。

 そこの総司令を務めるのがアルフレッド・ケイリーナッハ大将である為、何か有事があればこの月面基地の全戦力はゼノンの指揮から離れてしまう。

 つまり、お飾りの司令官である。一応、月面には都市も存在し、ほとんどが富裕層に向けた一種の観光施設と化している。同時に艦船製造の工場なども存在し、重要な拠点でもあるので、全くの無能が治められるというわけでも無い。


 ただ少なくともゼノン・久世少将が行う業務は軍人のそれではなく会社社長に近いものがほとんどであり、およそ軍隊のような仕事をしたことは無いだろうと言われている。

 実際、前世界においてもリリアンの記憶ではゼノンが何か戦況に大きく関わる仕事をしていた姿は見た事が無い。

 決戦の敗北の後、帝国内部で大がかりな権力闘争があり、それに敗れて左遷させられたとも処刑させられたとも聞くが、リリアンが三十代になる頃にはもうその名前を耳にする事はなくなっていた。

 それほどまでに記憶に薄い男だ。

 ただ唯一なのは、顔が良いという点だろうか。


(政治が乱れ、乱心した当時の皇帝をその座から引きずり降ろそうとしたとも、帝国制を打倒する為に反乱を企てたとも言われていた気がする。というか、ゼノン・久世少将を表舞台から引きずり降ろしたのは……)


 リリアンは未だに顔を赤くしてもじもじとしているステラを見た。


(この子なのよね)


 前世界に置いて、ステラとゼノンがどのような関係性にあったのかは分からない。

 今の状況を見るに、ヴェルトールの手引きで顔を合わせたという事になるが、一体それがどういう変化をすれば、敵対する事になるのか。


(いやまぁ、冷静に考えればあの世界のステラが軍の実権を掌握してる時点で、邪魔だったから始末したと考えれば色々と話もかみ合うけど……それは最悪の未来の話)


 少なくとも、この時期の出会いは悪いものではなかったのだろうと思う。


「でも丁度よかったよヴェル。実はステラ以外にも君に紹介したい子がいてね」


 ふと、リヒャルトはいつもの笑みを絶やさない顔をリリアンに向けて言った。


「この子、中々よかった。君にも見せたかったよ。ステラと組んでアレスとデランを手玉に取ったんだ」

「なに?」


 リヒャルトの発言に、ヴェルトールも反応を変えた。

 だが、一番反応を示したのはゼノンだった。


『おや、そのステラというお嬢さん以外にも君たちが認める程の者がいるのかな?』

「はい。閣下。こちらのルゾール嬢は、ステラ嬢と組んでアレス、デランをいともたやすく撃破致しました。シミュレーションでの模擬戦ではありますが、あれは見事な戦いであったと確信しています」


 リヒャルトは頭を下げ、ゼノンへと報告した。


「おい、本当なのかリヒャルト」


 にわかには信じられないと言った具合に、ヴェルトールがリヒャルトへ小声で耳打ちしていた。


「ほ、本当です!」


 なぜか答えたのはステラだった。

 しかも緊張でもしているのか、ちょっとだけ声がうわずっている。


「り、リリアン様は、私のやりたい事をすぐに理解して、すぐに合わせてくれました! そ、そのつまり……強いです!」

「ステラ?」


 当然だが、いきなりの大声に驚くヴェルトール。


「なんといいますか、とても冷静な方です!」

「冷静……? ルゾールが?」

「それが本当なんだよヴェル。あとでデータを送るよ」

『フフフ、今年はどうやら優秀な人材が豊富なようだな? 嬉しい限りだ。リヒャルト、そのデータは私にも貰えるのかな?』

「ハーァッ! ただいま!」


 リヒャルトは敬礼の後、「失礼」と言いながら自分のタブレットを操作する。

 

『ン。これは後で見せてもらおう。さて、まずはヴェルトールの話だが──』


 刹那。通信に乱れが生じた。


『──うした!? ティベリウスから──暴走──』


 瞬間、モニター通信はぶつりと消えた。


「なんだどうした!」

「ヴェル、見て、計器類が!」

「馬鹿な! ティベリウスのメインシステムが、起動している!?」


 ヴェルトールの驚愕の声は当然だろう。

 外部からコントロールを受けているティベリウスのメインシステムが勝手に起動している。それは本来ありえない事だ。

 だが問題はそれだけではない。


「どういうことだ。操作を受け付けん。リヒャルト、そっちはどうだ」

「ダメ。そもそも、何が動いて、何をしてるのかが分からない。ただ、システムが起きただけとしか言えないんだ」


 二人は艦橋の各種操作パネルを確認しているが、原因が何もわからないようだ。

 ステラはステラで混乱しているのか、なぜかリリアンへと抱き着いてあたふたとしていた。

 リリアンはそんなステラの抱き着きに対しては何も言わず、しかし、その状況が何を指しているのかは理解していた。


(ついに……来てしまったのね)


 それが、ワープ準備に入っている事をリリアンだけは知っている。

 そして、これがティベリウス事件の始まりであることを。同時に、地球と異星人による星間戦争への引き金となる事を、リリアンは、知っている。

 でも、止めない。止めてはならない。なぜならこの事故は必要な事だからだ。

 それでも、疑問が無いわけではない。


(前世界よりも……早い)


 ワープする時間が、思っていたよりも早い。

 それは単なる自分の思い違いで、前世界でもワープは今のタイミングだったのかもしれない。

 だが今はそのような事は全て脇に置いておけばいい。

 重要なのは、これからの事。ティベリウスを待ち受けているのは、300光年の旅。

 まばゆい光が周囲を包み込む。


「これは、まさかワープか!?」

「ダメだ止まらない!」


 ヴェルトールとリヒャルトがなんとかしようとしても無駄だ。


「お、お父ちゃん!」


 ステラの悲鳴。

 同時に、光は最高潮に達し。そして。


***


 ワープは完了する。

 艦内にはほんの少しの衝撃があった事だろう。ワープブレーキというもので、ワープ直後の不安定な艦体を調節する機能が働いたのである。

 そこに人工重力が合わさり、艦内に小さな振動が起きるというわけである。


「馬頭……星雲」


 いつの間にか全ての機能がオンラインとなり、艦橋の強化ガラスの向こう、そしてメインモニターに映し出された宇宙空間の光景。

 そこに映し出されていたものは……約七光年にも及ぶ超巨大な暗黒星雲。

 その名の通り、まるで馬の頭部を模したかのような黒い影。それはガスや宇宙塵が恒星などの光によって照らされ、浮かび上がるもの。

 だがリリアンは知ってる。モニターの向こう側。果たして何百光年離れた場所にいちするのか、わからないが、あの星雲が……敵の本拠地であることを。

 そして、もうじき、そこから敵が来ることを。


(あぁ、きてしまった)


 遥か数千年の昔から、その星雲は奇跡的に……それとも意図的にか、形を大きく変える事はなかった。

 無数の超新星を生み出し、死にゆく星を内包し、宇宙を揺蕩う暗黒星雲は、まるでこちらを見下ろすかのようにそこに存在する。

 そして、その影の向こう……もしくはその中に。彼らはいる。


 だから、思わず叫んだ。


「警戒態勢! レーダーを起動させて!」


 敵が、来る。

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