第13話 リリアンは見た
ティベリウス以下、演習に使われる艦はコントロール艦からの外部操作による遠隔航行ゆえに一部の機能にロックが掛かっている。
当たり前だが、各種兵装は一切使えない。たとえ管制室だろうが、艦橋だろうが、それこそ銃座につこうがそれは変わらない。
しかし、艦のメインシステムそのものは機能している。そうでなければ航行も出来ないし、艦内に酸素や人工重力も発生しない。
艦橋であれば、各種システムの状況を確認する事ができるのだ。もとより少人数による操艦を可能とする性質上、簡易的ではあるがここから全体の管理も可能となっている。但し当然であるが、機関室などは直接スタッフが居なければ完全な運用は出来ない。
「さて、果たして艦橋に入れるのかどうか。一応、機密の塊みたいな場所だし」
ロックが掛けられているとは言え、艦全体の要となる要所。いくら地球帝国が平和ボケしているからと言って、そこまで緩いというわけでもないだろう。
しかし、リリアンも単なる思い付きで向かっているわけではない。ワープをする際、最悪艦橋から緊急的な処置で実行できるシステムが帝国軍の艦艇には搭載されている。
本来なら各セクションが細心の注意を払い、準備するものだが、例えば脱出を図らねばならない場合などはその限りではない。
「ティベリウスとその同型艦、そしてここ数年で開発された主力戦艦級は少人数での運用を視野に入れているから、艦橋の支配権を奪われたらそれでおしまいという弱点もあるのよね。馬頭星雲人が白兵戦を仕掛けてきたなんて話は六十年の人生で聞いたことも見たこともないけど」
艦に乗り込む前に、考えていた疑問。
そもそもなぜティベリウスだけがワープ事故を起こしたのか。演習場所である月面基地に向かう際、演習艦たちは確かに小規模ワープを実行する。だがそれはコントロール艦のワープに牽引される形である。
ティベリウスたち演習艦がワープをするわけではない。
「まさかコントロールしている艦にスパイが? それだともうお手上げなのだけど」
その可能性はなくはないが、リリアンとしてはティベリウス内部にスパイがいる可能性を捨てきれていない。
根拠としては、ワープ事故の後、なぜ都合よくティベリウスの前に敵艦が現れたのかという点である。
偶然という言葉で済むほど、宇宙は狭くない。これから向かう宙域が敵の支配領域であり、監視などに引っかかったというのであれば説明は付くのだが、今度はなぜ都合よく敵の支配域にいたのかである。
あらゆる要素を偶然の一言では説明できない。
「とはいえ、事故を阻止すると、帝国は敵の存在を知ることが出来ないし。仮に、スパイとやらを抑えたところで、しらを切られたらそれまでなのよね。というか、逆に私が怪しまれかねないわ」
これから起きる事故を予想していたという動きは、何も知らない者からすれば一番怪しく映るだろう。
なぜワープする事がわかっていて、そのスパイとやらを捕らえる事が出来たのだ。敵の存在も何も判明していない状態で、いかに参謀総長の娘であろうと学生が、そんな大きな情報をどこで掴んだのか。なぜそれを父に伝えなかったのか。
どう考えても状況はこっちが怪しくなるものばかりだ。実際、説明が付かない。
それに、ワープを抑えて、この人は敵の宇宙人ですと言ったところで誰が信じようか。
「本当、夢みたいな話よね」
リリアンは思わず苦笑した。
地球歴4103年。西暦という時代は2348年に終わりを迎えたと言われている。地球歴はその年を元年とした。またその頃から、地球は内戦状態に陥り、それは植民地であるコロニー惑星をも巻き込んだ。そこからの記録はひどく曖昧で、一時的には文明が衰退し、惑星間の交流が途絶えた時期が200年も300年も続いたとされている。
また地球も戦争による汚染が原因で、人類はテラフォーミングされた火星、居住区画やコロニーを建造した月へと移り住み、地球浄化とその覇権を争いまた戦争。
実は1000年近い年数が経っているとうそぶく学者もいなくはない。
その後は地球は帝国制へと移行した。とにもかくにも指導者が必要であり、衰退した文明の名残も合わさってか貴族趣味が横行し、そのような形になったとされている。
今は中世貴族のような社会制度に西暦2300年代ごろの文化が合わさった歪なものだが、受けれ入れてしまえばよくある階級社会という事で、長々と続いている。
思ったよりも人類は進化をしなかったようだ。
そして、地球歴4000年の間、人類が接触できた地球外生命体はなんとクジラのような生物だったとされている。その後も原生生物のようなものはいくらか植民地惑星コロニーで発見されたが、ヒューマノイドとの接触は一切なかった。
それがまずかった。西暦から換算すれば6000年以上もの間、人類は【この宇宙で最も進化した種】であるという根拠のない自信を身に着けていた。
これだけ探しても人間に近い存在はいない。発見された生物で最も進化した種はクジラだけ。その事実が増長を越えて、あぐらをかき始めた。
「そして頭をがつんと叩かれる出来事に遭遇……と。まぁ私も、かつては宇宙人なんていないとかたかをくくっていた側だけど」
そんな存在するわけもないと誰もが思っている宇宙人にこれから遭遇する。今はその事実をどれだけ声高に叫んでも誰にも伝わらないだろう。
これから起きる事は恐ろしい事だというのに。自分はその未来を知っていて、止められる立場にいるのに止めない。でも、気にはなるから様子を見に行く。なんとも矛盾した行動だ。
「でも、敵のスパイが誰なのかを知る事が出来れば、こっちにとっては有益でもある……身柄を確保して、情報を手に入れる事が出来れば敵の情報もたくさん手に入るだろうし、ワープ後の帰還だって前よりもスムーズになるかもしれない」
そのあたりは願望である。都合よく全てがうまくいけばそうなれば良いなという程度。
なにせ相手は人類が初めて接触することになるヒューマノイドタイプのエイリアンだ。そしてワープ技術を搭載した宇宙艦隊を保有する文明人ときた。結局六十余年と続く戦争で相手側の文明はよくわからない事の方が多かった。
しかし、スパイを確保することが出来れば相手の事を知る事が出来る。それは戦争勝利においては重要なファクターとなりえる。
その為にはどっちにしろ事故から生き残らねばならないという大きな博打でもあるのだが。
「若い頃と何も変わってないようね、私は」
今もそうだが、思いつきで行動している部分がある。若い頃の自分はその思い付きが思案の末に出した結論だと思い込んでいたが、どうやら思い立ったら行動する癖というのは七十九歳という精神であっても変わらないらしい。
だからこうしてあーでもない、こーでもないという考えの中で、艦橋へと向かっている。その後の事は、その後考えればいいのだから。
「うん?」
漫然と通路を進み、エレベーターを経由し、上層階へとたどり着き、何やらレクリエーションルームでの噂が既に伝播しているのか、横切る生徒たちからは奇異のまなざしやひそひそ話を向けられるが、それら一切を無視して、艦橋へと通じる道を進んでいくリリアンの視界の先に、とある二人組が映った。
全く持ってやる意味もないのに、リリアンはすすっと物陰に隠れた。話声も聞こえる。
「ですが、私なんかが……」
「良いんだ。俺は自分の目に狂いはないと思っている」
「そ、それは嬉しいと言っていいのかどうか」
「君は嫌なのかい?」
「い、嫌じゃないです! でも……」
視界の先にいたのは、ヴェルトールとステラだ。
二人が向かう先は、このままいけば艦橋だ。
(あの二人……というか、あの子、また持ち場離れてないかしら。そりゃあフリムも怒る……いや待て、なんで二人でそこにいくんだ)
自分の事は棚に上げて、ヴェルトールとステラの様子をうかがう。
会話の内容は少し聞き取りにくい。
「でも──」
「俺は──欲しい」
「そんな──」
「駄目──」
などと言いつつ、二人は艦橋へと入っていった。
(……んん? 何、さっきの会話。すごく気になる)
この瞬間、リリアンは七十九歳の暇を持て余した老婆の感性に戻っていた。
(何よ何よ。いかがわしい話じゃないでしょうね。人が寄り付かない場所で? あーやだやだ、最近の子ってばそういう? アタシだって経験ないのに)
などと思いながら扉の前までやってくると、今度は躊躇する。
(いや、でもなぁ……密会現場に乗り込むっていうのもなぁ……)
まず、なんで今日だけで二回も二人の密会現場を目撃しなきゃならんのだ。
そのせいで好奇心が抑えきれない。だが同時に下劣な行為であることも理解する。
(や、やっぱり帰ろう。うん。若い二人に後は任せて)
「何やってるんだい君」
その時であった。
背後から声をかけられたリリアンはカエルがつぶれたような声を上げて驚き、前のめりに飛びのいた。
と、同時に、ロックがされてなかったのか扉は勢いよく開く。当然、リリアンの体は艦橋へと倒れこむのだ。
「あ!」
その内部にいる、若い二人……はメインモニターを眺めていたらしく、そのモニターには黒髪の美男子が大きく映し出されていた。
「なっ! ルゾール! それに、リヒャルト?」
「え? えぇ? お二人とも、なんでここに?」
ヴェルトールとステラは二人して目を丸くして突然の闖入者に驚く。
ついでに、どうやら自分に声をかけたのはリヒャルトのようだった。彼もまたこんなことになるとは思っていなかったようで、いつも眠たげな眼が大きく見開かれていた。
「いやぁ、僕はルゾール嬢が、扉の前で右往左往してたから、声をかけて……」
「はっはっはっは!」
すると、モニターに映る美男子が大声で笑った。
「ヴェルトール。君、もしかしたら密会していると思われたのではないか? はっはっはっは!」
「は、え、そのようなことは!」
焦るヴェルトール。ステラは顔を赤くしてうつむいて無言。
それを見てさらに笑う美男子。
「ゼノン殿、ご冗談はやめていただきたい!」
モニターの男。当然リリアンは知っている。
月面基地司令。ゼノン・久世少将閣下。演習の監督役である。
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