第12話 その穏やかなひと時に迫るもの

(なるほど……これが、勝利)


 ポッドから出ると、観客たちは唖然、茫然、とにかく言葉を失っていた。

 未だに結果が信じられないと言った具合だろう。

 かくいうリリアンは、ほんの少しだけ浮かれていた。

 例えシミュレーションであっても、例え隣に未来の元帥閣下がいたとしても、帝国の期待の星である二人の少年に勝った。

 もっと言えば、かつての人生では味わう事が出来なかった勝利という栄光にようやく浸れた。


(賛美はなくとも、結果は残る。個人的な気分は良いものね)


 さて、勝者がいれば敗者もいる。反対側のポッドからは二人の少年が、見るからに顔に影を落として出てきた。

 見ればわかる。アレスもデランも納得がいかないという顔だ。


「あれはなんだ!」


 口火を切ったのはアレスだった。

 まるで地面を踏み鳴らすかのように大股で、肩を震わせながらやってくる。


「あのような戦い方! 将兵を捨て駒にするかの如き戦いだ!」

「死んでないじゃない。ゲームで人が死ぬとお思いか?」

「ゲームだと! これは模擬戦だ!」

「じゃあそれでも人は死なないわ」

「う、く……それは屁理屈だ! 実戦であのような戦いが……」


 アレスはまだ若かった。それゆえに潔癖な所がある。己の家柄に対する誇りもあるだろう。その為に、認める事の出来ない敗北に関しては引き下がる事が出来ないでいた。

 それは決して悪い事ではない。生きているからこそできる事だし、そこから反省点を見出せるのもまた、一つの答えだからだ。


「通用するはずがない!」

「アレスさん、喧嘩をする前にあなたたちは言う事があると思います」


 そんなアレスの前に立ち、毅然と言い放つのはステラであった。

 彼女はバツが悪そうにしているデランの方にも視線を向けながら続けた。


「約束したはずです。私たちが勝ったら、さっきの失礼な態度を謝る。まずは先にそれをしてください」

「う、それは……」


 ステラにジッと見つめられ、アレスは思わず視線を背けていた。


「なぁもういいじゃんかよ。負け負け。謝ってしまう方が早い」


 一方で、一番噛みついてきそうなデランはやけに素直だった。

 一日に二度も完璧な敗北すれば反論する気力も失せるというものだ。


「すまんかったな。言い過ぎたよ。実際やられたしな」

「クッ……申し訳ない」


 自分が納得できないのになぜ謝罪をしなければという感情もあるが、ここで無意味に食い下がり、礼を失するような態度を取れば、それこそ家名に傷がつく。

 アレスは激情家かもしれないが、軍人であり、かつては皇室の親衛隊をも務めた自らの家系の重みを理解しており、これ以上食い下がるのは、名誉を傷つける事に繋がることを悟り、納得はいかずとも、矛を収める。

 

「よかった。これで一件落着ですね!」


 すると、先ほどまでの姿が嘘のようにステラは満開の華のような笑顔を見せた。

 しかし。


「何が一件落着よ!」


 ことが全て終わろうとした矢先、フリムの雷が再びステラに向けられていた。


「ひぇ! ふ、フリム……怒らなくてもいいじゃない」

「あのねぇ。勝ったから良いものの、もし負けてたらどうするつもりだったのよ。ルゾールさんにも迷惑がかかるかもしれなかったのよ!」

「うぅ……でも、やっぱりあぁいうのって駄目だってお父ちゃんが言ってたし……」

「お父さんを言い訳にしない。決闘する必要はなかったでしょう」


 若手の星を手玉に取った少女とは思えない姿がそこにはあった。体を縮こませて、ほんのちょっぴり涙目になった小さな女の子のようだ。

 

「まぁまぁ、良いじゃないか。結果が全て、終わりよければ全て良し。いやぁ驚いたねぇ。ステラ、君はやっぱり天才だ!」


 そんな空気を打ち壊すように拍手をしながら姿を見せるリヒャルト。

 彼はすすっとステラとフリムの間に割って入ると、どこか芝居がかった仕草で、ステラの右手を取った。


「卒業したら、ヴェルの艦隊にこないかい? 君なら良い仕事が出来ると思うんだよね」

「ファウラー様。ご冗談はそのぐらいにしてくれませんか。ステラは整備班です。あなたの遊びにつき合わせないで」


 ステラを叱っていたと思えば、今度はステラをかばうようにリヒャルトを引きはがすフリム。

 特に抵抗しないまま、リヒャルトは二人から離れると、小さく首を左右に振ってやれやれとつぶやいていた。

 その二人のやり取りを見ながら、リリアンは先の戦いの前にも同じやり取りがあったことを思いだす。


(会話の流れから察するに、二人はかなり親しい間柄のようだけど。恋人? いや、そういう空気でもないか)


 今更ながら、自分は思った以上に彼らの交友関係を知らないようだ。


(あんまり友達、いなかったものね、私)


 取り巻きはいたが、あれを友と果たして呼んでいいのかどうか。

 いや、中には友人と呼べるような子がいたはず。多分。きっと。


「全く。僕は僕のやるべき事をやっているだけさ。才能あるものは活かさないと。そういう意味では……」

「嘘を言わないでください。どうせ、また賭け事の元締めをしていたのでしょう」

「ま、まさか。僕は貴族の息子だよ?」


 フリムの追求にリヒャルトはひきつったような笑みを浮かべていた。


「あぁ、そう言えば聞いた事があるわね……学内で賭博をしている人がいるって。まさか」


 リリアンも噂程度には聞いていた。とはいえかつてはそんな噂など気にもしていなかったので、ついさっき「言われてみればそんな話もあった」と思い出した程度だが。

 しかし、どうやらこの反応から察するに、フリムの追求は正しいようだ。


「さぁ、みんな! もうじき月に到着する頃だ。あと三時間ぐらいあるけど。さぁさぁ、楽しい模擬戦はここまでだ。アレス、デラン、僕たちも行こうじゃないか。ヴェルに嬉しい報告も出来るからねぇ! そうしよう、そうしよう! それじゃステラ、また一緒に遊ぼうね。アデュー!」


 早口でまくし立てながら、リヒャルトはアレスとデランの腕をつかんでそそくさと出て言った。


「あ、逃げ足の速い!」


 反射的に腕を伸ばすも、空を切るフリムは額に手を当てて左右に首を振った。


「あ、あはは……えぇと、私も仕事に戻りまぁす……」


 そんなタイミングでステラもそろり、そろりと逃げ出す。

 フリムはちらりと彼女の方もみやったが、もう追いかけるつもりもないらしい。

 ギャラリーもそれなりにはざわつき始めていた。

 視線が痛い。リリアンはこの場に留まる事が良くないと感じ始めていた。


「とにかく、移動しましょ」

「あ、はい……」

「それではみなさん、ごめんあそばせ、オホホ」


 逃げるようにレクリエーションルームを後にする。

 しばらくは無言のまま、お互いに足早で廊下を歩いた。


「まぁなんていうか。ステラの事は怒らないであげてちょうだいな」


 無言のままというのも嫌だったので、リリアンは何か話題はないかと思い、口にしたのがその話だった。


「何となくわかるわよ。良い子なんでしょ、あの子。底抜けに」

「お調子者なんです……」


 普段はおとなしく見えるけど、意外な側面だ。


「付き合いは長いの?」

「中等部からです。あの子が編入してきてからの」


 それも意外だった。

 というか、ステラが編入生だったこともリリアンは知らなかった。

 本当に自分は何も知らない。


「編入?」

「えぇ、あの子、元々はコロニー惑星の生まれみたいで。お父さんが駆逐艦の整備士をしていたとか。そこから出戻りで、地球に帰ってきて整備工場を経営してるみたいです」


 元軍属の身内というのなら、ありえない話でもない。


「へぇ……あ、だから整備科にいるのか。でも、あの子のあの才能……」

「ゲームがうまいだけです。それは認めます。さっきのシミュレーションと似たようなゲームを地球でもよく遊んでてて、実はちょっと有名だったんですよ。オンラインで、ランキングに乗った事があるんです、あの子。それで、その、リヒャ……ファウラー様に連れられたガンデマン様たちとゲームセンターで出会って、その……」

「ぼこぼこにしたと」

「ぼこ……まぁ、そうですね、はい」


 あぁなるほどねと、リリアンは色々と納得した。

 ヴェルトールが一般市民の娯楽場であるゲームセンターにわざわざ足を運ぶとは思えなかったが、リヒャルトやデランのあの性格ならそういう事もあるかもしれない。


「それ以降、ファウラー様はステラに目を付けていて。ガンデマン様も少なからず……ファウラー様ほどがっついてはいないようですけど。あと、あの子自身がそういうの好きだし……困ってしまいます」

「あの子の妙に広い交友関係の謎はわかったけど、あなたは?」

「え? 私、ですか?」

「うん。なんか、リヒャルトと知り合いというか、親しい間柄に見えたけど」

「……」


 あからさまにフリムは表情を曇らせた。

 それで、なにか複雑な関係なのだろうという事が察せた。

 当初の予想通り、恋人なのかはたまた婚約者なのか。


「わかった。もう聞かない」

「え、あの」


 まさかそういう返答になるとは思っていなかったのか、逆にフリムは困惑していた。


「言いたくない事もあるんでしょう。なら無理に聞かない。ちょっと気になっただけだし、他人のプライベートを根掘り葉掘りというわけにもね」

「なんだか、気を遣わせてしまったみたいで」

「私も無遠慮だったわ」


 反応からして、並みならぬ関係なのは理解できた。今はそれだけで十分だろうとリリアンは判断する。


「さて、そろそろあなたも医務室へと戻る頃合いじゃない? あと三時間とか言ってたし。悪いわね、なんだか妙な事に巻き込んだ形になって」

「いえ、こちらこそ……どっちかと言えば私というか、ステラの方が」

「良いのよ。若獅子君たちの鼻をあかせて、気が晴れたのも事実だし。それじゃ。気を付けてね。医務科には私の方から連絡しておくわ。私につき合わせたって」

「はい。ルゾール様も、お気を付けて」


 お互い、軽い会釈の後に、その場で分かれた。

 運命の時間は刻一刻と迫っている。

 数か月の漂流生活が始まる。前世界では犠牲者なしという奇跡で、地球へと帰還できた。

 なら、今回も同じ結果になるだろうか。


「あの子たちに任せておけば、まぁ大丈夫でしょう」


 しかし、細かい事ではあるが、歴史は変化している。

 さっきの騒動が、良い方向か悪い方向か。違いをもたらすのであれば、自分はどうしたら良い。出しゃばらないなどと決めた割には、目立った事をした。


「それこそ、今更の話ね」


 なるようにしかならない。


「あ、そうだ」


 リリアンはふと、思いついた。


「艦橋に行こう」

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