第11話 戦争をやっているつもりになっているだけのゲーム
時をしばし戻す。
アレス・デラン艦隊が思案をしていた頃、リリアン・ステラ艦隊でも作戦についての小さなやり取りが行われていた。
「デランさんは次に爆撃機による攻撃を選択すると思います。火力でこちらのシールドを減衰させるつもりでしょう。ですが、こっちを落とそうという攻撃ではないと思います。今のあの人は、必要以上にこちらを警戒していて、本来ある打撃力が損なわれていますから」
「それはあなたが、彼に勝っているから?」
「はい」
ステラは、確信が持てる事に関しては即答する性格のようだ。
彼女は、リリアンの事をよく知らないと言った。
それはリリアンとて同じであり、彼女からしてもステラという存在は冷徹な指揮官としての存在ぐらいしか知らない。
だが、いかなる奇跡か、シミュレーションとはいえ、こうして軍議をしている。
「まぁ、それは良いけど。このまま意味のない後退と撃ち合いを続けても、ただ時間が過ぎるだけだと思うけど? むしろ、艦載機隊の攻撃でじわじわとこちらが削られるだけだし、仮にアレス艦隊が前進してきたら、この密集防御陣形はただの的になるわ」
リリアンはステラに意見をしているわけではない。
伊達に中身は六十余年ではない。自分たちの陣形の弱点もさることながら、敵艦隊がどう動きたいのかぐらいは想像がつく。
「防御陣形のままでは放置され終わり。部隊をわけても各個撃破の憂き目にあう。だけど機動力の関係で私たちは圧倒的に不利……となれば押せるのは火力」
「そうですね。普通ならそうです。それがセオリーだと思います」
「ではどうするの? 砲撃艦の攻撃は単なるブラフ。あなたの真の目的はアレスを動かす事。そうでしょう?」
防御陣形の弱点は、その実、アレスにも同じ事が言えるのだ。確かに彼の防御はうまい。だが艦隊を三つにわけていては、その分の火力、防御力は薄い。機動性で補うとは言っても、こちらの全艦隊でどれか一つを一気呵成に攻めこめば撃滅は可能である。
当然、こちらにも少なくない被害が出る事だろう。
逆に相手が集結を始めれば、それこそこちらは包囲の形をとり、削ってゆく。
艦種の違いはあるが、お互いの艦の数は同じ。この戦いは、いかに相手よりも先に決定的な楔を撃ち込めるかが肝となる。
「紡錘陣形を取り、敵の空白地帯へ切り込みをかける。艦隊間同士の穴を無理やりこじ開ければ、敵を分断することも、打撃で有効なダメージを与えることも出来る。それが、あなたの目的よね?」
だからこそ、リリアンは観測ドローンを放った。
敵がどう動いても良いように準備をする。それは実戦においても重要な要素である。どのような形であれ、こちらは火力を出さなければいけない。最も望ましいのは一点突破で敵の防御をこじ開ける事だ。
つまり、戦艦による格闘戦を行おうというのがリリアンが導き出した答えである。旧世代のガレオン船などが行う超々至近距離による砲撃戦を宇宙時代の今にやろうというのだ。
「凄い、殆どその通りです。一番楽なのはアレスさんが艦隊をもう少し拡散させてくれるとありがたいんですけど。中々、動いてくれなくて」
「そりゃむこうだってあらゆる事を想定しているだろうし、何より敵艦載機が鬱陶しいわ。放置は厳禁よ」
ただしこの動きを行う上で邪魔になるのが、デランの艦載機隊である。
こちらは未だに迎撃機を出していない。このタイミングで発進させても遅きに失するというものだ。
それにステラの予想ではデランは爆撃機を出すという。その火力はシールドすらも大きく削るだろう。
「えぇ、ですので。そろそろ前進しましょうか。陣形は一旦はこのまま。あ、駆逐艦のコントロール、私がやってもいいですか?」
「それは構わないけど、紡錘陣形……突撃陣形ではないというの?」
ここにきて、ステラは攻勢に出る構えを見せたが、陣形はまるっきり攻撃には向いていない。それでも前に出るという。
「駆逐艦の機動性が重要となります。ですが、こちらとの距離が空きすぎて、いくら駆逐艦の足が速くても、どこから攻め込ませようとも艦載機の餌食になるだけです。今回のシミュレーションでは姿を隠せるデブリ帯もないですし、重力場や太陽風もありません。なので、少し無理をさせます」
ステラはそう説明しながら、駆逐艦を陣形の内側へとさらにしまい込むように移動させる。
同時に駆逐艦のエンジンをカット。その駆逐艦たちを巡洋艦などで曳航するようにトラクタービームを発射する。
「何してるの?」
リリアンはステラの行動を止めることはしないが、何がやりたいのかはさっぱりわからなくなっていた。
駆逐艦が重要なのはそうだが、艦隊で突撃を行わないというのなら一体何を攻撃の要とするのか。
「駆逐艦を突撃させます」
「うん?」
「ワープさせます」
「はい?」
帰ってきた答えは単純だが、理解がおいつかないものだった。
この娘は何と言った。駆逐艦を、ワープさせる? どこに? まさか、敵陣のど真ん中へ?
「あなた正気?」
「人が乗っていたらこんなことはしません。でも、これはシミュレーションです。そして私は模擬戦をしているつもりなんてありません。私はあのお二人の失礼な態度に腹が立っているのです。だから、徹底的にコテンパンに倒す。それだけです。それに、艦隊同士がにらみ合ってよーいドンなんて戦闘、そうそうあると思いますか?」
「ないわね」
言われてみればそうであるとリリアンは納得する。
「でしょう? 普通、接敵する前に陣形や作戦を考えて、行動します。だから、これはゲームなんです。どっちもが同じ手札でやりあうゲーム。なら、ゲームらしく戦いましょう」
「ふぅん……」
そう。これは模擬戦とは言いつつもシミュレーション。実戦形式の演習ではないし、実機を使っているわけでもない。ゲームの延長線でしかない為、攻撃速度や時間の流れも現実とは違う。多少なりとも本格的ではあれど、やはり実戦には遠く及ばない。でなければ、こんな悠長な会話だってしている暇もないだろう。
どうやら、ステラもその事を理解しているからこそ、先ほどのような作戦を考え付いたのだろう。
「ちなみに聞いておきたいのだけど、もし仮にこの艦隊に人が乗っている前提だったら?」
「え? うーん……それは、その時考えます。どうしたって、被害は抑えられないでしょうし、それに……」
ステラはちょっとだけ困ったような顔を浮かべて、照れ隠しのように笑った。
「AIは言うことを聞いてくれますけど、人はそうじゃありませんから」
それを見たリリアンはますます彼女の脳内で一体どういう計算が行われているのかがわからなくなった。
天才の考えを理解しようなどとは思わない事だと改めて考えさせられる。
突拍子のない作戦を立案し、それを実践させようとする。大胆不敵というべきか、それとも単なる理論家なのか。
それでも彼女が前世界では天才軍師として、名を馳せたのは事実だ。
「はぁ……わかった。あなたの好きに動きなさい。作戦もわかったし、こっちもやるべきことはやるわよ。駆逐艦はワープ後に魚雷の方がいいでしょう? 同時にエンジン急速展開。離脱を図らせるわ。私たち主力艦隊も最大船速、火力を艦載機に集中……といった所かしら?」
「はい! なんだ、リリアンさんも私と同じ考えだったんですね!」
「そんなわけないでしょ」
ただ臨機応変に対応したまでだ。
ステラがそういう作戦に出るのであれば、こちらはどう動いたらいいのかを推察したに過ぎない。なおかつそういう風に動く事が結果的に味方の被害を減らせるし、敵を倒す可能性も高まる。
六十余年の経験は無駄ではないと自負している。
「観測ドローンが動きを感知したわよ。艦載機の発艦を確認。対艦魚雷装備、爆撃機ね」
「わかりました。では前進を。爆撃機が敵艦隊からちょっと離れたタイミングで艦隊を上下に分けます」
「了解。上は私でいいわ。爆撃機の相手をする」
「いいんですか?」
「ちょっとぐらい私にも見せ場を寄越しなさい」
数分後。
目の前で、敵艦隊の一角が爆発の中に消えていった。
鉄壁を謳われる防御の名手アレスの堅牢艦隊がまるで砂上の楼閣かの如く崩れていく。
アレス艦隊がほんの少し、陣形に隙間をあけた。その刹那、待機させていた駆逐艦隊による近距離ワープを実施。デブリなどの障害物が何もない事が幸いした。いや、最初からそれが狙いだったとでも言わんばかりであり、ワープにおける磁場の干渉もギリギリ回避できる距離。そのわずかなタイミングを狙い、ステラは駆逐艦を突撃させた。
駆逐艦隊はワープアウトと同時に急速離脱と同時に魚雷をありったけばらまく。全弾使い切る勢いで射出された魚雷はまるで獲物に食らいつく肉食魚のように巨大な艦艇の腹を食い破る。
では、対するアレス・デラン艦隊はどうか。
突然のワープアウトによる奇襲。それはあまりにも大胆で、危険が伴う。こんなことは実戦ではできない。いや仮に行ったとして、駆逐艦の被害が大きい。
同時に自らの陣中に現れた駆逐艦隊は近すぎる。迎撃をしようにも友軍に攻撃が当たる。それは一瞬の躊躇いを産んだ。
だから、アレスは反撃出来なかった。己の艦隊への攻撃を躊躇したから、0時方向という至近距離で、魚雷の直撃を受ける事になる。
消失するアレス艦隊を見ながら、リリアンは残る敵の掃討を開始した。
「主力が分断された時点でおしまいよ」
難を脱した右翼のデランが率いる空母が取り急ぎ残存艦隊をかき集め、陣形の再編成を行っているのが見えるが、もはやそれは艦隊と言う集団ではなく、寄せ集めでしかない。
守りを失った空母艦隊ほど脆いものはない。
そして明らかに爆撃機の動きも鈍い。今、デランは混乱の中にいるのだろう。
(実戦を知らない坊や。焦るのはわかるけど、味方が落とされる可能性を考慮していない時点であなたたちの敗北は決まっていたわよ……どっちにしろね?)
重粒子の光が瞬く度に爆撃機が、シールド艦が、空母が爆炎を上げる。
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
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