第10話 手繰り、誘い、食い破る
アレス・デラン艦隊における旗艦は、アレスが通常の戦艦、デランは当然、空母を選択している。このシミュレーションには一つ明確なルールが存在する。旗艦が落とされれば、旗下の艦隊は自動操縦へと切り替わるのだが、これがとてつもなく頭が悪い。
ゲームであれば、それはちょうど良いハンデとなるが、同時に所詮はゲームなのだ。
今回のように僚艦が存在する場合はそのプレイヤーに操作権が移るが、それは非常に負担が大きい。
運用思想が異なる艦隊の指揮は足並みが揃わないものだ。
もちろん、基礎的な指揮はできるだろう。だが、根本的な部分での認識の違いをすり合わせる事は難しい。
またどの艦が旗艦であるのかは対戦相手にはわからない。
とはいえ、大半は空母ないしは戦艦である。また複数人でシミュレーションする場合、必ず艦隊と旗艦がわかれる。今回のように二人の場合は何も設定をしない場合は単純に【二つの艦隊】となる。
だが、アレスとデランは自らの艦隊を【三つ】に分けた。それは三隻の空母が存在するからというのもあるが、相手をかく乱する為でもあった。
***
うぬぼれるつもりはない。
アレスは内心で呟きながら、敵艦隊の動きの奇妙さを考察し始めた。
「退き撃ちだと?」
リリアン・ステラ艦隊の動きは奇抜であるが、そこには意図のようなものを感じる。
アレスはそれを見て攻めこもうなどとは考えない。意味のない後退は存在しない。当然、罠を警戒する。同時に、敵の動きは誘っているようにも見えない。
それこそ、陣形は基本的な防御陣形だ。一か所にまとまり、シールド艦の密度を高める。
だがこの陣形には弱点がある。シールド艦の電磁フィールドは無限ではない。直撃を受け続ければ減衰し、限界値を越えれば発生装置が一時的に停止して、エネルギーの充填期間に入る。
シールドは無敵ではない為、許容できない衝撃を受ければ貫通する。
それらの弱点を補う方法はいくつかあり、簡単なのはシールド艦同士で電磁フィールドを同調、拡大させることである。
これは単純ではあるが、効果てきめんで、数が揃うのなら核の衝撃であろうが、重粒子の数百の直撃であろうが耐える事が出来る。
しかし、それでもやはり無敵ではない。展開し続けるという事はエネルギーを消費し続けるという事である。
それを、理解していないという事はないだろう。
「砲撃艦の長射程でこちらのシールドを削るつもりか? いや、それはないな。重粒子が届くよりも先にこちらのシールドエネルギーが回復するだけだ。何が目的だ?」
不可解な行動には必ず裏がある。それがなんであるかを考える必要があるのだが、今はまだ情報が少なく、答えは出せない。
「デラン、敵艦隊の様子はどうだ」
宙域に展開し始めたデラン艦隊の艦載機隊は初撃を終えて、帰投を始めていた。あの攻撃は敵の偵察も兼ねている。同時に敵がどう動くのかを見極める為のものであり、敵艦を落とそうなどとは考えていない。
「がちがちに防御を固めてる。さすがに対空砲火が厚い。三機落ちた。もったいねぇ」
口をとがらせ、文句を言いつつもデランは敵艦隊の陣形の詳細データを共有していた。
「基礎中の基礎。教科書通りの防御陣形だろ?」
「あぁ、これそのものに不審点はない。だとすれば、あちらの目的はなんだ」
「俺の空母たちがさっきから集中砲火を受けてるのはどう判断する?」
アレスもデランも敵艦隊が砲撃艦で空母を狙っている事には気が付いている。
だが、射程ギリギリでは減衰を起こし、シールドを削ることすらできない。
「お前が乗っている旗艦を探しているのだろう。重要な艦であれば、俺が守りを厚くすると思っているのかもしれんが」
アレス・デラン艦隊は三つに分けられ、右翼の空母がデラン艦隊の旗艦を務め、アレスの戦艦は中央に位置する。
だとしても、アレスはどの部隊の防御も適切に行っている。どれかに偏るような事はしていない。
それはデランも同じだ。半ばコンピューター制御である左翼艦隊と合わせるように艦載機を飛ばす。
「デラン、貴様は言いたくないだろうが、ステラにはどのようにして負けた」
「……今とは真逆。あいつ、艦隊を分散させていたんだ。まるで蜘蛛の巣に捕まったみてぇだった。駆逐艦、巡洋艦の機銃と主砲の距離が完璧に計算されていて、全力で撃ってもお互いには傷がつかない。だから、巣に引っかかった艦載機が次々と落とされていった。当然、俺も対応はしたさ。一つひとつの艦隊は数が少ない。なら爆撃を加えて陣形を崩し、確実に攻めようとした。するとどうだ。今度は主力戦艦による一方的な艦砲射撃で足の遅い爆撃機は消滅。あれはゾッとしたよ。どこを攻めても、的確にこっちの嫌な行動をしてくる。先を読まれている感覚だ」
そう語るデランは若干、青い顔を浮かべていた。
言葉で語る分には簡単である。だが、実際にその光景を目の当たりにしてみなければ、恐ろしさというものは想像し辛い。
事実アレスとしても「デラン程の艦載機の天才が、手も足も出ない」という事実が信じられないぐらいだ。
デランの操る戦闘機隊であれば、数の少ない部隊など瞬く間に翻弄し、壊滅させるだろう。それが出来なかったと言われても、出てくる感想は「そんなバカな」としかない。
だが問題の本質はそこではない。
デランの経験は、今この戦場においてはあまり意味をなさないという事だ。
あまりにも戦い方が違う。
「面白い……とは言ってられんか」
戦闘はまだ始まったばかり。お互いに小手調べというわけだ。
焦った方が負ける。今はまだじっくりと腰を据えて、敵を見定める必要があるだろう。
「デラン、次の攻撃隊の発艦準備だ」
「言われなくてもわかってる。んで、まずはどっちを攻める? 俺は一応リリアンを押すけど?」
先の攻撃で、デランはどちらがどの艦隊にいるのかを悟っていた。
あきらかにこちらの動きを読むかのように機銃を向けていた艦隊はステラだと直感した。ゆえに、気持ち多めに、別艦隊に攻撃隊を増やした。
「まぁ……切り崩すとすればそこだろうが……」
アレスは再びメインモニターの先を見つめる。
「なぁ、違和感がないか?」
「リリアンらしくねぇって言いたいんだろう?」
「貴様もわかっていたか」
「一応、同級生で、同じコースの奴だろ。あいつらしくない動きだ。あいつ、馬鹿みたいに突撃するからな。でも、今回は違う。なんつーか……一瞬、ステラと勘違いした。正直、俺がリリアンだと思ってる艦隊がステラの艦隊なんじゃねぇかって今も考えてる」
「どうする。攻撃を止め、出方を見るか」
「いや、それはなんか悪い予感がする。爆撃隊で揺さぶる。俺も情報が欲しい……ん?」
警報。
それは敵艦隊が後退ではなく、ゆっくりと前進を始めたことを伝えていた。
ただし、陣形はそのまま。防御の形で前に進んでいる。攻撃も単調だ。シールドが削れる程ではない。
「何を考えている。そのまま塊としてくるのか、それとも散開するのか。」
このまま敵艦隊が陣形のままくるも良し、散開するも良し。どちらでもすり潰せる作戦はある。艦隊をわざわざ三つにわけたのは空母が三隻あるからという理由だけではない。三つに分かれた艦隊、それを見せる事で、三艦隊による包囲を形成するという選択肢を相手に見せつける為である。
(相手は何を選ぶ。一丸となって、どちらかを狙うか。その場合は、包囲網を形成し、飽和攻撃で沈める。艦隊を分割するのであれば、あいては二つ、もしくはこちらと同じ三つに分ける。数的に互角を作り出したいだろうからな。俺たちの艦隊数は同じ、四つに分けると脆くなりすぎる。ゆえに、それはないはずだ。)
デランの爆撃隊が発艦し、護衛の戦闘機もそれに続く。
相手は迎撃機を出す様子もない。
陣形もそのままだ。
徐々に、デランの攻撃隊が敵に接近する。
「アレス、敵に動きがある。隊を二分するつもりだ」
デランの目は良い。一見すると敵艦隊に動きはないように見える。それは艦隊というものがどうしても巨大だからだ。
しかしそのわずかな動きを見極めれないようでは艦隊指揮など出来ようものがない。
「爆撃隊の接敵は」
「まだだ。だがもう少しで魚雷が届く距離になる。どうする。分けさせないように退路を塞ぐようにも撃てるが」
「あぁ、そうしてくれ」
さぁ、どう出る。
アレスもまたモニターを注視する。
(敵は上下にわかれるつもりか)
宇宙に上下左右の概念はない。
などと言っても人間にはその概念が刻み込まれている。さらに言えば宇宙船には人工重力が存在する。
それで、結局、【旗艦】を基準として艦隊員には上下の概念が存在する。艦橋が存在するのもそれが理由だ。ようはそれが上なのだ。
だから、アレスから見て、敵艦隊が自分たちの頭上と真下を取ろうとしていると感じれば、それは上下に分かれるという意味なのである。
ならばとアレスはあえて艦隊の幅を広げた。
敵が広がろうというのなら閉じ込めるまでだ。
「各艦、長距離魚雷発射。重粒子砲スタンバイ。機動戦用意」
「爆撃隊、そろそろ接敵する。魚雷発射するぞ」
その選択は、決して間違ってはいない。
むしろ正しい対応だろう。そもそも、アレスもデランも、この行動で勝敗が決するなどとは思っていない。
これはただ戦場が動いているだけにすぎない。ダメージを期待はしても、撃沈できる程、宇宙船は脆くない。
そもそも、距離がまだあるのだ。やっと巡洋艦の主砲が届くような距離。いくらでも態勢を立て直す時間もある。
だから、その刹那に起きたことをアレスもデランも理解が出来なかった。
「なんだ!」
警報。ダメージによる衝撃がシミュレーションポッドを揺らす。
直撃を受けたという証拠。
馬鹿な。一体どこから。
アレスはレーダーを確認する。
そして目を疑った。
「なんだ……これは……」
敵と、自軍の表示が重なっている。
それはつまり……
「0時方向!?」
そう叫んだ時。
シミュレーションポッド内が白い閃光に包まれた。
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