第9話 私、出しゃばらないって決めたよね? 

 シミュレーターによる模擬艦隊戦はやはりゲームの延長線上でしかない。シミュレーションはしょせんシミュレーションなのだ。それらしい動きは再現出来ても、戦闘に関わる時間や攻撃速度などはかなり簡略化されている。

 宇宙空間は広大で、宇宙戦艦の攻撃距離は長い。それを比較的短時間で再現しようというのだ、無理は生じる。


(結局、このシミュレーションシステムだけをやって自分には才能があると勘違いする奴が多かった。私もその一人だけど。けど、彼らは違う。若獅子なんて持て囃されてるけど、彼らは本物だ。だからこそ油断が出来ない)


 また艦隊への指示、攻撃命令、艦載機の発進すらもタイムラグなしで伝わるし、指示には逆らないし、間違えない。その点だけは既存の兵士よりも優れているといえるだろう。


「つまり、この模擬戦の勝敗を決めるのは純粋な個人の力量。判断を誤れば敗北は必須。単純な読み合いがものをいう。所詮はゲームとはいえ……」


 リリアンは誰に言うわけでもなく、呟いた。

 一体なぜこんなことに。そうなるような展開がどこにあったのか。

 なぜ自分は若獅子たちと艦隊戦をしているのだ。

 しかも僚艦はあのステラと来た。


「出しゃばらないと決めた矢先にこれだもの」


 とはいうが、その予定を崩したのはほかならぬ自分だ。

 ならここで軌道修正してみるか? どうやって?


(わざと負ける……?)


 相手は天才と称される若手のホープ二人。負けた所で、誰も不思議には思わない。当然の結果とみなが思うだけだ。

 それはないなと自分の考えを鼻で笑い、リリアンはちらりとモニターの向こう側にいるステラを見る。

 彼女はじっと正面を見据えていた。


(あの子は、私の名誉の為に戦っている)


 前世界は全てを奪った自分。当然、この時代の彼女はそんなことは知らないだろうが、リリアンからすれば気負うものだ。

 だが同時に、彼女に恥をかかせていいのかと言う感情も湧き上がる。

 自分の為に立ち上がった少女。未来の元帥予定の少女。彼女には必ず全軍の指揮を執ってもらわないといけない。それを考えるとこの模擬戦はうってつけなのではないだろうか。

 それに、ここで勝負に勝ったとしても、それはステラの才能を周囲に認めさせる事にもなる。あのエリート相手に、即席の艦隊で勝った。

 その事実はステラという少女の評価を著しく高めるだろう。


(恐らく。前世界でも、ステラは彼らとこうして模擬戦をしていたはず。でなければ、ヴェルトールたちと親しく成れるわけがない。問題はそこに、私が介入したから、歴史が変化した。だけどそれは悪い事ばかりじゃないはず)


 ステラの才能を見せつける。

 ならば、取る行動は一つ。


「……敵の布陣は防御陣形。シールド艦で空母を守っている。しかも、シールド艦はただ展開しているだけではない。空母などの重要戦力を中心に厚く、そして減衰を防ぐ為にわざと攻撃を通す場所も作っているわ」


 正面に展開する敵艦隊の陣形を見て、リリアンはさすがだなと思う。

 防御を得意とするアレスの妙手だ。ただ防御能力の高い艦を前に出すのではなく、受け流す事も考慮している。時に艦隊を散開、回避運動に専念させたり、時に集結させ純粋な防御で受け止める。

 鉄壁のアレス。その真実は攻撃を受けない機動性と、正反対の攻撃を受け止める度胸にある。

 そのタイミングの捉え方は天才という他ない。

 現在はどう動いても良いように等間隔の防御陣形を敷いている状態だ。


「次に空母から艦載機が来る。デランの指揮する艦載機は縦横無尽よ。そして無理をさせない。宇宙魚雷の一斉射、まるで針のような一撃が飛んでくる事もある。ドックファイトは最終手段」


 鉄壁の防御に守られた空母からは無数の艦載機の発進を確認する。空母運用の天才であるデランの攻撃隊は即座に対応しなければいけない。

 一体どういう嗅覚が働いているのか、デランの指揮する艦載機はこちらの脆い箇所を的確についてくる。

 しかも攻撃が不利とみれば即座に後退を命令できる。

 決して猪突猛進するタイプではない。ある意味、一番戦況を把握できているのがデランと言う若者である。

 それがリリアンの評価だ。


「しかも、艦載機に気を取られては敵艦の砲撃も飛んでくる。では艦に手間取れは艦載機に食い破られる。攻守ともに完璧な布陣よ?」


 デランとアレスは一見すると水と油のよう見えて、凄まじくかみ合わせが良い。

 どちらかに意識を向ければそれで相手のペースだ。

 さて、どう出るか。


「進言。迎撃機を発艦させ、ミサイルによるシールド減衰を提案するけど。あなたはどうするの?」


 まずはこちらからセオリーな行動を提示する。


「……あの、私に考えがります。聞いてもらえますか?」


 さっきまで、食い入るように敵艦隊を眺めていたステラは、一瞬にして小動物のような姿勢で、こちらの反応を伺ってきた。


「あなた、さっきデランに勝ったのでしょう? 勝者の言葉は聞く価値があるわ」


 そう答えると、ステラはパッと笑顔になり、即座に真顔に戻った。

 この切り替えが、どうにもリリアンは恐ろしい。


「後退します」


 ステラはメインモニターへと視線を戻し、一言。


「下がる? 迎撃は?」

「今から発艦させても、布陣には間に合いません。対空防御陣形にて、後退。速度はこちらに合わせて。射程の長い砲撃艦で敵空母を集中的に狙ってください。ですがまずは後退。けど、下がり切らない程度」


 宇宙空間で対空防御というと奇妙な話に聞こえるかもしれないが、これは単純に単語を統一させた結果である。対空防御は敵艦載機及び宇宙魚雷などへの対応全般を指すようになり、それが宇宙空間であろうが大気圏内であろうが、変わらない。

 ただ宇宙空間においては全方位に対する警戒を行えという意味も付け加えられる。


「了解。砲撃艦、主砲斉射。迎撃ミサイルは用意させるわよ」

「はい。構いません。駆逐艦は陣形内部へ。巡洋艦、外部へ」


 ステラの作戦通りに陣形が再構築されていく。

 

(引き撃ち。射程の長い砲艦主体であればまだしも、さて……この動きで鉄壁と機動力を崩せるのかしら)


 リリアンは自分の指揮下にある砲撃艦で遠く、射程ギリギリの敵空母へと攻撃を開始する。

 無数の閃光が線を引い行く。当然、砲撃艦の長距離重粒子砲とはいえ距離限界では威力を低下させ、シールドで容易に弾かれる。

 シミュレーションの表示データでも【ノーヒット】の判定である。


「巡航ミサイルの準備をお願いします。ですが、発射はまだで。しばらくは重粒子砲にて空母をとにかく狙ってください」

「ふーむ……」


 もし、この場にいるのが、かつての愚かな自分であれば反論するか、仮に言う事を聞いてもステラが何を目的としているのかさっぱり理解できないだろう。

 だが、今のリリアンは何となくであるが、ステラのやろうとしている事が理解できる。ただ確証も自信もないだけだ。

 下手に、余計な事をしたら酷い事になる。それを身をもって経験しているとなれば、ちょっとしたトラウマにもなる。

 だから、細かく確認をしておきたかった。


「それとなく、観測ドローンも上げた方がいいかしら。敵艦隊の動きがちょっとはわかりやすくなるわ」

「……!」


 すると、ステラはちょっと驚いたような表情を浮かべた。


「お願いします」


 すぐさまそう返事をする。


「了解、了解」


 リリアンはシミュレーションのメニュー画面を開き、ドローンの射出を選択する。実際は数百の無人ドローンが発射されるが、シミュレーションでは十五機程度で表現される。

 射出されたドローンには攻撃性能はなく、探知用レーダーと観測カメラ、移動用の小型スラスターが数基ついている程度である。小型に見えて実際は十メートル級。


「さて、敵戦闘機が接近してきたけど?」

「弾幕で追い払ってください。そちらは気持ち、厚めの弾幕で。デランさんは多分、私を狙いたがらないと思います」

「一度負けてるから?」

「はい」


 即答だった。


「あの人は、意外と慎重派ですから」

「あなた、デランと戦ったことは何回あるの?」

「二回です。さっきので二回目」

「……それで断言できるの?」

「できます。きました。対空防御。ミサイルはシールドで防ぎます。初撃でこっちを削ろうとは思っていないでしょうから、追い払うことに集中して、それ以上の迎撃追撃はなしで」


 レーダーには無数の敵戦闘機の反応を感知。ステラの予想通り、リリアン艦隊側には少々数が多いように見えた。


「機銃掃射、ミサイル迎撃開始。砲撃艦は空母への攻撃を続行。巡洋艦は砲撃艦の援護に出すわよ」


 しょせんはシミュレーション。

 それでも、艦隊戦は心が躍る。


「こればかりは……どうなろうとも変わらないものね」

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