第8話 どうしてこうなった。決闘、帝国若獅子艦隊【後編】

「ステラは今、僕たちと大切な事をしているんだ。用事があるのなら手短にお願いしたいのだけど」


 リヒャルトは常ににこやかな笑みを浮かべた美少年だ。

 そんな彼の家系は一応は貴族であるが、何かしら軍功で名を上げた歴史はなく、さりとて政治的にも中立の立場にいる中流階級層ともいうべき地位にいる。

 それでも、このリヒャルトは【帝国の若き獅子】の一人に数えられる。

 どこかつかみどころのない性格であるが、ヴェルトールとは幼馴染、親友というのだ。

 事実、未来ではヴェルトールの副官として、時には艦隊提督として働いていた。


「ファウラー様。ステラは整備科です。そちらの遊びにつき合わせないでください」

「これはすまない。だが彼女の才能は本物だ。埋もれさせるのは、僕の趣味じゃないな」

「勝手なことを」


 学園の憧れの的、その一人に対してフリムは強気だった。


(どういう関係?)


 いくら何でも強気が過ぎる。それにリヒャルトの反応から察するに、彼はフリムとはそれなりには近しい間柄のようだ。


「違うのよ、フリム。私がやりたくてやっているの」

「駄目に決まってるでしょ!」


 まるで悪戯がバレたけど無意味な言い訳をする幼子のようにステラが発言をすると、フリムはぴしゃりとそれこそ母親の如く、制止した。


「あなた、自分の仕事を理解しているの? 整備班長も困ってたわよ」

「うぅ……でも、自分の仕事は全部終わらせたし……」

「整備班が整備の現場にいなくてどーするのよ!」

「うぐ……言い返せない」


 未来の元帥閣下は正論で沈んだ。


「やれやれ相変わらず手厳しいね。ヴェルが苦手意識を持つのもわかるよ」

「ヴェル……ガンデマン様は関係ありません。この事は彼は知っているのですか」

「もちろん知らない。これは僕のやりたい事だからね」


 二人の会話を聞いていて、そう言えばと思う。

 ステラはヴェルトールといたはずだ。まぁずっと一緒というわけはないので、あの後に別れて、すぐリヒャルトに捕まったという事だろうが。

 思った以上にステラの交友関係は広い事を改めて知る事になる。

 一体どういう出会い方をすればこうなるのか。


「それにしても……珍しい人がいるね。ルゾールのお嬢さんじゃないか」


 リヒャルトは笑みを絶やさない顔でそう言ったが、自分に向けているその笑みが作りものであることはすぐにわかる。伊達に精神は七十九ではない。有り余る人生経験で作り笑いの見分け方は理解している方だ。

 つまり、歓迎されてない顔というわけだ。


「どうしてここにいるんだい?」

「この方は演習に向けて色々と準備をなさっているのです」


 すかさずフリムがフォローをしてくれた。

 実際は暇つぶしなのだが、フリムとしてはそう思っているようだ。


「準備?」


 あからさまな怪訝な表情。


「ヴェルトールの追っかけ娘がねぇ」


 どうやらかつてのリリアンがヴェルトールに惚れ込んでいるということも知っているようだ。それもあってか、リヒャルトはごく自然にステラの盾にでもなるように前にでた。

 どうやらリリアンがステラに嫌がらせをするのではないかと警戒しているようだ。



 無理もない。学生時代のリリアンの評判も、未来ほどではないにせよ、そう高くはない。権力者の娘で我儘、偉そうな態度を取るだけ。典型的な堕落しきった貴族にしか見えてないだろう。

 そしてそれは少なくともこの時代におけるリリアンの評価としては正しい。

 言い訳のしようもない。


「ふぅん。まぁいいさ。準備というのなら、君も模擬艦隊戦でもしに来たのかな? 一応、提督候補だったよね?」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 たまたまフリムについてきたらここにたどり着いたというだけなのだ。


「冗談だろ? そいつがまともな艦隊運用できるのかよ?」


 思わず否定すると、いきなり後ろから声が飛んできた。


「俺、そいつが授業のシミュレーションでまともに艦隊運用出来てる姿見たことないぜ?」


 振り返ると、そこには先ほどステラと模擬戦をしていた茶髪の小柄な少年と、明らかに不機嫌そうな赤髪の仏頂面の少年がいた。

 声の主は茶髪の少年のようだ。


「って、フリムまでいんのかよ。面倒くせぇな」


 デラン・アルデマルト。やはり彼も獅子の一人である。古くは空軍の家系らしいが、宇宙時代に入ってからは空母運用に名を轟かせるようになったとの事。とうの本人は戦闘機パイロットのコースを希望していたようだが、そこは名家と親の意向からか、艦隊の方に進路を固定されている。

 だが才能は本物だ。彼の空母及び艦載機による戦闘機動は一種の芸術であるとまで評価されていた。


「なぁおい、もう一回やろうぜ。あんなんじゃ納得できねーよ」


 デランは私たちを一瞥しながら、リヒャルトに駆け寄った。


「ヴェルトールもそうだが、君も大概の負けず嫌いだね。ダメダメ、約束だろう? 次はアレスの番だ」

「そうだ。本演習まで時間もない。時間を無駄にはしたくないのでな。遊んでいるだけの連中のように俺は暇じゃない」


 そういうのは赤髪の少年、アレス・ハウロイ。当然、獅子の一人。圧倒的なまでの堅牢な守りが持ち味であり、彼の艦隊陣形を崩す為にはよほどの破壊力、ないしは機動力を持って挑まねばならないと言われている。

 獅子たちの中ではヴェルトールに次ぐ家柄を持ち、かつては皇帝陛下の側近艦隊の一翼も務めた家系だとか。

 ゆえに実は皇室との繋がりに関して言えば一番近い。

 そして御覧の通り、口が酷く悪い。


「そういうわけだ。フリム。そしてルゾール。俺たちの邪魔をするな」

「そうそう。艦隊運用の練習は遊びじゃない。これはれっきとした事前演習ってわけ。フリムもさっさと医務科の仕事に戻った方がいいんじゃねぇの? 衛生兵の仕事は怪我人と病人相手だろ。んでルゾールは……お前なんでここにいるんだ? 紅茶でも飲んでるかと思ったが」

「大方、やることがなくて暇だったのだろう。暇なら暇なりに乗員配置や演習の予習ぐらいはするものだがな。やることがなく忙しくないのは羨ましい限りだな」

「あなたたちねぇ!」


 フリムが怒ってくれるが、私はそれを制した


「良いのよ。事実だし」


 中々随分な言い方だけど、どれも本当の事だから仕方がない。

 それまでの行いのツケを払っているようなものであるし、他人から見ればそういう評価なのは当然なのである。

 だから甘んじて受ける。受けてやろうとも。

 えぇ、怒りはしない。こっちは中身七十九歳だもの。


「フン。開き直っては救いようもないというものだ」

「少しぐらい、やる気みせろってぇの。俺たち、軍人になるんだぜ? しっかりしてくれよな」


 まぁあえて、あ・え・て言うのなら、


(小僧共が。ゲーム盤如きの演習でプロになったつもりかしら)


 こちらは腐っても六十余年の艦長、提督経験者だ。

 この程度で怒り狂う程じゃ……いややっぱりムカついてきた。

 何か言ってやらないと気が済まない。


「失礼だけど──」

「あのぉ! そういう言い方ってないと思います!」


 リリアンの反論はステラの大声でかき消された。

 どうやら未来の元帥閣下もまた怒りの頂点だったようだ。

 だが、リリアンもそして若き獅子たちも、野次馬に徹していた周囲の生徒も、ステラの大声に黙ってしまい、ジッと彼女を見つめる。

 ただ一人、フリムだけが「あちゃー」と言った表情で顔を抑えていた。


「私、そういうの嫌いです! 謝ってください!」

「な、なぜ俺がこいつに謝罪を」


 アレスはムッとなってステラに反論するが、それ以上にステラはかみついた。


「彼女がどういう人なのか、私知りません! でも、そういう言い方、下劣です!」

「お、おい、ステラ。落ち着けって」


 慌ててデランが割って入るが、もはや無駄だった。


「謝らないというのなら! 謝らせます! 決闘ですよ! 私とリリアンさんであなた方二人を叩き潰します!」


 ステラの決闘の申し込みが室内にこだまする。


(……? あれ?)


 最後、何か聞き捨てならない言葉が混ざっていた気がする。


「え、私も?」

「リリアンさん!」

「はい」


 ステラはぐっとリリアンの両手を握った。


「大丈夫です! 私、あなたのこと、全く存じ上げない、ついさっきあったばかりでどんな人なのか全く知らないですけど、だからって他人をあんな風に言う人は絶対に許しませんから!」

「うん、それは嬉しいんだけど。なんで私まで」

「さぁ、行きましょう!」


 そして。

 気が付けば、リリアン・ステラ艦隊VSデラン・アレス艦隊というマッチングが始まる事となったというわけである。


「え、なんで?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る