第7話 どうしてこうなった。決闘、帝国若獅子艦隊【前編】

(なんでこんなことになってるのよ)


 リリアンは今、模擬戦のポッドの中いた。

 いかにもゲームらしいグラフィックの艦隊がずらりと並んでおり、青いラインが入っているのが自軍であり、二つの小規模艦隊で構成されている。

 艦種は空母各々で一隻、それ以外は戦艦が三隻、巡洋艦が十隻、駆逐艦が二十五隻。

 相対するのは赤いラインの入った艦隊。こちらと同じく二つの艦隊で構成され、艦の総数は同じだが、空母が三隻入る代わりに駆逐艦の数がその分ひかれていた。

 シミュレーターのよる模擬戦ゆえに、敵艦隊との相対距離は実戦と比べればはるかに近い。実際なら早くても一時間、二時間はかかるものだ。


「勝ちましょう、リリアンさん! あの人たちをぎゃふんと言わせてやるんです!」

「え、えぇ……そうね……そう……」


 通信画面ではちょっと鼻息の荒いステラがやる気に満ちた表情で敵艦隊を睨んでいた。

 そう、リリアンは今、どういうわけかステラと艦隊を組んで模擬戦をしようというのだ。

 その相手は……


『へへへ、ステラ、今度はリベンジさせてもらうからな。おい、アレス! 足ひっぱんなよ、お前んとこの艦隊は鈍足なんだからな』

『ほざけ。吹けば飛ぶ紙屑のような貴様の艦載機とは違う。せいぜい機銃の餌にならんことだな』


 帝国の若き獅子に数えられる二人の提督候補である。

 当然、エリート。そして二人ともが天才である。

 本当に、なぜかこのメンバーで模擬戦をすることになってしまった。

 なぜ、こんなことになったのかというとだ。


***


 数分前。


「風邪薬だけでこんなにも種類があるものなの?」

「そうですよ。風邪と言っても種類が違いますから。帝国軍ってひとまとめに言っていますけど、人種としては多国籍じゃないですか」

「あぁ……地域によって患う風邪が違うって話?」

「はい。あちらはこちらの薬、そちらはむこうの薬……なんて具合で調べてから処方するんです」


 フリムを手伝い始めて一時間程が経つというものの、リリアンは何となく手持ち無沙汰となり、手よりも口を動かしていた。

 実際、リリアンにはどの錠剤がどのような効能を持っているのかもわからないし、やることが全くない。ただ意味もなくフリムの後ろをついて回るだけだ。

 しかしそれはそれでどうなのかと思い、こうして薬の種類について色々と聞いて回っていたのだ。

 中身は七十九歳。人生経験はそこそこあるが、こうして得る事はなかった知識というものも多い。

 薬なんて処方されたものを適当に飲んでおけばいいと思っていた。


「ですが、緊急の時はとにかく鎮静剤アンプルをこう、ぶすっとします。授業でしか聞いた事はありませんが、腕や足が吹き飛んでる人でも大人しくなるようです」


 フリムははかなげな顔をしているのに、物騒なことを淡々を口にしていた。

 鎮静剤アンプルか。前世界では触った事すらない。


「劇薬じゃない」

「はい劇薬です。安心してください。今はこのトレーには乗ってません。あとは、陸戦隊やパイロット科の人たちのファーストエイドキットには三つは入っていますね」


 薬の種類のさることながら、ここに包帯の巻き方や緊急処置的な医療行為の数々も存在する。

 当然、艦に損害が出れば彼女たちの仕事はとてつもなくハードになることだろう。


「これ全部覚えた後に、衛生兵ってあちこち行かないといけないから、通路覚えるの大変じゃないの?」

「そうですねぇ。基本的にはセクションごとに割り決めされているんですけど、怪我や病気って突然ですから、結局衛生兵は全員自分たちが乗り込む艦の構造を把握しなきゃいけないんです。駆逐艦とか、巡洋艦ならまだ何とかなるんですけど、戦艦とか、空母となるともうパンクしてしまいますよ」


 細かい種別を考慮せずに説明すれば、地球帝国軍の艦艇は、戦艦及び空母が基本的に五〇〇メートル級であり、巡洋艦は三〇〇から四〇〇メートル、駆逐艦は二〇〇メートル級と言ったものである。

 当然これらは細かな違いがあり、必ずしもその通りの大きさではない。

 事実、このティベリウスは戦艦でありながら小型の四〇〇メートル級ではあるが、一部機能を無人化しており、少ない乗員でも運用を可能とした艦でもあった。


 この無人システムのおかげで今ティベリウスは外部のコントロール艦による曳航を受けている。試験が始まるまで艦橋にはロックがかかっており生徒は勝手に触ることも操作することもできない。

 このシステムが、後々無人艦隊を構成する事になるのだが、それは六十年後の未来の話である。 


 また乗員である生徒は三一二名。正規の乗員数は六〇〇を超えるのが基本であるが、それは交代要員などを含めた場合であり、今回は試験である為、約三〇〇名という少ない人数で、小規模な演習を行うという予定だったのだ。


「それで、次はどこを回るの?」


 リリアンたちはティベリウスのちょうど右舷中腹にいる。展望デッキは両舷の中腹にほんの少し出っ張りがあり、そこに設置されている。通常は外壁を閉じるだけなのだが、戦闘になると艦内部に収納される作りとなっている。

 また艦内部、中央部分には乗員たちの個室や食堂、および医務室が存在する。ここを中心として艦首側には戦闘機等の格納庫、艦尾には機関室といった区画が存在する。

 艦上部は艦橋、戦闘指揮所の他電算室やレーダー室等があり、戦闘時にはこれも内部へと格納され、戦闘ブリッジと呼ばれる。


「そうですね、レクリエーションルームでしょうか。遊びすぎて疲れてる人もいるでしょうし……あと、念のため確認しておきたいこともあって」

「確認?」

「えぇ、とは言いましても個人的な事なので。一言叱ってあげれば終わります」


 叱るってなんだ?

 そんな事を疑問に感じつつ、リリアンはフリムの後をついて行く。

 レクリエーションルームは娯楽室……であると同時に実はシミュレーションルームでもある。その機能は疑似的ではあるが、艦隊運用のシミュレートも可能であり、半ば訓練室のようなものである。

 しかし平和ボケに浸っている今ではそのような高度なシミュレーターも最新のゲーム機程度にしか生徒は思っていないだろう。

 実際、遊び感覚で艦隊戦の真似事が出来るのだから、その気持ちもわからないでもない。

 ただし軍用品である。その精度は凄まじく、多少グラフィックがちゃちな以外は本格的な運用が可能だった。


「まぁ盛況だこと」


 着いてみればなんて事はない、遊園地にでもやってきたかのようにはしゃぐ子供が多かった。これから演習、いえもっと酷い事故が起きて嫌でも実戦を経験することになるというのに。

 とはいえ、かつては自分のその子供の一人だったのだし、事故が起きてどこかへ飛ばされるなんて誰も想定はしていないのだから仕方ない話である。

 だが、熱狂具合が大きすぎる。誰か疑似艦隊戦をやっているのだろうという事はわかる。


 ちょうど、模擬艦隊戦に決着がついたようで、卵型のポッドから先ほど分かれたはずのステラが、青髪の少年と共に出てくる。

 対戦相手のポッドからは茶髪の活発そうな少年が何やら大きな声で「ちくしょー!  卑怯だぞ!」と叫んでいた。

 少年たちが姿を見せた途端、周囲からは歓声……もとい黄色い声の方が多かった。

 と、同時にステラに向けられる嫉妬の視線もまた存在する。


「やっぱり」


 そんな奇妙な空間を物ともせず、フリムはトレーを押しながらずんずんと突き進む。


「ステラ!」

「ひゃっ、フリム?」


 フリムがまるで子を叱る母親のような声を出すと、ポッドから出てきたステラは大きく体を震わせて、次にオイルが切れた機械のようにギギギと首を向けた。


「おや、フリムじゃないか。どうしたんだい血相を変えて」


 おびえるステラの肩に手を置いて、するりと青髪の少年が笑みを絶やさない顔で割って入る。

 リリアンはその少年のことももちろん知っている。

 リヒャルト・ファウラー。

 【帝国の若き獅子】の一人。そして、ヴェルトールの副官を自称する、もう一人の天才。

 その出会いが、ちょっとした事件の始まりとなるのであった。

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