第6話 せめてもの罪滅ぼしのやり方を誰か教えて欲しい

 若い二人(と言っても今は自分も同い年だが)の逢瀬をこれ以上、邪魔するわけにもいかず、リリアンはそそくさと展望デッキを後にする。


(さて、出しゃばらないとは言ったものの、結局このままだと私はどこかの艦隊に取り合えず配属されるわけなのだが)


 余計な事をしないと誓ったところで、腐っても軍人の家系であるリリアンという個人は既に親のレールに乗っかってしまい、比較的安全なパトロール艦隊へと配属が決まっている。そこで、一応は真面目に軍人勤務を行ってはいた。

 本当に、それなりに、そこそこの結果を出して、艦隊運用もまぁまぁ及第点という事で結果的に人材不足にあえぐ地球帝国軍の穴埋め要員としてろくな功績も上げていないのに、戦艦級の艦長に就任するのだから、色々と終わっている。


「……ん、ちょっと待てよ」


 自分は今、とても大切な事を思い出したのではないだろうか。 

 リリアンは艦内通路のど真ん中で立ち止まり、冷静になってもう一度状況を整理した。

 無能な自分は後ろに下がり、未来の元帥閣下に全てをお任せする。

 それは良い。リリアンの中では決定事項だ。

 だが、ステラを祭り上げるのと、そもそも地球帝国軍の人材の質が低いという問題はまた別の話だ。


「あの戦場でまともに戦場に出たことがある兵士が何人いたんだ。いや……まともな訓練を受けた奴は何人だ?」


 前世界、地球帝国艦隊壊滅の原因は自分だ。それはもう文句のつけようがないぐらいに真実だ。

 しかし、問題はそれだけではない。あんな馬鹿な自分の行動にホイホイと従う奴もいれば、それに付き合う奴も多かった。

 決戦は四年後。その時間があれば新兵もいっぱしの軍人になる。などというのは幻想だ。実際は前線に赴くものとそうでないものの差が広がり、安全な後方で主力艦隊からはぐれた敵の掃討をするだけで、戦争の才能が開花したと勘違いした愚か者が多かった。


「それでも、実戦経験を持つ軍人だっていたはずだ。それなのに……比率の問題?」


 確かに、長く軍人を続けている経験豊富な兵士もいた。反抗勢力や宇宙海賊の討伐を率先して行った者たちは正しい意味でのベテランと言えただろう。

 なおかつあの艦隊には将来を有望され、才能に溢れていた【若き帝国の獅子】と呼ばれる面々もいた。

 だがそれ以上に無能が多かったという事の方が大きい。

 兵士の質は考えず、ただ数だけを求めた今の帝国府の政策の欠点だ。

 確かに数は補えた。少なくとも艦隊をただ【動かす】だけの連中は揃った。

 だが、【艦隊行動】をとれる程の練度はなかったのだ。


「不味いわね。断言してもいい。例えあの場に私がいなくても、似たようなことをする奴は……いる!」


 いくら優秀な人材がそこそこいても、それ以外はそれ以下なのだ。

 散発的に、偶発的に起きる戦闘に対してはある程度対処出来ても決戦という大艦隊での動きに慣れているものは少なかった。

 七十九歳の頭の中では一つの結論が導き出されようとしていた。


「もしかして、私のような愚か者を再教育しないと天才軍師の足を引っ張るんじゃないかしら!?」


 どうあがいても天才の数よりも凡人の方が多い。

 なおかつ地球帝国の現状は停滞ないしは衰退の影すら見え隠れする。

 この【ティベリウス事件】は分水嶺だったのだ。滅びるか、再起するか。

 そして見事に滅びに選択肢を取った。


「冗談じゃない。いくらあの子に全てを任せたとて、似たような失敗が起きたら結局戦場に駆り出されるじゃないか。いやもっと悪い事になるかもしれない」


 結果論ではあるが、前世界の決戦でステラを後方に飛ばしからこそ、彼女は生き残り、その後六十余年もの間、地球を支えた。

 だが決戦においてステラを駆り出しても、彼女のその才能を引き出す程の状況を作れるのかどうか。


「待て待て待て……そもそもステラが【総司令官】にならなきゃ天才的な戦術とやらも披露できないじゃないか。なんて馬鹿なんだ私は! 兵士の質! ステラの指揮官就任! 待てよ、それってつまり帝国軍の改革をしないと話が始まらないんじゃないの?」


 前世界での決戦時の総司令官は地球圏艦隊の長官兼総司令官の男だったはずだ。

 確か名前は……


「アルフレッド・ケイリーナッハ大将」


 付け加えると、父であるピニャール・ルゾールはその男の部下であり、参謀総長。

 が、揃いも揃って有能とは言い難い。今現在の帝国軍の上層部の殆どは軍功よりも政治力でのし上がったものたちだ。

 確かに反抗勢力に対する軍事活動はある。だがそれは植民地惑星などの話だ。地球圏内は安全が確保されている。その点だけは評価しても良いだろう。

 同時にそんな安寧が堕落を産み、父のような実績はないが、うまい事取り入れる政治家もどきが権力を握って、自分のような無能がそもそも決戦艦隊で右翼部隊を任されるし、権力を持たないステラを後方に飛ばすことも出来た。

 帝国府の殆どは権力にしがみついた老獪どもの集まりだ。

 つまりは抜本的な改革が必要となる。


「頭が痛くなってきた……問題山積みじゃないか」


 帝国の内情ががたがたであったことは知っている。

 しかもそれは思っていた以上の問題だったようだ。

 今の自分では権力も発言力も実績も、あらゆるものが足りない。それは自分だけではない、ステラもそうであるし、ヴェルトールとてそうだ。

 現状では解決策がない。何をやろうにも今の自分たちにはあらゆる面で力がない子供なのだ。


「ンギギギ……!」


 歯ぎしりをするなど、久しぶりかもしれない。

 リリアンはそこが一般通路であることなど忘れて、多いに悩んでいた。

 権力、権力、権力。自分の我儘を行使する為だけにすり寄っていた父の権力が、今ではとてつもなく大きく、恐ろしい壁に見えていた。


「あのぅ、大丈夫ですか?」


 だから通行人がいて当然なのだ。


「え、あぁ、ごめんなさい。大丈夫よ」


 声をかけられハッとなる。

 顔を向けると、医療品を浮遊トレーで運ぶ衛生兵用の白い制服を着た少女がいた。まっさらな長い髪、この時代において髪の色は結構自由だった。白だろうが黒だろうが、赤だろうが、あまり気にされない。

 目の前にいる衛生兵の少女はまさしく白一色の、はかなげなものを感じた。


「顔色も悪いですけど……?」


 少女は浮遊トレーから錠剤入りの箱を取ると、中身を取り出す。


「どうぞ、栄養サプリです。ビタミンB剤。チョコレート味とミント味がありますけど」

「えっと……チョコで……ところで、貰ってもいいの?」


 受け取りつつ、リリアンは首を傾げた。


「宇宙酔いしている子が多いみたいで、医務科がこうやって見て回っているんです。大丈夫ですよ、ちゃんと許可も下りてます。ただ渡せない薬もあるので、そういう時は医務室に来てくださいね」


 少女はにっこりと笑みを浮かべてくれた。


(何よ、可愛いじゃない)


 女の自分でもちょっとくらっと来る美貌だ。


(はて……どこかで見た顔……)


 それもつい最近。リリアンがそんなことを考えている間に少女は会釈をして去っていく。

 彼女の背中を見送りながら、リリアンはチョコ味のサプリを口に放り込む。


「あ、名前聞けば思い出せたか……あとでいいか?」


 ただのサプリなので即効性はないが、チョコの味でちょっとだけ気分が落ち着く。

 今乗り越えるべき問題はティベリウスのワープ事故なのだ。

 それ以降の問題はあまりにも桁が違いすぎる。混乱している自分ではまともな結論は出せないだろう。


「……気分転換が必要だわ」


 軽いため息で憂鬱を吐き出す。


「今は紅茶を飲むような気分でもないし」


 リリアンは足早に先ほどの少女の後を追った。


「もし、手伝うわ」

「え?」


 声をかけられるとは思っていなかったのだろうか、真っ白な少女は肩を震わせておっかなびっくりな顔で振り向いた。


「えぇと、士官コースの方ですよね?」

「そうよ。士官候補だし、提督候補なの。部下役の様子を見るのも仕事でしょう?」

「あぁ……でも、タブレットにデータは」

「直接見ないと分からない事ってあるでしょ。それに確か……あぁあった。あなた、私の班じゃない。そういえばどこかで見たことがあると思ったのよ」


 タブレット端末の乗員名簿を確認すると、試験の部下役の一人にその少女の顔写真があった。


「えーと名前が、フリム・結城……へぇ日系人なの」

「はい。クォーターですけど」

「ふぅん。まぁよろしく。私はリリアン・ルゾール。悪名高いルゾール参謀総長の娘よ」

「悪名って……それに貴族の方じゃないですか。お手伝いだなんて」

「暇なのよ。それに部下役からは良い顔で見られたいでしょ」

「あぁ……はい、わかりました。それじゃあ……」


 部下の顔。もっと言えば、前世界で自分のせいで命を落としたものたちの素顔を見ておきたい。

 ただ何となくそう思ったのだ。

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