第5話 未来の元帥閣下に青春を

 別に隠れる必要はないが、なぜかそんな形になってしまったリリアン。

 それに何となくだが邪魔をしてはいけない雰囲気を感じ取ってしまい、また同時に二人がどういう関係なのかも少し気になって、結果として覗き見る形となった。

 自分でも趣味が悪いとは思う。


「あの、先日はその……」


 いじらしい仕草で、若干俯き加減の少女ステラ。ボブカットの黒髪、しかし少々前髪だけが垂れ下がり、目元が時折隠れる事もあるが、くりくりとした大きな目をしていたのがリリアンの記憶にも残っている。

 その目が酷く淀んで精気のないものと変わり果てる未来も知っている。

 

 ステラは整備科に支給される専用のツナギを身にまとった彼女はとてもではないが、未来の総司令官、元帥閣下には見えない。

 それは目の前で応対するヴェルトールとて同じだろうし、彼女の同級生全員、もっと言えば帝国市民の誰も、そして当人すらも信じないだろう。


 だがリリアンは彼女の才能を知っている。どこかとぼけたどんくさい少女だと言うのに、戦闘が始まった瞬間、彼女の頭の中は一体どんなものが駆け巡っているのか。

 まるで相手の動きを先読みしているかのように、予言しているかのように、的確に対応する。


「あぁ、ゲームセンターでの事かい? あれは内緒にしてくれているようだね。あれはデランたちに付き合わされてね。しかし、まさかコテンパンにやられるとは思わなかったよ」


 そんなステラに優しく微笑む金髪の少年。本当に同い年の十八歳なのかと疑いたくなるほどに大人びた風貌であり、支給された士官用の制服を身にまとった姿はいっぱしの軍人、それも上級士官にみえなくもない。

 そんな彼も、前世界においては盟友と呼べる仲間たちと共に決戦に挑んだ。

 結果は彼らの才能の全てを無駄にする程の大バカ者(リリアン)のせいで壊滅、戦死と遂げるのだが。


「あ、あれはその……ヴェルトール様も手加減なさっていたと思いますし……そ、それよりも助けて頂いたお礼もいえずに……あまつさえその……ゲームとはいえ」

「気にしないでくれ。帝国市民にあのような悪漢がいたとは、なんとも嘆かわしい。あまつさえレディに手を上げるとはね」


 何やら和やかな……それ以上の空気を感じる。


(思えばあの二人は妙に仲が良かった。ヴェルトールだけじゃなくて、他の提督候補のお坊ちゃまたちとも。あの二人の間で何があったのだ。すごく気になる。子供や孫の恋愛事情が気になるってこういう事なのかしら)


 前世界のリリアンはそのヴェルトールに一方的に惚れ込んでおり、そんな彼と親しいステラに一方的な嫉妬を向けていたという恥ずかしい過去もある。

 しかもステラはヴェルトールだけではなく、彼と同じく将来を期待された若き提督候補たちとも仲が良かった。

 そんな彼らは【若き帝国の獅子】とか呼ばれていたっけか。

 今現在は全くと言っていいほどに興味がなく、どちらかと言えば二人の関係性がどうなっているのかをもっと知りたいという俗が考えがあった。


(まさか付き合っていた?)


 そんな噂はついぞ聞いた事はないが、どうやらステラとヴェルトールはどこかで交流があったようだ。

 それに会話の雰囲気も中々良いものと感じる。

 それと同時に、リリアンはまたも申し訳なさを感じていた。


(そりゃあ……ステラも私を軽蔑するわけだ。きっと、初恋……いえ、恋人だったのかもしれない。それを奪ったのは私、彼女の青春を根こそぎ……)


 そう思うとこの話を聞く権利など自分にはない。

 リリアンは頭を振って、その場を立ち去ろうとする。

 が、戦艦内にブザーが響く。

 地球の重力圏を離脱するというアナウンスも流れた。同時に展望デッキも隔壁が降ろされる。わずかな振動と共に艦内環境を整える為の人工重力などが発生した。

 その振動に抗えず、リリアンは観葉植物の影からつい身を乗り出してしまう。

 それは当然、青春の真っただ中にいる若い男女の間に割って入るという事だった。


「あ……」


 リリアンは思った。

 もしかして、私って相当間が悪い女じゃないかしら?


「お前は……」


 突然の闖入者に対してヴェルトールの声は冷たかった。

 ステラに向けていた優しさは消え失せている。

 それは仕方がない事かもしれない。リリアンも、今になってわかる事だが、ヴェルトールからすれば家柄や親の地位に胡坐をかいて偉そうにしているだけでろくに努力もしていないかつてのリリアンのような存在は侮蔑に値する存在だっただろう。


(そもそも、父の評判も良くなかったし、今の帝国軍に不満を抱いているヴェルトールからすれば、私は堕落の象徴だから仕方ないけど)


 事実、リリアンの父は軍の参謀総長であり、中将である。生粋の権力者の娘であり、好き勝手我儘し放題だったのもまた事実だ。

 ヴェルトールの家系も優秀な軍人、名艦長、名提督を生み出してきたが、実戦派であり、家訓としても上に立つ者はそれ相応の実績を見せるべきであるという信念を持つ。

 ノブレスオブリージュというべきか。

 確かにその思想は気高く、誇り高いものだと思うし、この少年ならば確かにそれを体現できるだろうと思う。


「確か、ルゾール中将の」


 同時のそのどこかぶっきらぼうな態度が学園で見せる彼の姿であることをリリアンは知っている。近寄りがたい雰囲気を醸し出し、常に冷静沈着な美男子。文句の付け所がない家柄で、本人の才能も高く、文武両道は当然として、学園内での時折行われるシミュレーションによる疑似艦隊戦においては戦術、戦略ともに彼の右に出る者はいない、本職の軍人すらも唸る程というどこへ出しても恥ずかしくない完璧な存在だ。


「趣味が悪いな」


 ヴェルトールは目を細めて、多少の怒気をにじませながら言った。

 だが、対面するリリアンは見た目はさておき、中身は七十九という人生を刻んだ老獪である。

 年の功というべきか、それとも単に憧れというフィルターが外れているせいなのかはわからないが、ヴェルトールの冷たい声音は冷静さというよりは逢瀬の邪魔をされた事が気に食わない、どこにでもいる少年のようだと感じていた。


「なぜここにいる」

「ごめんなさい」


 かつての自分であれば舞い上がってしどろもどろに。ついでに憧れる男性の近くにいる泥棒猫のような小娘に敵意を向けていたことだろうが、今は違う。

 だかこうして素直に頭を下げられる。


「盗み見するつもりはなかったの。私の名誉の為に言っておくけど、この展望デッキにはあなたたちよりも先にいたわ。そっちの子もごめんなさいね。邪魔をしたようで」

「むっ……」


 なのでこうして素直に謝ると、相手も矛を引くしかない。

 それに、ヴェルトールは先ほどステラに言った言葉を思い出し、リリアンに対する態度が良くないものだと気が付いたようだった。


「いや、こちらも謝罪しよう。言い過ぎた」

「いいえ、構いません。結果的に、失礼な事をやったのは事実ですから」


 実際、盗み聞きしようとしたことは本当である。

 

「それでは失礼致します。ご安心を、誰にも言いませんわ」


 軽く会釈をしてあとはその場を立ち去るのみ。

 だったのだが、リリアンを引き留める声が響く。


「あ、あの! 違うんです、これは!」


 それはステラであった。


「と、友達とゲームセンターで遊んでいまして! その、私、シミュレーションゲームが好きで、戦艦とか……船とか、好きで、それで遊んでいたら柄の悪い人に絡まれてしまって、その時にヴェルトールさん……ガンデマン様に助けられて、お礼も言えずに、ゲームで遊んで調子に乗ってしまって!」


 唐突に、二人の関係性の始まりの一部始終が判明してしまった。

 ステラは何やらいっぱいいっぱいな様子で、とにかく誤解を解かねばという感じだった。そのステラの後ろではヴェルトールがやれやれと言った具合に、こめかみを抑えている。

 当のステラは恐らく自分が何を言っているのかは理解していないのだろう。

 リリアンとしても少し啞然とするわけだ。


(この子……変なところではどんくさいというかなんというか)


 天才的な戦術、戦略眼を見せる反面、普段のステラはどちらかと言えば要領の悪い少女だった記憶がある。口下手な部分もあったし、かつてのリリアンはそんなステラの態度が気に入らなかったというのもある。

 なぜこんなどんくさい女の言葉をみんなが受け入れて、提督候補の少年たちが可愛がるのか、それが本当に理解できていなかったのだ。

 しかし、六十余年という月日はリリアンの精神を多少は成長させる。


「そう。素敵な出会いね」


 そうやって聞き流すぐらいはできるのだ。


(そんな素敵な出会いを台無しにしたのは、私というわけだ)


 しかし、安心してほしい。

 今度はあなたからは何も奪わない。

 なぜなら私はもう、出しゃばらないと決めたから。

 あなたの才能をいかんなく発揮させ、この戦争をより良い方向に導いてもらう。

 少なくとも、艦隊全滅という憂き目にあうことはないだろう。

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