第4話 後悔ばかりの二度目の人生
決戦宙域は地球帝国の支配領域M6567、コロニー惑星アグリと呼称される資源採掘用の星を拠点としていた。
惑星アグリを背に、地球帝国の大艦隊は全艦種を区別なく合わせれば一五〇〇隻に及ぶ。うち主力を務める戦艦クラスは一二〇隻、空母六隻、巡洋艦二〇九隻、残りを駆逐艦といった布陣である。
当然これは全艦艇ではない。動員できる中で性能に優れたモノを並べたものである。また艦載機の数はおよそ三〇〇〇を超える。
まさしく圧巻、まさしく威容、まさしく最強にて無敵の艦隊であると誰もが信じて疑わない。
その艦隊の右翼部隊の一角に小規模艦隊が存在する。
若い、二十二になったばかりの女艦長が指揮を執っていた。
「ぜ、全艦、砲撃開始! 砲艦、ミサイル艦も前に出なさい!」
号令と共に所属艦艇全てから重粒子の光が迸る。
誰かが撃てば、それにつられて誰かも撃つ。なおかつ艦長による号令なのだから逆らうこともない。
そんな統率もなにもない動きにつられて、他の艦隊も攻撃を始めた。
我さきにと、意味のない前進をしながら。
それはどうみても新兵の動きだった。
「前進! 前進よ! 我が艦隊が一番槍を頂くのよ!」
数百の閃光は暗い宇宙空間の先に居座る鈍色の円形型の艦隊へと直撃をするも、距離減衰による粒子拡散の影響で、たやすくシールドによって霧散することとなる。
しかし、ごくまれに減衰を免れた粒子砲や連続直撃を受け、シールドを突破するものもある。不運に見舞われた敵艦隊のうちたかだか数隻が撃沈されたことで、若き艦長はひきつった笑みを浮かべていた。
「い、いけるじゃない! データは正確よ、馬頭星雲艦隊の防御力は大したものじゃないわ! 全艦、順次宇宙魚雷射出! 同時に前進、重粒子で焼き尽くしてやるのよ!」
敵はこちらの猛攻に恐れをなしている。
まともな反撃も来ない。当然だ。先手を取った。奇襲だ。地球帝国の艦の防御力は随一なのだ。敵艦隊の細々とした重粒子など悉くはじき返してやるのだ。
そして返礼に大火力を叩きこみ、敵の陣形の一角を崩して、斬りこめばあとは地球帝国の勝ちだ!
「いけ! いけ! 前に出て撃ちまくれ!」
誰もがその声に従った。
止めるものなどいない。いや、あったのかもしれない。だがそんな声が彼女に、否、若い兵士たちに聞こえるはずもなかった。
敵を撃滅するという悪酒に酔いしれ、自分たちについてくる艦隊がどうなっているかなど、考慮もしていない。
それは慢性的な人材不足を抱える地球帝国の最大の弱点とも言えた。
およそ戦争行為というものを長く行っていなかった故の弊害でもある。いくら小規模な反抗勢力を相手にしたとて、戦場という空気は同じではない。
だから、敵の反撃を受ける。
突出した艦隊ではなく、後ろで右往左往する、優柔不断な動きを見せた羊に狼たちは飛び掛かったのだ。
ゆえにそれは一瞬の事だった。
「へぇ……?」
女艦長は間抜けな声を上げた。
自分の指揮下にいる艦はほぼ無傷だ。しかし、自分たちの遥か後方で起きた爆発の余波が届いた時、彼女は艦橋ディスプレイに映し出された光景が信じられなかった。
そこには、壊滅状態となった地球艦隊の姿があったからだ。
突出した女艦長の艦隊【リリアン艦隊】への誤射を恐れた友軍、前に出たはいいがそれが命令にない事だと分かり立ち止まった友軍、何が起きたのかを理解できずただ茫然とその場を漂うだけの友軍。
それは本来であればありえない、あってはいけない行動である。
しかし、彼らの多くは、たった数年程度の経験しかない兵士たちである。そこに年齢は関係ない。例え、三十であろうと、四十であろうと、戦争の経験がないのだ。
そこに向けて敵艦隊は総攻撃を仕掛けたのだ。
餌食になったのはそう言った、中途半端に前に出てしまった友軍艦隊たち。不運なのは、勇ましくも、無謀にも、救援へと向かおうとして、その誘爆に巻き込まれる艦隊もいた。
この時点で、地球艦隊の右翼は消失した。
「え、ちょっと……なんでよ」
リリアン艦長の戦艦を無視するように敵円形艦隊が前進する。
そして。
***
「……嫌味な夢ね」
冷や汗も、悲鳴も、何もなくリリアンは目覚めた。
場所は、【戦艦ティベリウス】の展望デッキ。
「昔の事を考えたせいかしら。しかも、何も思い浮かばないまま、ここまで来てしまった」
嫌な夢を見たのは過去の事を思い出したからだ。しかも、そのせいで脳裏によぎった疑念、疑問への答えを得られぬまま、リリアンは過保護な両親やうわべだけの笑顔を見せる使用人たちに見送られて、学園へと送り込まれる。
学園とは言うが殆どは軍事基地に近い存在であり、在籍するのも軍関係の親類が多い。いわゆる平民と呼ばれる一般階層の生徒も多く在籍しているが、その殆どは整備科や海兵隊、歩兵のコースに在籍している。
対するリリアンたちは当然ながらエリートコース。多くは指揮官、提督候補という扱いで、他にも戦闘機パイロットや通信や砲兵などもこの部類に入る。
そんな軍人を育て上げる母校の名は暁の焔学園。
なんともふざけた名前だが、これで地球帝国公認の学校なのだから、地球の貴族趣味も極まったと言える。
果てはろくに実戦経験もない癖に、艦隊司令(辺境のお飾りであることはバレバレだった)をやっていたことが自慢で、天下りで校長になった男のどうでもいい言葉から始まり、卒業を迎えた生徒たちはそれぞれのグループに分けられ、学園に併設された超巨大な地下ドックへとぞろぞろと移動し、各々が乗り込む戦艦へと向かう。
この地下を作る為に恐ろしい程の環境破壊があったらしい。
学園が設立された三百年前には相当な反対運動がおこったとも聞く。
地球歴4000年代において、宇宙船のドッグを開発するのは事業団体の主な仕事となり、帝国としても止める必要がないようで、今もどこかの土地を抉っては基地などを建設している事だろう。
そんな地下ドックから雄々しく飛び立つ四隻の戦艦。
在学生や教師、その他見送りの家族や野次馬の帝国市民たちがそれを見送る。
「のんきなものよねぇ。昼寝をしていた私が言うのもなんだけど」
卒業を控えた生徒には必ず送られる士官服を身にまとったリリアンは半ば茫然としつつ、展望デッキからそれを見下ろしていた。
この後、宇宙戦争が始まるなど、誰も知る由もないのだから仕方ない事ではあるのだが。
「今も昔も、私は人の事は言えないか。かつては試験の事なんて何も考えずに、お茶会をしていたのだから」
前世界では取り巻きと言うべき同級生の少女たちと優雅に、のんきにお茶会をしていたが、今の自分はそんな気分にもなれなかったので、丁重にお断りして、この人気のない展望デッキに逃げ込んで、うたた寝をしてしまったらしい。
「そういえば……あの子たちも戦争で死ぬのよね」
正直な事を言えば、ろくに顔を覚えていないどこかの軍関係者のご令嬢たち。
大半が司令部や基地での勤務、それも後方の安全地帯だったはずだが、戦況が劣勢に傾くと通信士やレーダー観測員すらも貴重となり、その資格があるものはほぼ無理やり前線へと送り込まれた。
当然、原因となったのはもちろん自分だ。決戦で主力艦隊及び有望な将兵が軒並み死んだのだから、使えない者たちでも戦場に送る羽目になる。
それで実戦経験もない素人同然の兵士が戦場で無駄死にをする。
その結果、未来の帝国軍は無人機が主流となった。
そう考えると少しぐらいは申し訳ない気持ちにもなるのだ。
「嫌な思い出しかないわね」
ため息をつきながら、リリアンは遠ざかる懐かしき母校を眺める。
そもそも軍人を育てるという名目にしては、はっきりと言ってまともな環境とは言い難い。指揮官であろうがなかろうが軍人ともなれば体力作りは必須ともいえるし、ほぼ全般の教育を行う必要がある。
当然専門分野などはあるが、それでもだ。
だが現状の地球帝国は平和ボケが続いた事も相まってか、ただの学校と軍学校の境があいまいになってしまっていた。
有力な貴族の子息、令嬢の大半は辛いだけの体力作りなどまともにはしなかった。
座学に関してはさておいても頭でっかちな理論家だけが生まれる原因となる。
拡大した領地を支える為の兵士の数を補いたいだけというのは見え透いているのだが、これに対して多くの国民は疑問にすら思っていない。
中には鋭く指摘をする者もいたようだが……。
「そう言った意味では、うちの実家は真面目だったわね」
腐っても実家は軍人の家系だ。それに貴族と言ってものほほんと遊んでばかりではない。お稽古事と称してバレエや乗馬、テニスなどの運動はさせられるし、社交界においても必要以上に体力をつける必要もある。
なので、リリアンも若い頃は体力に悩むということだけはなかった。
だが、今はそんなノスタルジーに浸っている場合ではなかった。
あと六時間もしないうちに自分たちの乗るティベリウスはワープ事故を起こしてオリオン座方面へと消えていく。
そこからは約二か月近い漂流を経て、奇跡の生還を果たすという大事件が待ち構えている。
「このまま流れに身を任せれば、少なくとも私たちは生還できるはずなのだけど」
月面基地に移動して演習が始まる。
もう本来であれば、割り当てられた士官部屋に戻って準備をしなければいけないのだが、腐っても中身は従軍六十余年のベテランであるリリアン。
無意識というべきか、気が付けば必要な準備は全て終えていた。
準備と言っても大したものはない。艦長候補の生徒は順次、艦の指揮をしてぐるぐると月の周囲を回る。敵艦を模したデコイと疑似的な艦隊戦を行って、実際に指揮を取るなどして適性を見極め、配属先を決めるといった具合である。
また艦長候補は部下役も変わる。その為、配備される人員のデータを手持ちのタッチパッドで確認、配置を行う必要があった。
リリアンはそんなものは既に完了していた。過去に行ったことだし、さらに言えばどうせこの組み合わせで演習は行う前にティベリウスはワープするのだから。
「いえ、あえて事故を未然に防いでみる?」
ふと思いついた考えを口にしてみてから、リリアンは苦笑しながら却下した。
「まぁ不可能な話よ。原因も不明、そもそもスパイが本当にいるのかすら確証もない」
ワープ制御は艦橋ないしは機関室、電算室などが連携して行うものだ。
このうちのどこかで何かがあったのかもしれないが、今からそれを探すとしても、原因自体が不明では手がかりもない。
それに怪しい人物や場所を今から片っ端から調べたとして、自分は探偵ではないのだ。しらを切られればそれまでの話である。
それにこの事故自体が起きなければ、馬頭星雲の敵の存在も認知されない。
つまりは、事故を防いではならないのだ。
「さて……そうなると、暇であることに変わりはないか……」
こんなことなら、お茶会に参加してあげてもよかったかもしれないと考えた、その時だった。
シューン、と自動ドアが開く音、二人分の足音も聞こえた。
何気なくリリアンはその方を見る。展望デッキにはリリアンしかいなかった為、かなり静かであった。また同時に観葉植物や自動販売機などが重なり、音のした出入口から死角となり、誰がやってきたのかは見えない状態である。
「あ、あの!」
声の一つは少女のものだ。
「あの! ヴェルトールさん、あ、いえ、様!」
「おや? 君は……」
対するもう一人は少年。
そしてリリアンはこの二人の声を知っている。忘れるはずもない。
「あぁ、そうだ。ステラ、とか言ったかな」
「は、はい! ステラ・ドリアードと申します!」
(ステラ……それに、ヴェルトール? まさか)
物陰に隠れるように覗き見ると、そこにはリリアンにとっても思い出深い二人がいた。
かつての初恋の人、ヴェルトール・ガンデマン。
そして、未来の天才総司令官、ステラ・ドリアード。
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