第3話 誰も知らない事を知っているのは私だけ
「なに、簡単な話だったじゃないか。あの天才少女にすべてを任せておけば、きっとあの時よりはマシになるでしょう」
ステラという少女は天才だった。
確か元は平民の整備科の卒業生で、卒業試験にも整備班として乗り込んでいたはずだ。事故が起きた際に、戦艦ティベリウスのレーダーやカメラの整備をしていて、いち早く敵の接近を察知し、危機を脱することに貢献。
その後も、あれよあれよと事件に対して的確な情報を提供する為、一部の提督候補生から可愛がられ、重宝されるようになっていった。
ティベリウスの帰還後。
当時の自分はステラの事が気にいらなくて、悔しくて、適当な事を父親に吹き込んで彼女を出世の見込みのない僻地へ、おんぼろの駆逐艦と共に押し込んだ。
だが一年後、自分は親のコネで艦隊を率いる立場になった際に、彼女は知らぬ間に巡洋艦の艦長になっていた。
巡視を続け、時には敵艦隊の先発隊を蹴散らし、武功を立てていた。
ますます気に食わなかった。だから父親のコネを使ったりして、彼女を危険な前線に送り込みもした。
それでもステラという少女は生き残り、帰ってきた。
そして、決戦の日。リリアンはステラを遥か後方に押し込み、彼女を艦から下ろした。結果的に、それで彼女は同じく生き残った。
その後は自分とは正反対に着実に実績を重ねて、人員の枯渇も相まってか二十歳を過ぎた頃には大艦隊を率いていたはずだったと記憶している。
反対に、こちらは月に配属され、意味のない巡視を延々と続ける日々。彼女の華々しい戦績を耳にするたびに逆恨みもしたし、妬みもしたし、残ったのは後悔と空虚だった。
その後、適当な宙域に何度も飛ばされて、最後はあえなく鉄砲玉として処理されたという訳である。
「無能が口を出すよりは、才能のある者に全てお任せしようじゃないか」
そう考えると気分は晴れやかだ。
ちょっとぐらいは学校に行ってもいいだろうと思えるぐらいには。
「それにしても。老婆だったとはいえ、身体は覚えているものだこと」
フリル付きの少女趣味な寝間着を脱ぎ捨て、遠い記憶の彼方に追いやったはずの学生服へと着替える。リボンの結び方も問題ない。まるで身体が覚えているかのように無意識に出来た。
リリアンは出来るだけ鏡を見ない様にして、それでも長く伸ばしすぎたといってもいい髪を櫛で整える。
やはりこれも無意識に覚えているものらしく、特にこれといって手間取る事もなく完了した。
少し、違う事があるとすればかつての自分は大層な寝坊助で、学校へはいつも使用人が車で送っていた。遅刻しそうな時は自家用機である小型飛行機やヘリを使って無駄に派手な事をしていたっけか。
だが中身が成長したせいか、それとも精神が老婆だからか。理由などどうでもいいが、時刻は早朝の五時。かつての自分なら絶対にベッドの中だろう。
「何にせよ、奇妙な体験ではある」
一つの問題が片付くと、新しい疑問が出てくる。
そもそもなぜ自分は若返ったのか。
自分は、間違いなく七十九歳の時に戦死した。いや、何も出来てないあれを戦死と言っていいのかはわからないが、とにかく命が潰えたのは事実だ。
それが目を覚ませば、過去の自分に意識だけが転写されたかのように動いている。
「冷静ついでに考えて見れば、我らが栄光の地球帝国も、実情はガタガタだったというわけなのだけど」
もうじき、地球帝国は馬頭星雲の方角から現れた艦隊との戦争状態に入る。
残念ながらこの戦争を回避する方法は思いつかない。
『これからオリオン座方面からエイリアンがやってきて戦争になるの』なんて言ったところで、一体誰が信じるというのだ。
「……という事は、ティベリウス事件は防ぎようがないときた」
オリオン座方面の手前、地球から三〇〇光年離れた場所へのワープアウト。そこで遭遇した敵性エイリアンの小規模部隊。ティベリウスは何とか追手を振り払い、地球圏へと帰還を果たした。
この事故の原因で地球側は敵の存在を知る事になった。
ある意味、この事故は起きなければいけない事故なのかもしれない。
これによって地球は否が応でも戦争に突入する。だがこれは何も悪いことばかりではない。少なくとも奇襲を受ける事はなかった。
だから最初のうちは互角にやり合えたのだ。そのチャンスを無駄にした自分が言うものでもないが、あの事故は、不幸中の幸いだったのだ。
敵の出鼻を挫く、一つの手段だった。
「あれ」
そこまで考えてふと疑問に思う。
いやむしろ思い出したというべきだろうか。当時の自分はどうでも良いことだと切って捨てていたが、妙に冷静になった今ではあの当時の事故には大きな違和感がある。
「そもそも、事故の原因が判明してない気がする」
ワープの誤作動による事故は、この宇宙時代においてゼロではない。
操作を誤ったり、座標入力が正しくなかったりなど理由は色々ある。
しかし、いくら卒業生とはいえ本物の軍艦である。なおかつ手順通りの練習を行う上でミスが起きたとして、そんな大それた長距離ワープを行うだろうか。
「まさか……」
スパイ?
そんなぶっ飛んだ答えがリリアンの脳裏をよぎった。
鼻で笑うような内容だが、あり得なくもない。
なにせ、あのティベリウスに乗艦していた卒業生たちは、今をときめく有力貴族の子供たちが多かった。
「よもや人質にするつもりだったなんて言わないでしょうね」
冷静に考えれば、いくら素人が運用する戦艦とはいえ一隻相手に敵が取り逃がす等と言う失態をするだろうか。
今に思えば敵の攻撃はそこまで苛烈ではなかったと思う。
だとすれば……
「あれは、こちらを生け捕りにするつもりだった?」
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