第2話 リリアン・ルゾール嬢:十八歳
「という夢を見た。にしては生々しい」
まるでいつものルーティンのように目が覚めた時、リリアンは十八歳の姿になっていた。懐かしいと感じるふかふかの豪奢なベッドに、ファンシーな人形の数々。
そしてかつて初恋の人だったヴェルトール・ガンデマン先輩の写真がいやに目立つ場所に飾ってある。
「まさかとは思うけれど」
これは十八歳の時の自分の部屋。そして豊かなブロンドピンクの髪を腰まで伸ばし、自慢の美しい肌の張りは間違いなく若き日の自分の肉体。
されど精神は七十九歳の自覚がある。
重粒子に光に焼かれ、塵も残さず消滅したはずの感覚すら残っているというのに、今の状態は生きていると断言できる、生の感覚がある。
「塵も残さず消えるという感触はあぁいったものか……良い経験なのかどうか」
そしてひどく冷静だった。重粒子の光に飲み込まれ、ぷつりと全てが消えていく感覚。痛みがなかったのは幸いなのかそれとも痛みを感じる前に消滅したからなのか。
とにかく自分の生が途絶えたというのに、今は鼓動を感じる、ベッドから伝わるぬくもりも、呼吸も、窓の外の風のそよぐ音も、香水の香りも。
それはとても懐かしいものだ。
「もしかして、戻ってしまったというの?」
置かれた状況は摩訶不思議である。
若き日の自分であればギャーギャーとわめいていただろうが七十九ともなれば妙に落ち着いていられる。
つまり、自分は、過去に戻ってきた。
しかも、馬鹿で愚かだった幼き日の自分に。
齢を重ねた精神を持って。
「勘弁して欲しいもんだね」
だからリリアンは、再びベッドに沈んだ。
もしもここが死の国なのだとしたらとんでもない地獄だ。
「降参、降参だよ。私の負け。ゲームオーバー。私は出しゃばらない」
そう言葉を吐き出して、リリアンは再び眠りに就こうとしたが、あと数時間もすれば、学園の卒業試験を兼ねた本物の戦艦での航行に行かなければならなかった。
「行きたくない……」
口から出るのはそんな言葉だった。
言ったあとで子供の我儘みたいなことと、一層恥ずかしくなった。
「あぁ、そうだ。今の私は十八歳……寒気がする」
十八の子供。大人には逆らえない。かつて、七十九歳だった自分に、お飾りとはいえ提督だった自分に表立って歯向かう者はいなかったが、今はそんな地位もない。
ただの子供なのだ。
それに、いくら肉体が若くても内面が老人ともなると違和感というものが出てくる。まず一つは制服を着る事に抵抗が生じる。
どういうわけか自分は過去の自分になっている。なぜを考えても答えは出て来ない。そうなってしまったのだから、そうなのだろう。
多少救いなのは、この制服を着るのは今日で最後。なぜなら、今日は在籍していた学園の卒業式を兼ねた最終試験だからだ。
問題はその試験である。
試験と言っても名ばかり。演習用の戦艦に乗り込んで卒業生が演習航海をするだけだ。
一応、実戦を考慮した試験であるため、使われる戦艦は本物である。駆逐艦でもなければ巡洋艦でもない。主力を誇る【戦艦】なのだ。
武装も一通り、艦載機である航宙戦闘機も十六機配備されており、パイロット課の卒業生も参加する。
本来であれば陸戦隊コースも存在するが、こちらは別途の卒業訓練を行うようで参加はしていない。
また同時に本職の帝国軍人たちも二隻の戦艦に乗りこんで監督するという形である。
演習も月の周辺であり、たった一日で終わる。
だがこれは、栄光を誇る頃の、平和ボケした卒業試験という事だ。
それで終わるのならここまで気苦労は増えない。
「『戦艦ティベリウス、奇跡の帰還事件』……あぁ、頭が痛くなってきた」
だが未来を知るリリアンは、この卒業試験が飛んでもない事件に発展する事を知っている。本来であればありえない話なのだが、自分たちが乗り込む戦艦ティベリウスがワープ事故を起こし、オリオン座方面へとたどり着く。
奇しくも大人たちが不在の中で、ワープ機関の不具合。修理にはどう頑張っても三週間。その間は出来るだけ通常航行で地球方面へと移動。
それだけならばまだよかった。問題はここからである。
敵の襲来であった。オリオン座、馬頭星雲の影から出現するエイリアンたち。
(ヒューマノイドタイプのエイリアンであることだけは知っている。それ以上の情報は結局私のところには降りてこなかったわね)
敵を知ればなんとやらという言葉が過去にあったようだが、あの時はただ「敵のエイリアン」である以上の情報は不要とされた。
唯一、わかるのは捕虜に出来たエイリアンの見た目が、肌の色が紫であり、血の色が緑である以外は人類とそう変わらないといったところか。頭髪がなく、男か女かもよくわからない見た目だったのはグレイ型に近いともいえたが、結局はその程度の情報しか得られなかった。
(まぁ、敵である以上はその程度でも良いとは思うけど)
彼らとの戦争は、当初は五分五分の戦いであったが、それが膠着状態を産み、なまじ版図を広げていた地球帝国は己の領土を守るべく出動。
しかし、それは戦力の分散を意味して、一時劣勢に陥る。
これに危機を感じた帝国府は艦隊を総動員してオリオン座方面へと遠征を開始したが……というのが崩壊までの序曲である。
(長く続いた平和……仮想的は反国家主義のテロリストや宇宙海賊しかなかったのだから当然と言えば当然)
事件が起きるまで、少なくとも地球帝国はそれなりに安定していた。反対勢力の存在はあれど、国家転覆を狙える程の戦力はない。
だが、増えた領土の割には軍人の数は少なく、それに一応の危機感を覚えた帝国府は学生のうちから兵士を募った。
兵士になれば学費の免除、各種資格の習得、その他もろもろの優遇処置を取った。
事実、この政策のおかげでエイリアンとの戦争が可能だったことは認めなければいけない。
これは、能力があれば若くても指揮官などに抜擢するなど、一見すると実力主義にも見えたが、敵がいない状況においては権力者たちの子供に対する箔付けが横行し始めた。
その結果、四年後に問題は最悪の方向で噴出した。
「だから十九の小娘が艦隊を率いるなんて馬鹿な事になる……」
四年後の間違い。
その元凶こそがリリアンだ。
「やる気だけが空回りして、周りが見えていない愚かな子供。自分の号令で、権力で、何万という兵士を無駄死にさせた無能で不吉の提督……大敗のリリアン。そんな私が、なぜ、過去に……」
自分の無意味な指揮と突貫で帝国主力艦隊は全滅。初恋の人も、友も、多くの将兵が何もできないまま死んでいった。地球帝国軍艦隊の一翼を任されながら、実力もないのに功名心と虚栄心と、嫉妬だけで陣形も作戦も無視した猪突をして、帝国艦隊が『リリアン艦隊』を残して全滅。
まるでわざと逃がされるかのように、敵は追撃もすることなくリリアンだけが生き延びた。
そして、あの末路だ。
自分が死んだ後、地球帝国はどうなっただろうか。やはり滅ぼされたのだろうか。
それとも、あの『天才軍師』がなんとかしただろうか。もはやそれはわからない事だ。
「あ、そうだ」
そこまで思い出して、リリアンはポンと両手を叩いた。
「何も深く考える事はない。私が出しゃばらなきゃいい。つまり、あの子に全部任せればいい。だって天才だ。負け知らずだ」
リリアンの脳裏に浮かぶ一人の少女の姿。
かつては勝手にライバル視し、邪見に扱い、いじめて、そして……這う這うの体で戻ってきた自分を、憎悪と哀れみと嘲笑とが混ざったような瞳を向けて、飼殺してきたあの少女の姿。
六十余年後の未来では艦隊司令として、辣腕をふるい、地球最後の希望と呼ばれた少女。
「ステラ・ドリアード……」
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