ビーストファイト 東の一角獣VS西の獅子
束の間和気藹々としているとまた笛の音が鳴った。審判席からだ。
「馬鹿!お前が鳴らしてどうする!司会のラッパが合図になるんだろうが!」
「マジで!!間違えちまった。」
何を間違えたのか、今はレイチェルの誤作動だったようだ。小声でシフォンが咎めると長い耳が真ん中で折り曲がった。本人の代わりに謝っているみたいに。
「えーお待たせいたしました!」
司会からは何の合図もなしに進行された。
「「はあ!?」」
審判席から驚きの声が二人重なったが聞こえてなどいない。試合開始が今の笛で告げられた、此処に居る皆がそう思ったのだろうと思い込んだ司会が勝手に進めたのだ。
「どうなっているのかしら。」
もはやどれがどの役目をアリスも担っているかわからなくなってきた。と同時に「素人の方がよっぽど上手に進められるわ。名前は忘れたけど・・・確かワカメの人。」と口に出さずに呟いた。
「えらく杜撰だな。まあこのようなものか。」
フィッソンは腕を組みすっかり高みの見物気分である。シュトーレンは、自分の耳を引っ張ったり下げたりしていた。特に意味のない彼の癖だ。
「まもなく決勝戦が始まります!面倒なので私めのキャラもこのままで行く所存で・・・いやはや失礼。いてっ!」
またも投げられた空き缶が後頭部に見事に当たるが、軽く頭を払っては笑顔で仕切り直す。
「いよいよこのどでかい相対の国の中の幾数の猛者から最も強い荒くれ者を選ぶこの祭りの大山場!!今この地を踏むにはそれに相応しい資格を持つ・・・以下略!」
どうやら素の彼はとても面倒臭がりだった。
「それでは大変長らくお待たせ致しました。次なる選手・・・若くして相対の国東部の豪族の長を務め多くの民衆から圧倒的な支持を得ている「誉れ高き東の跳ね馬」大曽我勇馬!!!」
観客から再び熱気が湧いた。恐らく、これ程の歓声は今まで聞いたことがなかったぐらい煩く、とうとう一人一人が言っている言葉すら聞き分けられない。アリスとシュトーレンは虫の居所がさぞ悪そうに両方の耳をおさえる。
「うるせェな!!鼓膜が破れるかと思っただろ!」
不服を漏らすシュトーレンに対しアリスは聞きなれない名前を繰り返し口に漏らした。
「おおそがの・・・おおそがの・・・ゆうま・・・オーソガノユーマ・・・なんて変な名前ですこと。」
西洋の出身である彼女には馴染みのない読み方だった。その東の跳ね馬ことユーマと思われる人物が西の扉から颯爽と入場する。目の当たりにしたアリスは更に独特の印象を受けた。金色の装飾と真新しい深紅のマントは豪族というより貴族のような高貴さを露にしている他、身を守る防具が リアブレイスのみで右は何故か肘上までを露出している。レオナルドと並んでみると明らかに戦闘には向いてない格好だ。
「へぇ~。どこかしら肌を晒す装備が流行ってんのか?」
頬杖をついては上から物を言うようなレイチェルにシフォンは鼻で笑う。
「私服の上に金具を一部分だけ取り付けたようなもので自慢気になっていた君が言えた台詞かよ。」
「や、やかましいわ・・・。」
痛いところを指摘されたレイチェルは拗ねて下を向いた。
「えらい久しぶりおすなあ。あんたとこないな風にまた相見える事が出来るなんて、えらい嬉しゅうございます。」
真ん中付近で足を止めたユーマがこれはまた丁寧にお辞儀までした。鷹揚で礼儀のなった人物をうかがわせた。
「うっせえ、その変なしゃべり方前々からムカつくんだよこの種馬。」
逆に場にあわない態度が癪に障ったのかレオナルドがひどく睨み罵倒し返した。
「おんどれ誰が種馬やボケェ!・・・おっと、ウチとしたことが取り乱してしまいましたわ。」
慌てて咳払いで平静を取り戻しつつま、さっきのですでに台無しだ。
「ユニコーンは処女のみがてなづけることが出来るとされるが種馬となると自ら手駒にかけたりしたんじゃないか?」
シフォンがわざとマイクを通して冷やかすがユーマは表情を一切変えない。
「ほほ、言うてくれますなあ。残念ながらうちは騎士道一筋で己に磨きをかけることに日々過ごしとったもんやさかい。」
「つまり童貞か。」
レオナルドのたった一言で彼を言い訳がましくさせ、さすがにユーマもこれには我慢の限界を切った。
「こっちがおとなしゅうしとったら好き放題言いよって、もう限界どす。あと、三回ぐらいはありますさかいに。」
その最中で遠回しに選手を煽ったシフォンは驚きをかくせなかった。ああ、もうバカにできなくなった。
「ところで・・・。」
するとユーマはレオナルドの手に握っていた武器がつい先程見たものと違うことに気付いた。等身大の巨大な斧、しかし柄を含めた全てが鈍い金色でポールアックス仕様のものか更に大きな刃になっている。
「相も変わらずあらくたいもんがよーうつってはりますなあ。何かあったん?」
「おう、コレな!用意したのがさっきの試合で使いもんにならなくなっちまったんだよ。こいつは俺の家宝だ!まさかお出ましになるとはな、ハハハ・・・。」
自慢げに話すも格好がつかないのはレオナルドも承知だった。
「さよですか、それはたいそうな・・・。」
バカにされていることにも全く気がついていた。試合は他の選手も観戦できる。ユーマが見ていたとしたら言い訳もできない。
「ねえねえ。あの人、目を閉じたままだわ。見えているのかしら。」
指を差してフィッソンの方を向いたアリス。聞かれた方もいまいち理由がわからないのを誤魔化す為「人それぞれだ。」と苦笑いでアリスの頭を両手で前へ動かす。まるで親子のように。
「そういやユーマ、お前。「角」はどうした。」
会話の流れで時間がふと思い出したのだろう。レオナルドは人差し指で自分の額の真ん中をつつく。ユーマは薄ら笑みで首を横にふった。
「あんたには関係あらへん。まあ、名誉の損傷・・・とでも言うときますわ。」
そこでまたまた余計なこといいのシフォンが横から入ってきたのだ。
「一角獣の角は解毒効果があるんだってね。病で苦しんでいた村の人に自ら。」
だが今回ばかりは最後まで言わせてはくれなかった。
「悪ふざけもたいがいにしいや!てかなんで誰にも言うたことないのを他人のお前が知っとんねん!!」
個人的によほど知られたくなかったのか頭に巻いている布から窺える。顔も今初めて見合わせたあかの他人にそうまで隠していた秘密を公衆に暴露されたのだ。反論するも立場がない。
「僕の年齢当てたら秘密にしといてあげるよ~!」
「もう十分ばらしたやんかクソガキ!」
確かに、今更秘密を約束してもこれほどの大多数に明かされてはもはや嫌みでしかない。
「ウチはこんなしょうもないことを話しに来たんちゃいますえ。レオナルド、今日こそ雪辱を果たしたる!」
堂々たる宣戦布告をしたユーマは長い右袖に手を弄り入れる。きっと彼も服の中に武器を仕込んでいるのだろうと興味深々の眼をまっすぐ向けるアリスだが、そこから出てきたのは彼女の想像を遥かに越えた刃渡りが長い細身の剣、レイピアだった。袖の中に隠してたとしたら相当邪魔だろうに。
「そんな爪楊枝みたいなもんで俺様に勝てるとでも思ってんのかァ?」
レオナルドの言う通り、彼の巨大な斧の前にその差は歴然としていた。しかし、ユーマは余裕綽々な相手に切っ先を向けた。
「力が力でしか捩じ伏せられんと思とるあたりめでたい頭しとりますなあ。司会はん、もう始めてもよろしやろか。」
司会は黙って何度も頷いた。戦いの火蓋は切って落とされる。
「ほな、行きますえ!」
直後、右足を滑らせ前へ直進して一気に間合いを詰めた。肘を伸ばして急所のひとつ、頸動脈を狙った。
「いきなりそこかよ!ちょろい!」
見切って、全身でかわす。レオナルドには今の攻撃は止まっているようにも見えるほど遅かった。だが武器自体が軽く扱いやすいということは連続した攻撃がしやすいのがまた利点である。右へ左へ、首や腹を狙っては前進しながら刃を突き出す。
「おおっとユーマ氏!力だけの相手に振り回されているぞ!?」
司会の実況がレオナルドの士気を鼓舞した。一瞬の隙に斧を横に振り払う。ユーマは身を屈んでよけ、刃は空を切った。シュトーレンがアリスの袖を摘まむ。
「アリス。あいつ、いきなり首にいったよな。」
自身の首に指を滑らせる。彼が何を言いたいか、すぐにわかった。
「首を切ったら即死だわ。」
理屈や理由はさておき、間近で見たことのあるアリスの言葉には説得力がある。フィッソンはいつになく真剣に、剣の行く先を目で追った。
「あやつはこれしきかわすと思ってわざと狙ったのだ。」
アリスもシュトーレンもフィッソンの言っている言葉の真意がさっぱりわからなかった。
「そして振り回されているのはレオナルドの方だ。勇馬の顔を見れば分かる。」
二人はよく目を凝らす。視力のいいシュトーレンも、あれほどまでに俊敏に動き回る相手を目で捉えるほどの動体視力は持ち合わせていない。
「笑って・・・いる?」
ほんのわずかな間、アリスはしかとその瞳に映す。確かに彼は、笑っていた。
「てめぇ、当てる気ないな?」
先に吹っ掛けておいては行動がいましがた矛盾しているのにレオナルドも違和感を覚える。更に疑う。これは罠ではないかと。
「考えが甘いわ。」
先読みが浅いと察し、ユーマは更なる攻めにかかる。今まで通りレイピアを前に突く、案の定レオナルドが軽々とよける。しばらく、互角の戦いが続いた。西の戦士は力、東の剣士は技、それぞれの戦い方でぶつかり合う。瞬きする間も惜しいぐらいの剣戟が舞台の上で繰り広げられた。観客共は大盛り上がり。煽てる声。煽る声。アリス達もいつしか魅入っていた。
「おーっとレオナルド氏!背後をとられたかー!?」
だがレオナルドはすぐ順応する。足を広げて振り向き際に真横に斧を振り回したがユーマはかわした。重く、大きな武器は次の攻撃に至るまでの時間が遅い。捻った状態でしばらく停止した隙だらけの体・・・ではなく鎧の留め具をそれぞれに一秒でも余るほどの速さで三回の攻撃を繰り出し全て狙っていた所に見事命中した。砕かれた留め具は役目を果たせず、防具は形を維持したまま地面にばらばらと落ちた。
「うおおおぉなるほど!ユーマ氏!相手の身ぐるみを破壊して無力化を見計らったようだ!!」
実況がマイク越しにさぞ興奮しているのか分かる。
「あられもない。」
すかさず次はマントを留めている紐を斬りにかかった。実際、レイピア術の中で刃をマントで巻き取るのは正規の技であるらしい。それを危惧したのか、はたまたただの晒しあげか。
「じゃあもっと見せてやるよ。」
レオナルドは不適な笑みを浮かべては素早く左の籠手で刃を受け止めた。鉄と鉄同士がぶつかり甲高い金属音が鳴り響く。
「わざとか!?」
「そいつはどうかな。」
ユーマのレイピアの先端は籠手の留め具に突き刺さっていた。至近距離ではない限り相手が自分のどの一点を狙っているかなど予測するのは難しい。そういう策略的なものではなく、ただ単に向かってくる剣の先を見極めただけである。後者もまた、至難の技であるが。亀裂が生じて籠手も同じよくに足元に落下した。
「まあ!まるで獣みたい!」
口許を手で覆い大袈裟に驚く素振りを見せるアリスのおっしゃる通り、防具が無くなり剥き出しになったのは獅子とも言いがたい金色の毛に被われ筋骨隆々とした悍ましい獣の腕だった。周りからざわめきと息を呑む音が聞こえる。中にはちらほらと軽い吐き気や頭痛などの気分悪化を訴える者もいた。
「どうしたの?フィッソンさん。具合悪そうだけど。」
彼もまた体に異変を感じたうちの一人で、迷惑を承知でその場に頭を抱え込みながら座る。
「気にするな。直に治る。」
とはいうものの気がかりでしょうがなったアリスはどうしたものかとあっちを見たりこっちを見たりするけど結局成す術は見つからなかった。実際、たいしたほどでもないようだが。
「あんた、籠手はただの鉄やあらへんな?外した時えらい魔力を感じたけど。」
ユーマは顔色ひとつ変えず、微かに開けた双眸で禍々しいそれを睨んだ。
「俺様に合った物を「選んでもらった」だけだ。んなこたぁどうでもいい。」
そう言った彼の口は笑う。力を溜めた左拳はユーマめがけて振り下ろされた。しかし、既に攻撃を予測していたため横へ飛び退く。空振りの一撃は地響きと共に縦に亀裂を刻んで行き地面を真っ二つに裂く。
「あぁぁぁ会場が・・・あれだけ手間かけた割には短時間でセッティングした会場が・・・。」
司会が半ば泣き顔で本音をぽつり口から漏らしながら膝から崩れ落ちてしまった。行き着く所まで地割れした会場は東と西の出入り口をシンメトリーに半分に分かれた。
「わ・・・わぁぁ、すごい・・・。」
「いちげきひっさつだぜ、アリス・・・。」
あんぐりと顎を伸ばしたいかにもな間抜け面で愕然とする。あれほどしょっちゅう騒いでいた皆も今では人並み外れた桁違いの力を前に畏怖を抱いてなにも言えなかった。
「角さえあったら本来の姿になれるのに・・・あんな化物。いや、一か八か。」
思索を練っている隙さえ与えられず。斧を持った右手は留守のまま、 人のものでない獣の鉄拳は勢いよく相手の体躯を吹き飛ばす。衝撃に声を上げる事も出来ずユーマは隔ての壁に背中から激しく打ち付けた。その側に居た観客はさぞ吃驚したことか、悲鳴を上げながら一塊に寄せあったり散り散りにあわてふためいたりと混乱している。
「いっ・・・どっか折れたんちゃうかコレ・・・。」
口の端から零れる細く赤い滴を袖で拭う。咥内に広がる肺から溜まった鉄の味が気持ち悪く、出来れば全てを吐き出したい程だが意地で喉に押し戻した。
「危ない!!」
後ろで一人が叫ぶ。それは自分達のことだろうが、なにより一番危ないのはユーマだった。なんと、今度は斧がこちらに向かって飛んできたのだ。回転する刃が空気を無理矢理掻き分け裂いていく。
「あの人死んじゃう!」
アリスは咄嗟に目を両手で覆った。このままだとあの斧は確実に、壁ごと彼の生身の肉体を寸断するだろう。「あれ」を諸に受けた場合どうなるか。ユーマ自身の即死は決定、つまりそれはルール下に則ればレオナルドの敗けとなる。だからといってまだ勝機はあるのに死す必要がどこにあるのか。
「くそッ!!」
痛む全身に鞭打ち、引きずるようにして横に寄りかかる。そう、避ければいいのだが。
「おい!客を巻き込むぞ!」
「大丈夫だよ三月。」
思わず立ち上がるレイチェルを制止するシフォンは予め把握していた。斧はユーマから人ひとり分空けた所に深々と突き刺さり、壁は四方にヒビが入り瓦礫となり果てた石片が地面に土煙を舞い上がらせながら壊れ落ちていく。だが崩れた向こうには更に、黒光りを放つ見るからに頑丈そうな壁が姿を現したのであった。
「あ・・・あぁ、死ぬかと思った・・・。」
恐怖が最高潮に達した数人もまた安堵などからその場に崩れる。アリスもそっと瞼を開けた。「これでよかった」とはとても言いにくいが、ひとまず胸を撫で下ろした。でも、安心してはいけない、出来ない。ユーマが忽然と消えてしまったからだ。わざと的を外したレオナルドの狙い通り、彼は瓦礫の山の中に閉じ込められ、今頃はきっと下敷きになり潰れているに違いない。それはそれで、最悪の事態だ。ゆっくりと、瓦礫の前まで歩み寄ったレオナルドは刺さったままの斧には見向きもしなかった。辺りは息の詰まりそうな緊張感に包まれた。
音沙汰無い。中で一体どのようなことが起こってるのか見当もつかない。だがこれは勝負であり、誰が彼を決着のつくまで助けようものか。
「え・・・?ど、どうなったんだ・・・?」
「まさかほんとにやっちまった・・・のか?」
皆の心に不安は募る一方だ。ユーマの息が絶たれた。最初こそ調子に乗ったものの、誰も「こんな勝ち方」をしてほしいとは思ってないはずだ。
「人を勝手に殺さんといておくれやす。」
瓦礫の奥から今確かに、はっきりとユーマの声がしたのだ。沈みかえる空気を一気に覆す。
「仮にも幻想獣がそないすぐにやられまへんえ。ゆうても、出るんには時間かかります。何が言いたいかわかるはずや。」
やけに落ち着いた口調にレオナルドは苛立ちを覚える。
「そんだけ口が達者なら出てこれるだろ?首根っこ掴んで引きずり出し・・・。」
「うちのお父はお前の親父に町中引きずれ回されたんや。」
いつもの丁重な喋り方でも、声は低く感情的な力が籠っている。見えない彼の表情をレオナルドは安易に想像できた。
「あん時の雪辱を晴らす。勝てなかったとしても・・・それが果たせたたらそれでええ。」
何処か意味ありげなユーマの言葉の真意を現時点で理解できている者は誰もいないだろう。但し、勝敗を決める基準を網羅している審判は違った。
「最悪死んでも良いというわけか。やれやれ、ああいう奴の考えていることは理解できない。」
と、小声で呟いた。すぐ隣にいたレイチェルには聞こえていたが、彼にはシフォンの言っていることが理解できていなかった。
「貴様の考えていることはわからん。昔も、今も。」
「あんたには関係あらへん。なにぼーっとしとんどすか、はよせなんだら皆待ち草臥れていんでしまいますえ。」
いつしか口調も声も落ち着いていたが今度は反対に気難しそうにレオナルドが唸る。
「言ってることもさっぱりわからねぇ・・・。」
割りと普通のことを喋っているにも関わらず訛りが強いせいで言葉すら解読出来ない。いや、そういう問題でもないが。
「今なら隙だらけやのに、なんもせえへんのはおかしいんちゃいます?」
観客の誰しもが疑問、不安、そして同情する者もいる。
「どうした!まさか圧倒的な力を前にはやから戦意喪失いでーっ!」
「じゃかましいんじゃ空気読め!!」
真面目に業務を全うしようと司会のノーガードの後頭部に観客が罵声と共に投げた空の灰皿が見事にヒットして地面に落ちた。
「私は騎士としての最期を遂げ勝利を掴む。お前は化物となりて堕ちる。雲の上の父上に胸を張ることができる。」
レオナルドも知っていた。だが、当の本人には関係のないことだった。だって、あくまで先代がやらかした問題なのだから。
「ハッ、辛気臭いことをほざきやがって。親父のやったことなんかどうでもいい。忘れたか?俺は此処に勝ちに来た。」
そしてレオナルドは左手を後ろに引く。誰もが瓦礫ごと相手を木っ端微塵に粉砕してとどめを刺すものだと思っただろう。
「勝手な因縁こじつけて勝手に死のうとするんじゃねえ!!!」
雄叫びに近い声と共に振り下ろされる。地面を裂いた程の破壊力は一点に集中そのする。しかし、その拳が目の前の物を壊すことはなかった。
「・・・。」
瓦礫の中から何かが飛び出し、レオナルドの左上腕部を貫いた。細長い氷の結晶に似た青みがかっている透明な刃が貫通した切っ先を鮮血で濡らす。
「ほほ、ええ時間稼ぎになりましたわ。あんたこそ忘れたん?ウチは騎士ゆうてもその中で異色の「魔法剣」の使い手や。」
「貴様・・・!」
次の瞬間、刃の中を青白い閃光が凄まじい勢いで迸った。
「あ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ああぁぁッ!!!!」
閃光は剣を媒介に、大柄の体躯は宛ら雷にでも打たれかの様に感電によるショックで跳ね上がる。
「魔法剣技!これは私も初めて見たぞお!!」
興奮のあまりガッツポーズで目を輝かせる司会者。観客も衝撃、音に戦慄きながらも視線は吸い込まれている。
「すげぇ!」
「静電気どころのレベルじゃないわ。」
シュトーレンとアリスも繰り広げられる接戦に唖然とするのみだ。そりゃそうだ、下敷きをこすって髪の毛が立ったりドアノブに触れるときに走る電流などは比べ物にならない。
「あやつは雷系統を得意とする。」
いつの間にかフィッソンはすっかり回復して二人の後ろにたっていた。そこにアリスが横から入った。
「角でも貫き剣でも貫き・・・雷でも貫くのね!」
シュトーレンが感嘆し彼女を褒めた。
「うめェこと言うな!角はないけどな!」
再び二人揃って会場を傍観する。十数秒続いた電撃は収まり、刺さったままの剣が抜かれる。こんなに長い時間感電していたらそれこそ普通なら死んでいるものだ。レオナルドはまだ膝をつくこともなく負傷を負った腕を庇って立っている。とは言うものの、ダメージは軽いものではない。体が痺れて動けない。
「あんたが放出したんと同じレベルの魔力や。どや、己が身に浴びたらなかなかのもんとちゃいますか?」
余裕綽々に顔が自然に笑うユーマに対し、レオナルドはひたすら左腕の痛みに耐えながら眉間に皺寄せ口角を上げた。
「最高にシビれたぜ。震え上がるほどにな。」
壁にはまっていた斧を引き抜く。目には目を、刃には刃を。下ろされる斧にユーマも同じく隠し持っていた剣で応じた。
「大変だあああああ!!!!!」
突如、悲痛な叫び声が会場内にこだました。二人は寸土めでぴったり動きを止め、観客はおろか審判や司会者ですら予期せぬ乱入者に困惑の色を見せる。
「な、何があったのかしら?」
「俺とお揃いだぞ!ほらアリス、お揃い!」
シュトーレンが嬉々として司会の方へ駆け寄っていく人物を指差した。同じ耳でも生やしてるのかと思いきや、ピンク色の腰にまで届くぐらいの長い波毛を見てそう感じただけのようだ。平均的な体型、身長の女性。飾りつきの赤い三角帽に白衣。なのに足元はがっちりとした金属のブーツを履いている。
「君は赤のビショップではないか。どうしたんだい?試合を中断させるほど大変なことが・・・。」
呑気な司会に対し赤のビショップは一刻を争うほど深刻な様子を露にした。
「大変なんですって!収納庫にしまってあったプラムケーキがないんです!一大事ですよ!?」
「なんだってえええええ!!?」
続けざまに司会は身体中から血の気が引いてなくなったような顔面を蒼白に染める。
「他の係員にも聞いてみたんですが心当たりがないと・・・そもそも私、ずっと収納庫の前にいたんですよ。」
「お前が食べたんじゃないのか!?」
「はぁん!?鍵は違う係員が持っていてそいつは外で掃き掃除していたわよ!」
一悶着起こしている最中審判はいたって冷静だった。なぜならずっと外にいた彼等にはアリバイがある、はずなのだが・・・。
「シフォン、お前だろ?あのとき、トイレに行ったと見せかけて・・・。」
疑心暗鬼に横目で睨むレイチェルにシフォンはというと。
「鍵はないし見張りもいる中どうやって浸入できるんだい。僕は手品師じゃないよ。僕が食べたのは選手の差し入れのレアチーズケーキ・・・。」
「食ってんじゃん・・・。」
思わぬ自白にレイチェルは聞いたことをまず後悔せざるを得なかった。しかし、事の重大さを知っている者は皆「信じられない」と顔に書いてあった。それは観客の大多数、選手も同じである。
「ケーキがなくなったぐらいでなんでみんなあんなに慌てるの?」
自分等より事情に詳しいだろうフィッソンに問いかけてみると案の定すぐに答えが返ってきた。
「優勝した者だけに与えられる賞品、それが今回はプラムケーキだったのだ。どんなものにせよ、勝利の証だからな。」
その言葉通り、高がケーキひとつで険悪な雰囲気になっている二人がいた。
「おいおい、こいつはどうなってやがる?」
刃をその場に置き去りにして早速抗議に出たのはレオナルドの方だった。こういう時、感情が表に出やすい者が無表情だと逆に怖いもの。司会は歯を震わせ弁解しようにも言葉が出ないのでただただ黙って立ち尽くすしかなかった。
「褒美を貰って帰らねえと意味ねぇんだよこっちは!!!」
「ひぎいいぃぃずいまぜんっ!!」
吠えるような大声に畏縮し、ようやく口にできたのは必死に絞り出した謝罪だった。
「まぁまぁ少しは落ち着きはったらどないですか?」
そこにユーマもやってくるが、彼はやけに平静を保っていた。ましてや物凄く穏やかな笑顔だ。
「うるせぇ。つーかお前だって納得いってねえだろこんなの・・・。」
仲介に来てくれたのかと少しだけ気を緩めた司会と、妙に貼り付いたような笑みに違和感を覚えたレオナルドは軽蔑の眼差しを向ける。
「ほほほ、のーなってしもたんならしゃあない。ここは一旦休戦としといてその間に司会さん、みつくろうてくれはしませんやろか?」
気の緩みも束の間だけだったようだ。
「見繕う?馬鹿野郎、倍の物を用意しろ!!」
畳み掛けてレオナルドもその気迫で迫る。これはもう、望みに応えなかった場合の結果が目に見えてきた。
「びえぇぇぇん、か、畏まりましたぁ!!」
司会は入り口へとまるで逃げるかの如くすっ飛んでいった。ちなみに、このあと本当に逃げてしまいこの場に戻ることは無かったとか。
「大の男二人がケーキひとつにあそこまで怒るだなんて、滑稽だわ!」
そこでアリスは、自分がもしあの立場になって「何が賞品だったら必死になるか」を考えた。
「確かに甘いものは私も大好きだけど、どうせなら私だけの家とかいいわね!そこに一人で住むの、お勉強も余分にしなくていいし嫌いな野菜も食べなくていいし夜更かしも出来ちゃう!でも寂しいからペットを連れて、心配をかけちゃだめだからたまには家族を・・÷。」
考えていることを洗い浚い口から漏れ独り言となって発せられる。本人は考えることに夢中なのかシュトーレンの不思議そうに見下ろす顔にも気付かない。彼女は更に続ける。
「でも待ちなさいアリス。はいなあに?ここは剣と魔法の国、あなたのいた世界では絶対手に入らないものだって貰えるかもしれませんよ?例えば空飛ぶ箒に魔法の絨毯・・・どんだけ空飛びたいねん!」
いつの間にか一人が二役になり、暴走した妄想に自らツッコミを入れた。アリスは独り言で遊ぶのが楽しいようだ。決して病気ではない。
「あーあ、女二人は国を取り合って喧嘩してんのに情けねえなぁ、ヒック。」
隣にいた髭を生やし顔がやや紅潮している男性が会場で起こった事態を冷笑的に皮肉を言いながら眺めている。ふと耳に挟んだだけなのにとても興味深い話だったものでいてもたってもいられなかったアリスは迷わず男に聞いた。
「それはどういうことなの?」
まさかこちらはほんの短い独り言のつもりで喋ったのに拾われるとは思っておらず、アリスをまじまじと見てから笑い混じりに言った。
「お嬢ちゃんよそ者かい?ひとつの国を北の領主である白の女王様と南の領主である赤の女王様が取り合いっこしてるのさ、ここらでは皆知ってるぜ。」
口を開く度に異様な酒臭さが鼻につく。
「今女王様二人が国を巻き込んでやってるわけのわからんゲームはそれさ、勝った方が隣の国を手に入れることができる。」
軽々と言ってのけるが聞いている方は壮大な話に聞こえて仕方なかった。こっそりシュトーレンも聞き耳を立てていた。
「大規模ね。」
アリスも今思えば参加しなくて正解だと思った。自分の行動次第で国の運命を揺るがしてしまうことだって有りうるのだから!
「俺達が把握している以上に大がかりなんだぜ。通行止めやら騒音被害やら、俺ん家のすぐそばに大砲置きやがってとんだ迷惑だ!」
ポケットから小瓶を取り出し中の液体を一気に飲み干す。酒だろうか、よほど鬱憤がたまっているみたいだ。
「つってもどちらの女王様も慎重だ。勝ったらいきなり占領するんじゃねえ、交渉権を狙ってんだろ。」
そのまた隣の老人が横から入る。男性はうんうんと頷いた。
「当然だ。戦争にもなってみやがれ・・・ウィック・・・二度と美味い酒が飲めなくなっちまう。」
いつしか二人だけで世間話を始める。話し相手を取られてしまったアリスは機嫌を損ねた。
「いざとなりゃあ酩酊の国がなんとかしてくれるさ。死ぬほど酒も飲めるぜ、ハハハ・・・。」
冗談混じりに愉快な笑い声混じりで老人はそう言った。誰も気にしない彼の話、だがアリスは「隣国が酩酊の国」だという先入観が頭に凝り固まっていたため大変おかしいと感じた。
「酩酊の国って隣の国でしょう?」
アリスの問いに男性も老人もしばし目を丸くした。
「なああにいってんだい、酩酊の国は同盟国だぜ?お互い助け合いの関係さぁ。」
間延びした癪に障る口調で返したのを男性がフォローする。
「お嬢ちゃんはよそ者なんだよしゃあねえだろ。」
それを知った老人が「こりゃ失敬」と己の額を叩く。そして続けた。なに食わぬ顔で言いのけた。
「隣国つうのは・・・ほら、淘汰の国だよ。最近オープンになった。」
アリスの思考は一瞬だけ停止する。
「オープンて、ちょっ、店じゃねえんだからよぉ!ガハハハ・・・。」
「ど、どういうことなの!?」
すぐに頭が冴えきったアリスは信じられないと言わんばかりに形相を変え、男性の腕を思わず力任せに振った。空の瓶が掌からすり抜け足元に落下しガラスの破片をぶちまける。
「あっ・・・このガキ俺の酒瓶をッ!!」
男性は頭に何かが湧き沸騰するような熱さに顔を赤くさせ、周りを気にすることなく空いてる手を上げた。しかし、その拳は後ろの人物によりしっかりと掴まれてしまう。
「見苦しいぞ。」
その人物にひどく仰天し、男性の目が泳ぐ。
「不死鳥の・・・なんで、えっ!?熱い熱い熱い!!!」
慌ててなんとか強引に振りほどく。手首がやや赤みを帯びていた。一体何をしたのだろうか、いや、アリスにとって今やそんなことはどうでもいい。先程の騒ぎによりもっと周りが騒ぎ出したことも眼中になかった。
「フィッソンさん・・・あなたは知っていたの?」
掠れていく弱々しい声、しかしフィッソンはただ重苦しい表情で首を横に振るだけだった。
「どうしましょう・・・どうしたら・・・どうしたそうだわ・・・!」
耐え難きもどかしさと焦燥感は衝動的に足を動かす。少女の脳は軽い錯乱を起こしていた。何が一体どうしてここまで感情を揺さぶっているのかわからない。
「なあ、淘汰の国がどうなるんだ?アリス・・・。」
彼女の肩に手を置こうとするシュトーレンの指は空に触れた。根本的には「大切なものを守りたい」。だが果たして彼女を突き動かす想いはそんな単純、純粋なものなのだろうか。アリスはまたある人物のところへ向かった。フェンスをがむしゃらに揺らす。
「シフォンさん!聞いて、お願いがあるの!」
金属の喧しい物音に顰め面をしながら振り向く。
「なんだいアリス、そんなに慌てて・・・何かあったのかい?」
当然、事態も事情さえも全く彼は知らないのだろう。知っていたならこんな呑気にいられるはずがない。だがここで真実を吐露したら厄介なことになるのはシフォンの隣の人物を見れば一目瞭然だ。なので、遠回し且つ簡略に相手を説き伏せなくてはならない。
「今すぐ「主」に会わせて!用事があるの・・・事は急ぐの・・・お願い!」
レイチェルやシュトーレンが不思議そうに眺める中でシフォンは返事を渋る。アリスの言う「主」が誰を指しているのか目処はついたものの、だから安易にいい返事を出せないのだ。アリスは挫けない、どんなに堅物な人を相手にしようと絶対に。
「どうしても会って、直接お話したいことができたの!すぐに終わるから、見張っててもいいからお願い!」
見張りを条件にシフォンは、とうとう彼女の要望を受け入れることにした。
「やれやれ・・・。レイチェル、ちょっと席をあけるから頼んだよ。」
若干嫌そうな顔をしたがすぐ笑顔を取り繕って席を立ち上がる。
「はぁ?また盗み食いじゃねえだろうな。」
またかとため息をつい目で追って見送るレイチェルに振り替えることなく返した。
「盗んだ覚えはない。その場で美味しくいただいたさ。」
シフォンはアリスを引き連れ、賑やかに盛り上がる会場を一旦後にした。
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