ビーストファイト 海亀モドキVS西の獅子

アリス一行はフィッソンに連れられ白の女王がいるという場所を目指した。

「ねえ、フィッソンさん。私達随分たくさんの扉を抜けてきたけど。」

「全部森だったぜ。扉の意味あんのかよ。なあ?」

呆れたと言わんばかりに不服そうな顔を見合わせるアリスとシュトーレン。

「遠い道を縮めておるのだ。近道だからな、はっはっは。」

何がそこまで愉快なのかフィッソンは屈託ない笑い声をあげる。実際目的地までは長い長い道のりを歩かなくてはならないが、行く所にある扉はその道の途中を省いて無理矢理繋げているのだ。短縮はできても同じ景色しかないのでさぞかし長く感じたに違いない。

「だがお主達よ。女王の城は目と鼻の先であるぞ。あれだ。」

フィッソンが指を差した方を見ると、白亜に塗られた石の壁と円柱の屋根をそのまま被せたような柱が幾重にも聳え建っている。しかし、空も白く厚い雲に覆われているためあまり目立たない。

「あれが、城?」

いかにも疑いを露にするアリス。

「どちらかといえば家だ。マジックミラーを知っておるか?」

フィッソンの突然の問いかけにアリスは首を横に振った。対してシュトーレンはどこか自慢げな顔を浮かべてこう言った。

「マジックマッシュルームなら知ってるぞ!毒キノコだぞ!」

聞いたこともない単語が返ってくるとは思わず一瞬フィッソンが混乱する。アリスが話を戻す。

「マジックミラーてなに?初めて聞いたわ。」

「マジックミラーというのは外からは見えぬが内側からは向こうの景色が・・・えー・・・まあ、そんな感じの不思議な鏡だ!」

フィッソンは結局途中で説明することを放棄してしまい、アリスもシュトーレンもわからず仕舞いだった。

「ふふっ、結界を張っているのですよ。」

その声は、この場にいる誰のものでもなかった。そして声の主はいつの間にかアリス達の後ろにちょこんと立っていた。

「「うっわああああああああ!!!」」

心臓が止まるかと思うほど吃驚したアリスとシュトーレンは声を揃えて絶叫した。二人の鼓動は気持ち悪いぐらいに動悸する。フィッソンは予測していたかのように苦笑いしながら振り向いた。

「女王。相変わらずだな。」

女王と呼ばれた人物はにこりと微笑む。

「うふふ、今か今かと待っていたんだから。」

その隣にはもう一人いた。どちらも見たところは少女だ。話しかけた方は大人びた雰囲気を帯びている。柔らかな真っ白の波毛に黄金の冠が映える。そこから少し髪を通していた。身に纏うは金、銀などの装飾に飾られた純白のドレス。胴から腰辺りまでのものは布ではなく服には用いらない頑丈なもので出来てそうだ。黒がアクセントに入っており、どこかチェス盤を思い浮かばせる。もう一人は対称的に白と黒がメインだが、こちらはワンピースに鎧を合わせつけた格好をしていた。ただ、袖は長く手が隠れているのに何故か腹部をさらけ出している。黄緑色の長髪をお団子にし、またそこから伸ばしてリボンでまとめている。よく見たら人の耳なのに長く先が尖っていた。 鎧を着た方の少女は顰めっ面でフィッソンを睨む。

「拙者の魔法と科学を融合した最高傑作を適当なものに例えてもらっては困る。」

可憐な声には合わず古風なしゃべり方だった。ここが異世界だとはわかっていても、淘汰の国に比べるとさらにファンタジーな所だった。

「ふふ、私達が隠れていたのも同じ仕組みですわ。それはそうとフィッソン、よく連れてきてくれましたね。」

フィッソンは手を胸に当て深くお辞儀をした。

「有り難きお言葉・・・。」

シュトーレンはどうしていいか分からずぼーっと突っ立っているがアリスも並んで頭を下げているのを見てなんとなく自分も真似をした。

「このようなところでお目にかかれるとは大変光栄です。私の名前はアリス=プレザンス=リデルといいます。こいつ・・・こちらは仲間のシュトーレンです。」

礼儀のいい言葉を羅列するアリス。お行儀だけは相変わらず。いや・・・今、うっかり行儀もクソもない言葉が出たが。

「シュトーレン・・・です!よろしくな・・・です!」

敬語に慣れてないせいか詰まりまくり。女王は細かいことは気にしない人だった。

「私は相対の国王女エリザベータ、隣は側近のフィエールよ。」

フィエールは肘を曲げて腰を折る。一方シュトーレンはフィエールの長い耳が気になっていた。

「その耳!お前、俺の仲間か!?」

「違うので候。」

即答された。彼女のはまた、獣のそれではなかろうに。

「アリス・・・ちょうど貴女のお話をしていた所になんという偶然なのかしら。隣国を独裁者から解放した英雄・・・。」

エリザベータがうっとりとした表情でこちらを見つめる。あながち間違ってはいないが、言われ方もその視線もアリスにしたらとてもこそばゆかった。

「あの、大したことではございません。私はただ・・・。」

へりくだって口数が減っていくアリスの手をエリザベータの指がそっと包む。

「貴女のおかげでほぼ淘汰の国と国交を結ぶことが出来たわ。これで、更に我が国は繁栄できる。なんて、お堅い話はやぁね。」

ぱっと手を離しくるりと身を躍らせる。長い髪とドレスが空気を纏い靡く。

「この国で壮大なゲームを開催しているのはご存知かしら?」

そう訊ねるエリザベータはアリス以上に子供のような無邪気な笑顔。これで知らないだなんて言わせない。

「赤の女王様から聞きましたわ。まるでチェス盤を自分達が駒になって歩き回るみたいな不思議なゲームですね。」

目を輝かせ両手で拳を作った。アリスもどちらかといえば興味がなかったわけではない。

「ええまあ・・・。」

一瞬エリザベータが口を濁したのを誰も気づかなかった。すぐにまた穏やかな表情に戻ったから尚更だ。

「我が言うのもなんだがお主達の用は済んだのだろう。折角だから娯楽に興じてはどうだ?」

「そうだわ。今からでも間に合います。良ければ私の白の軍に入ってくださらない?」

アリスは吃驚仰天に何度か目を瞬きさせた。まさか、今がそういう流れだったとしても、両方の王女から直々にお招きされるとは思わなかったのだ。対して親睦も深めていない、出会ってすぐなのにこのような声をかけられるのは本来なら大変喜ばしいことである。

「え・・・ああ・・・えーっと、そうだ、レンさんあなたは・・・。」

自分一人で決めてしまうのも良くない。心の底では彼に救いを求めていた。アリスは赤の女王の誘いを断った。その時点で白の女王に付くことなど向こうに申し訳なくてとても出来なかった。シュトーレンがここではっきり断ってくれたなら、と密かに自分に都合のいい結果を託す。

「いいじゃねーか!やろうぜ!」

「・・・・・・。」

期待した相手を大いに間違えた。アリスは判断ミスを後悔する。口にはしないが顔に弱冠落胆の色が見え隠れしていた。アリスを除いた皆がゲームに参加しようという雰囲気の中、フィエールはただただ無言で立っていた。

「えーでもぉ。」

まだ悩んでいた頃、草がやたら擦れる音がする。そう遠くはなかった。

「あら。大砲は鳴ってないわよ?」

エリザベータは城の玄関口の右脇の柱に目を見遣ると、赤の女王の軍であるパルフェが顔だけ覗かせていたのだ。だが、お互い警戒心はなくこちらの人影を確認すると満面の笑みで手を振ってから駆け寄ってきた。

「あなたはどなただったかしら?」

記憶疎らなアリスが話しかける。パルフェは地味に応えたのか表情が微妙にひきつり耳は下へ下がった。

「この僕を忘れちゃうだなんて!自他諸とも認める完全美少女パ・・・。」

「何か用があって来たのか?」

フィエールが辛辣にも言葉の途中で話を切り出した。パルフェも案外すんなりと本題に移る。

「そうそう。三ヶ所で火薬が無くなったので補充の許可をお願いします。あと、急遽兵士を派遣しなければいけない事案もありまして、是非ご同行を。」

するとエリザベータは機嫌をすっかり損ねて頬を膨らませた。

「仕方ないわ。もっとお話ししたかったけれど・・・あ、そうそう。ここからそう遠くない場所でお祭りが催されているわ。貴方好みではないかもしれないけれど、覗くだけ覗いてみたらいかがかしら。」

「おまつり!?」

いち早く反応したのはシュトーレンだ。エリザベータはアリス達に別れの言葉を残し、ドレスを引きずりながら自分の所有地の方へ一人向かった。心配そうにアリスが訊ねる。

「女王様一人だけで大丈夫なの?」

一方フィエールは淡々と答えた。

「大丈夫で候。現に敵軍の騎士がここにおるのだからな。」

「ふぎゅ~。僕はもうゲームから降りたからさ。」

さすがのパルフェも減らず口はたたけず、頭も下がるほど落ち込んだ。

「ゲームから降りた?」

こんなときについ疑問に思ったことが口から出てしまうのがアリスの癖だった。

「負けたんだよ。こいつさえ抜ければ状況は変わったんだろうけどね。」

話を流し聞きしていたシュトーレンがパルフェの腰にさげた剣に目を向けた。

「このゲームにおいては武力を使うことが禁止されてるんだ、使うのはここ。」

人差し指で自らのこめかみをつつく。要は頭脳戦を用いたゲームなのだ。駒が本物の騎士であれ、やり方はチェスとほぼ一緒だ。

「負けたら冠を取られ、ゲームから強制的に降ろされるので候。」

あとからフィエールが付け足す。確かに、出会った当初パルフェの頭に乗っかっていた銀の冠はない。

「まあ逆に言えばどんな素人でも安心して参加できる、というわけだ。」

さりげなくパルフェはアリスの前に立ちはだかる。勿論その場にいる誰もが疑問を抱いた。

「なにが申したいのでござろう、パルフェ殿。」

怪訝そうに睨むフィエール。なんと、武力は禁忌であると言ったパルフェが剣の柄に手を添え片足を引いて構えたのだ。

「やだなあ、わかってるくせに。彼女は赤の軍のものだって言ってるんだよ。」

きょとんとしたままのアリス一行を無視して勝手に話がまた進んでいきそうだ。

「え!?パルフェさん!あの、私はどこにも・・・!」

なんとか止めようとするが、今度はフィエールが臨戦態勢をとった。

「べらぼうめ、何を根拠にそのような譫言をぬかしておる!」

長い袖から鋭く尖った刃が見えた。暗器使いなのかもしれない。半ば怒り気味のフィエールに対しパルフェの表情には余裕の笑みが見えた。どちらが勝とうが負けようがアリスは片側の味方につくつもりなど更々なかったのだ。

「いい迷惑だわ!」

するとフィッソンがアリスの肩を叩き、助け船を出すかのように前方の様子をうかがいながら耳打ちした。

「あのような輩共は放っておいて我々も祭りを観に行かないか?」

曇り気味の顔が晴れる。こっちの方が俄然楽しそうだった。気付かれぬよう小声で話す。

「行きたい!どんなお祭りかしら。」

「おまつりだったら楽しみだな!」

子供みたいに早からはしゃぐシュトーレンに、フィッソンは己の口元に人差し指を立てた。

「ついていきたいのなら奴等に見つからぬように、忍び足で行くぞ。」

アリスとシュトーレンは緊張が滲み出た面持ちでうんと頷いた。鉄がぶつかり合う音がすると思いきやいつの間にかパルフェとフィエールは一戦を交えている。五分五分の戦いだ。こちらには目もくれない!

「なんというか、ここの国のひとは喧嘩して決めるのが好きなのね。」

「ほんとだな。」

そうではない平和主義のフィッソンは内心呆れ返っている。三人はまた二人の様子を一瞥し、隙を見ては出来る限り気配ごと消しつつ抜き足差し足忍び足で城の玄関口の前の道を左に曲がった。

「ゲームから降りた奴はあんな感じで自由になれるんなら、やっぱ危なくないか?女王サマ。」

と、シュトーレンは思ったことを心にしまいながら。




――――――――…


雲は更に大きく厚く、次第に雪がぱらぱらと降ってきた。冬服とはいえど暖炉のあるあたたかい部屋の中で過ごしていた少女の格好は凍えるような寒風の吹く外には向いていない。首もとに巻いているマフラーが唯一の防寒具だが、空気がスカートの中に入り込み体の芯から冷えてくる。シュトーレンに至っ歩くのを止める度にアリスかフィッソンの腕にしがみついていた。フィッソンは、全く寒さに堪えていなかった。

「お、おまえ・・・寒くねェのか・・・。」

歯と共に声も震えるシュトーレンは限界を迎えそうだった。

「はっはっは!我は不死鳥ぞ。これぐらいなんともない!」

豪快に笑い飛ばす。アリスは横で「答えになってないわ。」と呟いた。

「よくわかんねぇけど、お前、あったかい・・・。」

「くっつくのは構わんが、歩くときぐらいは離れてくれ。」

辺りを見てみると、段々人数が増え、皆マフラーや帽子に手袋コートとしっかりと着込んでいた。

「いいなー・・・みんな、あったかそう。」

羨みの声を漏らす。やがて三人は人いっぱいの壁に差し掛かった。何かを傍観しているよう。

「向こうでお祭りをやってるのかしら?」

いくら頑張って背伸びやジャンプをしてみても全然向こうの先が見えない。それを見兼ねたフィッソンが目の前の男性の肩をつつく。

「あん?なんだ・・・ん!?あなたはもしかして!?」

こちらを見るたび目の玉を剥き一歩後ずさる。

「我は不死鳥の君。異国の友に間近で見せてやりたいのだが、よいだろうか?」

彼の要望に男性は酷く慌ててそこを退いた。

「ひいっ!どど、どうぞ!」

すると、男性に続きこちらを見るたびにざわつきながら押し退け合う。

「マジかよ。不死鳥の君が賭け事に来たっていうのか?」

「いや、わざわざ見に来て下さったのよ。」

「側にいる女。なんかで見たことあるようなないような・・・。」

やがてみるみるうちにアリス達の為にと道ができた。信じられるだろうか、たかが一声でこれだけの人を思うがままに動かしたのだ。

「すごい・・・。」

愕然としているアリスとシュトーレンをよそに、フィッソンは「感謝する。」と一言告げて先頭を歩いた。

「やったぜ!一番前の特等席まで着たぞ!」

シュトーレンは優越感に顔が綻び、耳は真上に跳ね上がる。アリスもさぞ清々しいことか。視界を邪魔するものなど何一つないのだから。

場所を一言でいうなら円形闘技場。観客席が一段しかないから後ろにいる人はかわいそう。地面も均していないためでこぼこしている。こんな寒さにも関わらず観客はいっぱいで、座るものはおらず犇めき合っていた。

「お祭り?殺し合いでもするのか?」

「まさか!それじゃあお祭りじゃなくて血祭りだわ!」

シュトーレンの呟きに肝を冷やしたアリス。フィッソンは横に首を振る。

「鋭いな、三月よ。ただ殺し合いではない。決められたルールのもとで闘い勝ち負けを決めるだけのものだ。」

やはり喧嘩が好きなのかとうんざりしたアリス。彼は続けた。

「そして、ここにおる多くの観客は誰が勝つかを賭ける・・・金をな。所謂、ギャンブルといったやつだ。」

それを聞くとなんとなくアリスも納得する。ギャンブルとはまだまだ無縁の少女だが、賭け事なら元いた世界でもごくごくありふれたものだった。念のために彼女は訊ねる。

「勝敗が決まったら終わりなの?」

また腕にしがみついてくるシュトーレンの頭を意味なく撫でながらフィッソンは返した。

「ああ。確かトーナメント式だったか?優勝した者にはそれは豪華な褒美が貰えるぞ。ちなみに相手を殺した場合は失格と罰則が課せられ、二度と舞台に上がることを禁じられる。」

アリスはほっとした。今まで見てきた争いは不毛かつ、不埒きわまりないものばかりだったから。

「でもお祭りってのはどうかと思うけど・・・ん?」

ふとアリスはあるものを見つけた。観客席には椅子がない。が、客が誤って場内に踏み込まないよう一メートルほどの壁が立ててある。それは一目瞭然だ。ところが、一ヶ所だけ壁の外にベンチと長テーブルが置かれ、金網で囲まれている。しかも、その空間に座っていた二人の人物にアリスは見覚えがあったのだ。

「なんて偶然なのかしら!最高の特等席を取ったのね!」

すぐさま人を掻き分けて無理矢理にでもそっちへ向かうことにした。

「アリス!?何処へ行くンだよ!」

後から彼女の行動に気づいシュトーレンはフィッソンの腕を引っ張り、人混みに消えそうな小さな背中を一生懸命追いかけた。

「んっしょ!狭い!苦しい・・・。」

手を伸ばし、力ずくで隙間のない間に割り込んでは足や肩から体を捩じ込ませる。これがフィッソンが先を歩いてくれたならどんなに楽だろうと思う。されども先に気付いたのはアリス自身だ。

「一体全体どうしたんだよアリス・・・いでっ!」

彼女より対格も背丈もあるシュトーレンにとってはもっと窮屈だった。訝しげにじろじろと睨む観客は、後に続くフィッソンの姿を目の当たりにしては混乱した。一方アリスは一心不乱である場所を目指す。誰の声も聞こえない。

「折角の再会なのにちゃんとお話をしないなんて、なんと勿体ないことでしょう。なにを話しましょう?お元気ですか?から始めて・・・今のうちに考えなくちゃ!」

癖の独り言を呟きながらどんどん進む。進んで、進んで、ようやくたどり着いた。アリスは嬉々とした表情で金網から身を乗り出した。

「やれやれ、あまり見られるのは好かないのだが。」

「こんだけ人がいるんだから仕方ねえだろ。見下ろされることには慣れてるくせに。」

二人は、観客が面白がって覗き見をしているのだと思い込んでアリスの方には目もくれない。ならばとアリスは声をかけた。

「シフォンさん、レイチェルさん!私よ私!」

興奮して思わず金網を揺らす。自分達を呼ぶ、記憶に耳に今だ鮮明に残っている少女の声に確信を持った二人はほぼ同時に振り向いた

「アリス?おい、えぇ!?マジかよ!アリスじゃねーか!!」

アリスがなんとか出入口を見つけ、二人のところへ。レイチェルは勢いよく席を立っては彼女の元へ歩み寄り、嬉しさと喜びのあまりアリスの頭に両腕を回して自らの胸に押し付ける形で一方的な抱擁を交わした。息が出来ず彼の腕の中でもがくがびくともしない。

「こんな所でまた会えるなんて信じられねえよ。本物か?お前本物か?・・・温かい・・・本物だ・・・あー、寒かったからこのままでいさせて。」

「人を幽霊みたいに言うんじゃない!」

いつの間にか自分も席を立ったシフォンは、お叱りの言葉と共にレイチェルの露になった丸い尻尾を力を込めて鷲掴みした。

「あいったああああい!!!」

瞬間、レイチェルは体全身を飛び上がらせ直後にその場に崩れ落ちた。

「会いたい?会ったじゃないか、今。ほら。」

「雪より冷たいこの仕打ちんふぐっ!」

尻尾を庇いながらくの字の形で悶絶しているレイチェルの腹部に蹴りを入れるシフォン。時を経て扱いがより酷くなっているのではないかとアリスはまさか彼に同情するはめになってしまった。

「改めて久しぶりだね、アリス。元気そうでなによりだ。」

シフォンは仲間を跨いで彼女に握手を求める。さすが、さすがきいきなり抱きついてくるような誰かさんとは違う。アリスは彼の手を握り返した。

「貴方達も見にきたの?」

早くも話題に入る。話したいことはいろいろあったが、まずは現状について。

「生憎僕らは客ではなくてね。ある条件と引き換えに今回の祭りの審判を務めることになったんだよ。」

痛みが引いてきたレイチェルがやっとこさ立ち上がる。

「審判が急用で出られなくなったってのを宿屋の客から聞いて、条件で新しい服をくれるかわりに俺達が引き受けてやったのさ!なのにもう汚れたんだけど!」

レイチェルはわざとらしく大袈裟に服についた砂埃を払う。アリスも気にならなかったわけではない。

シフォンは以前のフォーマルな衣装から比較的ラフな格好をしている。一方レイチェルは黒いベストにズボンに腰エプロンと・・・前の衣装が執事を思わせるのなら今度はまるでギャルソン。彼のこだわりなのだろうか。

「いいじゃないか。お前はお前で褒美をもらっただろう。」

しかしレイチェルは機嫌が悪そうだ。

「ああ貰ったよ、生牡蠣をな。どうやって食うんだよ。」

文字の羅列した紙や沢山のお菓子などで散らかったテーブルからビニールに入った大きな生牡蠣を拾い上げる。シフォンがすかさず袋を奪った。

「生牡蠣だから生で食うに決まってるだろう?」

袋から一つ取り出し、なんとそのまま自らの口に放り込んだのだ。

「食いやがったぞこいつ!」

「・・・お味の方はいかが?」

いつもなら強引に毒味されるレイチェルは驚き、アリスは若干引いていた。

「・・・焼いた方が良いな。」

なんとか飲み込んだあとテーブルに置いてある冷めきった紅茶を一気に飲み干した。

「おお、何がどうなってるか知らぬがお前らが審判か!」

少し遅れてフィッソンとシュトーレンもやって来た。

「お前は確か鶏のフィッソンか?」

「違う。」

うろ覚えに顔を顰めるレイチェルにフィッソンは即答した。

「じゃあ七面鳥・・・お?兎がいる?」

フィッソンの隣の人物にぴんときたレイチェルが目を擦って凝視する。頭部から生えているそれは間違いなく自分と同じものだった。

「へぇー、この国にも俺と同じのがいるんだな!親近感が湧くぜ。アリスと一緒にいるみたいだけど知り合いか?」

何も知らないレイチェルは気さくに話しかける。だがシュトーレンはそんな彼ではなく、眼中にあったのは隣の人物だった。

「シュトーレン・・・こいつは前の三月兎だよ。」

シフォンは顔色一つ変えず一言説明をした。そしたらやはり、嬉しいことこの上ないレイチェルは今すぐにでも邂逅した喜びを分かち合いたくてうずうずしているのにシュトーレンは魂が抜けたみたいにぼーっと突っ立っているものだからすぐに行動に移せなかった。

「君も、まさかまたこんな所で会えるなんてね。僕のこと覚えているかい?」

ちょっとの間沈黙が続いたが、シュトーレンは無表情のまま息を吐くのと等しい感覚て答えた。

「お前、誰?」

アリスが目を丸くして彼の方を振り向く。

「え?レンさん・・・!?」

「悪いな、全然わかんねェ。」

まだ何か言いたげなアリスを無視して押し通す。レイチェルも疑いの視線を向ける。

「なーんか嘘っぽいなあ。ほんとーに忘れたのか?忘れられるものなのか?」

シフォンが片手を横に伸ばしレイチェルを制止する。

「いや、別にいいよ。忘れたものは仕方ないさ。言ったって大分昔だものねえ。うんうん。仕方のないことなのさ。」

周りが納得いかないと感じているのはなんとなく察したがシフォンはそれ以上は彼に触れようともせず、自分の持ち場に戻った。間もなくして試合の再開を告げるラッパの音が高らかと鳴り響いた。審判席の向こう隣に、金ぴかの蝶ネクタイと白い燕尾服に身をかためた男がマイクを持って現れた。場違いだが、あえて派手な格好にしているのか、いずれにすよパーティー向きの以上はここではかなり浮いている。

「レディーエンジェントルメーン・・・!」

彼は司会らしい。だが、始めの言葉を口にしたやすぐ彼に向かって客から罵詈雑言が浴びせられた。

「生意気こいてんじゃねえぞ!!」

「そんなんじゃ萎えるんだ!いつもみたいにしやがれ!!」

紳士も淑女も居やしない。ゴミを投げつけてくる不届きな人ならいた。頭に空き缶が直撃したあと、しばらくして司会が拳を上げて大声で吠える。

「・・・うおおおおおお!!!山場はまだまだ先だぞてめぇら!うっかり眠った奴ぁ放り込めぇぇええ!!!!」

司会のドスのきいた一声を合図に観客席から一斉に咆哮にも近い歓声が沸き上がった。今度もまたなぜか紙屑や飽いたコップなどが宙を舞う。

「一緒じゃない!!」

一連の流れに割り込むことも出来ずに終始黙って見ていたアリスはうんざりした。彼女の声など、周りのむさ苦しい雑踏に掻き消されてしまう。シュトーレンは隣で片手を上げては釣られしゃいでいた。

「よおおぉしとっととおっ始めるぞおぉ!!!」

司会が胸ポケットから一枚の紙を取り出す。賑わいが少し収まった。緊張感が途端に皆をピリピリとさせる。アリスも肌で感じ取った。

「早速始まるのかしら?」

その問いに答えてくれる親切な者など誰もいない。レイチェルも席に座って何やら文句をぶつぶつ言いながらバラバラになった書類を一ヶ所にまとめる作業に入っている。

「エントルィィィィィイ何番!!!百戦錬磨の西の獣王!黄金の獅子!!レオナルド・C・アスナール!!!!!」

一番の大喝采があちらこちらで巻き起こる。あまりの煩さにアリスも耳がおかしくなりそうだった。ゴゥン、と重い音。会場の西側で鉄の扉がゆっくり開く。自分はなにもしていないのに観客と肩や背中がぶつかってさぞ不愉快なアリスが横目で扉の方を見た。選手のお出ましだ。

「来たああああああああ!!!」

「出だしからあいつか、戦う相手が可哀想だぜ!!なあ?」

「結婚してくれええええ!!!」

歓喜の声にこたえるかのように、入ってきた選手が手を大きく振った。その風貌は誰もが見ても正しく手練れの戦士。強靭な筋肉の鎧には更に頑丈な鋼鉄の防具を身につけている。片手には軽々と、全てが鉄で出来た等身大の巨大な斧を担いでいる。肌はやや褐色。真ん中で分かれた金髪、右目には皮の眼帯をしていた。

「いかにもって感じだわ。かっこいい!」

予想以上の強者っぷりにアリスも期待を胸に膨らませる。シュトーレンは目を輝かせていた。

「待たせたな!俺様が貴様らに最高の勝利を見せてやる!!!!」

会場の真ん中辺りで歩みを止めたレオナルドが天に拳を突き出すと皆もお約束のごとく一緒に上げた。これは彼以外に賭けている者など居ないのではないだろうかと疑うほど、一致団結していた。歓声は止まない。

「次ぃぃぃぃ!!!北のヘビー級レスラー!獰猛たる白き怪物男!チェレンコ・イェラスキー!!!!!」

両方負けじと会場が盛り上がる。ヘビー級、レスラー、怪物男と今度はレオナルドより遥かな猛者をアリス達は想像した。東側の扉が開いたら視線は一気にそちらへ向けられた!

「フン、ただのシロクマ野郎が・・・んあ?」

入り口から覗く人影を見据えたレオナルドの余裕の笑みが消える。

「どうしたレオナルド氏!まさか恐れをなして・・・。」

「何がヘビー級だ、ありゃあまるでベビー級じゃねえかよ!!」

司会の方に怒鳴りを上げるレオナルド、周りは状況が掴めず騒然とした。すると、彼の対戦相手が会場の土を踏んだ。

「なんてうまいこと言った気ィするが、それよりこいつぁどういうことだ?」

「・・・あ、これはさっぱり・・・。」

司会の動揺に震えた声がマイクのおかげで拡散される。静かだった観客席がざわめき始めまたもや喧しくなる。

「信じられない!!」

「マジかよ!!」

アリスとシュトーレン、フィッソンも目を疑った。彼らがこんなに驚くわけ。それもそのはず、そこにいたのは途中ではぐれてしまった旅の連れ、エヴェリンだったのだから。

「おい!どういうことだよ!」

「誰だあのガキ!!!」

怒号の嵐が巻き起こる。当然だ、彼らは一人の選手に金を賭けているのだ。皆の形相は凄まじいもの。

「ひええええ生きててすいません!!!」

怖じ気づいたのを通り越してパニックに陥りかけているエヴェリンは膝をつき誰にたいしてかわからない土下座をした。勿論、それで何が許されるだろうか。事態は悪化するばかり。

「ちょっとマイクを貸して。僕は事情を知っている。」

司会に声をかけたのはシフォン。紙を見つめたままマイクを受け取った。

「静粛にしたまえ!!!」

声が別の人物、場の雰囲気に合わない喋り口調に違和感を感じつつ皆が黙って審判席に注目した。これだけ沢山の視線を浴びても微動だにしない。

「レオナルドの対戦相手、チェレンコ・イェラスキーは・・・・・・。」

しばしためてから続けた。

「トイレ休憩の途中、通りかかった馬車に撥ねられ全身打撲した、という言い訳のため代理を遣わした。」

「馬の方が重傷だろうが!!!!」

「・・・て、言い訳かよ!!!!!」

周りからごもっともなツッコミが返ってきた。本来なら言わなくてもいいことをわざと言ったシフォンは観客の反応に一人満足していた。ちなみに、言い訳は本当だが、司会ではなく審判の方が選手の事情に詳しいのかは謎である。

「いやぁ皆中々いいリアクションだね。なにか褒美をあげたいぐらいだよ。」

冗談好きの審判の一言にレイチェルはひきつった笑みを浮かべた。

「不戦敗の選手に賭けた客にお詫びの金を支払ってやらないとな。」

シフォンは何も言わず司会にマイクを返した。当の哀れな身代わりのエヴェリンは防具もなければ武器も持っていない。せめて戦えるだけの準備をさせてあげてほしかった。無力な一般人を残酷にも放り込んだということにもなるのだから。

「さあ、レオナルド氏、どうなさいましょう?」

困惑して対戦相手に意見を求める。チェレンコとやらに賭けた者は憤りと共に諦めも感じていた。これは歴然の差。慈悲か同情かはたまた戦意の喪失か萎えか、 皆が皆これは戦いになるわけがないと思い始める。アリスは仲間の無事を祈った。フィッソンも顔には冷や汗を浮かべている。

「どうなさいましょう?だと?そんなもん、決まっているだろうが。」

レオナルドは腰に提げている刃の広い長剣を抜く。そして、エヴェリンの目の前に放り投げた。

「・・・え?」

がらんと音を立てて地面に落ちた剣は、今までの傷を様々な所に刻んでいる。恐る恐るエヴェリンは顔をあげた。が、彼の瞳は既に睨む行為だけで相手を捕らえていた。

「これがてめぇの武器だ。だから、立て。俺様を相手に逃げることなんざ許さねえ。」

雪か強風に乗って体を打ち付ける。それとは違う寒さに震え上がり、エヴェリンの身の毛がよだった。今行ってる動作が無駄なことはなんとなくわかっていた。だが、彼を含むこの空間にいるうちの誰が「こうなること」を予測していただろうか。

「でもあの・・・僕、その・・・。」

悪いことをしてないのに許しを乞うエヴェリンに更なる追い討ちをかけた。

「戦うというのはそういうことだ。貴様、この世における争い全てが前もって準備されているものばかりだとは限らんだろうが。例えば、なんの前触れもなく知らない奴に襲われる。その時お前は「知らなかったから」、「突然だから」って言えるのか?襲ってくるような奴が「じゃあ仕方ないか」て許してくれると思うか?」

賭け事にされているなんて関係ない。やる方は真剣なのだ。エヴェリンは剣の柄を握りしめ、立ち上がった。覚悟なんかあるわけない。ただ、逃げられる方法も浮かばない。

「これは殺し合いじゃねえし、必要以上にいたぶる趣味なんざない。ただ、俺は強い。お前は弱い。だから俺とやり合うなら・・・お前は殺す気でこい。遠慮はいらん。俺も本気で行くからな。」

「えっ、本気ですか?」

観客のほとんどが、司会と同じことを考えていただろう。レオナルドは笑いもしなければ怒りもしない、真剣である。

「舐めた真似はしねぇ。それが、ここに上がってきた、特にお前みたいな嫌でも戦わざるを得ない奴に対する俺様の礼儀だ。」

止める声も聞こえる最中、レオナルドは待ちきれないといわんばかりに担いでいた斧を両手に握り勢いよく振りかぶった。

「エヴェリンさ―・・・!」

アリスの呼ぶ声も虚しく、咄嗟に伸ばした手は空を掴んだ。観客の溜め息、悲痛だと哀れむ声、同情の視線。そんなもの一切気にしないで、獅子は駆け出した。静かな熱に満ちた獣の一撃が振り下ろされる。

「わああああああああ!!!!!!」

ひ弱な悲鳴が会場をこだまする。と、同時に聞こえたのは鉄と鉄の激しくぶつかる音だった。目を伏せてしまったアリスが瞼をそっと開けると、最も恐れていた仲間の無惨な姿どころか全く有り得ない光景に茫然自失した。

「・・・ぐ、うっ・・・!」

なんと、すかさず剣を掴み取ったエヴェリンはその刃で倍の力はあるだろうレオナルドの攻撃を受け止めていたのだ。しかも、先手をきったレオナルドの手が震えている。どれだけ力をこめてもエヴェリンの刃は動かない。

「嘘だろ!?あの足のはえたモヤシみたいなのが奴の攻撃を・・・!」

観客が驚くのは仕方がない。味方であるアリス達でさえいまだに信じられないでいるのだから!

「なにがおこっているんだ!これはまさかの期待のルーキーか!!?」

想定外の事態に司会は興奮して声のトーンとボリュームがあがり表情も活況づく。

「僕は伊達に適当には選んでないよ。」

「いよっしゃあああ!!」

シフォンが傍らで自慢げに呟いた。レイチェルは紙もとっ散らかしたままテーブルに掌をつき立ち上がっている。

「ま、長くはもたないだろうけどね。」

気まぐれ審判は頬杖を突いて会場に巻き起こるすべての反応を楽しんでいた。

「チッ・・・!」

びくともしない刃に一旦レオナルドはエヴェリンから距離を取った。退く際に舌打ちはしたものの、彼の表情はなんとも満足げなことか。

「なんだよ坊主、中々やれんじゃねえか、お?」

一方エヴェリンは剣を手にして立ったものの、生まれたばかりの子馬のように内股の足は震え、腰はすっかり引けていたがレオナルドはたった今ので確信した。彼には戦える力が十分に備わっていると。

「勘弁してください!許してください!えっと・・・お、怒ってます?今ので怒ってます??」

実際今の彼にプライドなんてものはない。この場から逃れられるならなんでもするぐらいには非常にこの場に留まるのが苦痛であった。

「お前が剣を取るまでは、正直な。今は満足だ!!」

心底楽しそうなレオナルドはそのまま斧を横に振っては薙ぎ払いにかかった。

「ひいいっ!!」

上擦った悲鳴を上げては今度は後ろに身体を引いてぎりぎり掠れそうな所でかわす。

「オラオラどうした!さっきのをもっかい見せてくれよ!!」

遠慮なく振り回される斧を軽い身のこなしでことごとく避けていくエヴェリン。不安だった観客は早くも意外すぎる展開に徐々に賑わいを取り戻していった。

「あのモヤシやるじゃん!!」

「もしかしたらチェレンコより上なんじゃないのか?」

「あいつ、男?女?」

観衆の興味は一人の青年に集中する。チェレンコがどれぐらいの実力の持ち主かは知らないが、アリス達も彼の未知なる力にはただただ目を見張った。

「すごい!やればできる人なのね!いけいけー!」

「火事場の持ち腐れだぜ!巻き返せー!」

興奮を抑えられずに周りに負けじと応援に参加するアリスとシュトーレン。

「避けてばっかしやがって!ちったあそっちからかかってきたらどうだ!」

しかしレオナルドは気づいていた。先程からエヴェリンが相手の攻撃をかわしてばっかりで己からは何一つ行動を起こしていないことを。最初のように受けることすらしない。

「痛いのも何もかもごめんなんですぅ!ひえぇ!!」

エヴェリンは必死にかわす。逃げる。もしあの斧を体の何処かにくらったらどうなるか。命を保証されているだけの話で、負傷した分は誰も知ったこっちゃないのだ。ましてやこっちは身を守るものが布数枚のみ。防具なしでは裸で攻撃を受けるのに等しい。

「神様、僕はどうしたらいいのですか!?」

心の声は神に助けを求めている。このままでは埒があかないことぐらいわかっていた。残念ながら、無駄に時間が過ぎていくだけだ。

「どうすりゃいい、せめて一発でも当たればいいんだが。」

同じようなことをレオナルドも考えている。気が長い方ではない上にやはり相手に戦う意思が見られないことに苛立ちを募らせていく。

「しゃあねえな。」

レオナルドは片足を軸に一回転し、真横に大きく空を斬った。自分を狙った攻撃ではないことに気付くが遅い。巻き上がる烈風と凄まじいほどの勢いで振り回される斧にエヴェリンはバランスを崩し重心は後ろに傾き、尻餅をついてその場にへたり込んだ。

「いってっ!?」

すぐ目の前にぎらりと嫌な光を放つ刃かがあった。そしてどぎついほど殺気を帯びた瞳がこちらを見下ろす。顔はいたって、冷静なのだ。

「てめぇから微かに獣の匂いを感じた。俺様は百獣の王で一群の長だ。「お前は何者」だ。」

唸るようなどこまでも低く通る声。後悔と、恐怖と畏縮に声すらまともに出ない。しかし、ここで何か言わなければ・・・と思うと自然に口から零れた。

「獣?・・・僕は海亀もどきで・・・えーっと・・・牛?」

するとふとレオナルドの口が吊り上がった。

「ほほう?聞いたことあるな。半端モンだってよ。」

エヴェリンは今、自分が挑発を受けているのだと察した。しかし、煽られていても心は常に救済を求めている。だがどうだ、今は周りを見渡してみても救いどころか弱者を嘲り笑う視線のみ。

「神様・・・。」

最悪の形で観客の心は一つとなり、生き残りし者にしか微笑まぬ勝利の女神は戦うことを棄てた者を突き放す。どこまでもついていない自分が惨めに思えてくる。

「今もこうやって自分で自分を追い詰めてる。逃げ場のない場所でどうすりゃいいかわかってるくせに、それもしない。」

そう、自らがより楽になる術を「逃げる」という行為でいつしか捨てていたことを説いていたのだが、いかんせん必死だった彼は逃げることを戦術と思う余裕すらないわけで。

「何もかも中途半端で今までもそうやってきたんだろ?はははッ、このキメラめ!」

そうと吐き捨てたが、数秒経っても反応が鳴い。逆に心くじけ何もする気力さえ失ったのならばそれも実はレオナルドの想定内だった。

「ここではっきりさせてやるよ。」

やはり煽りは無駄だと、もはやこれも潮時だとレオナルドはとどめを刺そうと斧を持ち上げようとした。俯いたエヴェリンがずっと手放さなかった剣の柄を音が鳴るほど強く握りしめる。

「今・・・なんて言った・・・?」

問われたレオナルドは真顔で答えた。

「ここではっきりさせてやるよつったんだよ。」

「その前です。」

気のせいか、雰囲気が違って感じ取れた。恐るには足らない相手に変わりないとレオナルドは鼻で笑いながら返す。

「フッ、全てが中途半端なこのキメラ野郎って言ってやったんだよ!!」


レオナルドの言い終わったのとほぼ同時のことだった。


「・・・あぁ?」

斧が異様に軽い。軽すぎる。まるで「ただの鉄の棒」を握っているよう。それもそのはず。レオナルドの手には本当にただの鉄の棒しかなかったのだ!肝心の刃は、途中から綺麗に切り落とされていた。観客席もしんと静まる。誰しも意表を突かれて言葉が出ない。

「嘘だろ?」

鉄の塊を呆然と眺めているレオナルドは己に向かってくる狂気とも近い気配にすぐに身構えた。

「キメラって言うなああああああ!!!」

今までの貧弱な彼とは思えないほどの剣幕で、エヴェリンは相手の頭部をめがけて斬りかかる。敵に向けるは勿論、峰ではなく刃の部分だ。まともに太刀打ちできるものがなくなったレオナルドは左腕の籠手でかろうじて受け止めた。その籠手にも僅かにヒビが入る。胸元に腕を寄せぐらついた相手の身体を振り払い跳ね退けた。

「のわっ!」

後ろへ弾け飛んだエヴェリンは右足から着地してすぐさま間合いを詰め、今度は急所である首に向かって峰打ちをかける。向かい来る片刃を見切り、柄のなくなった斧で受けた。直に伝わる衝撃とは違い、金属同士が激しくぶつかり合った時に生じる振動が嫌に腕から全身に響く。

「どこから出てんだこの馬鹿力!」

レオナルドの表情に膏汗が滲む。油断していたのは事実。体格もかなりの差があるのに打ち負かされている現状にいまだ信じることが出来ない。

「僕を!そんな!化物みたいな、名前で、呼ばないでください!!」

エヴェリンは泣き言を訴えながら、それがかえって自身を昂らせているのか。攻撃力は保たれたまま衰えていない。その上、相手が次の行動に出る隙を与えさせてくれないぐらい速い。次から次へと繰り出す。

「いいぞー!いけいけー!!」

「面白くなってきやがったぞおおお!!」

「けっこおおおおおおおおん!!!」

今はいずこの戦士に賭けていた側は遅咲きの力を見せつけたエヴェリンの士気を鼓舞する。

「おいおいなにモヤシに押されてんだよ!!」

「負けたら獅子肉だからな!!」

「身ぐるみ剥いで美味しく頂くぞオラァァ!!!」

一方最初からレオナルドを支持していた者は後押しするどころか罵声に近い声を上げる。こっちはありったけの金を賭けているのだから仕方ないのかもしれない。

「おおっとぉ!がつがつ行くぞもしやこいつぁ流行りのなんとか系男子か!?」

興奮が止まらない司会者。実況もきわまって雑になる。

「なんとか系男子って、なんだよ。なあ?」

誰も気にしない所にツッコミを入れる審判のレイチェル。

「海亀もどきだろう?煮込み系男子だと僕は見込んで・・・ふふっ。」

一人で勝手にツボに入って吹き出す同じ審判のシフォンは自分が彼をあの場に放った事などすっかり忘れていた。

「まるで別人みたい。」

アリスは、先程まで心配していたのが無駄だったように思えてぽつりと呟く。道中、機転を効かして自分を助けてくれた姿と照らし合わせてみても全然。

仲間が口々に話す中、レオナルドとエヴェリンの攻防戦は前者が押されながら続いていた。後ろへ後ろへ下がり、防御に徹しているレオナルドは自分に隙が与えられないならば逆に相手の隙を見つけてやろうと目で探りを入れる。

「うわあああんもう嫌だあああ!!!」

言ってることとやってることが全く違う。技術の伴っていない攻撃を順調に流すレオナルドの背中に壁が迫る。

「腹か腕か・・・ん?」

急所を狙おうと脇辺りに目を移せば視界に飛び込む観客の中、一際違和感を放つ人物に訝しげな顔で睨む。

「げっ、マジか・・・フィッソンじゃねえか。」

人見知りなのかそうでないのか、しまったと口に漏らすレオナルド。だがしかし、それ以上に過敏に反応を示したのは当然、エヴェリンだった。

「えっ?」

一瞬。刃が止まる。予想だにしていなかったが、僅かな隙は決して逃さない。

「隙ありッ!!!」

レオナルドはエヴェリンのがら空きの腹部に蹴りを入れた。武器に頼らずとも手練れの強者、対し相手は身を守るものもろくにないただの凡人。あっけなくその体躯は吹っ飛び地面を二回転がって横向きに倒れた。

「エヴェリンさん!」

思わず名を叫ぶアリス。誰の耳にも届かない。

「・・・いっ、たぁ・・・。」

生身に食らったに等しい。腹を両手でおさえ、激しい痛みに身体を折り曲げて悶える。苦痛に歪む顔と狭まる視界にはうっかり手放してしまった唯一の頼み綱である借り物の長剣。戦いたい・・・のではない。あれがないと自分には何もないのだから。

「あと・・・もう少し・・・!」

指を、腕を、手を伸ばす。ほんの刹那でなんとか柄に触れそうだった。これさえあれば、これが無ければと。

「・・・ん?」

じりじりと迫り来る足音。掴もうとした剣を爪先が蹴り飛ばす。何も無くなったと思えば確認しようと顔を上げる間も無い。

「お遊びは終わりだ。」

レオナルドは彼の肘に踵をおろした。残り僅かな勝機と共に踏み躙られた部位から軋む関節が砕け折れる嫌な音は地面にも、瞬間自ずと黙りこんだ観客の耳にも響いた。

「ぎゃああああああああ!!!!」

弱者の絶叫が空間に轟く。さすがの観客も、無力な者がいたぶられているような光景に見えて困惑の色を顔に浮かべている者がほとんど。司会も思わず後退り。

「ひどい!!あんまりだわ!!」

アリスは審判席に駆け寄った。

「シフォンさ・・・審判!」

だがシフォンは彼女の方は振り向かず呑気にパンケーキを咀嚼しながら返す。

「「ルール」に則った上の結果だよ。アリス、あれはまだ「マシ」な方だ。」

アリスは憤怒と絶望と不快感に苛まれ軽い目眩を起こした。

皆が狂喜に冒され、誰からも手放され見捨てられてしまっては諦めの気持ちが増していき、声をあげることさえも億劫にさせる。今までに味わったことの無い痛みに意識が朦朧となるにも関わらず途絶えようとはしてくれない。

「おい審判!カウント始めてくれや。どうせ決まってんだろうけどよ。いち、にー、さんならガキでも出来るだろうが。」

足を退けて細く切れた瞼から覗く円い猫目が審判の方を睨む。遠回しに指名されたシフォンは明らかさま機嫌を損ねた顔をしていた。

「何歳児に見られてんだか・・・。」

隣でほくそえむレイチェルを尻目にわざとらしく咳払いをする。そしてマイクを握った。

「・・・eins、zwei、dreil!!」

そこは大人、いきり立ったりしない変わりにほんの仕返しにこの国では馴染みの無い言語で指折りカウントした。シフォンが右手をグーにして合図するとレイチェルが側にあったホイッスルを吹く。司会は耳を指でほじりながら会場の真ん中に視線をうつす。二本の足でしっかりと地面に立っているレオナルドの足元で倒れているエヴェリンは少しの猶予の間にとうとう気を失ってしまったようだ。

「レイチェル、あれがゲームでいう戦闘不能ってやつだね。テレテテテレテテ・・・テーテーン。」

「なんじゃそりゃ。」

審判二人のたわいのないやり取りを無視して司会は赤い旗を高らかに上げた。それが何を意味するか、既に誰しもがわかっていた。

「勝者は・・・レオナルド!!!」

司会の宣言の直後、沢山の拳がまっすぐ挙げられた。こうなることを多くの者が望んでいたように。自分の信じた思いが報われたのだから。

「俺様についてきた奴には最高の褒美をくれてやるぜ!!」

こちらも彼らの気持ちに態度で応えるべく武器を持った手を突き上げた。だが勝利の黄色い声を一時浴びてすぐレオナルドはファルシオンを降ろす。

「おいおい!これで終わりかよ!!!」

「お楽しみはまだまだこれからだろうがよ!!!」

だが、次第に調子に乗った数人がレオナルドを煽り始める。刺激に飢えた貪欲な民衆にとってこれはパフォーマンス、如何なる猛者もただの見せ物。どんどんと広がり、波紋のごとく輪になって四方から巻き起こる。

「嫌よ!やめて!お願い・・・私の仲間・・・!?」

切に叫ぶアリスの口をフィッソンが塞いだ。

「大丈夫だ、あやつなら。」

「ちったあ黙りやがれ頭空っぽのクズ共!!!」

どすの効いた怒声が一気にその場を静寂へと変えた。肩の力をふっと抜き、哀れんだ目で己を囲む人の壁を見渡す。レオナルドは司会の方に大股に歩み寄った。

「わ、なな、なんでしょうか!?」

「貸せ。」

なんと返事を待つことなく司会が持っているメガホンを引っ張り無理矢理奪った。紐は細いので彼の力の前ではあっさりとちぎれて持ち主の首から離れていってしまった。狼狽える司会を無視して元の位置に戻る。一体今から何が始まるのか、そんな視線が彼を一点に注がれる。

「俺様は勝ちに来た!今ので勝敗が決まった!物足りねぇのは俺様が強いからだ!以上!!」

言い切る終いの方にはメガホンを片手で握り潰してしまった。プラスチックの不規則な形の破片が落ちる。割りとなんでもいい皆は便乗してすぐにまた盛り上がった。途中に紛れて白づくめの衣装に身を包んだ二人が担架の端を持ちながら会場に入る。

「あれは救護隊のようね。」 

アリスの察した通り、二人はお互いに目配せで合図をしたら自力では動くことの出来ないエヴェリンを担架に乗せた。

「なんでこんなことを小生が・・・。」

「アルがうっかり「医者をやってます」なんか言うからだろ!」

何やら小言を呟いては担架を持ち上げ、息ぴったりに歩幅を合わせて会場の外へ出ていった。 結果的に勝利を掴んだレオナルドは最強を決める戦いである決勝戦までに与えられたわずかな時間の間に消費した体力を回復する必要がある。だが一向にその場を動こうとはせず、腕を組み仁王立ちで相手を待ち構えていた。

「レオナルド氏、決勝戦までにはまだ時間があります。休憩室は・・・。」

観客ですら飲み物やお菓子を持ち寄って一服しているというのだ。建て前だけでも司会は小走りに駆け寄り背伸びをして耳打ちした。

「それよりだ。俺様の武器があの様だ、新しいのを持ってこい!」

「ひいっ!は・・・はい、かしこまりました!」

司会は飛び上がるように慌てて西の入り口へ向かっていった。

「はー・・・糖分が欲しい。糖分が足りない。」

他に仕事の無いシフォンが頬杖を突いて退屈そうに紙とにらみ合いをしている。レイチェルは彼に見向きもしない。

「お前最近甘いもん食いすぎじゃねーのか?」

対してシフォンは文句をごねた。

「人は疲れた時に脳が糖分を欲する構造になっているんだよ。なんか無いのかね、牡蠣以外で。」

軽くあしらって大きな欠伸をする。何も持ち合わせていないようだ。気怠げに続けた。

「あーそういや休憩室の隣の部屋にでっかいケーキがあったなあ。」

するとシフォンは澄ました顔ですっと立ち上がった。

「僕、お手洗いに行ってくる。」

彼はそそくさにドアを開けて何処かへ行ってしまった。レイチェルはといえば彼の露骨すぎる態度にも気付かずひたすら山のように積まれた書類に目を通していた。

「レイチェルさん。エヴェリンさんはどうなっちゃうの?」

負傷をおった仲間が心配なアリスは祭の関係者であるレイチェルに安否を確認する。

「どうもこうも、手当てしてもらって後は放置だ。動けるは動けるんだからな。」

勝ち負け命懸けの中を幾度かくぐってきた彼に敗者への慈悲は無い。心優しい少女は気が気でならない。

「そんな・・・病院に送ってあげないと・・・。」


―あーあー・・・聞こえる?―

突然、アリスは頭を鈍器で殴られたような激しい痛みに襲われた。でも、頭痛はほんの数秒程で引いてしまった。

―あれ?魔力が強すぎたかしら?―

しかし耳を通さず脳に直接、聞いたことの無い女性の声が話しかけてくるのが大変気持ち悪い。

「急に何?あなたは誰・・・?」

不安そうに謎の声の問い掛けた。

―ノンノン!心の声を聞かせるのよ。大人の事情で直接お話は出来ないのデース!―

やたらテンションの高い相手に警戒していいのかよくないのか判断に困った。

「(なるほど・・・で、もう一度聞くけれどあなたは誰なの?)」

しばらくの沈黙のあと、今度は声の調子が低く重々しいものになった。

―私はジャバウォックの部下。貴方のおかげで主と共に目を覚ますことが出来た。誠に感謝している。―

「(別にそんなつもりじゃ・・・。)」

思わず手が動いてしまう。レイチェルは彼女を変な物を見るような目で傍観していた。アリスは彼の視線に気付いていない。

―お礼も出来なくて申し訳ない。早速用件に入る。貴方に答えてほしいことがあるのだ。―

「(私に?答えられる範囲ならいいけど・・・。)」

その頃、会場ではレオナルドの新しい武器が調達され審判席にはお手洗いに行っていたと思われるシフォンも席についていた。

「どうしたんだいレイチェル。アホがまぬけ面しやがって。」

「アホって言うな!いや、アリスがおかしくなっちまったみたいで。」

そう言うとレイチェルが一人身振りをするアリスを指差した。シフォンは表情を崩さない。

「おかしいのは君の頭じゃないかね。」

返ってきたのは理不尽極まりない言葉。さすがにレイチェルも憤懣の意を溢した。

「俺は頭がおかしいんじゃねえ!頭が悪いだけだ!!」

「頭が悪いんだ。ふーん、聢と覚えておくよ。」

してやられたレイチェルはぐうの音も出ず黙りしたところで二人の会話は一旦終わった。アリスの様子に異変が生じたのに違和感を覚えたのはレイチェルだけではない。

「おーいアリス。パントマイムか?」

シュトーレンの呼び掛けにも反応を示さない。こっちのやり取りに神経を尖らせているからだ。

―・・・なた・・・様と・・・こん・・・あ、あれ?・・・―

途中、テレビから流れる砂嵐みたいなノイズが邪魔してきた。

―まあいいわ。我が主、ジャバウォック様が貴方を嫁として迎えたいと仰っている。詳しい話は後でするけど、返事を聞かせて・・・―

「(ごめんなさい!)」

アリスは即答で振った。

―・・・待ってヨ。いくらなんでも早く無い!?―

「(ごっ・・・ごめんなさい・・・。)」

同じ言葉を本来の意味で正しく使った。相手の今の気持ちを想像するとふとした罪悪感にも苛まれる。しかも、自らが復活させたよくわからないきっととてつもない凄い大物と、同等の異性とすら縁の無い娘が間も出逢いもすっ飛ばして永遠の愛など誓えるはずがない。アリスは短い時間に色々なことを考えた。その一部は相手に届いていた。

―・・・無理もないネ。でもとりあえず会って話だけでもしていただけないかしら?―

声を和らげて丁重に問うが、どうもアリスは心の声と一緒にボディーランゲージが出てしまう。首を横に振った。

「アリス!!」

途端、耳元を破裂音が劈いた。目をぱちくりとさせて我にかえった。正確にはシュトーレンが彼女の名を呼んでから耳のすぐそばでおもいっきり手を叩いただけである。

「はっ・・・レンさん、私・・・きゃあ!?」

彼女の様な状態に陥った所を見たことがなく、疲労により幻覚症状を引き起こしているのではないかと本気で心配していたのだった。両肩を掴み激しく揺さぶる。

「疲れてるのかアリス!お前が病院送りされた方がいいんじゃねェのか!聞いてる!?」

疲れてると思っている人に対しての接し方としてはおおいに間違っている。我慢の限界に達したアリスの手が彼を突き飛ばす。

「人聞きの悪いことをおっしゃい!私はなんともないわ!」

会場をずっと眺めていたフィッソンに受け止められたものの、どんな心象を表しているのか知らないが耳は真下に垂れ下がっている。アリスもなんとなく申し訳ない気持ちになってしまった。

「ちょっと考え事をしていただけよ。ほ、本当に何でもないんだから・・・。」

苦し紛れの言い訳をする。「そういえばさっきの音の後にテレパシーがぷつんと途絶えたような気がする。」と心だけで呟いた。だがその通り、向こうから音沙汰も無くなり頭も軽くなった。

「そっか、ならよかった。」

異常も無しと安堵に気を落ち着かせたシュトーレンが何気無く彼女の頭を撫でる。

「え?やだ、なに?」

男慣れしていないアリスはたったこれだけの他愛ない動作で視線を上げることも出来なくなる。相手はお構いなしだ。

「こうすると落ち着くんだって。いいなお前、耳邪魔じゃないし背ちっさいし。」

「小さいですって・・・余計なお世話よ!あーもうめちゃくちゃにしないで~。」

シュトーレンはつい面白がってむきになるアリスの頭を更に執拗に撫で回した。元々癖っ毛のブロンドの髪があちらこちらに跳ねる。

「こらこらお主達・・・子供か。」

二人のちょうど間の後ろに立ったフィッソンが咎める・・・と思いきや、シュトーレンの隙だらけのうなじを上から人差し指でなぞった。

「うわあああああ!お、お前の方がガキじゃねーか!!」

全身によだつ鳥肌と軽く身震いをして振り向き際に文句を言った。確かにやっていることはどっちもどっちだ。

「はっはっは。ここにおる者は皆子供だ!」

相変わらず一切気取らず飾り気のない本当の子供のように笑ってのけるものだから、アリスもふと笑みがこぼれる。一人、腑に落ちず頬を膨らませているシュトーレンも場の雰囲気に流された。


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