烏と不死鳥のとり引き


「この鳴き声は聞いたことあるぞ!こんなでかいのは初めてだ!」

度を超して煩いものだからシュトーレンも耳を下に引っ張った。

「ん・・・。」

アリスは少し回復したようだ。細いまぶたに虚ろな瞳。シュトーレンは腕の中に彼女の体を抱えた。この中だと声が響くので、いつものやかましさはなるべく潜めることにして。

「アリス・・・。」

不安と焦りだけが募ってゆく。ああ、せめてこの檻だけでものいてくれたなら。黒い影が通りすぎるのを隙間から確認した、その直後。次に剣が落ちる音。しまいには・・・。

「「カラスが来たあああああああ!!!」」

双子の悲鳴とも絶叫ともとれる大声と羽音。想像をはるかに上回る漆黒の巨体に鋭利な嘴、まごうことなく姿だけはカラスそのものだった。だが驚くのはこれだけではない。なんと追い払うどころか、逃げようとする双子をそれぞれ足で背後からかっさらいそのまま向こうへ飛んでいったのだから!

「・・・・・・。」

遥か彼方は小さくながりながら消えていく背中を見送ることしかできないシュトーレン。次に誰かが檻のそばへやってきた。

「はーやれやれ。」

その人物は小柄な少女だった。黒檀のような艶のある髪は膝下まである。赤と黒を基調とした和服に似た衣装を身に纏い、頭には椿の花とカラスの羽の飾りをつけていた。

「いい加減懲りてくれないかしら。迷惑なのよね、全く。」

少女はうんざりと云わんばかりに不快な顔で深い溜め息をつく。

「お前は誰だ?」

「あたしはツバキ。そんなじろじろ見ないでよ、へどが出る。」

ツバキと名乗った少女は、手袋をはめたその小さな手で、腰を低くし、檻の下の方の格子をしっかり掴んではいとも容易く軽々と持ち上げた。

「よーい・・・しょっ、と。」

覇気のない掛け声とともに一気に腕を上げ檻を手放す。檻はゆっくり、地に横たわるのを拒むかの如くゆっくり、しかしむなしくもあっけなく横転し、これまた派手な土埃と轟音を立てた。ツバキは何事もなかったみたいな澄まし顔でアリス達を横目で睨む。

「助けたわけだけど、礼はないの?」

シュトーレンは我に返った。まだにわかに信じられないが、深呼吸して会話が成り立つぐらいには気持ちを落ち着かせた。

「あ、ありがとう・・・。」

譫言みたいな感謝の言葉にツバキは睨み返すだけだった。お礼を言い忘れたのがそこまで機嫌を損ねるものかと考えていた矢先。

「あ、もう終わったみたい。」

そう言ってツバキはくるりと背を向けた。理由はすぐにわかった。遠くに見える黒い小さな点、それが何かと疑う間もなくこちらへ向かって飛んできたからだ。大きな翼を広げ、まるで飛行機が滑走するよう。

「さっきの怪物カラスだ!でっけえ!!」

シュトーレンは近づいてくる巨大な影に興奮。対しツバキの機嫌は更に悪化した。

「誰が怪物ですって?」

こればかりは何故彼女がご立腹なのかさっぱりで、とうとうお手上げだ。怪物カラスはツバキの少し手前で、甲冑に身を包んだままの双子を降ろし自分もその場に着地した。羽をたためば意外と細身だが、間近で見たら大きさはおもわず息を呑むほど。

「お疲れ様。随分早いのね。兄さん。」

ツバキは目の前の黒い巨体に微動だにしないどころか、「兄さん」と呼んでいた。

「カラスがお兄さんって、おかしな話だな!」

口を挟まずにはいられない性分なので、ほら、彼女の機嫌を損なうばかりだ。

「いちいちうるさいわね。」

「まあまあ、仕方ないですよ。」

なんと、カラスが嘴をぱくぱくさせて男の声で喋ったのだ。

「うわ、アリス、喋ったぞ!!」

怪物カラスを指差してアリスの腕をゆさぶるシュトーレンにとっては立派な好奇の対象だったが、アリスからしてみたらこれまで様々なものが喋っているのを耳にしてきたわけであり、起きたところでこれぐらいのことでは驚かないだろう。

「アリス・・・旬な名前ですね。」

そう神妙に呟くと、怪物カラスは、見る見るうちに体が縮んでいった。普通のカラスにでも戻るのかと思えば、そのカラスは小さくなり、羽が消え、鋭い嘴も引っ込み、やがてそれは自分達と同じ人の姿になったのだった。これにはアリスは目を点にしてやや前のめりで凝視した。そこにいたのは、ツバキと同じ艶やかな黒髪を長く伸ばし、眼鏡をかけた和服の青年だった。シュトーレンはあんぐりと口を開けたまま。これにはアリスもびっくり。いまはぐったりしているので、それどころじゃあないが。

「こんにちは。私はサカキでこちらは妹のツバキです。」

穏やかな笑顔と鷹揚とした態度で深々と頭をさげて会釈した一方でツバキは顎を上に突きだしてこちらを見ている。

「用事で空を飛んでいたら目にしましてね。なに、ご近所ですしこの子達のイタズラはいまに始まったことではございませんから。」

サカキはしゃがみこんでさっきからびくともしない双子の鎧の留め具を外し始める。

「飛ばして正解ですね。案の定気を失っている。」馴れた手付きで頑丈な鎧を剥いで最後に兜を外す。絵にすると目が渦を巻いて頭の上にヒヨコでも飛んでそうな、気絶して生気を失った顔をしていた。

「さて、と・・・。いやはや、お見苦しいところをお見せしますが。」

あろうことかドルダムの服を捲り上げズボンを下ろしたのだ。アリスが弱っていて正解だった。いや、もしかしたら見せた瞬間驚いて元気になったり?アリスとは歳が近そうなツバキはまだ無表情でじっと見下ろしていたけど。そんなツバキがスカートをつまみ軽く揺らすと二つの大きなゼンマイが地面に落ちた。それをサカキはドルダムの背中に突き立てた。シュトーレンは思わず「うわっ」と声を漏らす。でも、決して刺したわけではない。恐々と覗きこむと、ドルダムの背中には金属の小さな穴があった。

「なんだこれ!穴があるぞ!?」

ゼンマイを差し込んだのはその穴にだったのだ。そいつを回す。ゼンマイの動きが鈍くなり、やがてサカキがどれだけ力を込めてもかなくなった。

「兄さん、もう一人もやらなくちゃダメ?」

「念のためです。巻いといてください。」

ツバキも言われるがまま淡々とドルディーの服を捲って残りのゼンマイを嵌め込む。一連の動作が終わって二人は並んだ。

「もう大丈夫ですよ。ほっといてもしばらくしたら目が覚めます。それより、先程ので怪我などはございませんか?」

「俺は平気だぞ!ここにくる前に刺されたような気がしたけど復活したんだ!それより、アリスが・・・。」

まだ体に力が入らないアリスは彼の腕の中でぐったりしたままだ。誰がみたって様子がおかしいのは一目瞭然。自分では何にもしてあげられない無力なシュトーレンは助けを乞う表情だ。

「ええ、わかってます。少し歩きますが、ここから私の家は近いので休ませましょう。運びましょうか?」

笑顔で差し出された手をシュトーレンはというと、元々人を寄せ付けないキツい目つきでさらに睨みつける。それは決して助けを拒んだわけではない。

「俺が運ぶ。」

彼の意図を察したサカキが「そうですか。」と微笑んで背中に負うのを手伝ってくれた。

「人の好意を無下にするの?」

「・・・・・・。」

ツバキは相変わらずだがシュトーレンは何も言わない。

「どうせ任せたら「人に任せて自分は・・・」って言うんだろ。」

と、心の中でぼやくだけ。いずれにせよ小言を返されそうだから言っても仕方ないというか、ようは面倒だったのだ。

「レンさん、私・・・。」

ほぼ無意識で口から漏れただけの声でも近くで、大きな耳は取りこぼさなかった。

「大丈夫、なんとかしてくれるぞ。」

なんとかする、ではなく。どこか他人事のような。でも他人事なんかではない。彼の心の中を満たしているものは、一体。


そうして辿り着いたのは。まさにお屋敷と言っても過言ではない。なんと今度は三階建て。派手さはないが和風の家に、これまた広い庭。松などの緑色の木がぐるりと囲む。装飾の施された玄関でもうお腹いっぱい。

「この国の奴らはみんなこんなでっけー家に住んでんのか?」

「あはは、うちは図書館と喫茶店を経営していまして。二階からが私たちの家みたいなものなんです。」

「どのみちでけーじゃねえか・・・。」

めずらしくシュトーレンの至極真っ当なツッコミ。

「入りましょう。今日はどちらもお休みですのでお客は来ませんし。」

サカキが扉を開けると、亜麻色の壁に沿って大きな本棚が並んでいる、もちろんその他の場所にも。これだけの本棚があるにも関わらず全く窮屈さを感じないのは、本棚の位置がうまい具合にそうさせているのと、中央に大きなスペースがあったから。丸テーブル以外にはなにもない。椅子すらない。そういえばテーブルの脚がやたら低いような?

「そこで休んでもらったら?」

さっさと三人の横を通り過ぎどこへ向かうと思えば、カウンターの下を覗き込み何やら手探りし始めた。

「椅子がねェんだな。」

「向こうにはありますけど、皆様によりくつろいでいただくためにこのような場所を設けさせていただいたのですよ。」

確かに、足を伸ばして座ったほうが楽ではある。もし、今度あの人に会うことがあったら提案してみようとシュトーレンは頭の中にこの景色を入れた。会うまでに覚えていたら・・・そもそも会えたらの話だが。

「ほら、これ。」

テーブルのそばに浅めのクッションが置かれる。

「ベッドなんて気の利くもんがなくて悪かったわね。」

と言い残して今度は二階へあがってしまった。声に刺々しさは感じない。そのことに驚きつつ、アリスをそっと寝かせてあげた。

「大丈夫か?」

仰向けの彼女の隣に座る。

「体に力が入らない・・・動こうとすると痺れる・・・。」

ただ疲れただけではなく、ずっと体に異常をきたした状態だったことまでは知らない。心配で張り詰めそうなシュトーレンの目の前、テーブルに二つの湯飲み。透明のお湯だが、ハーブのような爽やかな香りが漂う。

「あれはただの電流ではない。麻痺が残るようにしてあるのでしょう。ツバキが薬をとってくるので、大丈夫です。こちらは薬草入りのお茶です。気分が良くなりますよ。」

「・・・。」

最初こそ警戒していたものの、彼の優しさに心を許し、出されたお茶を一気飲み。お茶は熱すぎず、かといいぬるくもない絶妙な温度だった。味は薄めの砂糖水にハッカが混じったような味。もっと苦いものを想像していたシュトーレンはまたもびっくり。

「それと、刺されたとおっしゃってましたね?」

うんと頷くと、あいもかわらず笑顔で。

「念のため、体を見せてもらってもよろしいですか?

聞かれた直後、なぜか自慢げに服を脱ごうとしたが止められた。

「脱がなくても結構です。」

やんわりと止められたのでブラウスを捲った。

「ふむ・・・。」

体に再び穴が開きそうなほどじっと見つめる。穴はないものの、刺されたと思われる箇所が青黒くなっていた。

「ツバキ!!青色の解呪の札も持ってきてください!」

すぐそばで大声を出されたらたまったもんじゃない。咄嗟に耳を押さえると苦笑いで謝られた。体の疲れはひいたもののどこかもやもやした気持ちを抱えたまま時間だけがすぎていく。忘れた頃にツバキが降りてきた。小瓶と札を持って。

「・・・!」

ほんの一瞬、シュトーレンの耳が真上にピンと跳ね上がった。自分でもなぜだかよくわかっていない、その小瓶がアリスを元に戻す薬だろうという推測しかできない。しかし・・・小瓶を見て、反応してしまったのだ。

「呪いを解くの?なんで・・・あぁ。」

背中の青い痕を見てすぐに察した。

「その時の状況がわからないのでなんともいえません・・・が、そんなことは二の次です。まずはこれをなんとかしないと。」

札を受け取り、背中に、もう一枚を貫通した所の腹部あたりに貼る。そして両手の指を複雑に絡ませ、目を伏せてぶつぶつと呟き始めた。

「なんだ・・・!?」

札が青白く光ると同時に、縮こませて身悶えした。体の内側が蒸されるような熱い。腹を抱え、手をテーブルにつき、歯を食いしばる。

「ほんの少しの辛抱よ。さて。」

シュトーレンが苦しんでいる間、アリスの頭を片手で少しだけ起こして小瓶から取り出した錠剤を口に入れ、お湯を流し込む。彼女の意識は比較的しっかりとしていたので手こずることはなかった。

「どう?高いやつなんだから、すぐに効くはずよ。」

「ん・・・。」

細いまぶたがゆっくり時間をかけて、ようやく丸い瞳がお目見えになった。痺れはおろか、お茶の効能のおかげで疲れも引い、今までの状態が嘘のよう!

「すごい!なんともないわ!」

ガバッと起き上がり、ツバキは思わずのけぞった。

「レンさ・・・どうしたの!?」

アリスは安心する暇もない。だって、いかにも腹痛を堪えている姿勢のシュトーレンがそこにいるのだもの。これじゃあさっきの立場が逆転したみたいだ。でもここはツバキなりに気を遣ってあえて本当のことは言わなかった。

「お腹が痛くなったから薬を・・・。」

「でもさっき呪いがどうとか・・・。」

アリスは起きていたのだから、聞こえていたんだろう。せっかく嘘をついてごまかそうとしたのに。

「これは呪いを解いているのよ。大丈夫。」

心配そうに見守る中、光は消える時はすぐに消えた。シュトーレンがその場に倒れ込んだ。肩を激しく上下させ、息も荒いが・・・。

「はぁっ、はぁっ、やべえ、体ん中が炙られてるみてーだった!!」

元気はあった。お互い、なんともない体ですっかり回復したのを目で確かめ合う。

「「・・・・・・。」」

喜びのあまり、二人はその場で抱きついた。もうなりふりなどかまってられない!

「嬉しいのはやまやまなんだろうけど。」

良い雰囲気に、ツバキのとても冷ややかな声。でも、自分のおかげで助かったのを見たら嬉しいものではなかろうか?いや、彼女が怒っているのは、ありがとうの言葉を忘れて大喜びしているからでも、ましてや静かにするべき図書館ではしゃいでるからでもない。

「早速でごめんなさい。今見つけたものだから。」

ツバキの手には、自由の鍵。シュトーレンがいつのまにか落としていたのだ。

「あ・・・。」

滑稽なほどにフリーズした二人。その時。

「失礼するぞ!!」

ドォン!と無礼極まりないぐらいの勢いで玄関のドアが開いた。一同吃驚仰天。シュトーレンに至っては心臓が飛び出るかと思ったほどで、一人真っ白になってる気がした。しかし驚くのはそれだけではない。

「何もしておらぬが匿ってくれ・・・む?」

客ではない、突然の来訪者はなんと、アリスや今ははぐれてしまったエヴェリンが一番探していたフィッソンではないか。ただ、違うと言えば長く束ねていた髪は切り揃えてあり、どこぞの国の法皇みたいなかしこまった服装だったこと。

「アリス!!それにお主はシュトーレンではないか!随分久しいな!」

こっちの気持ちなど知るわけもなく、もうないと思われた再会に胸が躍り出すほどの喜びをいかんなく表情にあらわしている。つられてシュトーレンが跳ね起きて、彼のもとへ駆け走る。

「フィッソン!元気にしてた!?俺もだぞ!髪切ったんだな!!」

「ああ!ばっさりとな!これでもしょっちゅう切っておるのだぞ?我は髪がすぐ伸びるのでな。」

話したいことはアリスだって山ほどあるのに、今は彼に話さなくてはいけないことをこの雰囲気でなかなか話し出しづらく。

「あ、あの。」

「フィッソン、ちょっと?」

ズシリと重い声が少女から聞こえる。いきなりお邪魔したのだ、フィッソンは苦笑いで誤魔化そうとするも・・・。ツバキが手にぶら下げたそれを目撃した瞬間、表情が硬くなった。

「それが、なぜ・・・。」

「・・・。」

ツバキにも睨まれ、アリスは萎れた葉のようにしおしおと縮こまった。



―――――――・・・



「はっはっはっは!!それはすまん事をしたな!!」

アリスが今まで起こった事を所々省きながら話した後に返ってきたのは豪快な笑い声だった。怒られるよりマシとはいえ、この落とし物のために、どれだけ酷い目にあったのかを思い出すとやるせない。ちなみに、アリス達がここに来る前の、シュトーレンが背中から体を貫かれた場所での出来事は話していない。話したら大事になりそうな気がしたというか、余計な事だと判断したためだ。うっかり話しそうなシュトーレンの尻尾を掴んではきつい顔で首を横に振って見せたら、黙ってくれた。

「はっはっはじゃないわよ!何アンタ、とんでも無いものをなくしてくれてるわけ!?」

アリスの代わりに怒ってくれたのはツバキ。サカキは一歩引いたところで苦笑。

「アンタねぇ、鍵の価値がわからない奴が拾ったからまだよかったのよ!?この国の誰かに拾われてみなさいよ、自分が使えなかったとしても・・・。」

「まあまあ、およしなさい。」

サカキになだめられるもまだ納得していない様子。激しい呼吸で必死に耐えている。

「価値がわからねえ、つーことはよ。ゴミだと思って捨てちまってたかもしれねえってことだな。」

「レンさん。今は少し黙ってて。」

違う意味でシュトーレンも黙れと叱られてしまった。

「しかし最初に拾ったのはアイツか。むぅ・・・色々迷惑をかけてしまったものだ。お前達にもな。」

今度は本当に申し訳ない気持ちだというのが急におとなしくなったことからわかる。そう、今頃エヴェリンはどうしているのだろう。こうして無事にフィッソンの手に返ったのだから、それを伝える術さえあれば彼も自由になれるのに。

「なんだかんだ、無事に返せて良かったわ。エリンさんにも教えてあげたいのだけど・・・。」

「それについては我がなんとかしよう。」

・・・いまいち、信用できなかった。即答されたにもかかわらず。

「なあ、アリス。じゃあ俺たちもう用済みってことだよな!」

シュトーレンがすごく、そりゃあもうものすごく清々しい笑顔でアリスの方を向いて自分達を「用済み」と言い放った。少しは周りを配慮して発言するのを教えたほうがいいと、顔色を伺いながら思った。

「俺は隣の国に帰ればいいけど、アリスはどうやって帰るんだ?」

意外と考えてくれていたみたいだ。アリスにとって肝心なのは、元の世界に帰ること。だけど・・・。

「わからない。でも、前もそんな感じで、帰れないと思っていたら帰れたのだもの。きっとなんとかなるわ。それと、白の女王に会うって言ったもの。赤の女王に会ったんだから白の女王にも会ってみたいわ。」

それを聞いて軽く引き気味のツバキ。彼女にとったら国の一番偉い人に会いに行きたいと堂々と言ってるようなものだ。

「フィッソンが居たら難しくは無いと思うけど・・・。」

フィッソンは至って平然としていた。

「我の顔があれば容易いとも!お前らには借りがある!望むなら付き合ってやろう!」

今のはとても頼もしく聞こえた。

「おや、ではここでお別れですか。まだゆっくりしていったら、というわけにもいかなさそうですね。」

名残惜しそうにサカキは、フィッソンのいるテーブルに置かれたお湯を一瞥しながら。

「良い旅を。・・・フィッソンさん。少しよろしいですか?」

「断る。」

何も話してないのにいきなり断った。フィッソンにしては珍しいような気もした。サカキは懲りずに続けた。

「まだ何もおっしゃってな・・・。」

「どうせ見合いの話であろう!?断る!我の人生は我のものぞ!誰だろうと断る!!」

フィッソンが慌てて立った。こんなにひどくうろたえる彼など見たことがない、こんな顔もするんだ、とアリスもシュトーレンもお互いを見つめてからもう一度頭を上げた。

「そ、そこをなんとか・・・!」

一方サカキは、懇願していた。必死というか、なぜかほうとした笑顔だ。こんな顔もするんだと同時に、見たくもなかったの気持ちがアリスの中では強かった。

「二人ってそういう関係なのか?」

「フィッソンさんの方は、お引き「とり」くださいって感じだけど。」

アリスはダジャレを交えながら小声で話していると、突然、フィッソンに腕を掴まれてしまった。

「きゃあ!!」

「何すんだテメェ!」

びっくりしたついでに威勢よく叫ぶシュトーレン。そんなの構わず、彼らしくもなく、いや・・・彼らしくもあるような?青ざめて狼狽しているのはらしくないが。

「アリスらに会えたのは別として、やはり来るべきではなかったわ!行くぞ!!」

「待てよ!!」

シュトーレンが慌てて追いかける。フィッソンは来る時も去る時も慌ただしく、二人を巻き添えに図書館を出ていった。

「・・・疲れたわ。もう、兄さんが余計なこと言わなければ。私のことは別にいいのに。」

嵐が過ぎ去った後、身内しかいないのを機に足をだらんと伸ばして深くため息をつくツバキ。サカキはひどく落ち込んでいた。

「いえ、これは大事なことです。ツバキの今後の幸せのためにはああいった方と結ばれ、家庭を築き、ゆくゆくは・・・。」

「はいはい。・・・ん?」

ツバキは怪訝な顔で、フィッソンに出されたお湯を睨んだ。一見ではアリス達のものとなんら変わりないか。

「これだけ甘い匂いがする。特別なお茶でも出したの?」

フィッソンにお茶を出したのはツバキではなくサカキである。アリスとシュトーレンは知らなかった。サカキがいっていたお見合いは自身の妹に向けての話なのも、フィッソンに出したお茶には強力な「睡眠薬」が混ぜてあったことも・・・。






あのままずっと速度を保ったまま歩いてきたら疲れもたまるわけで、岩場に腰を掛けて魂の抜けたような顔で虚空を見上げているアリスと仰向けになっているシュトーレン、フィッソンはもうひとつ大きな岩場に寄りかかっていた。

「すまん。急なことに巻き込んで。」

「うーん・・・まあ、嫌な話されたら仕方がないんじゃない?私だって、都合の悪い話だと逃げたくなるもの。」

「好きでもねー奴と結婚させられるのは嫌だもんな!」

可哀想に、フィッソンのお見合い相手がサカキだと誤解されているなど露知らず。

「ところで、白の女王に会いに行くのであろう?ちょうど良いことに、我は彼女の居場所を知っておる。」

ああ、やはり頼もしいところもあるものだ。アリス達にはこの世界、国においてなんのあてもなく手当たり次第で歩き回るしかなかったのだから。二人はお互いを希望に満ち溢れた笑顔を合わせた。

「近道がある。そこを通ろう。」

「ますますありがとう!・・・あっ、鍵・・・!」

ツバキに取られた鍵の存在を急に思い出した。アリスはポケットに手を入れるが、ない。直後にフィッソンが他の中にあるものを見せた。例の鍵だ。

「さりげなく取り返したわ。」

本当に、いつの間に。アリスの心配は杞憂に終わった。

「・・・ん?」

そのかわり、ポケットには今まで入ってなかったものがあった。小さな麻袋だ。付箋を利用したメモがくくりつけてある。

「体力が全回復する薬。せいぜい頑張りなさいよね。ツバキより。」

綺麗な文字で書いてあった。二階に薬をとりに行ったついでに見繕ってくれたのだ。

「ツバキさん・・・。」

彼女の心遣いをそっとしまう。アリスとシュトーレンは、先頭をきって進むフィッソンに続き、白の女王のいる場所を目指した。










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