機械仕掛けの双子人形
「おいおい、ドルダム。」
「なんだい、ドルディー。」
森をバックに一件の赤と青の二色に半分ずつ塗られた三角屋根意外はこれといった特徴の無い煉瓦造りの家。そこの住人である双子の少年が「あるものに」大変興味を持った。そこには、気を失って倒れているアリスとシュトーレン。
「ドルダムはこれがなにかわかるかい?」
ドルダムと呼ばれた少年は玄関から階段を降りる。赤いメッシュの入った白い髪に右目を隠していた。ベレー帽を被り、セーラーがモチーフの、全体的に赤と白を基調とした服に黒いベストを上に着ている。覗いた目は碧眼だ。
「ドルディーがわからないことを、僕がわかるわけないじゃないか。」
ドルディーはドルダムとは対称的に青と白を基調とした同じ服に同じ髪型。左目を隠し右目は緋色だった。
「ただしひとつ言えるなら、女の子は人間。男の子は兎と人間のハーフだね。」
とドルディー。
「それは驚いた。しかしこれはハーフではなくミックスだろう。動物と人間の間に子供なんかできるわけない。」
続いてドルダム。二人はそれぞれの側に膝を抱えてしゃがみこみ、頬をつねってみたり耳を引っ張ってみたりした。
「でも人間も動物だよね。動物と動物の間だったら可能かもしれないね。その場合、どっちが雄でどっちが雌だろう。」
ドルダムのさりげない疑問にすかさず返した。
「どっちだっていいよ。僕らにとっちゃあ人間も動物もみんなみんな同じ玩具なんだから。」
「それもそうだね。にしても動かないね。」
ドルディーの返事にうんと頷いたドルダムはすっと立ち上がってシュトーレンの脇腹をつま先で軽く蹴ってみるが全く微動だにしない。
「死んでたら手術ごっこできるのにね。カエルや魚ばっかり飽きたよ。」
手術ごっことは、所謂ただの解剖である。よい子の皆は絶対に真似をしてはいけない。
「魚はいいじゃん。後で美味しくいただけるし。飽きたけどね。」
ドルディーが足裏でシュトーレンの背中を踏んで左右に揺らした。一応、アリスが女性であるから配慮しているらしい。
「どーしようかなぁ。これ、ほったらかすには勿体無い。」
とドルダム。
「しかし動くのを待つなんてじれったい。」
続いてドルディー。数秒考えた結果、ひとつの結論にたどり着いた。
「「こいつらを拉致監禁しよう!」」
さすが双子の神秘性。きらきら輝いた笑顔で見合せ、きれいにハモった。いや、言っていることはものすごく理不尽で物騒極まりないが。
「ちょっと待って。拉致監禁ってまるで僕ら犯罪者みたいじゃないか。」
とドルダムは途端に真顔になる。
「そうだよね。捨ててある玩具、つまりゴミを拾って僕らのものにするんだ。」
とドルディー。
「むしろ道が綺麗になるからこれはボランティア活動の一環に入るよ。」
ドルダムもとんだ屁理屈を正論化した。異論を出すものもいない。二人は悪巧みを閃いた悪党のように、笑う。
「とりあえず動けないようにがんじがらめにしよう。ドルディー、いざという時のための薬はあるかい?」
「ああもちろん!ドルダム。でも壊しちゃダメだよ?使い物になら無い玩具なんか意味がないんだから。」
ドルディーが一歩後ろに引いてしまった。今から二人を家に運ぼうとしていた矢先、二人の意識が戻りつつあった。ドルディーの足が、地に長く垂れ下がった耳をおもいっきり踏んだ時。
「んぎぇえええええ!!!!?」
「「うわああああああああ!!?」」
痛々しい絶叫とともに、気を失っていたのが実は嘘だったみたいに勢いよく飛び起きた。踏まれた耳は真ん中で二つに折れている。ドルダムとドルディーの双子が慌てて距離を取った。
「痛い!痛い痛い痛い!!さっきよりずっと痛い!!いっ、いたい!!」
首を横にぶんぶん振ったり耳を触ったりとシュトーレンは大分混乱していた。
「ん~っ、ん?明るい?」
一方アリスは急に暗いところから明るい場所に出たため、外がやたら眩しく目を開けるにも、起き上がるにも時間がかかった。
「いって~~~~。」
側には頭をおさえて目尻に涙を浮かべたシュトーレンがいた。刺されたり踏まれたりとこの短い間で散々な目に遭っている。
「レンさん・・・あっ!レンさん!体の方は大丈夫なの!?」
見た感じは傷ひとつ無い
「大丈夫って・・・見ればわかるだろ。脱がなくちゃわかんないか?」
「いいです!!」
顔を赤くしてアリスは即答した。
「もう・・・なんだか色々ありすぎて頭が痛くなってきたわ。それはそうと、どこなの?ここ。」
アリスが差し伸べた手をとりシュトーレンが体を起こす。ふと建物に気づき、そちらの方を見遣ると、まず目に飛び込んできたのはどぎつい色の屋根だった。
「まあ!なんてエキセントリックな家なのかしら!」
シュトーレンは腕を組んで唸る。
「う~ん。青は微妙だな。壁の色とあってない!」
同意を得ると思ったらアリスは違う視点ら屋根は青と推した。
「でも逆に新しくていいじゃない。」
「えーでもー。絶対赤だぞ!」
まるで子供のように駄々をこねるみたいに自分の意見を通そうとするシュトーレンに、対してこだわりもなかったアリスもついむきになって反論した。
「なによっ!貴方みたいな普通に頭が凝り固まった人ばっかだから毎日がつまらないのよ!」
シュトーレンは言葉につまりかけた。論点が早くもずれつつある。
「なんだよなんだよ!お前みたいに青色が似合うのなんて中々いないんだぞ!」
「ああいったらこう・・・え?」
アリスの言葉が止まる。嘘か本当か、口から出任せを言っただけなのかわからない言葉にまさか照れてしまうとは。
「「ちょっとそこの君達。」」
二人の声がぴったり重なって同じことを口にした。家の隣、ドルディーとドルダムが肩を組んでいる。随分と不貞腐れていた。
「人の家をバカにしたね。君達の家が燃える呪いをかけるよ。」
とドルディー。
「人の前でいちゃついたね。恋人のいない人の前でいちゃついたら爆発するよ。」
とドルダム。
「そんな理不尽なことあるわけないわ!恋人いないってさらっと暴露しちゃってるし!」
「いるとは思えねェけどな。」
アリスの勢いのあるツッコミが炸裂し、シュトーレンからはしらけた目で見られる。
「ドルダム、後で覚えてろよ。」
「僕は悪くないよドルディー・・・。」
ドルディーと呼ばれた少年は自分のうっかりのせいで相方に睨まれて軽くすぼむ。しかし、声の調子はほば同じ。端から見たらほぼ瓜二つである。
「貴方達・・・双子?」
アリスの問いにドルダムが返した。
「どこからどう見ても双子にしか見えないでしょ?」
「どこからどう見ても双子にしか見えないじゃん。」
続いてドルディーも同じように返した。一方シュトーレンは二人を目の当たりにすれば物珍しそうに交互に見比べながらアリスに訊ねる。
「こいつらそっくりだぞ!?」
彼は双子の意味すら知らなかったのだ。アリスは面倒なのでシカトを決め込む。
「双子なんて初めて見たかもしれない。ここまでそっくりなのね。」
彼女に更に呆れたドルダムはさぞ素っ気なかった。
「この国じゃそんなに珍しくないよ。」
続いてドルディーも素っ気なかった。
「男女の双子はそこそこ珍しいよ。」
どうやらこの国ではアリスのいた世界ほどめずらしくはないらしい。しかし、やはり滅多にお目にかからなかったものを目の当たりにすると興味が惹かれるわけで。
「本当にそっくりだわ。へえ、すごい。」
じろじろと色々な角度から眺めるアリスの視線が気になって仕方がなかった二人が物申す。
「僕らは蝋人形じゃないよ。」
「そんなに見るなら金取るよ。」
シュトーレンが間に入ってくる。
「お揃いにしてるだけかもしれないぜ。脱げばわかる!な?」
生身の体だけは偽れないと言うことを彼は主張したかっただけなのだ。ようは、脱げば早い理論。
「さすがにそれは有料にせざるをえないね、ドルディー。」
「そりゃそうだよドルダム。でも、運が悪けりゃ僕らがお金をとられることになるかもよ。」
二人は満更でもなかったが、運が悪いとはつまりお巡りさんに捕まって罰金を払うはめになること。
「脱がなくていいです!」
アリスはどっちも嫌だった。
「それはそうと二人はどうしてこんなところで倒れてたんだい?」
ドルディーの質問にアリスがはっとした。
「そうよ!ここはどこなのよ!?」
答えにはってないものの、おおよその検討はついた。二人は再び彼女に聞いた。
「気づいたらここにいた系だね。じゃあ、君達は誰?」
「教えてくれたら僕らも教えてあげる。」
警戒心を解こうと試みた笑顔なのか、満面の笑顔すぎて逆に不気味だ。
「私はアリスよ。こっちはシュトーレン。」
ついでがてらに隣の連れも紹介した。彼はなにも言わずうんと頷いている。
「僕の名前はトゥイードルディー。略してドルディー。弟さ。」
青い服の方が先に名乗った。
「僕の名前はトゥイードルダム。略してドルダム。兄さ。」
次に赤い服の方が名乗って、肩を組んだまま同時に頭を下げてお辞儀をした。
「ここは鏡の国四番町。」
「あれは僕らの家だよ。」
ドルディーが指を差した先には看板が二つあり、「←トゥイードルディーの家」「←トゥイードルダムの家」と記されている。どちらも同じ方向を差しているようだが、二人が住む家ならば別におかしいとは思わなかった。初見では多少引っ掛かったが。すると突然、二人が空いた手を差し出した。
「え?なに?」
アリス達が頭に疑問符を浮かべる。
「「君達踊るのは好き?」」
期待の眼差しで見つめ無邪気に微笑む、まだ幼さの残るあどけない顔が二つ。このような押しにはアリスはめっぽう弱かった。妹が甘えてきた時は責めるのが大変だったほど、年下に甘えられるのに弱かったのだ。だが、断るところは断らなければと自身を責める。
「き、嫌いじゃないけど・・・でも、私うまく踊れなくて。」
「俺は踊れないから大嫌いだぞ!!」
まさかのシュトーレンが堂々と誘いを拒否した。意外にものりそうと思ったら嫌いを通り越して大嫌いだった。
「でも、コサックダンスは踊れるぞ!」
一人で踊るものではないか。
「失敗したね、ドルダム。」
「楽しく体力消耗作戦失敗したね、ドルディー。」
途端になにやらひそひそ話を始めた。
「どうしたの?」
ドルダムとドルディーは不審に思われたと察し、慌てて作り笑いを浮かべる。
「あはは、なんでもないよ。」
「ほんと、なんでもないよ。」
見たところ、怪しさが極まっただけなのだが。
「そう。・・・じゃあ、私たち行きたいところがあるからそろそろおいとまするわね。さようなら。」
「じゃーな!ちびっこ!」
アリスとシュトーレンはこれ以上ここにも彼等にも用はなかった。別れの挨拶だけして行く先のわからない道へと進もうとした。
「「待ってよ!」」
二人が声を揃えて呼び止める。まだ一歩しか前進していない一行がなんだと振り向いた。お互いの肩を組んでいた手もほどいている。
「僕らパパもママもいないから寂しいのっ!」
と、ドルディー。
「たまにはいろんな人とお話ししたいのっ!」
続けてドルダム。まさかこの家には二人しか住んでいなかった。子供だけで生活していたり、一国の王女を担っていたり、元いた世界での自分がどれだけ不自由ない毎日を過ごしていたかを思い知る。アリスは二人に潤んだ瞳で懇願され早くも押されかけている。ドルディーとドルダムがアリスの手を掴む。
「う・・・うぅん。で、でもぉ・・・。」
仲間を一瞥ささて助けを求めた。今度ばかりはやんわりと断ってほしいものだが。
「しょーがねーな。ちょっとぐらいなら遊んでやってもいいぞ!」
とノリノリのシュトーレン。その笑顔でなんだか花が咲きそうだ。「違う!」とアリスは心の中で叫ぶ。残念ながら、事はアリスの望んでもない方向に流れ出した。
「じゃあ中に入ろーよ!」
ドルダムがアリスの手を、ドルディーがシュトーレンの手を引っ張りだす。中とはつまり、彼らの家へ招かれているということ。一体なにに対してそれほど警戒しているのか分からないけど、安易に誘いに乗ってはいけない気がした。
「いっぱいおもちゃがあるよ!」
「本当か!?」
中身がとことん幼いシュトーレンが食いつく。子供が遊ぶ玩具で満足するのだろうかとアリスが少し不安になった。
「どんなのがあるかは入ってからの秘密だよ。」
とドルダム。
「新しい玩具が増えたからまた遊べるよ!」
とドルディー。二人に引っ張られるがままに足がついていく。そんな矢先だった。地面でガラスのようなものが割れる音がした。
「いまのはなあに?」
視線を下げると、ドルディーの足元には、子供の手のひらに収まるぐらいの小さな赤い水晶体が無惨にもただの破片と成り果てていた。
「水晶玉?」
二人は手を離す。アリスがひとつを拾い上げた瞬間、破片が触れられることを拒むかのように強い静電気を放った。
「きゃあっ!」
指先に痛みが走り、うっかり落としてしまう。
「占い師がよくテーブルに置いてるあれだな!」
と何処で占い師がテーブルに置いている光景を目の当たりにしたのかわからないシュトーレンは触れようともしなかった。
「でもその理屈じゃあ二人が実は占い師ってことになるわそうなの!?」
占いに興味ないアリスは二人のギャップに興味をそそられた。
「違うよ。これは人工魔鉱物でだきたアイテムで、一日だけ全く違う姿に変身できるんだ。」
とドルディー。笑顔が若干ぎこちない。冷や汗が滲んでいる。
「なにそれ!すげえな!!」
「あははは・・・うん、すげえよね・・・。」
シュトーレンが目を輝かせる。しかしアリスはだんまりを決めた。むしろ彼女の対応が正しかったのかもしれない。ドルディーの隣から殺気に近いものを感じる。
「ねえ、ドルディー。これ、僕の分だよね?」
声の調子は出会った時と変わらない。笑顔のままだが、目が明らかに笑っていない。
「そうだよ!ドルダムったら風呂場に置いたまんまだったから。」
「別に置いたまんまでいいじゃん!」
とうとうドルダムは血相を変え声色も荒げる。
「え、だって風呂場に置いてたら忘れちゃうじゃん・・・。」
ドルディーにあとはない。
「毎日入るんだから忘れるわけないじゃん!てか確かそれを置いたの三日前ぐらい前だし!渡してよ!」
畳み掛ける如く反論に出る。しかし、ドルディーにも言い分ができた。
「三日前・・・って、ほら!忘れてる!!!」
三日もなくなったことに気がつかなかったみたいである。
「ていうかドルダムだってこの間僕の楽しみにしてたアップルパイ一人で全部食っただろ!」
話が急展開を迎えた。
「え、あれ僕に買ってきてくれたんじゃないの?」
「違うし!!」
気まずそうな顔でアリスが間に入ろうとする。
「あ、あの~・・・。」
自信満々なのはシュトーレンただ一人。
「俺、アップルパイなら得意だぞ!」
だが二人は全く聞いちゃいなかった。
アリスの今の心境は「呆れ」と「困惑」が合わさったなんとも不思議なもの。つまり何が言いたいかといえば、「もう行っていいかしら?」の一言。しかし、それが中々口に出来ない状況下にぽつんと置かれている。
「埒が明かないね、ドルディー。」
「僕らお互い様だね、ドルダム。」
二人が顔を見合わせてうんと頷く。
「あら、案外諦めが早いのね。」
は呟くものの、実際にこれがアリスにとって一番望ましい流れなのだ。余計に悩む必要もなく、やっとこの一言が言えると思うとアリスの心がふっと軽くになった。
「それじゃあ私達、ここで失礼するわね。」
「おい、待てよアリス。」
呼び止めたのはまさかのシュトーレンだった。
「どうしたっていうのよ。アップルパイでもご馳走するつもりなの?」
それに対し首を横に振る。
「違う。仲直りしたところで、俺達と遊んでほしいのは一緒なンじゃないのか?」
すっかりアリスは忘れていた、のではなくあえて触れなかったのに何故こんなことばかり彼は覚えているのだろうと些か疑問に感じたが、答えはシュトーレンの目を見てすぐにわかった。単に自分が遊びたいだけなのだ。
「もうっ、置いていくわよ!」
アリスはまるで幼子を叱りつける親の気分だ。シュトーレンが横目で睨む。
「さっきだれかさんの寄り道につきあってあげたんだけどなー。不公平はよくないよなー。」
「うっ・・・それは。」
シュトーレンの記憶力はアリスを一気に不利に追い込んだ。元はといえばアリスがあの扉に足を踏み要らなければ穴に落ちてここに来ることも、シュトーレンがうっかり体に穴を開けることもなかった。
「そ、れ、は?」
彼は伊達にバカではないみたいだ。さあ、どうするアリス。ここで「だ、か、ら?」と言い返す傲慢さはアリスにはなかった。だが、承諾するには少なからず抵抗があった。
「うーん。これでおあいこなら・・・。」
悩みに悩んで渋々結論をくだそうとした。
「不公平は。」
とドルダム。
「よくない。」
とドルディー。ハモってないが考えていることは同じだと伺える。
「あれ?ねえ。今ってどういう状況?」
めずらしくアリスが状況に置いていかれてしまった。でもその呟きは誰にも聞いてもらえなかった。
「あーあ、せっかく今ので玩具を独り占めできると思ったのに!」
「でも僕はドルディーのものを、ドルディーは僕のものを奪ったってところは公平だよね。」
なにやらまた、不穏な空気が流れ始める。
「こうなったらもうアレしかないね。」
とドルディー。続いてドルダムも頷いた。
「勝った方が玩具を独り占めできるんだよ。」
仲直りしたと安堵したのも束の間、二人は見えない火花を散らしていた。はたから見ればそんな気配は全くないが、隻眼には静かな闘志を燃やしていた。
「まあ、呆れたわ!」
アリスは心底うんざりした。
「なんで男の子って喧嘩をするのがこうも好きなのかしら!謝ればいいだけの話なのに!」
確かにアリスの言う通りだ。おそらく今ならば普通に仲直りできたはずなのだ。しかし、男の子とひとくくりされたらシュトーレンも彼らと同等に見られているということになる。争いで解決する性格ではなさそうだが。
「はっきりさせてやろうぜ!!」
「・・・。」
アリスは黙った。
「で、アレってなんだ?」
そうだ。まだ二人が喧嘩をおっ始めると決まっていない。シュトーレンは二人の拳と拳の殴りあいでも想像しているのだろうか。わくわくしているように見えるが。
「アレって勿論、じゃんけんぽんでしょう?」
「ぽん?」
平然と言い放つアリスに小首を傾げる。
「じゃんけんぽんでしょう?」
彼女はじゃんけんほど公平で簡単な方法はないでしょうと返したつもりだった。
「じゃんけんぽんって、なんだ?」
彼はアリスの言い方に引っ掛かって仕方がなかった。だが残念ながらこれではシュトーレンが「じゃんけんさえ知らない」と思われてしまう。この短い会話でかなりの語弊が生じた。
「じゃんけんぽんって言わ、言わないの?やっぱり・・・。」
段々アリスは顔を赤くして俯く。
「じゃんけんなんて運任せなことはしないよ!」
とドルディーは無邪気に微笑んだ。
「力と頭で捩じ伏せるのが僕らのやりかたなのさ!」
同じくドルダムも微笑む。まさしく同じ顔が同じように笑っているよう。
「力と頭・・・頭突きか!?」
真剣なシュトーレンには悪いが、頭突きでどうやって勝敗を決めるというのだろうか。そして、いい加減黙ってほしいとも思った。
「じゃんけんでも。」
「頭突きでもないよ。」
頭突きはさておき、じゃんけんという予想は外れた。
「興味ないけど、じゃあ何で決めるの?」
ついついアリスも本音が漏れてしまったがその場にいる者は誰も気にしなかった。
「そんなの言うまでもないよね。」
「ほんとそれだよね。」
そう言ったドルダムとドルディーは前髪で隠れた片方の目を同時に手で覆った。二人の突然の行動が謎を更に深める。アリスとシュトーレンはただ見守るしかなかった。
「「殺し合いに決まってるでしょ。」」
すると、ほんの刹那双子の体が白く眩い光を放った。
「きゃあっ!なに!?」
「うわあぁ!!」
アリスもシュトーレンも腕や手首で目を庇ったがそれも一瞬。次に見たものはとても信じられない光景だった。二人とも、頭に首に手足に胴体、全身を鉄製の頑丈な鎧が包んでいたのだから。右手には刃が広く真ん中に細い管、柄には銃の引き金がついた一風変わった剣を持っていた。
「武装魔法だよ。手持ちのもので一日三回しか使えないんだ。」
とドルディー。こっちは青のマントをつけている。顔が見えないので唯一二人を見分ける手段となる。
「あくまで武装だから普通の服に着替えるときは使えないんだ。」
ドルダムは反対に赤いマントをつけていた。まるで金属に声が跳ね返ってるみたい。それより、アリスは聞き逃さなかった。殺し合いと確かに言ったことをしっかりその耳はとらえていた。
「殺し合いって・・・。」
心配そうなアリスにドルダムとドルディーが即答した。
「大丈夫だよアリス。」
「心配ないよアリス。」
残念ながら二人が同時に喋ったので、アリスとシュトーレンは「アリス」の言葉しか聞き取れなかった。
「いままで沢山殺し合いしたけど。」
「死んだことは一度もないからね。」
シュトーレンの耳がぱたぱたと動く。
「ケンカするほど仲がいいってことだな!」
それに対し、二人は。
「「んなわけないじゃん、死んで。」」
と声を揃えて返した。声のトーンは低い。これは本当の殺意だ。ああ、こうもあっさりと身内に殺意を向けることができるだなんてやはりこの世界はどうかしてる。アリスはつくづくそう思った。
「さあ、ドルダム。始めようか。」
「ああ、ドルディー。始めよう。」
二人はトリッキーな剣の矛先を互いに向ける。
「でも待って。今まで死んだことはないって、もしかしたら「今が」そうなることだって有り得るじゃない。」
更に一層心配そうな顔のアリスにシュトーレンは神妙な面持ちで言った。
「今まで起こらなかったことがそうそう都合よく起こるとは思えないぜ。」
「・・・あんた、誰?」
思わずアリスは彼の発言の意図を疑い、かなりフランクな口調になった。
「はああああぁ!!」
「でやあああぁ!!」
二人は掛け声とともに一気に間合いを取り同じタイミングで剣を振った!
「わあ!始まったわ。殺し合いは比喩なんかじゃないのね!」
「すげえ!」
アリスとシュトーレンは逆に感嘆に近い声を上げた。そのあとも吃驚の連続だ。きっとことあるごとに喧嘩をしてきたのか、子供とは到底思えない手慣れた戦いぶり。躊躇いなく斬りかかっているようで、並の兵士に劣らない身のこなし。鎧で守っているからよかったものの、時々確実に人の体でいう急所を狙いに行くところはまさしく「殺し合い」そのものだ。
「子供が鎧を着て剣を持って戦うなんてまるでファンタジーだわ。近くで見てるとひやひやしちゃう。」
そんなことを呟きながらアリスは二人の行く末を固唾をのんで見守る。一方でシュトーレン曰く。
「なあ、あいつら俺達のこと忘れてるだろ。」
アリスははっとして再び意識を双子に向ける。
「そうね。戦うときは集中しないといけないから。あ、そうよ。レンさん、あなた随分と冴えてるのね。」
「冴えてる・・・?」
彼が伝えたい本当の意思は「構ってくれない」ということ。しかし、アリスは違う意味を汲み取って勝手に頭が閃いたのだ。「耳を貸して」とアリスの小声で、シュトーレンは中腰になる。
「あの二人は喧嘩に夢中だから、その隙に逃げちゃえばいいのよ。」
吐息混じりの囁きに若干くすぐったさを感じたのか時折耳が小さく動くも声はちゃんと届いていた。こちらもまた声をひそめる。
「えっ、そんな・・・いいのかよそんなことして。」
「私達には用事があるのよ。それを無視して強引に誘ったのはあっち側でしょ。忘れてるならなおさら、私達は悪くないわ。」
アリスの言い分はもっともだった。シュトーレンが彼らと遊びたい気持ちになったとしても、元から遊ぶつもりでここに来たわけではない。忘れてるのも、彼らの勝手なのだから。
「そ~だよな~・・・いつ終わるか、わかんねェもんな~・・・。」
「今は我慢よ。我慢。」
半ば渋々といった様子だが、シュトーレンの意思はアリスの思うままに傾いてくれた。
「でしょう?そうとなればさっさと行きましょう。早くけりが着くかもしれないし・・・。」
異論はない。シュトーレンも割り切って一足先に進むアリスのあとに続いた。
「んわあああ!」
これは紛れもなくアリスの悲鳴だ。いきなり何かに足を引っかけ派手にすっ転びそのまま俯せに倒れた。
「大丈夫か!?」
慌てて彼女のそばへ駆け寄る。アリスは反射的に両手をついたので膝に擦り傷を作った程度で済んだ。
「たいしたことないけど血が出てる・・・縄?」
アリスの足元には一本の縄。これに引っ掛かったのは間違いない。その縄は地面の土の色とそっくりで気づかなかった。まるで迷彩服を着た兵士のカモフラージュだ!ただ、謎なのは、縄がなぜここに、どことどこを繋いでいるか。
「アリス!!」
突如シュトーレンが名前を叫ぶ。それが何故かを問う前に周りを黒い影が浮かんだ。更に黒い影が何かを疑う間も与えられなかった。
「レンさ、きゃああああ!!」
遥か頭上から、巨大な空洞状の物体が落下し二人を閉じ込めたのだ。
「どういうことだよ!!」
外から見たら黒塗りの鉄格子で出来ている鳥籠といったところだ。一つ一つの隙間は頭すら出すことが出来ないほど狭い!刑務所で働く人は吃驚仰天、囚人は希望を木っ端微塵に砕かれるほど頑丈で、隙間はあれど隙が全くない。鳥籠と形容したがこれはもはや檻だ。
「あ、見てよドルダム。」
「ん?あ、かかってやんの。」
一旦戦うことをやめ双子がこちらを振り向く。
「ちょっと!なによこれ!かかったってどういう・・・あ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁ!!!」
感情任せに檻にしがみついたアリスの体は雷に打たれたかのように激しく跳ね上がり数秒膝を折ったまま停止し、後ろに力なく倒れる。シュトーレンは地に着く前に両腕で受け止めた。かろうじて意識はあった。
「あははは、逃げようとしても無駄だよ!内側に触れたら電流が流れるようになってるんだ!」
「「駒鳥の葬式(クックロビン)」は僕らイチオシの最強トラップだよ!どうなってるかは秘密なんだ!」
自慢げなドルダムとドルディー。喋れるシュトーレンはすっかり怖じ気づいている。憐れな光景に二人は笑いをなんとかこらえながら続けた。
「まーそう怖がらないでよって、目の前であんなの見たら無理か。」
「隙間を埋めて毒ガス噴射することも出来るけど怯えないでね。あっははは。」
ドルディーの方はしまいには笑い声を漏らしていた。
「なんで、俺達をそこまで、して?」
なんとか口を動かすことが出来たがなんとか細いことか。離れたところにいるドルディーとドルダムにはとても届かない。
「なんてぇ~?ぜっんぜ~~ん聞こえないんですけどぉ~~!!くははは!」
わざとらしく耳をそばたてるドルダム。
「ひゃははは・・・やめてあげなよ。大丈夫!電流も毒ガスも死なない程度に調節してあるから!」
とうとう笑い声をおさえることもやめたらしい。これほどまでに人を不安にさせる大丈夫などあるのだろうか。
「私・・・た・・・。」
「え!?なんて!!?」
アリスの呟きは彼の聴覚でも聞き取ることができない。双子は彼らが言ってることはどうでもよかった。
「しっかしまあ、本当に面白そうな玩具を見つけたもんだねドルディー。」
「ますます独り占めしたくなっちゃったよドルダム。」
二人の会話でシュトーレンは勘づいた。自分の中ではまだ憶測にしか過ぎないが。
「お前らがさっきから言ってる玩具って、「俺達」のことか?」
声が震えるが恐怖心は引いていた。もっと違う別の感情が次第に込み上げてきた。
「「そうだよ!」」
やはり、双子は息さえもぴったり合わせて答えた。
「僕ら玩具は大切に扱う主義だから安心していーよ!ね、ドルダム。」
「飽きても捨てずに「コワレモノ」として誰かにあげるから安心していーよ!ね、ドルディー。」
抑揚のある明るい声。意識が朦朧とした中でアリスは理解した。ドルディーとドルダムが終始口にしていた「玩具」は自分達のことで、あたかも構ってほしそうな態度は獲物を逃さないための演技だったということ。自分達と遊びたいのではなく、自分達「で」遊びたいということを悟ったアリスの心の虚しさといったら計り知れない。
「ざけんじゃねえぞクソガキ!」
業が湧いたシュトーレンが声を荒げた。
「生き物は、玩具じゃねーぞ!!」
隙間から見えた顔はさぞ怒りに血相を変えていただろうに双子はそれを物珍しそうに眺めている。
「やっぱり皆ああ言うんだ、ドルディー。」
「僕らには全然わからないね、ドルダム。」
二人して首を傾げた。また檻の方へと視線を移す。
「僕らからしたら、生き物なんて「自分から動ける」ってだけなのにね。」
ドルディーは剣の切っ先を眼中の中にいる自分そっくりの小さな兵士に向けた。戦闘再開の合図だろう。ドルダムもむしろ嬉々として刃を翳した。
「ま、いーじゃん。捕まえたらこっちのもんだし。始めちゃおうよ!」
俄然やる気が増した二人は楽しみのためにうずうずしてならない。今にまた始まりそうな争いはきっと、先程より激しさを増すに違いない!
「くそ!いつかはこれもどけてくれるだろうけど。」
うっかり触れてしまえばどうなるか、腕の中で衰弱している少女を見ると嫌でもわかってしまう。どうすることも出来ず落胆に項垂れていたシュトーレンはアリスの右頬に手を添えながら呟いた。
「・・・こんな時、あいつならどうしたんだろう。」
それから数秒経った。鉄のぶつかる音しかしない空間、なんの変わりもない現状。待つしかない籠の中の駒鳥。そろそろ決着がついてもいい頃だろうに双子の争いはまだ最中だった。
「あまり長引くようなら一旦やめにしようよドルディー!今は何時だい?」
剣を構えたままドルダムが問う。
「家を出るときは四時ぐらいだったよドルダム。」
同じ体勢で同じ構えをとるドルディー。
「そうか。じゃあ六時まで続けよう。」
続いてドルディーはこう言った。
「そうしよう。こうなれば、手当たり次第切っていくからね。」
「僕だって、目にうつるもの全て切っていくからね。」
そう遠くないところからけたたましい鳥の鳴き声が響いた。
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