第8章 それぞれの夢 第1話
瀬名のニュージーランド訪問は、8月となった。
日本の8月の気温は、30℃を軽く超える。一方で、ニュージーランドは最高気温が15℃程度となる。この気温差は、時差以上に堪えるかも知れない。
オークランド空港に瀬名を迎えに行ったのは、松山とオリバーだった。
期間中、瀬名は松山の家に宿泊することになったためであったが、ニコルがやたらと付いてきたがるのをオリバーが遮った。
到着後、ジムの会社事務所でスタッフへの紹介があったが、捕獲シーズン中でもあり、その日しか会うことのできないスタッフがほとんどであり、滞在中は松山とオリバーが主体となって瀬名を案内しつつ、学生に体験させるメニューについての相談が行われた。
瀬名のお土産は、実家の和菓子。これも、好評だったが、瀬名の流暢な英語には、松山も驚かされた。
瀬名の英語力を松山は知らなかったが、日常会話に問題はなく、松山が最初にニュージーランドに来た時を思えば、雲泥の差があった。
学生時代も、瀬名にはいろいろと驚かされたが、ここでも瀬名の知らない姿があって、松山は驚いた。
最初の企画であるオポッサム猟は、瀬名の受けも良く、射撃の腕前をオリバーから誉められていた。
「マツも、上手かったけれど、セナも射撃が上手ね」
「ありがとうございます。学生の時に、練習した成果ですね」
松山や瀬名の射撃技術の基礎が専門学校で培われたことは間違いない。その過程にオリバーは興味をもっていて、食事の時の会話などは主に専門学校での学習内容や実習についてものが多かった。
夜、オリバーの家で、瀬名との間でどのような話がされたかは松山には知りようもなかったが、オリバーと瀬名は、とても仲良くなり、瀬名の実家が和菓子屋であることから一緒に和菓子作りもしていたようだった。
専門学校側の窓口が瀬名であることで、ジムたちからの信頼も厚くなり、来年からの実施に向けての契約を具体的に進めるところまで話が進んで、瀬名は帰国する日を迎えた。
その後は、随時連絡を取りつつお互いの業務を進めていたが、11月の初旬に学校側から松山に瀬名が実習中に事故に遭い、入院したとの連絡を受けた。
瀬名がいないと、ニュージーランド実習は実施が難しくなることは明らかであったが、まずは彼女の回復をジムたちスタッフも願ってくれた。
事故の状況は、斜面で滑って滑落し、骨折の重傷であるとだけの一報だった。
南半球から、同級生の怪我からの回復を願うしか松山にはできなかったが、事故は発生すると教えられた学校での山里の講義が思い出された。
ジムたちの作業においても、事故はいつも隣り合わせにある。それは、日本でもニュージーランドでも同じことなのだ。
その後、瀬名は無事に回復した。
学校勤務もそのまま継続することになったが、その間に必要だった、事故の事後処理やリハビリは、ともすれば仕事を辞めても不思議ではなかったろう。
翌年、無事に専門学校のニュージーランド研修は開催された。
瀬名が引率してきたのは、専門学校の4年生2名であった。瀬名や松山から見ると3学年下の後輩となる。
在籍数もこの2名のみとのことで、相変わらずの少数精鋭と言えば聞こえはいいが、まだまだベンチャービジネスである状況で、進路先として選択を躊躇している学生も多いのだろう。
松山の同級生にも、捕獲事業について否定的な意見をもっている人もいた。
「シカやイノシシの被害が深刻であることはわかる。でも捕獲が進んで、数が減ったら仕事として成立しないだろう」
という考えが根底にある。
松山の考えは、山里らの受け売りであるが、明治期以降の国策による野生鳥獣の乱獲を考えれば、林道が奥山まで延び、車両での移動が容易となっている上に、高性能ライフルが使える現代であれば、戦略を間違えれば明治期以降と同じように絶滅を危惧するような状況に陥ることは考えられなくはない。
だから、しっかりとブレーキも用意しておく必要がある。
このような方向に進めば、同級生の危惧もわからなくはない。しかしながら、地方分権化が進み、義務より権利を主張するようになった戦後の国民の意識からは、野生鳥獣の被害軽減や個体数削減などに協力を得ることは、容易なことではない。
時代が捕獲を難しくしているのだ。そのうえで、どうしても守らざるを得ない場所や植生などは、今後も消えることはない。
特定外来生物の根絶作業などは、まだ成功した事例すらないのだ。
今後、数十年の期間で現状の激変は、捕獲事業においては追い風が吹くだろう。
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