第6章 ニュージーランド四方山話 第2話

 松山は、ニュージーランドでバーに入るのは、これが初めてだった。


「マツは、何を飲む」

と聞かれたが、特に酒が好きな訳でもないので、少々悩んでメニューを見ていると、


「マツ、ビールでどうだ」

とジムが間に入ってくれた。


「はい。じゃ、ビールで」


 ニコルは、これまでの捕獲の経験やスタッフの失敗話を次から次へと披露し、みんなの笑いを引き出しつつ、松山を全員で励まそうとするように、その集まりの中心にいた。


 さほど落ち込んでいないことを伝えようとしても、


「マツ、大丈夫だ。ニュージーランドの半分は女性だ」


と訳の分からないことを言いながら、松山は失恋して落ち込んでいるという思い込みから抜け出すことはなかった。


 途中、トイレに行って戻ろうとすると、オリバーと廊下ですれ違った。

 オリバーからは、


「マツ、あまり落ち込んでいないでしょう」

と、ズバリ松山の心の中を読まれた。


「でも、ニコルがあんなに貴方を励まそうとしているから、ここは彼の気持ちを察してあげて」

と言われた。


「えぇ、正直なところ彼女というようなお付き合いもしていませんでしたし、これからも友人であることには変わりはないので、落ちこんではいません。それ以上に、バー初体験、酔った皆さんの姿への好奇心の方が、何倍も大きいです」


「正直ね。でも彼があんなに君を励まそうとするには、別の意味もあるのよ」


「別の意味って・・・。」


「今後の作業で事故を起こさせないため。落ち込んで、集中力が欠けている状況での捕獲は、とっても危険。だから、彼は貴方を元気づけることが大事だと思っているのよ」


「なるほど。日本でも教えて貰ったことがあります。事故の原因というか、事故の発生確率に一番影響するのは、その人の精神状態だと教えられました」


「そう。そうなのよ。身体も当然だけれども、心も健康でないと大きな事故が起こるから、元気づける必要があると思っているの」


「そうだったんですね。分かりました。今日はニコルの励ましに全身で励まして貰います」


 事故は必ず発生するが、その発生確率を下げることの重要性は専門学校でも学んでいたので、ニコルの行動の意味は、よく理解できた。


 また、そのことをジムの会社スタッフが知っていて、松山の心のケアをすることが、友人としても重要であり、かつ行動を共にするスタッフとしても重要であることをスタッフ全員が共有していることの有難さを感じた。

 

 後半は、カラオケとなったが、「カラオケ」という日本語がそのまま通じることも驚きに値する出来事だった。

 

 スタッフの歌うニュージーランドの曲は、はじめてのものばかりで一緒に歌うことも出来なかったが、松山が選択したビートルズのLet It Beは、バーにいた客、全員での合唱となって会はお開きとなった。

 

 翌日は、土曜日。

 

 朝、アパートで寝ているとドアのノックの音で松山は起こされた。ニュージーランドへ来て、最初のアパート訪問者は、ニコルとジョージの二人だった。


「マツ、釣りに行こう」


 夕べ、あれほど騒いだあとで、まだ数時間しか経過していない時間帯での誘いは驚きであったが、ニコルの意図も理解している。


 正直釣りにも興味があったので、少々アルコールが残る状況だったが、すぐに身支度を整えてジョージのピックアップトラックに乗って湖を目指すことになった。


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