第28話 サファイヤの別れ

ペニンシュラホテルの一階のラウンジ。座るアリモトの社長の元にサモンピンクで花の柄をあしらったワンピースにサファイヤのペンダントをつけた櫻子が現れる。


「あなたから電話とは珍しいわね」

櫻子は声をかけると、優雅にソファに腰掛けた。

「何の御用?」

「渡したいものがあってね」

アリモトの社長は、おもむろに内ポケットから細長い一枚の紙を取り出して、テーブルに置いた。紙には小切手金一億円也の文字が書かれていた。


「どう云うこと?」

「君の役に立ちたいんだ」

「それだけ?」

アリモトはふかぶかとソファに座りなおすとゆっくりと言った。

「息子がお宅のデザイナーと付き合っているらしい・・」

「ルビのことね」

「殺人犯のDNAをアリモト家に混ぜるわけには行かない」

「・・つまり別れかれさせろと?」

櫻子は、きっぱりと口早に続けた。

「わたしたちの時みたいに?」


20年前、ありもとの令息だった彼と新進デザイナーだった櫻子は恋人同士たった。旧華族令嬢との縁談をまとめたかったアリモトの父が、病気の母を持つ櫻子に金を渡して別離を求めた。母の命を救うため櫻子は別れる道を選ぶしかなかった。

傷心の櫻子はその後パリに渡り名を上げ、現在の地位を獲得するまでになっていた。


「あのとき、君が去って行ったのが父がしたことと知った時、僕は愕然としたよ」

ありもとは感慨深げに言った。


「私は母の入院費が必要だったわ。それを知っていたあなたのお父様は残酷な真似をしたのよ。あなたを取るか、母の命を取るか。お金と権力に負けた私は、あなたと別れた。それから死ぬほど頑張ったわ。いつか、あなたたちと対等に向かい合える日が来ると思って。それなのに、いま、あなたは、その父親とそっくりおんなじ男になったのね」


「それが伝統ある家に生まれた男の宿命なんだ」

櫻子はすっと立ち上がると目の前の小切手をグイと前に押しやった。

「残念だけど。頂く訳には行かないわ」

「あの子の人生は、あの子が決めるのよ」


早足で立ち去る櫻子はホテルのエントランスの前のボーイに、胸のサファイヤのペンダントを引きちぎっって渡すと言った。

「悪いけど、これ捨てておいていただける?」

昔、初めてアリモトから貰ったものだったのだ。

  

翌朝、すさまじい迫力で西新宿を闊歩する櫻子の姿があった。手には沢山のバッグや毛皮を持っている。質屋の前で立ち止まり机の上にドスンと積み上げる。

「で、いくらで買ってくれるの?」


その日、チリエージャのデザイン室に現れた櫻子はみんなを集める。

「やっぱりね、今年も新作コレクションはやることにするわ。」

ワーッと喜ぶ一同

「でも、お金がないんじゃあ・・・」

とみほ。

「そうなの!今年はお金もないし、だからペニンシュラでやるのは諦めるわ!今の私たちの分相応のやり方でやりましょう!」

「賛成!」

とテツ。


「それで、問題はテーマね。」

ルビは窓外を見た。

大都会の喧騒の中、外務省公館の庭に薄桃色の桜の蕾が今にも咲きそうなのを見つけた。

「・・・・先生。サクラ、やりませんか?」とルビ。

「え?」

「チリエージャはサクランボウ。櫻子先生のサクラですよね。いろんなことがあったけど、もうすぐ春、サクラが咲きますよ」

みんな窓の外を眺める。

「そうね、サクラ、いいかも」

「わあ、ワタシサクラ大好き!お花なら任せて!」

テツが叫ぶ。

「わたしは、お茶いれまーす!」

「美穂ったら!」

久しぶりに明るい笑顔がオフィスにもどっていた。


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