第8話 ダンボールのプリンセス
翌日ルビは喜び勇んで一張羅の服を着込み、おばちゃんのパンプスを借りて早朝一時間前にチリエージャに向かっていた。昨夜アルバイトだが、採用の電話がかかってきたのだ。エレベーターを昇り、チリエージャという看板のかかったオフィスを入ろうとすると、営業の山本さゆりがもう前に来て立ちはだかっている。
「わりと早いわね」
時計をちらりと見ていった。
名前とは裏腹の大きく、ごつくてがっしりした強面のさゆりは大きな声で言った。
「あなたの勤務先はこっちだから!」
案内されたのはエレベータ脇の倉庫。段ボール箱が山のように積み上げられていた。
すぐさま、さゆりの檄が飛んだ。
「そこの段ボール箱のどこかに額縁が3つ入ってるから捜して、京都の友禅ジェムにお送っといて!それから、発送時間までに、ピエトロロンギのダンスレッスンのポップをマリオフルリオのカメオのポップと一緒に入れて、ネックレス台30個リング台37個と一緒にダンボール箱にセットして発送すること・・あ、パンフレット50部と作品集10冊も忘れずにね』
矢継ぎ早な山本の指示に、何も理解できないるびは慌てる。
「ピエトロ?ダンスして?ポップス?すみません、もう一度お願いします」
「聞くときはメモする!同じことは2回、聞かない!」
頭の中は真っ白だ。
「ピエトロ、ピエトロ・・どうしよう」
「だいじょうぶ?」
優しく声をかけてくれた女性がいた。
「ピエトロロンギは18世紀のヴェネツイアの画家。マリオフルリオは、世界の名画を彫るイタリアのカメオ彫刻師。ピエトロロンギのダンスレッスン(舞踏の練習)と言う絵をマリオフルリオが彫ったカメオがあるの。その説明を書いたパネルをポップって言うのよ。解らないことがあったら、遠慮しないで何でも聞いてね。私は相馬翠。宜しくね」
ドルチェ&ガッバーナのワンピースにホワイトゴールドとパールのネックレスを着けた翠はモデルのような長身で、足が美しい。やや茶色がかった瞳と薄紅色の甘くしまった口元が知性を物語る涼やかな女性だった。
(なんて綺麗で優しい人なんだろう)
ルビは思った。
「彼女が、今回50倍の難関を突破して採用された相馬翠さんなんだって。ミラノのアルテジョイエリをこの春主席で卒業したらしいわよ」
とデザイン室のみほが話す声が聞こえる。
「どうりで垢抜けてるわよね。綺麗だわあ。ところで、あのダンボール箱の中にいるダサい女の子,ダレ?」とテツ。
「この間、発送のおじさんが階段から落ちて、足折っちゃったでしょう。その代わり急遽アルバイトに来た子らしいわ。見かけによらず、体力あるみたいよ」
「へええ。発送は力仕事だし、面接受けに来た人って、みいんな力仕事は無理そうだったもの、ねえ」
ルビの仕事はほぼほとんどが発送だった。段ボール箱に入れて必要な備品をまとめて配送室まで運び、宅急便に渡す。来る日も来る日も発送の山。休む間もない。
しかし、ルビは楽しんでいた。
「アニエロペルニーチェとのコラボ天守物語」
「アリダンジェラ(天使の翼)」
ジュエリーの写真と説明を見れば知識も増える。少しでも夢に近づけた思いでいた。
「ちょっと、ダンボ!」
さゆりが飛んでくる。ルビの名前を覚えていないのでいつのまにか、ダンボールにまみれていることから、こう呼んでいた。
「この間、ネックレスケースが足んなかったわよ!」
「いわれた通り20個入れましたが」
「口答えは10年早い。20個って言ってもね、忙しい展示会だとたんないの!」
「はい・・」
「頭は生きてるうちに使う!」
「わかりました」
みほが通りかかる。
「あの、昨年の展示会の資料ってありますか。」
とルビが聞いた。
「ん、そこにあるけど」
昨年の資料を読むルビをデザイン室勤務のみほは怪訝そうに見る。
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