第9話 思い出
数日後展示会場でダンボール箱を開けたさゆりは備品がきちっと入っているのを確認した。メモ書きには、きちっとした文字で
「山本先輩、お疲れ様です。昨年34個使ってますので40個ケースを入れました。乾燥するので喉に気をつけて下さい」
ケースの角はダンボールでくるんであり、小さな封筒には喉あめが入っていた。
何日かが過ぎた。ルビは遅くまで仕事をして疲れて帰る道すがら、空を見上げるとたくさん瞬く星たちが見える。やがて現れた光の線。流れ星だ。ルビは手を合わせて願った。
『何、願ったの』
振り向くとエイタが立っている。
『ひみつ!』
「へええ、でもルビ、最近、頑張ってるじゃない。仕事終わってから、またうちの仕事なんて」
「だって、チリエージャに行くようになってから、ろくに仕事もしていないのに、ただで住まわしてもらってるもの。少しは仕事しないと。それにね、ほんとは楽しくてしょうがないんだ。まだ、ジュエリーには触れてないんだけどね。綺麗な写真や本や説明を毎日見れて・・最近はポップも作らしてもらってるし。コンピューターも上手く使えるようになったんだよ」
森キャストに着き部屋に戻ったルビは、ぼんやり自室でジュエリー雑誌を開くと、ヒロヤが載っている。
「アリモトの御曹司、華々しくデビュー」の文字が躍る。
「色鉛筆置きっぱなしだぞ」
と断りもなくいきなり入ってエイタはすばやく隠した雑誌をみて口を尖らせていった。
「ジュエリー界の新星。ヒロヤアリモト、か。ふうん、ルビってこういうやつがタイプなのかあ?」
「ちがうよ、エイちゃん。・・・・・・私ね、この人、前から知ってるの。向こうは覚えてないと思うけど。私の宝物、見る?」
ルビは引出しの奥から、小さな巾着袋を取り出した。中をあけると、水色のとても綺麗なジェムストーンが入っていた。
「この石はね、ルビを幸せにしてくれる石なんだよ」
「ルビを幸せに?」
「そう。幸福の石・・・ルビを守って助けてくれる。だから、その日まで、大事に持っているんだよ」
ルビは昔話を初めて語った。
「ルビ、お土産があるんだよ。」と父。
「なあに」
「ほら」
包みを開くときれいな水色の石の原石あった。ルビの父は宝石を扱う貿易商だった。その日ブラジルから買ってきてくれた石をルビにプレゼントしたのだ。薄いブルーグリーンのその石は珊瑚礁の海を閉じ込めたように透き通っていた。
「この石はきっとルビを幸せに導いてくれるよ」
その綺麗な石に夢中になったルビはいつも肌身離さずその石を持っていた。でもあるとき、土砂降りの日に草むらで転んで、その石を落としてしまった。石は坂をころころと転がって下のほうまで落ちていき、見えなくなった。泣きながら捜すルビの横を通りがかりの近所の洋館の男の子が一緒に探してくれたのだ。何時間も探し続け、あたりが真っ暗になったころ、その少年が水色の石を見つけだしてくれた。
「あった!」
「有難う、これって宝物なの」
「良かったね、見つかって。綺麗なアクアマリンだね。」
「アクアマリン?」
「そう、この石アクアマリンていうんだよ」
不思議な吸い込まれそうな蛍光色の水色に、ルビは見とれた。そしてその石を一緒に探して石の名前を教えてくれた近所の大きなお屋敷の少年、それがヒロヤだったのだ。
「それから両親が亡くなって、すべて無くしたけどこの石と思い出だけが残ってるの。思い出すと胸が苦しくなって・・ごめんね。なんでこんな話しちゃったんだろう」
妹のように思えていたルビの話に、急に苦しいような複雑な感情が沸き起こるのを感じた。それは言葉にはうまく言い表せないのだが、なんだかとてもショックな思いだった。
一方、ルビは急に思い立ち、むかし石を落とした場所、目白の七曲坂にに久しぶりに行って見る。そしてあの時の水色の石の入っている布袋をそっと開けてみると、吸い込まれそうな蛍光色の小さな石の塊は、夜でも話しかけるように輝いて見えた。そんなぼんやりしているルビの後ろを通り過ぎる一台の高級車があった。振り向いてみると、車の中にはヒロヤが女性とが微笑みながら一緒に座っている。車のテールランプを目で追いながら、ルビの顔に微笑みは消えていた。
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