第5話 チリエージャ


「チリ、チリ?この人知ってるよ。良くテレビとかにも出てくるカミシモデザイナーの人だろ」

 「あんた、ほんとに馬鹿だね!カシミヤだよっ」

 「?カリスマのことですか」

 口を尖らせてルビが訂正した。おばちゃんとおじちゃんが睨む。

「ま、とにかく有名ななんとか先生」

「水島櫻子先生」

「そう、その人。」

「募集してるのか。丁度いい。ルビちゃん受けてみたらいいじゃないか」

「ええ?だって」

「止めときナ。学校にも行ってないし、コネもないんだから、駄目に決まってる。高望みして傷付くのが落ちだ」

 パートのおばちゃんはいつに無く後ろ向きだ。

「それとも、今のあたしたちとの暮らしが不満なのかい?」

「そんなことないです」


「やってみろよ。」

話しに割り行って入って来たのは、またメロンパンを持ってやってきたエイタだった。

「いつも言ってるじゃないか、おれら貧乏人はタフだって。受けて駄目だってどうってことないんだし。もしか入れれば儲けもん。それに、俺、ルビは才能があるような気がする。うまく言えねえけどな。作ってるワックスだってすごく上手いよ。手先も器用だしさ。案外、通用するかもしれないさ」


「・・受けてみようかな。」

「そうさ、チャンスは自分で掴めっていうのが死んだおやじの口癖だったぜ」とエイ太。

「俺、死んでねーけど」とおじさん。

「おじさん、受けてみても良いですか」

「いいさね、若いんだから挑戦してみな。そのかわり、これからシャチョウって呼んでね」

「おじさん、ありがとう!じゃあ、履歴書の用紙、買いに行ってきます!」

「よおしっ」

エイタが仏壇に手をあわせた。


ルビは、翌日の朝、麻布の面接会場に向かった。白を貴重としたクラシックヴェネツイアを意識したビルには、ブロンズのチリエージャの看板が下がっていた。大きくは無いが気が利いた作りのビルの前には、都会的なスタイルの良い女性たちが立ち並び、パンプスをはいて手元は綺麗に手入れされた爪が輝いている。ルビは少したじろいだ。


 

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