第4話 雨の銀座

しばらく辺りを見回していたが、決心して中に入ろうとするとまたしても警備員に止められてしまった。先日の、ペニンシュラの時と同じガードマンだった。


「あれ、先日の」

「はい、また届け物なんですけど」

ガードマンは相変わらず、汚いなりで・・と言う様子で上から下までをじろりと見回すと、目を吊り上げながら言った。

「じゃあ、裏口に回って。そっちに従業員用のエレベーターってのがあるから」


裏口の関係者専用の小さなエレベーターを上がると

「デザイン室」

と書かれたガラス張りの部屋が見えた。近づいてそっと覗くと、ガラスの向こうには、あのヒロヤがデザイン画をコンピューターでチェックしながら、打ち合わせをしている!ルビは思わず足を止め見とれた。ウエーブのかかった黒い髪。切れ長で、鋭いけれど澄んだ目。清潔な口元。しかしそれも僅かな時間だった。

「何してるんですか」

また従業員に呼び止められたからだ。またしても!先日の白いスーツの女性だった。

「あの、お届けものです。森キャストです」

「ふうん、そう。じゃあ、そこにおいてって」

 ろくに見ないで受け取る。

「ここにサインを」

「はい・・・あ、この間の子ね。そうそう。ついでにこれもってって。キャストもう一個吹いてくださいって、チーフが」

 渡されたのはシルバーの原型だった。

「はい、わかりました。あの、傷付くといけないので、何か包装するものは無いですか」

「じゃあ、この紙、使って」

 隅にある業界新聞を一枚渡されたルビは、原型を丁寧に包みながら、再び、デザイン室に目をやるとヒロヤがデザインと加工を見ながら職人に注意を与えている。

「メレーの隙間無くしてぎっしり止めて下さい。普通のパヴェよりもっと豪華に留めたいんだ。」


『もう、用はおわりましたよね』

中を覗き込もうとするルビをさえぎって,たしても追い出されるようにして外に出された。

 

 外に出ると先ほど以上に雨脚は強まり、傘から雨が漏れてくるようだ。空を見上げると、その時ビルから出てきた黒塗りの車が前を通り過ぎた。避けようとした弾みに、水溜りで転ぶルビ。泥んこになりながら、見ると車の中にはヒロヤの姿が。何も気がつかずに通りぎて行く。

(やっぱ、現実はこんなもんよね・・・!)


「ただいま!」

あけると汚い木の扉がぎいぎいと音を立てる。

「おお、また、きらきらだったかい・・?

(泥だらけの姿を見て)じゃ、なさそうだね。」


「ま、小学校のプールで泳いできたのかい」

「ええ、まあ、50メートルほど」

「まあ、いいから着替えて。ついでにみんなも、お茶にしようさね。」

「やった!・・と、思ってウサギ屋のどらやき買って来ました!」

「あきれた!泥んこの癖に、めげない子だよ!」


「それだけが取り柄なんで、へへ、あ、そうそう。これ、預かってきました」

さきほどの紙包みを開けた。中にはシルバー原型が入っている。中身をおじちゃんに渡しながら見ると、包装紙になっていた新聞紙に「オフィススタッフ募集。」の文字が。業界新聞の記事に人気ジュエリーデザイナー水島櫻子の会社「チリエージャ」でのスタッフ募集が載っていたのだった。

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