第二話  ~妖の関係と初依頼~(前編)

 ―――あれから一週間。

 父の書斎にある妖の字で書かれた依頼書や本をまとめながら、私はとあることを待っていた。


 「…………!ようやく来たわね。(小声)」


 私は父の机に隠れ、見つからないように待ち伏せした。


 「…………」


 まだ気づかれていない。

 この日のために一週間この家に通い詰め、わざわざ家のドアまで開けて待っていた。

 そして、そいつが私の近くに来た時


 「つかまえたわよ。」

 「!」


 捕獲した。一週間かかってようやく捕まえることができのだ。


 「悪いけど、ちょっと一緒いっしょに来てもらうわよ。」


 そして私はある場所にむかった。




 「失礼しまーす。」

 「ようやく来たくださいましたね。」


 中で待っていてくれたのは、所長の楓さんだった。相変わらず、ビルの外側と内側のギャップがすごい。事務所の中が綺麗なんだからビルの外側も少しは綺麗にしたらいいのに。


 「…………」


 周りをよく見ると、以前助けてもらったスーツの男の人もいた。彼はデスクに座って作業していたので、依頼の記録を書いているのだろう。


 「あれ?その方は……。」


 楓さんは、私が抱えているものに気づいた。


 「三蔵さんじゃないですか⁉もしかしてご依頼ですか?」

 「…そんなわけなかろう。この娘に運悪く捕まったんだ。」

 「ふふ、あなたが誰かに捕まるなんて力が落ちましたね。」

 「笑うな!たまたまだ。」

 「本当にたまたまですかね~?」

 「ふんっ。」


 三蔵が私に捕まったのを聞いて、楓さんはわらった。女の私でさえ可愛いと思うぐらい、笑顔が可愛い。それとは逆に、三蔵ははなを鳴らして不機嫌ふきげんそうな顔をしている。そんなに私に捕まったのが嫌なの?


 「それはそれとして。雪さん。あなたがここに来たという事は依頼を手伝ってくれるという事でよろしいですね。」


 楓さんは私に向き直り確認した。


 「そうね。そのためにここに来たんだから。あとこれね。」


 私は楓さんに父の書斎にあった依頼書をわたした。

 父が楓さんと同じ仕事をしているなら見つかるかもしれない。それに父が、妖に関わっているのなら、妖について何か知っている楓さんにいずれまた依頼することになる。だから私は、父を捜しながら妖について少しずつ知っていくためにここの依頼を手伝う事を決めた。


 「ありがとう。じゃあソファーに座って少し待っててもらえる。」


 そう言って楓さんはお茶を入れるために事務所の中にあるキッチンみたいな場所に行った。

 (あんなところにキッチンあるんだ。依頼に来た時は気づかなかった。)

 楓さんは私の前にお茶を差し出す。


 「どうぞ。」

 「ありがとうございます。」


 楓さんはお茶を一口飲んで一息つくと


 「では、ここでの仕事内容について説明せつめいするわね。」


 何かをする前にお茶を飲むの癖なのかしら。


 「まず、ここ『’’サーチ’’』では基本的きほんてきに人捜しや物を探したりします。」


 どうやらこの事務所は ’’サーチ’’ と呼ばれているらしい。まぁ、事務所のWith you searchという名前よりはいくらかマシになっている。


 「…ここでは?ってことはほかにもあるの?」

 「ええ。この他に妖祓あやかしばらいを専門にしている所と、依頼を私たちにるところがあります。私たちは、そこで割り振られた依頼をこなします。ただ、雪さんみたいに直接ここにきて依頼する方もいるので、その時はそっちが優先ゆうせんですけど。」


 そうだったのね。だから、あの時スーツの男は道案内の依頼を受けてくれたのか。それに、楓さんが私の依頼をすぐに受けてくれたのもそういう事だろう。


 「なんか、割り込みしたみたいで申し訳ないわね。」

 「別に構いませんよ。」


 かなりあっさり言われた。こういう事はよくあるのだろうか。そして、楓さんはあまり気にすることなく説明を続けていく。


 「次に、ここに依頼しに来る人は必ずしもではないということです。」

 「……どういうこと?」

 「そのままの意味ですよ。人だけがここに依頼するわけじゃない。むしろ人から依頼があることの方が珍しい。」

 「なら、ほかに誰が……」


 人以外から依頼が来るなんて他に誰がいるのか。最初はわからなかった。けれど父が残していた依頼書を思い出して理解した。もしかして……。


 「ですよ。」


 やはりそうだった。


 「でも妖が一体どんな依頼をするの?」

 「変わりません。妖にも大切にしている人や物はあります。普通の人に見えないでけでね。」

 「じゃあ、三蔵にもあるの?」

 「ええ。おそらく。」


 楓さんは私に抱えられて三蔵をみて、「そうですよね~」と言った。三蔵はそれに反応することはなく、相変わらず不機嫌なままだ。


 「妖が探しているものを探すのはわかったわ。でも、妖って普通の人に見えないのよね?」

 「ええ、普通は見えません。それに妖には二種類のタイプがあります。」

 「二種類?」

 「はい。一つは、三蔵さんのように妖が人や動物にけているタイプ。そしてもう一つは……」


 そういって楓さんは、人差し指のリングをスッとはずす。そして、リングにむかって「少しだけ変わって。」と言うと


 「……! 小鳥に変わった!?」

 「このように所有者のが妖になるタイプがあります。」


 そしてさっきまでリングだったものが、水色の小鳥になった。どういう原理なのかわからないけど、とにかくすごい。私もやってみたいと思った。


 「マジックみたい!もしかして私にもできたりするの?」

 「無理むりです。」


 軽い気持ちで聞いてみたら、はっきり言われた。さすがに簡単かんたんにできるとは思っていなかったが、はっきり言われるとなんかちょっと残念な気持ちになる。


 「そもそもなんでも妖になるわけではありません。その人の想いが、よほど強いものでないと。例えば……そうですね、誰かの形見かたみとか。」

 「形見?」

 「例えばですよ。絶対とはいえないですけど、誰かが大切にしていた物をもらった人も大切にしていたら、その物には二人分の想いがあって、大切にしていればいるほど強くなっていきます。それが、妖という形となって現れることがあるんですよ。」


 聞いてもあまりピンとはこなかった。まぁ、妖についてもまだそんなに知らないから仕方ないんだけど。でも、もしそうならあのリングには相当な想いがあるのだろう。それだけはわかった。

 楓さんは「口で説明するのはむずかしいですね。」といい、小鳥をリングに戻した。


 「ここまで聞いて何か質問ありますか?」


 楓さんが私に言う。正直聞きたいことはいろいろあるが、妖についてまだそんなにわかっていないので、なにを聞いたらいいのかわからなかった。ただ、この仕事をやるにあたって気になったことがある。


 「妖が見えるのはそんなにすごいことなの?」


 純粋じゅんすいに気になった質問。ここのチラシには人員募集と書かれており、私は楓さんのさそいと、父を見つけるという目的があってこの仕事を手伝う事を決めた。でも、私以外にも見える人が依頼にくるなら他にも楓さんに誘われた人はいると思った。なのに、私がくるまでチラシに書かれていたということは、おそらくいなかったのだろう。私はそれが気になった。


 「そうですね。以前チラシがどこまで見えるか聞いたでしょう。あのチラシ、見える強さによってどこまで内容がみえるかが変わるようにしてるんですよ。」


どうやらあのチラシに細工をしているらしい。


 「チラシは普通は見えません。それに依頼にきた人でも人員募集まで見えた人はいませんでした。」

 「なんでわざわざそんなことしてるの?」

 「この仕事をしている以上、妖と関わらないことはありません。それに妖がすべて力の強い妖だとは限らない。こっちの見える力が強くないと力の弱い妖を見ることが出来ないので。」


 確かに。力が弱い妖が依頼に来た時、こっちが見えないと依頼すらできない。それで私がチラシの端に書いているのものが見えたときあんなに嬉しそうにしてたのね。


 「それと湊さんのことですが……」

 「お父さんについて何かわかったの!?」


 思わず前のめりになる。


 「彼はおそらく、今の世界にはいません。」

 「こっちの世界にいない?それってまさか……」


 私は少し嫌な想像をしてしまった。


 「あぁ、ごめんなさい。亡くなっているわけではありません。おそらく湊さんは、『』にいるかもしれないという事です。」

 「『隠世?』」


 聞きなれない言葉に思わず聞き返す。一瞬、こっちの世界にいないと聞いて、まさかと思ったがどうやら違うらしい。生きているってわかっているのにこんなことを考えるのはよくないわね。それに、『隠世』とはいったい何なのか。


 「私たちが住んでいる『現世うつしよ』と違い、『隠世かくりよ』は妖がむ世界です。」

 「妖が住む世界……そこに行けばお父さんに会えるの?」

 「断言はできませんがおそらく。雪さんからの依頼のとき喫茶店のマスターからこんなことを言われました―――」



 「お会計1600円になります。」

 「はい。……それとマスター、湊さんについて何か知らない?さっきの話どうせ聞こえていたでしょう。」

 「聞こえていましたよ。そうですねー……。ここ数年この店に来ていないのでおそらく隠世にいるんじゃないかと。断言はできませんけど。」


 アゴに手をあて、少し悩んでマスターはそう答えた。


 「……そうですか。」

 「所長が苦戦くせんするなんて珍しいですね。もし彼に会ったら『マスターがコーヒーを準備して待ってる』と伝えてください。」

 「ええ。会ったら伝えておきましょう。」



 「―――っというわけです。あの人も一応、妖ですからね。」


 驚いた。え?マスター妖だったの!?そんな感じは全くしなかったのに。

 いや、そんなことは今どうでもいい。それよりも妖が住む隠世に行けばお父さんに会えるかもしれない。そう思ったら、居ても立っても居られなかった。


 「なら、今すぐ隠世に行きましょう!そしたらお父さんに会えるかもしれない。」

 「残念ですが、今の雪さんでは無理です。」

 「どうして!?行けば会えるかもしれないのよ。」

 「『隠世』行くこと自体は簡単ですが、行くにはいくつか条件があります。その中でも大事な条件である、信用しんよう実績じっせきが雪さんには足りません。」

 「じゃあどうすればいいの……」


 せっかくお父さんを見つけらるかもしれないのに、隠世には行くことが出来ないと言われてしまった。そしたら、お父さんを見つけるために、この仕事を手伝う事を決めた意味がなくなってしまう。

 どうすればいいの?

 どうしたら信用してもらえるの?

 どうしたら実績が出るの?

 わからなかった。

 そして楓さんが言った。


 「いくつかの依頼をこなしていけば信用と実績はついてきます。なので、今回はこの依頼を手伝ってもらいます。」


 そう言われて誰のものかわからない傘を渡された。そして隠世に行くための '’初依頼’’ が始まった。

 

 

 


 

 

 

 

 

  

 

 

 

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