~不確かな行方~ (後編)

 ガチャ……。

 かぎを開けて家の中に入る。家の中は、たまに必要な物を取りに来るぐらいで掃除そうじはあまりしていなかったから少し埃っぽい。


 「ここにお父さんがいるの?」

 「わかりません。ただ、何かしらの情報があると思います。」

 「情報?だって私が家の中を調べたときには何も出てこなかったのよ!いまさら情なんて……。」


 私だってそこまで馬鹿じゃない。だから、数年もただ待ってるなんてことはしなかった。父が ’’戻ってこない’’ なら私自身で ’’捜せば’’ いい。そう思って家のなかにある物を調べたり、親戚しんせき近所きんじょの人に父の行方について聞いたりした。いろんな探偵たんていにも父を捜してほしいと依頼した。しかし、それでも手がかりは得られなかった。

 なのに家の中に情報?あるはずない。あったら今頃、私がその情報を持ってる。


 「まずは、あなたのお父さんに関係するものを探しましょう。私は一階を探すので、雪さんは二階をお願いします。何か見つけたら報告してください。」

 「わかったわ。」


 まぁ、何も見つからないと思うけど。そう思いながら、私と楓さんは一階と二階に分かれて父に関係するもの探し始めた。




 「……ここの部屋には特に何もなし。」

 二階は私の部屋と空き部屋へや(今となっては物置部屋)それと父の書斎しょさいがある。当然私の部屋には何もないので、探すのは空き部屋と父の書斎ぐらいだ。


 「次は、お父さんの書斎か。」


そして父の書斎に入る。前に一度掃除した時以来、その部屋には入っていない。


「ここに入るのも久しぶりね。」


 部屋の中は、つくえと椅子、それと本棚ほんだながあるぐらいで割とスッキリしている。

 棚の中は、一度掃除したので本が整頓せいとんされているが、書斎の机の上には書類しょるいが積み重なっていた。


 「気になるものはこの書類なんだけど。読めないのよね。」


 書類には子供の落書らくがきのような文字もじ?絵?が書かれている。なにが書いてあるのか読むことはできない。そのため、手がかりなのかどうか分からないので、捨てずにそのままにしている。


 「こんな子供の落書きみたいなものが手がかりになるはずないんだし、いい加減捨てなきゃね。」


 結局、手がかりになりそうなものはなにも見つからなかった。まぁ当然か。多分、楓さんも何も見つけられてないだろう。

 そして書斎を出ようとした。その時……。


 「にゃー。」

 「(にゃー)?」


 確かに聞こえた猫のき声。私はその場で振り返って、書斎の中を見渡みわたす。

 しかし書斎の中は、さっきと変わらず机の上に積み重なった書類と椅子、本棚があるだけで猫なんてどこにもいなかった。さすがに誰もいない部屋から、猫の声が聞こえるなんて怖いので書斎のまどから外を見ると、そこにはしろい毛をした野良猫のらねこがいた。


 「あの猫……たまにこの周りで見かける猫よね。もう、おどろかさないでよ~。」


 内心ただの猫でホッとした。あの猫は、むかしから私の家の近所に住み着いている猫でたまに家の周りをウロウロしている。名前は三蔵さんぞう(父が勝手に名付けた)。見つけると父はよく可愛かわいがっていた。

 猫はこちらに気づき、私と目が合うと逃げて行った。


 「逃げちゃった……。」


 そして私は書斎を後にし、階段を下りて一階にむかう。


 一階に下りると楓さんは、なにかを探しているようだった。


 「……楓さん。」


 楓さんは一度探しものをやめてこちらに振り返る。


 「なにか見つかりましたか?」

 「いえ、特にこれといったものは何も……。」

 「そう。こちらも特に目立った手がかりは見つけられなかったわ。」


 やっぱり、楓さんも見つけられていなかった。それもそうか、今まで何度探しても見つけられてないのだから。


 「雪さん、次は外の方を探してもらえる?」

 「外?いいけど……外に手がかりなんてあるの?」

 「わからない。でも、外を探したことはないでしょう。」

 「……確かにないけど。」


 確かに外を探したこはない。なにせ突然「出かけてくる」と言った父が、家の外で何をするというのか。私にはわからない。


 「じゃあお願いね。」


 そう言って楓さんは二階に行ってしまった。

 外はまだ探したことないから探せってことなのかしら。私は仕方なく、くつき外に出て探すことにした。と言ってもアテがあるわけでもないので……。


 「外でなにを探せばいいのよ~。」


 困っていた。とりあえず家の周りを何かないかと探しては見たものの、あんじょうなにかあるはずもなく。


 「結局何もなし……か。」


 これが普通だ。いままで探したことなかったのだから。むしろ何かあったら家の窓から見えたり、家に入る前に気づくことができる。


 「やっぱり、手がかりなんてないのかな。」


 私はその場に座り込みそんなことを思っていた。やはり手がかりなんてないのだろうか。すると、一枚のチラシがかぜにながされてきて私の近くに落ちた。それを手に取ってみる。


 「このチラシって……。」


 ’’あなたの探し物や捜している人はいませんか?もしあったら今すぐご連絡を!’’

 そこには、デカい見出しともに連絡先が書かれており、その他にもチラシのはしに’’人員じんいん募集ぼしゅう’’と言ったことまで書かれている。はきっり言ってめちゃくちゃなチラシだ。


 「ここもダメかな。」


 そのチラシは、今依頼している楓さんのところのものだった。早く見つけてほしいあまりに連絡して依頼したが、いままでと同じで多分「見つからなかった」と言われて終わるだろう。

 わかってる。いつもそうだったから。

 同じようなことをここ以外にもお願いしたが、全部そうだった。


 「もしかしたらお父さんはもう……。」


 いや、やめよう。一瞬いっしゅん、嫌なことが頭をよぎったが考えるのをやめた。せっかくいままで探してきたのにここであきらめたら認めたことになってしまう。それだけはしたくなかった。


 「捨てよ。」


 私はチラシを持ったまま、家の中に入ろうとドアを開けた。開けた瞬間しゅんかん、何かが家の中に入った。


 「あ!?猫!」


 先ほど窓から見えた真っ白い猫だった。猫は、勢いよく家の中に入ると二階へ駆けあがる。


 「ちょっと!待ちなさい!」


 猫を追いかけて走り出そうとしたとき

 ’’ガッ’’ バターン


 「ったーー!」


 足を段差に引っかけてしまい盛大せいだいに転んだ。自分の家とはいえずかしい。幸い怪我はなかった。

 私はすぐに立ち上がり、猫を追いかけて二階に上がる。


 「ここにいるんでしょ!」


 そして勢いよく父の書斎に入ると、そこには楓さんと猫がいた。楓さんは、机の上に積み重なっている書類を調べている。


 「……!雪さん、ちょうどよかった。」

 「ちょうどよかった?」


 楓さんは私に気づくと、なぜか嬉しそうだった。それよりもまず、猫をどうにかしたいんだけど。


 「みつけましたよ。あなたのお父さんの手がかり。」

 「え!?」


 今、なんて言ったの……。見つけた?お父さんの手がかりを?ほんとに?いままで見つけられなかったのに。ようやくみつけた。

 私は急いで楓さんにり父の居場所いばしょを聞いた。


 「父は……お父さんはいまどこにいるの!?」

 「落ち着いてください。湊さんが今どこにいるかまではわかりません。ただ、手がかりは見つかりました。」


 楓さんは最初、大きい声に驚いたようだったが、すぐに私に冷静れいせいになるように言った。


 「ご、ごめんなさい。大きい声を出して。つい興奮こうふんしてしまって。」

 「いえ、別に気にしてませんから。」

 「じゃあその手がかりっていうのは?」

 「これです。」


 そう言って楓さんが差し出してきたのは、父の机に積み重なっている書類の一枚だった。

 「楓さんは私をからかってるの?」

 楓さんに失礼だと思ったがそうとしか思えなかった。なにせなんて書いてるか読めないのだから。


 「からかってません。それは依頼書いらいしょです。」

 「依頼書?」

 「ええ。しかもここにある書類はすべてあやかしの字で書かれたね。」

 「妖の?」

 「そうですよ。そもそもこの字は普通の人には見えません。」

 「どういうこと?」


 全然理解できなかった。捨てようとしていた机の上にある書類はすべて依頼書で、しかも妖の字で書かれたもの。くわえて、普通の人には見ることが出来ないらしい。楓さんはいったいなにを言っているの?


 「そうですね。例えば……って、雪さんチラシ持ってるじゃないですか!それどこまで見えますか!?」


 今度は楓さんが興奮している。どうやら猫に夢中むちゅうで、私は捨てるつもりだったチラシをここまで持ってきてしまっていた。楓さんはそれに気づき、私にどこまで見えるかと聞いてきた。


 (どこまでって……むしろどこまで?多分、全部見えてる気がするんだけど。)

 「多分、全部見えていると思うけど。」

 「人員募集まで見えますか!?」

 「見えるわよ。端の方に書かれているやつよね。」

 「そうです!そうです!あぁ~~~ようやく見える人みつけた。」


 楓さんはすごく嬉しそうだった。


 「あの……楓さん?」

 「雪さん!」

 「な、なんですか!?」

 「私たちの仕事を手伝てつだう気はありませんか!」



 「―――っというわけです。わかりましたか?」

 まったく理解できなかった。むしろさっきよりわからない。とりあえず、私には普通の人は見えない ’’妖’’ と呼ばれるものを見ることが出来るらしい。あとは妖についていろいろ言われたけど、なにを言っているのか頭に入ってこなかった。楓さんは私の顔を見て、


 「理解できてないみたいですね。」

 「当たり前でしょ。そんなこといきなり言われてもわかるわけないじゃない。」

 「……まぁ、今はあなたに見える力があるということだけ覚えててください。もし、雪さんが私たちの仕事を手伝う気があるなら、その時あらためてお話しますよ。」

 「見える力があるって、私ここ以外で妖の字も、ましてや本物ほんものの妖も見たことないんだけど。」


 そう。見たことがない。見ていたら記憶きおくに残っている。そもそも、妖?がこの世にいるなら一度は見てみたいものだ。

 「いるじゃないですか。この部屋に。」


 さすがにびっくりする。いるの?この部屋に?見てみたいとは思ったが、今とは思はなかった。改めてここにいると言われたら背筋せすじがゾッとする。

 どれが妖なの?本棚?机?まさか今持っている依頼書が妖?


 「この子ですよ。」


 私が考えてるあいだに楓さんは猫を持ち上げ、私の目の前に差し出す。


 「この子が妖?ただの猫じゃない。」


 私の目の前には真っ白い毛をした猫がいる。ただ、どこをどうみても

ただの猫にしか見えない。


 「三蔵さん、この人は見える人なので姿に戻っていいですよ。」

 猫は、楓さんの手から離れ、床に着地ちゃくちすると二本足で立ちあがった。そしてよく見ると後ろにある尻尾しっぽが二本に増えている。

 「ね、猫が立った!?しかも尻尾が増えてる!?」

 「……少しうるさいぞ小娘。」

 「今度はしゃべったー!」

 「少ししずかにしろ!」

 「きゃっ!?」


 下からアッパーみたいな猫パンチがきた。直前でかわしたのでパンチは当たらなかったが、まさか猫が妖だったなんて。


 「ちょ、いきなり何すんのよ!女には優しくしなさいよ。」

 「……っち。女に優しくしろだと?あんな大声を出す女がいてたまるか。」


 こいつ~っ。いきなりパンチはないでしょ。それに、当たらなかったから舌打したうちしたわね。

 猫は前足で顔をゴシゴシしていた。猫は楓さんの方を向き、


 「やはり妖の姿はいいな。して、楓。この小娘こむすめは誰だ?」

 「湊さんの娘さんですよ。」

 「この小娘が……。それで、あいつはどこにいる?」

 「わかりません。それを捜すのが今回の依頼です。三蔵さんなら何か知ってるんじゃないですか?」

 「残念ざんねんながらしらんな。」

 「そうですか。」


 三蔵と楓さんは父について話していた。私は、楓さんに猫が妖であることよりも気になったことを質問しつもんする。


 「そういえばなんで三蔵の名前を知っているの?」

 「それは……」


 私は一度だって三蔵の名前を口にしていない。そもそもその名前は父が勝手につけたものだ。それなのに楓さんは知っている。それに三蔵が妖であることも。

 いや、これだけじゃない。私が案内しなくても楓さんは、私とお父さんが来たことがある場所を知っていた。初めは偶然ぐうぜんかと思ったけど、家まで知っていたとなると偶然とは考えられない。そして確信かくしんした。


 「もしかして楓さん。あなたは、お父さんを知っていますね。」

 楓さんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに答えた。

 「……気づきましたか。ええ、知っていますよ。」

 「この依頼書がなんなのかも?」

 「そうですね。」

 「お父さんは今どこにいるんですか。」

 「それはわかりません。」


 即答されてしまった。私は、楓さんが父の何を知っているのかを知らずにはいられなかった。


 「じゃあ、お父さんは一体何者なんですか。」

 「彼は…………湊さんは……。」


 楓さんは少し言葉にまった。そして、どこか悲しそうな表情をしながらこう答えた。


 「私たちの仕事仲間であり…………私の恩人おんじんだった人です。」

 「恩人だった?それってつまり……」


 私が言うよりも早く楓さんが答えた。


 「二年前……くなったと聞きました。」


 そう言われた瞬間、頭が真っ白になった。大事にしていた物が目の前でこわれていく感覚かんかく。ようやく手がかりが見つかったのに、捜しているはずだった父が亡くなっている……。あと二年早くこの人に相談していれば見つかったかもしれないのに。後悔こうかいかなしみが徐々に押し寄せてくる。


 「なんでこの依頼を受けたんですか。」


 震える声で質問した。父が亡くなっているのを楓さんは知っていた。知っているならわざわざ捜すなんてことしないで依頼した時点で言うと思う。それでも言わなかったのには、なにか意味があるのだろう。それが何か私は聞きたかった。


 「確信がありませんでした。そもそも、湊さんが二年前に亡くなったという証拠しょうこがない。それを確かめる意味もあって今回の依頼を受けました。」

 「そして確信したのね。」

 「ええ。この書類を見て確信しました。」


 いままで涙を我慢がまんしていたが、そろそろ限界だった。今にでも泣きくずれてしまいそうなほどに。そして楓さんは言った。


 「湊さんは生きています。」


 衝撃しょうげきの一言。驚きのあまり初めは何言っているのかわからなかった。どういうこと?楓さんは何を言ってるの?だって、さっき父は二年前に亡くなったって。書類を見て確信したって。そう言っていたはずだ。でも……もし、お父さんが生きているなら……


 「本当にお父さんは生きてるの?」

 「ええ。生きていますよ。彼の残したものは消えていない。今、どこにいるのかまではわかりませんでしたけど。依頼書を残していてくれてありがとうございます。」


 楓さんはお礼をいった。依頼書を残していたのは偶然にすぎなかったのに。

 お父さんに会いたい。

 そう思うと、さっきまで我慢していたなみだが目からこぼれ落ちた。おそらくうれし涙だろう。楓さんには父を捜すことを依頼したが、今はお父さんが生きていることが知れただけで嬉しかった。


 「依頼を達成できず、申し訳ありません。」


 楓さんは泣いている私に頭を下げてあやまった。私は涙を拭きながら。


 「ううん。生きてることが知れただけでもよかった。ありがとう。見つけるまでこれからも探していくわ。」


 本当はよくない。捜してほしかった。見つけ出してほしかった。でも今は、生きてることが知れただけでよかった。これでまた父を捜すことができる。


 「雪さん。」

 「大丈夫。お金はあとで払っておくから安心して。」

 「……もしよければ、私たちと一緒にこの仕事をしませんか。」

 それは、チラシがどこまで見えるかの話のときに楓さんがした提案だった。


 「もちろん、強制きょうせいはしませんし手伝い程度で構いません。仕事なのでお金も出ます。ただ、湊さんが私たちと同じ仕事をしている以上、捜すには手伝ってもらうことになりますけど。闇雲やみくもに捜すよりは見つかる可能性が高いと思います。何よりあなたには妖を見ることが出来る力がある。どうですか?」

 「いいわ。楓さん、あなたたちの仕事を手伝う。大学もあるからバイトみたいな感じになっちゃうけど。」


 迷いはなかった。楓さんはお父さんを知っている。この仕事を手伝っていたらお父さんに会えるかもしれない。それに、お父さんが妖に関わっているなら妖についても少しずつ知っていかなければいけない。


 「構いません。では、後で一度事務所に来てください。」

 「事務所じむしょ?」

 「雪さんが依頼にきたあのビルですよ。」


 あそこ事務所だったんだ。もうちょっとビルの外側をどうにかしてほしい。


 「三蔵はどうするの?」

 「われは勝手に捜す。楓、窓を開けてくれ。」


 そう言って楓さんに窓を開けてもらい、どこかへ行ってしまった。結局、三蔵については妖であること以外知ることはできなかった。お父さんも三蔵が妖であることを知っているのよね。じゃあ、三蔵もお父さんについて何か知ってるかもしれない。でも、あの感じじゃ教えてくれそうにないか。


 「とりあえず、今日のところはこれで終わりということで。引き続き、湊さんについては捜していきましょう。では、またあとで。」

 「わかったわ。」


 そう言って楓さんも書斎から出て行ってしまった。残された私は、今日あった出来事を振り返る。私が妖を見えることについて、依頼書について、楓さんについて。そして何より父が生きていたことについて。そしてちかった。


 他の誰でもない ’’私が絶対にお父さんを捜して見せる’’ と。

 

 

 


 

 


 



 

 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る