第一話 ~不確かな行方~ (前編)

 

 男が私の依頼いらいを受けてから10分。

 広い通りに出て、そこから少し細い路地裏ろじうらに入り、いりくんだ道を歩いた。ちなみにスーツを着た男とは、あれから特に話すことなく歩いている。少し気まずい。


 「なんか思ってたよりすごいところにあるのね。」

 「…………」


 必死に話題わだいを作ろうとしたが男は反応せず、黙々もくもくと歩いている。

 さらに気まずい。


 「ここです。」


 ようやく男が口をひらいた。

 どうやら着いたらしい。

 男の案内でついたのは、お世辞せじにも綺麗きれいとは言いがたい少し古びたビル。そしてビルの階段を上って二階に到着とうちゃくすると、そこのドアの前には’’With you search''と書かれていた。

 英語をそのまま読むと’’あなたとさがす’’だけど……なんかおかしくない?そしてちょっとダサい。まぁいいか。

 違和感はあったが特に気にはしなかった。


 「ただいま戻りました。」


 男はドアを開けてそう言いながら中に入っていく。私も男に続けて中に入る。外からではわからなかったが、中はすごくきれいに整頓せいとんされていた。デスク周りも整理せいりされており、ビル以外はちゃんとしているのかもしれない。

 すこし奥のほうで、銀髪ぎんはつだけど少し灰色よりでショートカットのお嬢様じょうさまみたいな人が、椅子いすに座りながら窓の外をながめていた。

 男が帰ってきたのに気づくと、灰色髪の女性じょせいは椅子を回転かいてんして振り返り。


 「おかえり、思ったよりおそかったわね。」

 「ええ。依頼者いらいしゃが待ち合わせ場所にいなかったので、探すのに少々しょうしょう時間がかかってしまいました。」

 「そう。」


 それについては悪かったわね。私はまた心の中で申し訳なく思った。でも、もうそんなことはどうでもよかった。だって……

 そして男の少し後ろにいる私に気が付くと


 「あなたが高見雪さんね。今日はご依頼があってここに来てくれたのでしょう。早速さっそくだけど話を聞かせてくれる?」


 私は今日ここに ’’依頼者’’ としてきたのだから。




 私と灰色髪の女性は部屋へやの中にあるソファーに向かい合わせで座り、男は私と灰色髪の女性のためにお茶をれてくれていた。


 「どうぞ。」

 「ありがとう。」

 「ありがとうございます。」


 男はお茶を二人に差し出すと、灰色はいいろ髪の女性に「今日の依頼の記録きろくをまとめてきます。」といってデスクの方に行ってしまった。

 灰色髪の女性は、お茶一口飲んで一息ひといきつくと


 「名前を言うのが遅くなって申し訳ありません。私はここで所長をしている 皇楓すめらぎかえで と言います。私のことはかえでと呼んでください。」

 「わ、私は高見雪って言います。よろしくお願いします。」


 楓さんは、身長があまり高くなく、そのせいで多少子供っぽい雰囲気ふんいきはあるが綺麗な顔立ちをしており、胸もそこそこある。多分私より大きい。髪にはあわいピンクのリボンをしていて、左手の人差し指にリングをはめている。              

 そして何より澄んだ碧眼へきがんが美しかった。目を見てると吸い込まれそうなぐらい綺麗な目をしている。


 「それでご依頼の内容ないようは?」

 「これなんだけど……。」


 私は首にかけているペンダントを外し、中の写真を見せた。


 「これはあなたのお父さんですか?」


 その写真は、私が父と数年前に最後に撮った写真。写真の中に母は写ってない。体があまり丈夫じょうぶでなかった母は私を産んでまもなくに亡くなってしまった。母がいない私を男手ひとつで育ててくれた大切な父親。なのに数年前に突然「出かけてくる。」と言って、それから戻ってこなくなった。

 それからは、親戚しんせきに預けられ、大学生となった今は別のところで一人暮らしをしている。


 「はい。それでここに写っている父をさがしているのだけれど」

 「名前を伺ってもよろしいかしら。」

 「父は……高見湊たかみみなとと言いいます。数年前に突然家を空けてから戻ってこなくて。」

 「高見……湊……」


 少しおどろいた表情をしながら楓さんは父の名前を口にした。


 「……楓さんどうかしたの?」

 「ああぁ……いえ、すいません。少し考えこんでしまって。……ごめんなさい。」


 楓さんは申し訳なさそうにそう言った。そして。


 「いいわ。その依頼お引き受けいたしましょう。次、いつならこれる?」

 「明日あしたにでも。」

 「なら明日の朝十時もう一度ここにきて、そこから行動を始めましょう。だから今日のところは帰っていいわ。」

 「わかりました。明日もう一度ここに来るわ。」


 そして私は、ペンダントを首にかけ直しソファーから立ち上がってドアに向かう。

 ガチャ……ギィィ…………バタン。


 そして私が出て行った後、楓さんは体をソファーに預け、天井てんじょうを見上げながらもう一度父の名前を口にした。

 「湊さん…………あなたは生きてるの?……。」




  朝は少し冷え込んでいた。まだ白い息が出るくらい。カレンダーでは、そろそろ春だというのに。そういえば白い息ってどれくらいの気温ででるのかな?なんてどうでもいいことを思いながら、昨日のビルへ向かった。広い通りにでて、細い道路地裏に入り、いりくんだ道の先にあるあの場所に。

 ガチャ……。

 わたしはドアを開けて、少し身をのりだし


 「失礼します。楓さんはいますか。」

 「お待ちしておりました。」


 楓さんは、黒いパーカーを着て下にはスカートを穿いていた。女子校生でああいう服装してる子いたなぁ。そして昨日きのうと同じように椅子に座っており、私が来たことを確認すると椅子から立ち上がって


 「では、行きましょうか。」


 そう言われて楓さんと最初に来た場所は、ビルの場所から4㎞ほど離れたところにある、周りをフェンスに囲まれた公園こうえんだった。公園には、ブランコや滑り台といった定番の遊具がおいてあり、ベンチが2つある。中はあまり広くなく、今は遊んでる子供こどももいない。


 「雪さん、ここに来たことは?」

 「子供のときに父に連れられて何度か……。」

 「そう。」


 そう言って楓さんは何かを確認しながら公園の中を歩き始めた。そして中を一周して……。


 「次に行きましょう。」


 私たちは公園から少し歩き、そして次に来た場所は。


 「喫茶店きっさてん?」

 「雪さん、ここに来たことは?」

 「父がよく来ていた喫茶店だわ。私自身あまり来たことはないわね。」

 「そう。」


 そう言って楓さんは喫茶店の中に入っていく。


 「何してるの?早く入ってきて?」


 楓さんは私を喫茶店の中にまねき入れる。中に入ると白髪しらが交じりで髪型かみがたがオールバックのマスターらしき人がいた。


 「いらしゃいませ。」


 私と楓さんはテーブルに座る。中はカウンターとテーブル席が2つある小規模しょうきぼな店内だ。マスターのとしは50代ぐらいだろうか。ベテランのコーヒー淹れって雰囲気がする。


 「マスター。コーヒー二つとチーズケーキ二つお願い。」

 「かしこまりました。」


 楓さんがコーヒーとチーズケーキを注文する。


 「なんで喫茶店なの?」

 「私が少しつかれてしまったからよ。安心してコーヒーとチーズケーキの代金だいきんは私がはらうから。」


 そしてコーヒーとチーズケーキがテーブルに運ばれてきた。チーズケーキは下がタルト生地きじになっており、私はチーズケーキをフォークで切って口に入れる。


 「なにこれ!?すごくおいしい!!!」

 「そうでしょ!私、ここのチーズケーキ大好きなの!」


 楓さんもおいしそうにチーズケーキを食べていた。そして私と楓さんがチーズケーキを食べ終え、コーヒーを飲み終えると……。


 「じゃあ私、お会計してくるからすこし待ってて。」


 楓さんは席を立ちレジの方へ歩いていく。私は先に外に出て待っている。楓さんは会計をしながらマスターと何か話していた。だけど外からは何も聞こえない。まぁ、顔なじみみたいな感じだったし世間話せけんばなしでもしているのだろう。次はどこに行くのだろうか。ふと、気になることがあった。


「あれ?そういえばなんで楓さんは……。」


 ちょっとした疑問ぎもんを考えこんでいると店の中から楓さんが出てきた。


 「待たせてしまって申し訳ありません。……雪さん、何かありましたか?」


 気にしすぎかな……。


 「いや、なんでもないわ」

 「そうですか。でしたら次が最後なので行きましょう。」

 「次が最後なの?」

 「ええ。あなたもよく知るあの場所です。」


 ここって…………。


 「ここが最後の場所ですよ。雪さんここに来たことは?」


  その場所にきて私は驚いた。そして少し震えるような口調で答えた。


 「……当然とうぜんあるわ。だって毎日来てたから。だってここは。……ここは。」


 正確せいかくには’’来ていた’’よりも’’帰ってきていた’’。周りは見慣みなれた道、見慣れた家、見慣れた景色けしき。でもそんなことはどうでもいい。だって……。今、私の目の前に見えているのは、父が突然いなくなる数年前まで一緒に暮らしていた思い出の……。


―――― ’’家’’ なのだから。

 

 

 


 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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