珈琲時間 K君の場合


 いつもの朝。

 起きたての頭で、よたよたとカーテンを開ける。




「今日はどれにしよう」




 お湯を沸かしながら、菜穂子は今日も〈本日の珈琲〉を楽しく選ぶ。 

 おうち時間が増えてから始めた、菜穂子の楽しみのひとつ。

 コーヒータイム。


 ワンルームの隅の白いカラーボックスには、常に何種類かのドリップパックがストックされている。




「今日の気分は……ブルー!」




 菜穂子は綺麗な青色のパッケージを手に取った。


 パッケージを開いただけで、もういた豆のいい香りがする。

 菜穂子はすうーっと香りを吸い込んで、コーヒーカップのふちに


 ゆっくりとお湯を注ぐ。コーヒーを淹れたときに立つ、いい香り。


 今朝も部屋中がふくよかな香りで満たされ、生活感も仕事もごっちゃになった日常が、時別な時間に変わった。




「ああ、しあわせ……」




 菜穂子は、さっそくコーヒーの写真をSNSに投稿した。



 ――ピコン♪



 通知音が届けたメッセージに、思わずぼさぼさの髪を手ぐしで撫でつける。




(K君だ……。なんで?)




『俺も今コーヒー飲んでる。よかったら、いっしょにどう?』




(どうしよう!!)




 なんて、迷うふりして、答えは一択。

 菜穂子は『する!!!!』と、即レスした。



 K君とは、菜穂子にとって、(たった今まで忘れていたけど)忘れられない学生時代の片思いの相手だ。


 ドキドキと胸が高鳴るのが、わずかに恥ずかしい。

 こんな感覚、学生以来。


 菜穂子は必要以上に興奮して、何回も深呼吸した。



 ――いざ。




『久しぶりー!』

「久しぶり」




 画面越しに気さくなK君のあいさつで、オンラインコーヒータイムという名の、プチ同窓会は幕を開けた。




(え……)




 開始そうそう、菜穂子は絶句した。


 K君の面影が……青春時代の夏の雲と一緒に、どこか遠くへ行ってしまったような感覚におちいった。




(まず、K君って、やせ型だったよね? クラスの中でも、かなり細いほうだった)




 K君は、胸から上しか映っていないが、かなりがっしりしたオトナの体つきに変貌していた。




(それはそうよね、大人だし)




 菜穂子が気になったのは、K君のが、かなりマッチョ寄りに見えたことだ。




 マッチョは、菜穂子の好みから外れる。




 もっとも、K君にはそんなこと知ったこっちゃないのだが。失礼ながら、初見でがっかりしたのは事実だった。




(ていうか、色黒くなってるし)




 K君は、前は色白だった。色白の細い子だった。

 本人はそれを気にしていたけど、菜穂子はそんなとしたK君が好きだった……。




 ここまで変わってしまうと、菜穂子には初対面の相手に等しい。 




(……ていうか、誰?)




 と、言いそうになるのをぐっとこらえて笑顔を作ったら、




『ていうか、誰?』




 という、K君の声が画面から聞こえた。




(先に言われたーー!!)




 K君は更に、




『ていうか、変わりすぎじゃない?』




 と、真顔で言った。




 これには、おとなしく〈オトナの女に成長した風〉をよそおっていた菜穂子も、腹が立った。


 ――が、数秒後、その怒りはすーっと冷えていくことになる。




『それ化粧してるの?』




 K君は、メイクをしてもそのつらなのか、と問うているのだ。

 菜穂子は「いいえ、まだ顔も洗っていません」とは、言えなかった。




                                 〈了〉

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菜穂子の珈琲時間 らび @vvvravivvv

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