菜穂子の珈琲時間

らび

菜穂子の珈琲時間



 朝起きて、ぼさぼさ髪にパジャマ姿でカーテンを開ける。

 太陽の光が、菜穂子の体にぐんぐん吸収されていく。




「今日はどれにしよう」




 お湯を沸かしながら、菜穂子は〈本日の珈琲〉を楽しそうに選ぶ。 

 おうち時間が増えてから始めた、菜穂子の楽しみのひとつ。


 コーヒータイム。



 菜穂子は去年の春から在宅ワークをしている。

 もともとは、そのころ「生活リズムを崩さないように」と、始めたことだった。

 今ではすっかり趣味のような、楽しみの時間になっている。


 菜穂子がこの試みをあちらこちらで発信するから、去年の誕生日やお中元。クリスマスプレゼントにお歳暮は、コーヒー関連が多かった。


 菜穂子はそれらが届くと、誰もいない部屋でバンザイして喜んだ。



 部屋の隅の白いカラーボックス。そこが菜穂子の珈琲時間コーナー。


 そこには、常に何種類かのドリップパックがストックされていて、そこから気分で好きなものを選ぶ。


 もちろんそれだけでなく、豆もある。

 頂き物の、豆を挽いてもらってパッキングした香りの良いものは、丁寧にハンドドリップする。


 サイフォンは持っていないけれど、代わりに、ハンドドリップする紙とプラスチックの三角のやつがあるから大丈夫。


 ちょっと贅沢したいときは、それを使う。



 コーヒーを淹れたときに立つ、いい香り。



 部屋中がそのなんともふくよかな香りで満たされ、生活感も仕事もごっちゃになった日常が、時別な時間に変わる。




「ああ、しあわせ……」




 菜穂子は、お気に入りのカップに淹れたコーヒーの写真をSNSに投稿する。


 コーヒー好きな人たちが反応してくれると、一緒にコーヒータイムしている気になったりする。


 写真を撮る気力のない日には、他の人たちの写真を見る。


 そしてやっぱり、いっしょにコーヒータイムを過ごしているんだなあ、という気になって、ほんわかする。



 ――ピコン♪



 通知音が届けたメッセージに、菜穂子は顔をほころばせる。




(Janさんだ!)




 「Janさん」とは、SNSで知り合った、コーヒー仲間。




『俺も今コーヒー飲んでます。よかったら、いっしょにどうですか?』




 オンラインコーヒータイムのお誘いだ。



 そうあることではないけれど、たまにこうして〈オンラインコーヒータイム〉が開かれる。


 菜穂子は喜んですぐに返信した。


 ひとりでSNSを眺めながらできるコーヒータイムも、ごくたまに声のかかるオンラインコーヒータイムも、菜穂子が1年かけてたしかに作り上げた、大好きな時間だ。


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