第16話 それぞれの平日 その1

 朝6時……


『ピピピ……』


 朝から目覚まし時計だけは、規則正しく元気に鳴る。夢の世界を壊す悪魔で有る。

 俺は寝返りを打ちながら、その目覚まし時計の頭(上部)を手でパンと平手打ちする。

 目覚まし時計の音が止んだ事を確認してから、また寝返りをして上向きに成る。

 体が上向きに成ると、照明の常夜灯がほぼ真上に見える。


(今日から仕事だけど、疲れが残っているな……)


 週末の3日間は、遊びに来てくれた咲子の対応に追われた。

 普段の気の抜けた休暇と比べれば、張り切って旅行に行った後の休暇明けの状態だ。


(ずる休みする訳にも行かないし起きるか……)


 横で寝ている咲子を起こさないようにそっと起きる。

 咲子は『ス~、ス~』と寝息を立てている。


(そう言えば、咲子が寝たのに気づかなかったな…)


 昨夜は色々と考えていた割には、直ぐに寝てしまったようだ。

 俺は体起こし、咲子のはだけたタオルケットをかけ直して朝の準備を始める。


 ……


 今朝の朝食は今までと打って変わって、炊き上がったばかりのご飯とインスタントの味噌汁と納豆。

 平日の朝はこった物は作れないし、俺の普段の朝食は、菓子パンがメインで有る。しかし、今は咲子がいる手前、ほんの少しだけ見栄を張る。


 インスタントの味噌汁の素をお椀に開けて、電気ポットからお湯を適量注ぐだけで完成である。

 納豆をかき混ぜてご飯に乗せてそれを掻き込み、味噌汁で簡単に朝食を取る。


 新聞は取っていないので、スマホでニュースサイトを見て、軽く時事状況を把握する。

 出勤時間が近づいたら出勤するのだが、咲子の朝食の事と、昼食の事を書き置きしてから出勤する。


「行ってきます…」


 俺は小声で言い家を出る。

 今日は珍しく咲子は起きて来なかった。

 この生活に慣れてきたのか、それとも夜更かしでもしていたのか?

 まあ、余計な詮索はしないで置こう……


(今日は少し曇りか…)


 天気予報では雨は降らないらしいが、1日を通して曇りらしい……

 この地域特有のジトッとする湿気と、熱気が体にへばり付くのを感じながら、車に乗り込み仕事場に向かった。


 その頃の咲子……


(お父さん出掛けたか…)


 実はお父さんが起きた後、私は直ぐに目が覚めた。

 今までみたいに起きようかなと思ったが、あまり早く起きてもやる事も無いし、少し様子も見たかったら、そのまま狸寝入りする事にした。


 お父さんが出掛けるまでの間、適当に寝返りをして時間を潰した。

 お父さんらしいと言うべきか、お父さんなのか、何もアクションを起こさずに会社に行ってしまう。


にキスの1つでもするかなと思ったが、何も無しか…)


 親子だから当然だと言えば当然だが、何だか少し寂しい。


(今日が月曜日だから、まだ1週間近く有るな…)


 私の帰る予定は来週の日曜日。時間まだたっぷり有る。


(まあ……これ以上、関係を深くするつもりは無いんだけど…)


 この3日間で、私とお父さんの関係は大分変わってきた。

 最初の頃は娘と言っていた割には時々、私を女として見ている時も有る。

 私もお父さんの事は好きだけど、お父さんを異性としては私は見ていない。

 お父さんを独り占め出来た私は、軽いつもりで誘惑したらどうなるかと試してみたら、まんまと誘惑された。


(今日からは別々で寝るべきかな?)


 こんなに簡単に誘惑されてしまうと、本来なら嬉しいはずなのだが恐い所も有る。

 今は、お父さんと2人での生活……。私は心と心の触れ合いを求めているだけで、それ以上は求めていないはずだ!


(取り敢えず、朝ご飯でも食べるか…)


 私は布団から起き上がり、寝間着から室内着に着替え、部屋から出る。

 台所にはメモ用紙が置かれており、私はメモを取り上げ、それを読む。


『咲子。おはよう』

『朝ご飯は、横に置いてある味噌汁の素と、ご飯は炊飯器に有るよ。おかずは納豆だけど、冷蔵庫の中ので好きに食べてね』

『昼食も同じように、冷蔵庫や戸棚の中の食材を好きに使って良いから!』

『それでは、行ってきます』


(ふむ……)


 メモを軽く読んで顔を洗いに行く。普段ならこの時に髪を纏めるのだが、私一人だしそのままにする。

 顔を洗い終わって台所に向かい、炊飯器から茶碗にご飯を装い、味噌汁も準備して、冷蔵庫から納豆を取り出して朝ご飯を食べる。


「いただきます!」


「……ごちそうさま!」


 あっという間に朝食も食べ終わり、茶碗とお椀を洗う。


(さて、これからどう過ごそうかな?)


 今は私だけの部屋……。部屋から見える空は、どんよりの曇り空だ。

 カーテン越しから見える空を見ながら、今日の一日を考える事にした。


 ……


 何時もは必ず渋滞する通勤路だが、渋滞は殆ど無く、何時もより10分以上早く会社に着いてしまう。


(やっぱり、世間はお盆休みなんだな…)


 そんな事を思っても仕方無いので、更衣室で作業着に着替え、今日の作業予定を見に詰所に行く。


(急な予定の変更が無ければ、今日はステージのはずだが…)


 詰所内に有る、ホワイトボードに掲示されている作業予定表を見ると、やはり今日の担当はステージだった。


(今日もムシムシして厳しい日に成るだろうな…)


 ステージ……

 ステージの主な仕事の役割は、搬入車両の受け入れとそれの誘導で有る。

 搬入物(荷)を積んで来た車両を、搬入物を下ろしたい場所に車両を誘導して、搬入物を下ろして貰い、車両を出口の方に誘導させる。


 簡単に説明するとこんな感じだが、もちろんそれだけの仕事では無くて、細かい仕事も有る。

 しかし、搬入車両は不定期にやってくるため、精神的なストレスも有るし、まとまって搬入車両が来る時も多い……


 有る程度の情報は、携帯しているトランシーバーで連絡は来るが、基本はワンマンのため結構大変な担当で有る。


(大変だが今日も頑張るか…)


 何時もより早く会社に着いているので、始業時間まではまだ時間有る。


(時間までのんびりするか!)


 始業時間までは、所内の休憩所で時間を潰す事にして、俺は休憩所に向かった。


 ……


 始業時間のチャイムが鳴り、直ぐにラジオ体操の音楽が構内のスピーカーから流れてくる。

 ラジオ体操をして、その後に所内の全体朝礼が行われて、それが終わると部署内の朝礼が始まる。


「―――でお願いします。今日もご安全に!」


 部署内の朝礼も終わり、いよいよ今日一日の作業が始める。

 俺は家族のためにも、気合いを入れて持ち場に向かった。


 ……

 …

 ・


 時間はあっという間に過ぎ、お昼の休憩時間に入る。

 大変な仕事では有るが、大きなトラブルは発生せずに午前中は終わった。

 詰所に置いて有るスマートフォンを操作して、メールや通話着信の確認をする。


(あれ? メールが来ている)


 メールの確認をすると咲子からだった。


『お父さん。お仕事中だと思うけど、連絡するね』

『今日の晩ご飯だけど私が作るね!』

『何かは? ……お楽しみに!』

『お仕事頑張ってね!』


(……別に気を使わなくても良いのに)


 しかし、仕事を終えた後の晩ご飯作りも決して楽では無い。

 作るのと作ってくれるのでは、気分も気持ちも全然違う。


(ここは甘える事にするか)


 メールの返信を打ち込んで『ありがとう!』と送った。

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